決闘ラウンジにて、セセリアとロウジは呆然と中央スクリーンを眺めていた。
先程、これまで無敗だったスレッタ・マーキュリーとガンダム・エアリアルのコンビが、グエル・ジェタークが搭乗するダリルダビデに敗北したのだ。
セセリアはこれまでの戦績から、当然、スレッタが勝つと予想していた。
何より、ミオリネの婚約者が決定する重要な決闘だったことから、スレッタは絶対に負けられない戦いだった。
そして、スレッタの家族とも言えるエアリアルの譲渡もかかっていた。
スクリーンからはスレッタの悲痛な叫びが聞こえ、セセリアは胸を締め付けられる思いがした―
セセリア達の直近の目標は地球寮のメンバーにバーディングを託し、バーディングのテストデータを得る事だ。
しかし、今の決闘により、それは遠い目標となった。何故なら、地球寮のメンバーとの接点がなくなったからだ。
もともと地球寮の関係者で接点があるのは、決闘委員会を通じてのスレッタとミオリネだった。しかし、彼女達はもう決闘には参加しないだろう。
もう一つの心配事は地球寮のチーム崩壊だ。地球寮は先日のニカの拘束に加え、エアリアルを失い、中心人物2人が破局した状況だ。今の彼らにバーディングを託す事は荷が重すぎる。
これはセセリアにとって頭を抱える状況だった。彼女は携帯端末を見ながら次の動きを考えていた―
「グエル先輩勝っちゃったかー」とセセリア。
ロウジは少し大きめな携帯端末を見ながら言った。
「負ける寸前、明らかにエアリアルは停止してたよ。何かおかしいね」
セセリアは何か思いついた様で、携帯端末からロウジへ視線を移した。
「そういえば、あれの調整はどれくらいかかりそう?」
「動かすだけなら今の状態でも大丈夫だけど」
「だけど?」
ロウジも端末からセセリアへ視線を移動した。
「本来のスペックを引き出したいなら一週間は欲しい……気になる箇所が幾つか有るんだ」
「一週間ねぇ…………そっちは任せたから」
「そっちって……セセリアも何かやるの?」とロウジが無表情で聞き返した。
「パイロット探し……うち(ブリオン寮)の奴らじゃあれ動かせないっしょ」セセリアは蔑む様な笑みを浮かべている。
「地球寮のポンポン頭(チュチュ)にお願いすれば?」とロウジ。
「そのつもりだけど……今の決闘で難しくなったよね」
ロウジは理解できない様で無言でセセリアを見ていた。
「私らとポンポン頭たちの唯一の繋がりは、水星ちゃんとミオリネ・レンブランだったけど……それもさっき無くなっちゃった……どうするかなー」
ロウジは考えこむセセリアを見て、素直にお願いすれば良いだけでは?と思ったがなんか面倒くさそうだから沈黙を貫いた。
「まずは、誰を抑えようか……水星ちゃんは当分厳しいよね……ここは正攻法で上から抑えるか」とセセリアがぶつぶつと呟いた。
「ロウジー、地球寮の寮長ってどんなヤツだっけ?」
ロウジはセセリアの顔をみた後、彼の端末を操作してセセリアに渡して来た。
「マルタン・アップモント、経営戦略課3年」
端末にはマルタンの写真が映っていた。
「さっすがロウジー」
こいつかー。何回か見た事有るわ。見るからに頼り無さそうなヤツだった……今の地球寮を纏めるには荷が思いっしょ……
ってことは、今はストレスで隙だらけかなー?
……え、何か面白そうじゃん!こいつにしよーか!
セセリアがうっとりした笑みを浮かべた。
それを見たロウジはマルタンが彼女の獲物になった事を理解した。そして心の中で彼の無事を祈った―
ここからセセリアの作戦が始まった。
*
セセリアはまず食堂で地球寮のメンバーの様子を窺うことにした。
地球寮は学園内の隅にある為、かなり遠い。そこまで行くのはセセリアにとって過酷な選択だった。なのでとりあえず食堂で確認する事にしたのだ。
彼女は食堂に着くと、ホールの2階から1階をチラチラ見下ろした。
こう見ると、かなり寂しくなったねー
テロの影響で食堂は活気が有るとは言えない状況だった。生徒がポツポツとしかいない。
あ、ポンポン頭いた!っと、水星ちゃんもいるじゃん。てことはあの辺が地球寮の子らってことねー……ん……水星ちゃん結構元気じゃね?
