「早く行かないと!あいつは絶対生きてるんだから!!」
ミオリネ•レンブランは普段の冷静さを完全に失っていた。乗れもしないMSに1人で乗り、スレッタ•マーキュリーを探しに行く勢いだ。
―先程、ミオリネ達はクワイエット•ゼロから帰還して来た。
本来なら皆で喜びを分かち合うところだ。しかし、操舵室では言い争いが勃発している。
メンバーが1人、戦場だった場所、宇宙空間の片隅に取り残されているのだ。それは、ここにいる者達の勝利の立役者であるスレッタ•マーキュリーだった―
「待ってください!さっきのクワイエットゼロの崩壊を見ましたよね!向こうが安全かわかりませんよ!」ドミニコス隊のケナンジがミオリネを説得している。
「そんな中スレッタを1人にしておくのかよ!!」チュチュがケナンジに楯突く。
ベルメリアが割って入った。
「まっ、まずは、今の状況を確認する事が先決です、共倒れはスレッタも望んでないわ」
「ス、スレッタ先輩ー!!」リリッケが泣き崩れる。
「リリッケ!泣いてる暇があったら手伝え!!」チュチュが激昂している。
「もういー!おいミオリネ!2人で行くぞ!!」
ミオリネが青い顔で頷き、チュチュと2人でバーディングに乗り込もうとしていた。
「ダッ、ダメだ!行かせないよ!」マルタンとティルがチュチュ達のいく先を阻んだ。
「止めれるもんなら止めてみろ!」とチュチュ。
ニカも仲裁に加わる。
「みっ、みんな!冷静にならないと!チュチュ!!行くってどこに行くかわかるの!?」
「わからねーよ!……でもよ!あいつを1人にしておけるかよ!!―
―今の問題はスレッタが発生させた大規模なデータストームの直後に起きた。それはパーメットが粒子状に分解される現象だった。
クワイエット•ゼロやガンダム達を始めとするパーメットが搭載された全ての物が崩壊していた。
メンバーは安全を確保する為、やむを得ず連絡の取れないスレッタを残し、退避する事になったのだ。
退避する直前、ロウジはスレッタが搭乗するキャリバーンが見えた。キャリバーンはバラバラと崩れ、漆黒の宇宙空間へ溶け出していた―
皆が混乱する中、ただ一人、冷静に見える少年がいた。ロウジだ。
しかし、それはあくまで外から見た印象にすぎない。彼の内心もまた、焦りと葛藤で揺れていた。
彼が迷っているのは、他のメンバーとは異なる理由だった。
ロウジは、重要な情報を握っていた。
彼だけが、データストームによって通信機器が機能しなくなる前のキャリバーンの座標を記憶している。
もしその座標を教えれば、チュチュとミオリネはわずかな望みにすがり、安全が保証されていない宇宙空間へ飛び出していくだろう。
だが、その場所にスレッタがいる可能性は、限りなくゼロに近い。
すでに彼女は、そこから流されているはずなのだ―
どうする……パーメットが崩壊するならNTPSで探しに行くか……でもあんな大雑把な制御じゃ人命救助はできない、チュチュ達の言うとおり、故障覚悟でバーディングで行くか……仮に故障したら……要救助者が増えるだけ……まずはこの船で近くまで戻るべきか……そもそも、キャリバーンの場所に行ったとして、そこからどうやって探すんだ?
いろいろな考えが入り乱れる中、彼の携帯端末が鳴った。
ミウラさん!!?
