アスティカシア学園内で発生したテロ事件以来、決闘委員会のラウンジはセセリアとロウジの溜まり場と化していた。
しかし、この日のラウンジには、2人に加えてもう1人新参者がいた。
その新参者は様子がおかしく、ソファに座るセセリアの前で床に座っていた。まるで主人と奴隷の様だ。
セセリアは棒付きキャンディを口に頬張りながら、足を組んで深くソファに腰掛けていた。
奴隷は地球寮寮長のマルタンだった。セセリアの足元で正座をし、下を向いて慣れない手付きでセセリアの足の爪に、マニュキュアを塗っていた。
「ムラにしたらバラすからー」とセセリアが冷たく言い放った。
……それにしても、こいつ…ここまでヘボかったかー……人選ミスった……素直にポンポン頭にしとけば良かったわ―
セセリアは当初、崩壊寸前である地球寮のチームの建て直しは、寮長であるマルタンが鍵となると考えていた。が、予想以上の彼の弱さにセセリアは失望していた。
今の彼ら地球寮にバーディングを託す事は到底できない―
……まー、ダメ元で、やってみるかー
「僕は やましいことなんか…」とマルタン。
「しっかし 、そのチクられた子…あっ何だっけ?ほら…」セセリアが横柄な態度で言った。
『LM236 ニカ ナナウラ』とロウジが抱えるハロが答えた。
「復讐しにくるかな?震えて眠れってやつぅ?弱者同士で刺し合うって、ほんと笑えるー!」
「そうだよ!!弱者だよ!!君たちみたいな勝ち組に何がわかるんだ…地球寮を…これ以上悪い立場には置けない」
マルタンはセセリアの挑発にかかり、珍しく大声を出した。その後、うつむき今にも泣き出しそうになった。
マルタンは泣きそうな声で絞り出すように言った。
「僕は寮長として―
「やっかい事に巻き込まれたく無かった」セセリアはマルタンの声を遮って言った。
「聞く事を途中で諦めた自覚が有る。だから周りにも打ち明けられない…違う?」
「そうだよ……僕はニカと話す事を諦めた……寮長失格だ…だけど…あの時は、本当の本当にみんなを守る一番の方法だって……ん!!」
そこまで言ったマルタンの口に、セセリアは棒付きキャンディを突っ込んだ。
「だったらそういえばいいじゃん。弱者が一丁前に意地張ってんの、うざいんですけど」
そう言うとセセリアはソファの背もたれに上体を倒した。
それとほぼ同時に、マルタンは堰が切れた様に泣き出した―
*
その日の夜、セセリアとロウジはいつも通り、決闘委員会のラウンジにいた。
だしぬけにロウジが言った。
「セセリア……大変な事になった。ミオリネと共にクインハーバーへ行ってたエアリアルがアーシアンと戦闘状態だって」
「は?」セセリアは携帯端末から顔を上げてロウジを見た。
ロウジがラウンジの中央モニターへニュースの画面を写した。画面には地球、クインハーバーでのエアリアルとアーシアンの戦闘風景とミオリネの顔写真が写っている。
「はー!!?あいつら何やってるわけ?てか何でエアリアルが地球にいるのよ?」セセリアはソファから立ち上がって中央モニターを見た。
「エアリアルの操縦は誰がしてるんだろう」とロウジは首を傾げた。
その後、ロウジは自分の端末画面を凝視して、何かブツブツ1人言を言い始めた。
セセリアは立ちながら何かを考え込んでいた。
「ロウジ……あれってどうなってんだっけ?」
ロウジが画面から顔を上げてセセリアを見た。
「ブリオン寮で出来る調整は全部終わったよ…ただし、ポンポン頭に搭乗されるなら、地球寮のメカニックの微調整が必要だね」
「うちらが出来ることは、全部終わってるってことね」
セセリアは眉をひそめて、中央モニターに映る戦闘風景を眺めた―
*
「あっ!あのー!」
翌朝、マルタンがラウンジにやって来た。彼は何かスッキリした様な声と表情をしていた。
だしぬけに、ロウジが飛び出して彼に詰め寄った。その勢いに、ワッ、と驚いてしまいマルタンは尻餅をついた。
ツカツカツカツカ
セセリアが少し早足で歩く音がラウンジに響いた。
そして、ロウジの背後に仁王立ちして、マルタンへ詰め寄った。
「なーんでエアリアルが地球にいるわけー?」
すると、ロウジの抱えるハロの目が同調する様に赤く光った。
狼狽えてるマルタンが答える前に、ロウジが畳み掛ける様に質問した。
「誰が操縦してるんですか?画像情報だとガンビットが周辺の機体を制御してるように見えるけど、エアリアルのガンビットはそれ自体に…」
「しっ、知らないよ!僕らも驚いてるんだ!」
「使えない奴。じゃ、何しに来たの?」
「ほっ、報告。ちゃんとみんなと和解できたって」
「ちゃんと質問に答えてください」ロウジのハロの目が再び赤く光った。
「うっ、うひー!!!」
それは、マルタンが驚き悲鳴を上げた直後だった。
ゴ!!!!!!
