アップライジング・ゼロ   作:ヌタープヲチナ

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「あんた! ご主人様を放って出て行くなんていい度胸してるじゃない!」

 不服そうな顔をした生徒たちに紛れて食堂から出てきたルイズは使い魔たちを見回して成を見つけた。そして大股で詰め寄り、両肩を掴む。

「召使い扱いはいいですよ。そういう雇用ですし。下働き扱いも半ば受け入れるつもりではいましたよ。中世ヨーロッパの貴族と平民の関係がそんなもんって、何かの漫画で読んだ気がしましたし」

 成はルイズの手を振り払うように自分から放させ、一歩分距離を取った。

「しかし、わざわざ大勢の中で犬のように食事を取らされるのは許容できない。僕にだって自尊心、プライドってやつは人並みにある。それを踏みにじるようなマネはやめていただきたい」

「な、生意気なのよ!」

「忠実な犬だって三日なぶれば飼い主を噛むと言う。僕は貴女のことを少しも尊敬していないし少しの感謝もしていない。一日理不尽な事されたら離れたくなるのは当然の結果ですよ」

 成は首を斜め下に傾けてルイズを上目遣いで睨みつける。首を守りながら少しさらす事で挑発と敵対の意思を示す姿勢だ。

「何が貴族だ。アンタの下で働くくらいなら何も知らないで放り出された方がマシだ」

 

「ッッッ!!!」

 

 ルイズは杖を抜いてその先端を成に向ける。成は少しも動じない。あの恐るべき爆発の威力を知っているであろうに、欧米人のように両手を少し上げて更に挑発。

「その棒切れで僕を吹き飛ばすと言うのですか? いいでしょう、おやんなさい。試してみるのも面白そうだ。僕の顔が吹っ飛ぶのと、アンタの綺麗な指がHBの鉛筆みたいにベキョリとへし折れるのと、どっちが早いのか」

 杖の先が震える。成の黒い瞳が射抜くように瞬く。まるで空気が轟音を上げるようなプレッシャーが二人の間に立ち込める。揉める二人を面白がって観ていた野次馬たちすら息をするのを忘れるほど緊張していた。

 まるで命懸けの決闘のような雰囲気。次の瞬間にはどちらかが、いや、確実にルイズの方が倒れるであろう予感を誰もが感じていた。

 

 ルイズの額を冷たい汗が彼女の激情を冷ましたか、次第に胸の内から湧き上がってくる何かに支配されつつあった。

 小柄な自分よりも小さい平民。ルイズが世話をしなければ一ヶ月持たない筈の弱い筈の存在。にも関わらず、彼は生意気で、まるで敵に向けるような目で自分を見てくる。

 

 その眼差しにルイズは……………

 

「授業、始まる」

 

 ふと二人の間に割って入る人物がいた。ルイズや成よりも更に小柄な少女。手にはコルベールのそれと同じような大きな杖を持っている。

「……………フゥ」

 成は突然割って入ってきた小さい少女に文句とか何かとかを言うこともなく、数秒彼女を見つめてため息をついた。そしてルイズは『ホッとした』。そうしてしまった事に気づいた。

「…………ッ!」

 クルリと二人に背を向けてルイズは歩き出す。

「い、一緒に……じ、じじ、授業にで、出なさい。こここ、今度は……離れないように………」

 そう成に言いつけた肩は心なしか落ち気味に見える。

 

「…………どうも」

「別に」

 何に対しての礼だったのか、成もわからない。とにかくさっきのよくない状況を脱せた。

 小さい少女は打って変わり興味がなさそうに足早に去って行く。その先にはキュルケがいた。友人同士なのだろうか。

 

「タバサ。あなた、何で止めたの? そういうキャラじゃないでしょ?」

「…………放っておいたら危なかったから」

 キュルケは小さい少女と合流すると成をチラリと見てから歩き出す。何を意味する視線だったのだろうか。

 

 ◆

 

 ルイズを追いかけて一先ずは従う事にした成は教室に入った。壁には大きな黒板がかかっており、その前には教壇がある。そして教壇を囲むような形で丸い段差がいくつもあり、その上に机があった。