『おおー!やっと繋がった!無事か!』
「無事です!あの……作戦も成功しました」
『さすがだな!!さっきのデリングの娘のやつはロウジ達の仕業だろ?』
「ええ……でも……問題が起きてしまって、例の……ガンダムのパイロットが行方不明なんです」
『おお……そいつは大変だ。どんな状況なんだ?』
―ロウジはスレッタが引き起こしたデータストーム展開やパーメットの崩壊等、これまでの出来事を説明した―
『それは、凄いことが起きたな。何が起きたんだ……さっぱりわからん……さて……どうすべきかな』
事態は全く好転していないが、ロウジはジンと会話した事で少しだけ心が軽くなった。
「こっちでは、今の状況で助けに行くかどうかで意見が別れてます」
『それは話が飛び過ぎだな……ロウジもわかってると思うが、今の問題は2つ、パイロットの居場所がわからない事と、向こうが安全かどうかわからないって事だ』
「……そうですね」
『恐らく救難信号も出てないんだろ?それが出てれば両方解決するんだがな。そのパイロットが生きているなら、向こうはよっぽど安全といえる』
「救難信号なんて使えるわけ有りませんよ」
『ん?……ロウジ、確認はしたのか?』
「何をですか?」
『救難信号だよ』
「いえ……向こうはそんな状況じゃないです……」
ロウジは何をバカバカしいこと言い出すんだと心の中で思った。
『いや、どんな状況だとしてもそれは基本だぞ……試してみろ』
「さっき言った通りあの付近のパーメットが崩壊したのに……向こうは信号を送る手段が有りません」
ロウジは巨大なクワイエット•ゼロとガンダム達が崩壊する光景が脳裏に焼き付いていた。
『らしく無いな、それは推測だ。実際にそいつの状況を見た訳じゃない』
「……あり得ないですよ」
『俺と今喋ってるって事は、何かしら状況が変わってるぞ。さっきは連絡が繋がらなかったんだ。ダメ元でやってみろよ』
ロウジは時間の無駄だと思いつつ、キャリバーンがいた周辺の信号を確認する。
……ほら……有る訳ない………………え…え!!?
「そんな…信号来てます!」
『ついてるなロウジ!すぐに行ってやれよ!―
*
「いたぞ!スレッタだ!!パイロットスーツで漂ってる!」アリヤが叫んだ。
ミオリネがモニターに飛びつき、覗き込む。
「私が迎えに行く!……チュチュ!手伝って!―
*
ロウジとジンは、固唾を飲みバーディングのモニター映像を見ていた。
映像には宇宙空間で1人漂うスレッタと救出に向かうミオリネが映っている。
チュチュはバーディングを戦闘時の動きからは想像できない程、繊細かつ正確に操作している。
ミオリネが宇宙空間に漂っていたスレッタの体を掴んだ。
そして、スレッタを揺さぶっている。
……そんな……反応が無い!
ロウジは崩れ落ちそうになった。耐えがたい喪失感、絶望感、無力感が彼を襲った。
ミオリネの泣き声が操舵室に響いている。
ゴツン!
ミオリネがスレッタに抱きつき、ヘルメット同士がぶつかる音が響いた。
『あだっ……ミ……ミオリネさん?』
スレッタの声だった。
ロウジの心の奥底から歓喜が噴き出してきたのと同時に、操舵室は歓声に包まれた―
*
『ロウジ……よくやったな』端末越しのジンが言った。
「いえ……僕は……」
ロウジはスレッタやニカに対して感じた無力感を思い出し、その言葉を素直に受け取れなかった。彼は今もジンに助けてもらったばかりだ。
『ロウジが動いたから、この結果に繋がったんだ……俺は誇りに思うぜ』
ロウジは戸惑った。そして取り繕うように言った。
「……あのミウラさん……バーディングを送ってくれて……ありがとうございました」
『………良いんだ。あれは、俺が勝手に送ったんだ』
「……」
『MSなんざただの道具だ、使い方次第だよ……
ロウジはいい使い方をしたな……礼を言うのは、こっちの方だ』