おい、てか、マルタンいなくね?寮長のくせにハブられてる?ヤッバー、ケッサクなんですけど
セセリアは自分の仮説である、マルタンはストレスで何かしら上手く行って無い事を確信し始めた。
ストレス溜まってたら、どっかで吐き出したいよねー…………
そういや使った事ないけどカウンセリングルームって無かったっけ?…………えっ……ちょっ、いーこと思いついた!
彼女はそこで彼の悩みを聞き出し、親身になって解決する事で取り入ることを考えた。
つまりマルタンの心を掌握した後、マルタンを通じて地球寮を意のままに操る、限りなく下衆い作戦を考えた様だ。
セセリアは脳みそをフル回転させ作戦の計画を練った。
「まずは……カウンセリングルームの確認からね」
彼女の顔には、いつものニヤつきが消え去り、曇りの無い真剣な表情になっていた―
カウンセリングルームについて、噂では緊急事態規則以降、実質的に機能していない様だ。
また、完全予約制で専用の予約システムを使用し利用する。当然、予約システムでは自分以外の誰がいつ予約しているかはわからない様になっている。セセリアはとりあえず予約を入れてカウンセリングルームを利用してみた。
*
カウンセリングルームに入るには学生証兼携帯端末を入り口扉の隣にある、読取端末にかざす必要があった。
「ぷっ……何なのこれ」
中に入ると狭い部屋の中央にハロが祀ってあり、シュールさからセセリアは少し吹き出した。
何ここ、せっま。2人はいれないねー。てかハロが相手なら部屋設ける意味無いっしょ
彼女はガッカリとし、諦めて次の作戦を考えようと部屋の外に出た。
え、ここにも扉あった?
と、その時、隣にも少し小さな扉が有るのに気付き、おもむろに開けてみた。
カチャ
なんだぁ?ここ
セセリアが中に入ると細い通路が有り、通路の突き当たりの隣には先程より小さい部屋が有った。
その部屋には机が有り手前にボタンが設けてあった。
これはもしや!
カチッ…ウィーン
ボタンを押すと、机の前の壁が開き、先程の部屋とつながった。
こちらの部屋が隠し部屋になっており、恐らくカウンセラー用の部屋となっていた。
「カウンセリングってこう言うことね……これは……この上無い仕様ね」
セセリアは曇りの無い凛とした表情をしていた。彼女の脳裏に何かが映った様だ。
彼女の手は壁向こうにあるハロの頭をスリスリと、ちょっと早いがとても丁寧に撫でていた―
*
まぁ、あの箱(カウンセリングルーム)は使えそうだけど……どうやってマルタンを誘き寄せるか…………とっ、その前に、あいつがあそこに行くタイミングがわからないとねー…………ここは、ロウジにお願いするしか無いねー
セセリアはバーディングの調整で忙しいであろうロウジに携帯で連絡をした。
「……あ!ロウジー!!?ちょっとお願いしたい事があるんだけど!」
『何?』
ロウジはとても面倒くさそうな雰囲気を出してきた。
「カウンセリングルームってあるじゃん?あそこの予約状況を見える様にして欲しいんだけど」
『え……何で?』とロウジ
セセリアは急に真面目な口調になり、ロウジを説得した。
「あの機体に関わる事よ……これは、最優先事項なの」
電話越しのロウジは「マルタンだな」と察した。そして、素直にお願いすれば良いだけでは?と思ったがそれを言うととても面倒くさそうだから、黙って彼女の指示に従う事にした。
ロウジはちゃっちゃとアプリを作り、10分そこらでそれを完成させた。
セセリアへアプリを送る寸前、彼女にこれを渡して良いのか?と彼の倫理観が一瞬、送信を拒絶した。
が、彼は仕方無く送信ボタンを押してしまった―
*
流石ロウジ、もう出来たんだ!