 自由席か指定席なのかは知らないが生徒たちは決まっているかのように各々が着席する。そしてその傍には各々の使い魔が控えている。(身体が大きすぎるものは外で窓から顔を覗かせている。)

 軽く見回していると成の目にキュルケが止まった。成のようなアジア人顔ほどではないが彼女の外見もここにおいては異質だ。数人の男子生徒に囲まれており、その誰もが彼女の気を引こうと夢中になっている。まるで女王様だなと思い、ルイズを追いかける。

 ルイズは中程の段の席に着いた。成は「どーせ平民だ使い魔だは床に座っていろとか言われるだろーなー」と考えて一番上の段の壁際にでももたれかかろうとしたが、服の裾をルイズに掴まれた。

「何ですか? また床に座らせる気ですか?」

「…………」

 振り向いた成と目が合ったルイズは裾から手を離す。その目にはまだ激情が燻っているようだが多少は落ち着いている様子。そして震える指で自分の隣にある空席をコンコンと叩いて顔を背けた。

「…………座っていいと解釈しますよ」

 そう言って成はルイズの後ろを通り抜けて彼女の隣の席に座る。するとルイズはまた反対の方へ顔を背けた。

 

 生徒全員が席に着いてまもなく教師と思しき中年女性が教室に入ってきた。紫色のローブに特徴的な大きい三角帽子と、いかにも魔女といった服装だ。

 中年女性は教室をぐるりと見回すと満足そうに微笑む。

「生徒の皆さん。春の使い魔召喚は大成功のようですわね。可愛らしい猫ちゃんに勇ましい鷹、聡明そうなフクロウ、バジリスク、バグベアー、スキュラ、まあサティポロジアビートル! このシュヴルーズ、この新学期に様々な使い魔を見ることがとても楽しみなのですよ」

 ふと、中年女性シュヴルーズの目のフォーカスが成に合う。

「おやおや、ミス・ヴァリエール。とても………珍しい使い魔を召喚したものですね」

 不思議そうに言ったシュヴルーズの言葉に、瞬間、教室中に笑いが巻き起こる。ルイズは頬杖をついてブスッと下を向く。

「ゼロのルイズ! 召喚できなかったからって平民の子供を誘拐してくるなんてルール違反だぜ!」

 小太りの生徒がルイズを指差して笑う。ルイズは何も言わない。ただ隣に座っている成にはギリギリと、歯軋りの音が聞こえた。

「ガハハハ! 図星だから何も言えないんだな! 口数もゼロになったのか? こりゃあ静かでいいぜ! もごっ!?」

 小太りの生徒がルイズに指を刺した瞬間、どこからともなく飛んできた赤色の粘土が彼の口を塞いだ。そして手の形をしたまた別の粘土が小太りの生徒の肩を掴み、強制的に椅子に座らせる。

「ミスタ・グランドプレ。お友達をそこまで中傷するのは見過ごせません。罰として貴方はその格好で授業に参加しなさい」

 どうやら粘土を操っていたのはシュヴルーズのようだった。彼女の手には杖が握られている。

 

(『魔法』はああ言うこともできるのか。シュヴルーズとあの小太りの生徒までの距離は5メートル程度……子供とは言え人一人を抑え込めるんだ、結構なパワーがある筈。中距離パワー型と考えると……敵としては結構厄介だな)

 成は二人のやり取りを見て、もし魔法使いが本格的に敵になった場合の事を考えていた。離れた人間を浮かべたり、爆発を起こしたり、粘土を操ったりと、その能力は多種多様のようでおそらく戦闘ともなれば楽には済まされないだろう。まだ全貌が見えていない今の状況、より深く観察する必要が彼にはあった。

(しかし………)

 横目でチラリとルイズを見る。やはり自分には顔を背けているがよく見ると小刻みに震えている。ほんのちょっぴり一緒にいるだけだが彼女の性格は激情型だと何となく把握できている。だからあの小太りの生徒に中傷された時に言い返したりしなかったのは意外だった。

