アップライジング・ゼロ   作:ヌタープヲチナ

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 トリステイン魔法学院の食堂は中央の一際大きい建物にある。体育館のように広い部屋の真ん中には百人がけの超長テーブルが三つ並んでおり、入り口から入って左側のテーブルには大人びた紫色のマントの生徒、右側には幼さの残る茶色いマントの生徒、そして中央にはルイズやキュルケと同様に黒色のマントを纏った生徒たちが腰掛けている。正面には中階分高い段差があり、そこの横に伸びた長テーブルには完全に大人であるメイジたちが腰掛けている。

(左から3年生、2年生、1年生かな。正面は教員か)

 成はルイズの後ろを追いながらキョロキョロと辺りを観察する。ふと、壁際に小さな彫像が並んでいるのが見えた。遠くからであるが、今にも動きだしそうな雰囲気がある、見事な細工だとわかる。

「しっかりと目に焼き付けておきなさい。フツーならあんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』に入るなんて一生できないんだからね」

「それはどうも。アルヴィーズというのは、あの壁際の像のことですか?」

「ええそうよ。そんなことより椅子を引いて。ちゃんと気を利かせなさいよね」

 どうやらいつの間にかルイズの席にたどり着いたようだ。彼女は一つ椅子を指さしてそう命じた。成はそれに従い椅子を引いてルイズを座らせ、長テーブルの端から端までを見渡して尋ねる。

「僕の食事はどれですか?」

 テーブルには豪華な飾り付けや煌びやかな燭台が建てられており、その上には巨大な鳥のロースト(ニワトリには見えない)、魚の形をしたパイ、山盛りのフルーツなどがある。ルイズの口ぶりから察するに、まさか平民平民と小馬鹿にしている相手と同じ食卓についたり、同じ飯を食ったりはしないだろうとあたりをつけた。

 だがルイズはテーブルのどこも、この食堂の周りなども示さない。その指は床に向いていた。

 

「あんたのはこれ」

 

 そこには端のかけた皿と、その上に鎮座するパンが一つ。テーブルの上にある焼き立ての温もりがありそうな物とは違う。時間が経ち、冷めて、硬そうなパンだ。

「…………………………………」

 成はその皿を拾い上げた。冷たい。ただ、冷たい。数秒間、成はそれしか感じることができなかった。

「いいこと? 普通は使い魔は、外。あんたはわたしのはからいで、床。おわかりかしら? わかったのなら、いつまでも突っ立ってないで早く座りなさい。お行儀が悪い」

 ルイズが喋り終える前だった。

 

「うわあ!」

「きゃあ!」

 突然、テーブルの上にあった物が強烈な炸裂音と共に砕けた。そして液体がぶちまけられ、純白のテーブルクロスや豪華な料理が赤く染め上げられる。

「な、なんだあ!? いきなりワインボトルが弾けたぞ!」

「私の制服がぁ!」

「誰かが魔法でイタズラをしたんだ!」

 騒ぎ出す2年生。それに「なんだなんだ」と目をやる一年生と三年生。

「静かになさい! 貴方達は貴族でしょう! 気品を持って! 落ち着いて!」

 正面の教員席からコルベールが降りてきて生徒達を鎮めようとするが、その騒ぎは中々治る様子を見せない。

 

「なんなのよ……! いったい……!」

 ルイズは割れたワインボトルの方を見る。そこには自分とは反対方向へ伸びるワインの筋が無数に広がっている。使い魔を指導している時、突然割れた。誰かが叫んだ通り魔法によるイタズラだろうか。始祖と女王の賜り物を受ける席でなんという恥知らずがいたものだろうか。

「あれ? あいつは……?」

 ふと気がついた時、使い魔の姿はそこになかった。野次馬の波に曲がれたのだろうか、そう思っていると食堂の出入り口から外に出ようとする使い魔の背中が見えた。

「あ、あんた! どこ行くのよ!? ご主人様を置いて!」

 慌てて追いかけようとするルイズであったが、人混みに阻まれて上手く進むことができない。そうこうしている内に使い魔は扉の向こうへと消えてしまった。

 

 ◆

 