セセリアは携帯端末でロウジが送ってきたアプリを開いた。
どれどれ…………あー、これはヤバい
……へー、あいつ、カウンセリングルーム使ってるんだ。いがーい!
彼女にとってこのアプリは、小さい時に貰った誕生日プレゼントぐらい嬉しい物であった。
彼女はしばらくアプリを眺めてうっとりした笑みを浮かべたが、ハッとし、再び真剣な表情になった。
与えられた力(アプリ)を濫用してはいけない。私にはやるべき事がある―
*
次が最後のミッションとなる。それはマルタンをカウンセリングルームに誘い込むことだ。
彼女は自分がヒエラルキーの頂点に君臨しているブリオン寮の力を使い、マルタンへカウンセリングルームの存在を吹き込む作戦を開始した。
寮のメンバーがマルタンの近くでカウンセリングルームの話をすると言う単純な作戦だ。
単純だか強制力が無い為、若干時間かかる作戦だ。セセリアは獲物が箱に入るまで数日はかかると予想していた。
実はカウンセリングルームに一つだけ改善が必要だと考えていた為、早すぎても困ったのでちょうど良かった。
セセリアは作戦の段取りがひと段落した為、溜まり場の決闘ラウンジでくつろぐ事にした。そして、カウンセリングルームの改善をどうやってロウジにお願いしようか考えていた時だ。
ふと、流石にまだ来ないだろうと思いつつ、アプリを確認した。
ちょっ!
セセリアに衝撃が走った。
やられた!マルタン!!
マルタンの予約が入っていたのだ。彼のチョロさはセセリアの予想の斜め上を行った様だ。
やっば!ロウジに急いでお願いしないと!!
彼女は再び、ロウジへ連絡した。
『何…セセリア?』
「ロウジ……お願い―
ロウジはいい加減、マルタンやチュチュに素直にお願いしてくれ、と思ったがやはり断る方が面倒くさそうだったため彼女のお願いを聞く事にした―
―マルタン到着15分前―
「ロウジー!ありがと!」
セセリアは携帯端末でロウジに礼を言った。この時、彼女は作戦メンバーへの感謝の気持ちで心が満ちていた。
何か……緊張してきたんすけど……
彼女は柄にも無くプレッシャーを感じていた。皆の努力が実るかどうが自分に掛かっているからだ。
念の為、マルタンの予約時間より10分前からカウンセリングルームの奥の隠し部屋にスタンバイする事にした。
いかん……あいつが入ってきたら吹き出してバレるかも……ん?
カチャ
マルタンがカウンセリングルームに入ってきた。
何で包帯!?
彼女はマルタンのおかっぱ頭に包帯が有るのを見て何故かイラッとした。そのお陰で、ファーストコンタクトで吹き出さない事には成功した様だ。
少し間を置いてからマルタンの口から小さな声が溢れ始めた。
「僕は……仲間が罪を犯してると知って通報しました」
第一声から予想外の言葉が出て来て、セセリアは少し困惑した。
へー……ニカ ナナウラが捕まったのは…こいつの通報だったのね
「罪は罪です……僕は寮長として仲間を助けたかった。何もおかしくない!!」
ちょ!!……まて!……ダサすぎ!!
いかん!吹き出してまう!!
「僕のした事は正しいですよね!!?」
頭を抱えて大声を出すマルタン。
もうやめてくれ!!
セセリアは吹き出しそうになり、たまらず、先程ロウジに追加して貰ったボタンを押した!
ブッ!ブー!!
「えっ!」
カウンセリングルームにブザーが響いた。
その後、隠し部屋の扉が開き、セセリアはマルタンと目が合った。そして、彼女はニヤけ面を抑えることができなかった。
「あっ!ぼっ!ほへー!!!」
マルタンは飛び上がり、後退りした。セセリアは彼のリアクションに、体が震えるほどのカタルシスを感じた。
「あんたぁ……とんだ裏切り野郎だねぇ!」
当初の思惑とは少しズレているものの、マルタンの弱みを手に入れた事で彼女の作戦は大成功を収めた―