ロウジは腹の底にいた鉛の塊がすっと消えていった気がした。
「……いえ」
2人が見ていた映像には、バーディングの巨大な掌に確保されたスレッタとミオリネが映っていた―
『ところでロウジ、胃は大丈夫だったか?』
「……だ、大丈夫でしたよ、全然」
―この日、ミオリネ・レンブランは、ベネリットグループの解体と地球への資産売却を宣言した。
ベネリットグループの資産が売却されたことで、もともと衰退傾向にあったジェターク、グラスレーだけでなく、ペイルも大きく弱体化し、これにより御三家は事実上崩壊した。
一方で、ブリオンは御三家と比べて事業が分散されていたため、影響は限定的だった。
さらに、地球企業に二束三文で売却されてしまったMS事業を、ブリオンはすぐに買い戻した。
これによりブリオンも一定の打撃を受けたものの、同時に市場からライバル企業が次々と姿を消し、MS市場を独占する絶好の機会が訪れていた―
―数日後―
アスティカシア学園では隔離期間が終わり、仮設住宅の解体作業が始まっていた。
セセリアたちがいつも集まっていた場所の周囲も、次第に空き地が増えていく。
沈んでいた空気が徐々に晴れ、そこに新鮮な風が吹き抜ける―セセリアには、そんな清々しい感覚があった。
ベネリットグループの解散に伴い、アスティカシア学園も閉校が決まっている。数日後には、セセリアもロウジも、それぞれの家へと帰る予定だ。
だが、その前にやらなければならないことがある。
二人は、アスティカシアでの最後の「宿題」に取りかかっていた―
「ロウジ、バーディングのテストデータってまとまってるんだっけ?」
「出来てるよ」
ロウジは作成したレポートをセセリアの端末へ送信した。
セセリアは早速確認している。
「ロウジー、あんたって正確だし抜けは無いんだけど、分かり難いし、何かこう……情熱を感じないのよね」
セセリアはロウジのレポートを手直ししている様だ。
ロウジは彼女のダメ出しを聞き流している。
「これの何か企画書とか持ってない?」
ロウジはジンから貰ったエレンが作った資料をセセリアへ送信した。
その時、ロウジの端末が鳴った。発信元は不明だ。
「良く来るんだよねここから。多分、ブリオンの人だから無視してる」
鳴り続ける端末を見てセセリアが何か思いついた様だ。
「ロウジ、あんたの端末ちょっと貸してくんない?」
彼女はロウジの端末を受け取り、あろう事か着信を取ってしまった。
「はいはーい!」
『やっと出たか!何日間も連絡してたんだぞ!』
はぁ?なんだこいつ?
「すみません。緊急事態が続いてたので」とセセリアは珍しく丁寧に言った。
『ロウジ•チャンテか?男と聞いていたが』
「あいにく、ロウジ•チャンテは今電話に出られなくて……」
『すまないが、彼が戻って来たら連絡する様に言ってくれないか。私は―
「もしかして……あの機体の件ですかぁ?」セセリアは相手の言葉を遮って聞いた。
『……お前も知ってるのか』
電話越しの相手が威圧的な態度になった。
「ええ、こちらで責任を持って評価させて頂きましたよ」
セセリアは不敵な笑みを浮かべた。
『何日も前から返却要請をしてるのは知ってるのか?』
「私達は試作部の人から依頼されてるので―
セセリアは携帯端末を外し、ロウジからジンの名前を教えて貰った。
「ジン•ミウラさんから依頼を受けてますので、彼の要請しか聞けませんけど?」
『そいつはもういない。担当は変わった』
「何でいないんですか?まさかぁ、解雇したとか?」
『お前には関係無い』
「私達の依頼主なので関係ありますよね?ところであなたは誰ですか?」
『製造部統括のイザヤだ』
電話越しの相手は必死で怒りを抑えている様だ。
「製造?ちょっと待って、そっちの方が関係無いじゃん?ウケるんですけど」
『あまり人を甘くみない方が良いぞ』