(………………言いすぎたとは思わないぞ)

 自分は仕打ちの分を返しただけ。それ以上の事を成は考えないようにした。

 

「こほん。では授業を始めますよ」

 教室が静かになった頃を見計らい、シュヴルーズは一つ咳払いをして魔法の授業を開始する。

「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。これより一年間、皆さんに『土』系統の魔法を講義致します」

 シュヴルーズが杖を一振りするとチョークが浮かび上がり、黒板に文字を書いていくが成は見たこともない文字だ。英語とかハングルとかアラビア語とかと違って見える。全く未知の文字だ。

「さて、まずは軽く復習をしましょう。『土』を含めた四大系統の魔法について、どなたか答えられますか?」

「僕がお答えしましょう、ミセス」

 成とルイズの席から左後ろの方の席から声が上がる。振り返ってみると、フリル付きの制服を着崩し、手に薔薇(造花だろうか?)を持った金髪の男子生徒が立っていた。キザったらしい雰囲気。ルックスもイケメンだ。

「『火』『水』『風』『土』の四つ。そしてなんという偶然。僕が得意とするのもミセスと同じく『土』系統の魔法。ギーシュ・ド・グラモン。二つ名は『青銅』でございます。以後、お見知り置きを」

 口に薔薇を咥えて演技がかった大袈裟な動作で一礼をするギーシュ。

「よくできましたミスタ・グラモン。優秀なご子息がいてご家族も鼻高々でしょうね」

「光栄にございます、ミセス」

 やはり演技がかった仕草で着席するギーシュ。中々にクセのあるキャラだなと成は思った。

「あと一つ。失われたが故に大系統から外されてしまった系統がありますが………ミスタ・グランドプレ」

 シュヴルーズは杖を一振りして小太りの生徒の方から粘土を取り払った。

「答える事ができたら罰は免除してあげましょう」

「き、『虚無』です。失われた系統は『虚無』です。ミセス・シュヴルーズ」

「よくできました」

 更に杖が一振りされると肩を掴んでいた粘土が取り払われた。

「そう、失われた『虚無』を合わせ五つの系統があります。その中でも『土』というのは一番重要だと思うのです。それは私が『土』の系統だから贔屓しているというワケではなくてですね……」

 シュヴルーズが杖を振る。黒板消しとチョークが浮かび上がり最初に書いた文字を消しながら絵を描いていく。剣と金槌、石ブロックの家、豊かな稲穂。

「『土』は万物の組成を司る属性なのです。『土』の魔法がなければ重要な金属の加工もできませんし、岩を綺麗に切り出して家を建てることもできません。農作物の収穫も大変な作業になるでしょう。このように『土』の魔法は皆さんの生活に密接に関わっているのです」

 重要というのがどの程度の物かはわからないが魔法がないと金属加工、家の建築ができないということはこの世界の技術水準はあまり高くないのかもしれない。あるいは既得権益のために魔法使いたちがそう言った技術の発展を邪魔しているのか。邪推にすぎないので成は考えるのをやめた。

「これから皆さんには『土』系統の最も基本であり、最も重要である『錬金』について学んでいただきます。一年からできるようになった方もいらっしゃるでしょうが、基本とは城で言う土台です。土台が疎かでは脆い城になってしまいます。ですから、しっかりと復習してくださいね」

 

 シュヴルーズは懐から石を取り出して教壇の上に置く。どこからどう見ても何の変哲もない石だ。その辺の地面からテキトーに拾ってきただけの、小汚い石っころに過ぎない。何の価値もない物だ。

 シュヴルーズが呪文を唱えると石が輝きを放つ。そして輝きが治ると石の形はそのままだが黄金の金属光沢を放つ別の物質に変化していた。

「ゴゴ、ゴールドですか!? ミセス・シュヴルーズ!」

 後ろからガタッという音が聞こえた。その方を見るとキュルケが机から身を乗り出すようにシュヴルーズが錬金した物質を見ていた。

「はしたないですわよ、ミス・ツェルプストー。それにこれは『ゴールド』ではなく『真鍮』です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけ。わたくしはただの……『トライアングル』ですから」