 いっそのことその辺の鳥とかアホみたいに巨大な蛇とかをブッ殺して焼いて食ってやろうか。基本的に動物が好きなはずなのに、そう苛立ちながら食堂のある塔の外、壁際に腰掛けた成は様々な不思議な生き物たちを横目にパンをかじっていた。

 硬い。見た目通りのおいしくないパンだった。硬くてパサパサで、あごは疲れるし舌は乾くしでサイアクだった。唯一評価できる点はカビが生えていないということだけだった。

 

(………何やってんだろ)

 

 パンを食べ終えた成は少しずつ冷静になった頭で先ほどの行動を後悔していた。カッとなった弾みとはいえ物に八つ当たりをして破壊し、食べ物も粗末にした。ルイズを殴らずに済んだとはいえ、人間的に軽蔑に値する行動だと自己嫌悪する。

 

(しかし……あークソ。全然腹に溜まらない。シケたパン一個じゃあぜんぜん足りないぞ)

 出てくる時にいくらか食べ物をくすねてくれば良かったと成は後悔しはじめた。しかし後悔したところで腹は膨れないし、不満ばかり募るので泥棒をしなくて良かったのだと自分を納得させる。

 

「あの……もし」

 ふと、声をかけられた。成は座ったまま顔を横に向けると昨日見た黒髪の少女がいた。手には何やら薄茶色の干し草に溢れたバケツが握られている。草食の生き物に餌をやりにきたのだろうか、成の知ったことではないが。

 

「貴方は………ヨシュア・キナルさんですね」

「……そういう貴女はシエスタさん」

 成は名前を訂正する事を諦めて立ち上がり、尻についた草とか埃とかをぱっぱっと払い落としてシエスタに軽く会釈し、その場を離れようとする。今、人と顔を合わせていると『能力』は使わないにしろまた八つ当たりをしてしまいそうだからだ。

「あの、ヨシュアさん。本当にミス・ヴァリエールの使い魔になったんですね」

 しかし、あろう事かシエスタは成を呼び止めた。つい足を止めてしまう。無視してまた歩き出すのは気が引ける。顔だけ後ろに向けた、ともすれば失礼な振る舞いで応対することにした。

「ええ、まあ。そうするしかなくて」

「噂になっていましたよ。召喚の魔法で平民、人間を呼んでしまったと。こんなことは前代未聞だというフウに」

 今朝のキュルケの反応を思い出すに、召喚とやらで人間が出てくるのは本当に珍しいらしい。しかしだからと言って何か特別扱いがあるというわけでもない、それどころか雇用契約も挟んでいた筈なのに動物のような扱いを受けている。特段珍しさは成にとってプラスになる要素ではなかった。

 

「そう言えば、何か食堂の方が騒がしいですね。何かあったのでしょうか?」

「…………さあ、わからないです。すいません。多分そろそろバリエールさんが出てくると思うので」

 これで失礼。そうその場から離れようとした時、成の腹が足りない、もっとよこせと抗議をしてきた。

「お腹、減っていらっしゃるのですか?」

「…………まあ、少し」

「朝ごはんは食べましたか?」

「一応………」

 成は襟の中に潜り込むように首を縮める。他人に腹の音なんて聞かれたくなかったし、惨めな自分の現状だって少しも知られたくなかった

 

「ヨシュアさん」

 シエスタはバケツを地面に置くとポケットをまさぐり、布の包みを渡してきた。

「よかったらこれ、どうぞ」

 受け取った包みを開く成。そこには手のひら大のクッキーが三枚あった。

「休憩時間に少し摘む物なので、男の子には足りないかもしれないですけど、少しでもお腹の足しになれば」

「そんな……悪いですよ」

「気にしないでください。使用人の食堂に行けばまだありますから」

 シエスタはバケツを拾い上げ、他の使い魔たちの方は向かう。

「お腹が空いたら貴方も食堂に来てくださいね。たくさん食べさせてあげますから」

 そう言って彼女は離れて行き、馬とか鹿みたいな使い魔たちに餌をやり始めた。成はその様子を見ながらクッキーを一枚口に運ぶ。サクッと生地が割れると口の中にピーナッツかクルミのような風味が広がった。

 

「…………………美味しい」

 

 塩も効いているかもしれない。ほんのちょっぴりだけそのクッキーがしょっぱく感じた。

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