「そんなことより、製造の人ならこんな事してる暇有るのかなぁ?」
『何?』
「この機体の量産の準備、進めてます?」
『何を言っているんだ?』
「まだ始めて無いんですか?」
『……始めるわけないだろ』
「やっばぁ、徹夜で挽回ってやつ?」
『いいから!さっさとその機体をこっちに送るんだ!』
「そっちに送ってから、どぉするんですかぁ?」
『……お前には関係の無い話だ』
「まさかぁ、こっそり捨てちゃうとか?」
『いいから!!さっさとよこせ!!』
「あなた、今の流れ理解してる?」
『何のことだ?』
―セセリアは電話越しの相手に呆れてしまった。ベネリットグループ解体という大事件が有っても、思考と行動を変えられない愚鈍さ、視野の狭さ、甘さに―
「ちゃーんと自分の頭で考えないと、世間に置いてかれちゃいますよ?」
『お前!!いい加減にしろよ!! 』
「徹夜ぁ、頑張って下さいね」セセリアが蔑む様な笑みを浮かべた。
『名乗れ小娘』その声は怒りで震えていた。
「セセリア ドート」
『覚えたからな』
「よろしくお願いしますねー」
―イザヤは端末を切った。
「誰だこいつは!!舐めやがって!!」
怒りでブルブル震えていると、端末にメールが入った。
発信元はセセリアからだ。
メールを開くとエレンが作ったバーディングの説明資料とロウジ、セセリアが作ったテストレポートが添付されている。メールの宛先はどこかで見た事ある名前だった。
少しして、イザヤは全身の毛穴から汗が噴き出た―
「ありがとねー、ロウジ」
セセリアはうっとりした表情で携帯をロウジへ返した。
ロウジは彼女の表情を見て嫌な予感がした。
何したんだこの人?……うわっ…ニヤニヤし始めた、これはヤバいぞ
―数日後―
ネイサンの職場は嵐の様な忙しさに追われていた。
トップダウンにより、特急でデミバーディングの図面制作をする事になったのだ。御三家の後釜を狙う企業はブリオンだけでは無い。幾らでもいる。スピードが最も重視される状況となっていた。
実機は何とかアスティカシアから取り寄せたが、図面は先日、イザヤの指示により全て破棄してしまった。ロウジから一部の図面をもらったが殆ど足りていなかった―
「実機を元に図面を起こしてますけど、エラーばかりだ!どうなってるんですか!あの機体は!!?」
担当チームリーダーが耐えられずネイサンへ苦情を打ち上げた。
「真新しい仕様だから社内システムが追いついて無いんだよ」ネイサンがあたふたと説明している。
「こんなんじゃ何時までたっても終わりませんよ!!」
ネイサンはプレッシャーとシステムエラーにより怒りが爆発した彼をなだめた。
「おっ、落ち着け。一つずつ片付けていこう」
「頭がおかしくなりそうです!マニュアル操作での設計なんて私達できませんよ!」
「弱音吐いてないで、何とかするのが君たちの役割だろ」
「出来ないものは出来ない!!」
それを聞くとネイサンの表情が厳しくなった。
「これはトップダウンの仕事だ!我々は使命を果たす義務が有る!」
チームリーダーがネイサンに歩み寄った。
「じゃあ、まずはあんたがやって手本を見せてみろよ」
ネイサンの額に汗が噴き出ている。
チームリーダーがネイサンに怒鳴りつけた。
「そもそもあんたが製造部のいいなりで図面を捨てたんだ!あんたが責任とれよ!!―
*
その日の夜、エレンの携帯端末は鳴り続けていた。多数の着信履歴はネイサンのものと、他にはイザヤとジンも履歴に入っていた。
『やっと出てくれた!!エレン!聞いてくれよ―
ネイサンの声だった。エレンは少しの間、彼の話を聞いた。
「ネイサン…ネイサン!…わかったから、落ち着いて……迷惑かけたわね……私が何とかするから、待ってて」
彼女のギラギラと光る瞳の先には、淡い光を放つバーディングのホログラムが立っていた。