 シュヴルーズは謙虚な言い方だったが表情がどこか誇らしげだ。『スクウェア』、『トライアングル』、その言葉が意味する所はわからなかったが何かの階級だろうと成はあたりをつける。

「それではどなたかに錬金の実演を行なってもらいましょう。えーと……」

 

 シュヴルーズの指が釣り竿のように泳ぐ。そして定まった。その先にはルイズがいた。

「ミス・ヴァリエールにお願いしましょう」

 にこやかに出されたルイズへの指示。しかしその瞬間、教室の空気が張り詰めた事を成は感じ取った。ルイズは下を向いてしまう。

「せ、先生。やめておいたほうがいいです」

 恐る恐るそう忠告したのはキュルケだった。

「どうしてですか? ミス・ヴァリエールは成績優秀な学生と聞いています。筆記試験では常にトップクラスの成績だと」

「そうじゃない、そうじゃないんです先生。お勉強ができるとかは関係ないんです。先生は初めてですよね? ルイズに教えるのは。でも私たちは何度も彼女と同じ場で授業を受けていて、身をもって彼女に魔法を使わせることの危険性を知っているんです。それこそルイズが『ゼロ』と言われる所以」

「またそれですか!」

 眉を吊り上げたシュヴルーズがピシャリと言い放つ。

「お友達を中傷することは許しませんよ! 今後! 一切! わたくしの授業でミス・ヴァリエールを『ゼロ』と呼ぶ事を禁じます! もし破ったのならば評価を下げますからね!」

 シュヴルーズが杖を振るとキュルケの口に粘土が張り付いた。そしてルイズの方を見ると母親のような笑みに変わる。

「さあミス・ヴァリエール。こちらへ来て『魔法』を使ってごらんなさい。大丈夫、錬金は『土』系統の魔法でも初歩の初歩。素養が無かったとしても石をスズや鉛に変えるくらいはできますからね」

 手招きをするシュヴルーズ。成がルイズを見ると彼女は覚悟を決めたように、あるいは諦めたように立ち上がり教壇へと降りていく。その様子は十三階段を踏み締める囚人にも見えた。

 

「ムググ……モガモガ」

 キュルケが顔を青くして首を横に張る。いや、キュルケだけではない。ただならぬ雰囲気に成が教室を見回すと、生徒たちの誰もが恐怖の表情を浮かべていた。

(な、なんだ? どうしたって言うんだ)

 ふと耳にガチャリという音が聞こえた。教室の出入り口を見ると成とルイズの仲裁に入ったあの小柄な少女が出ていくのが見えた。彼女が余程の不良でもないならそれは、何らかの危険回避行動。そして回避行動を取るのはあの小柄な少女だけではない。生徒たちが机の下に身を隠し始めたのだ。嵐を予感したアナグマが巣に逃げるように。

「さあミス・ヴァリエール。精神を研ぎ澄ませ、石を何に変えたいのかを思い浮かべて杖を振るのです」

 そうこうしているうちにルイズは教壇の前まで来ていた。そして深く息を吸って、吐き、杖を抜いて振り上げる。

 

(((オイオイ! ミス・ツェルプストー! 離れた方がいいぜ! きっと口をつけた瞬間に『爆発』するからな!)))

 

 成は突然昨日の事を思い出した。『コントラクト・サーヴァント』とかいう魔法で彼はルイズの使い魔になったわけだが、その時は手の甲に激痛が走って変な文字が刻まれた以外のことはなかった。それは成功の証なのだろう。

 だが、成功の逆は失敗。人は失敗をバカにする生き物で、ルイズがバカにされていると言うことは失敗ばかりしているということ。そして彼女の失敗につきものであるその現象は。

 

「錬金!」

 

 瞬間、閃光と轟音と衝撃。その中で咄嗟に『能力』で身を守った成は『ゼロ』のルイズの意味を思い知った。

 全てを吹き飛ばす爆発、魔法成功率『ゼロ』。それがルイズがそう呼ばれる所以だった。

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