「「「わっ!!!」」」
轟音と振動でラウンジ全体が揺れた。
振動に耐えている最中、セセリアは恐怖を感じながらある事が頭を過った。昨日のクインハーバーのエアリアルによる襲撃事件とランブルリングのテロの2つの事件だ―
アスティカシア学園内ではランブルリングのテロで使用されたガンダム ルブリス ソーンと複数のガンヴォルヴァが出現し、学園区域内を襲撃していた。
下半身がアンバランスに小さいソーンは特殊な大型のビーム兵器を装備している。ソーンはそれを駆使して、区域内を無差別に破壊した。
ソーンが放った閃光の一つが地球寮に直撃した。
そして、その中に格納されていた、チュチュ専用デミトレーナー105は、何とか逃げ出した地球寮のメンバーの目の前で破壊されてしまった。
彼らの多くの時間と、かき集めた僅かなリソースを注ぎ込んだ結晶が、エレンとジンが技術者として再び情熱を燃やすきっかけとなった名機が、呆気なく散ってしまった―
その頃、ラウンジではマルタンが焦りながら地球寮のティルに連絡していた。
「寮とデミトレが破壊された!?みんなは無事!!?……えっ、スレッタがいない!!?………今からみんなで地下に向かうんだね!?」
それを聞いていたセセリアがマルタンの携帯端末をズラし、伝えた。
「地下ならブリオン寮の地下ドックに来るように伝えて」セセリアは緊急事態にも関わらず、冷静に言った。
マルタンが頷き、ティルへその通り連絡した。
マルタンの連絡が終わると轟音と振動の中、セセリアが言った。
「私達もブリオンのドックにいくよ、ロウジ、安全そうなルートで案内して―
*
学園区域内では空中、地上でフロント管理の警備用MSのデミギャリソンが複数台出撃し、ソーンとガンヴォルヴァの迎撃をしていた。
デミギャリソンは何台も出撃していたが、相手は魔女が搭乗するガンダムだ。なす術も無くバタバタと破壊されてしまった。
そして、幾つかの校舎は破壊され多くの生徒が爆風、瓦礫の下敷きとなっていた。最早、単なるテロでは無く一方的な虐殺と化しており、華やかなだった学園内は瓦礫と血で溢れた地獄と化していた。
*
……あの警戒体制はなんだったのよ。アテにならないじゃん。これは正直参った……
セセリアはドックへ向かう途中、一瞬見えた凄惨な学園内の光景が脳裏から離れなかった。
彼女が見た光景では、魔女狩り部隊も出撃していたが、ソーン1機に翻弄されていた。
フロント管理の警備部隊はほぼ役立たっていなかった。
そして、この最悪な状況下でエアリアルは地球、スレッタは行方不明、御三家のエースパイロット達は不在の状況だ。増援もどこからいつやって来るのか不明。
セセリアはこのままでは外からの増援が来るまでに、ほぼ間違い無く学園は壊滅させられると思った―
*
3人はロウジの案内により、何とか襲撃を避け、ブリオンの地下ドックに到着した。そして、地球寮のメンバーと思われる人集りが見えた。
マルタンが少し息を切らして、嬉しそうに言った。
「ハァハァ……良かった……皆着いたみたいだ」
彼は走るペースを少し上げて、叫んだ。
「アリヤ!リリッケ!!」
「マルタン」この状況の中、気丈そうなアリヤが答えた。
「みんなは!?無事?」とマルタン。彼はいつの間にか寮長の顔になっていた。
「スレッタがまだ見つからねーんだ」とオジェロ。
「クソッ!デミトレが有れば!!」と一際、闘争心がありそうなチュチュは拳と手の平を合わせた。
「ダメだよ!今出たら!!」
リリッケがチュチュを止めようとしている。
「ずっとここで隠れてろってのかよ!!」とチュチュ。
「チュチュに死んで欲しく無いんだよ!!」とリリッケが泣き出しそうになり叫んだ。
セセリアはここに向かっている最中、ずっと考えていた事がある。
それは、ここでチュチュをデミバーディングへ乗せるかどうかだ。彼女は元々、その計画だった。しかし、いきなりの実戦、そして、相手がガンダムなのは想定外過ぎて迷っていた―
「まっ、このままじゃ全員バッドエンド確定っしょ」とセセリアがチュチュとリリッケの間に割って入った。
「そんな」とリリッケ。
「…………だから」
「「「「え?」」」」
セセリアは彼らに託す事にした。
「……うちらの貸してあげる」
それを聞くとロウジは手際良くドックの操作盤を触った。
ゴー!!!
外の襲撃音に勝るドックの稼働音が響いた。
ゴー!!ゴン!!!
大きな音と振動と共に、セセリア達の前に光沢のある大きな機体が出現した。
地球寮のメンバーは、驚き、初めて見るその機体を無言で見ていた。
それは、王者の風格があり、どう見ても高性能なハイエンド機だった。側から見ると、底辺層であるアーシアンの彼らには全く縁の無い機体だ。
しかし、彼らには見覚えが有ったのだろう。
ついさっき、彼らの目の前で破壊されてしまった105が、瓦礫の底から助けに来てくれたと、彼らは思ったのかもしれない―
『MSJ R122 デミバーディング』とロウジの抱えるハロから音声が出た。
「ブリオン社の新型試作機です。テスト用に持ち込んだところだったんですけど……」とロウジ。
チュチュはロウジの説明中も、夢中で目を輝かせてバーディングを見つめていた。
セセリアが言った。
「うちらは乗れないし。そっちのポンポン頭に貸した方が、生存率上がりそうでしょ…………ほら、さっさと調整して」
「あ…調整っつっても」とオジェロ。彼はヌーノに助けを求めた。ヌーノはいたたまれない様子で言った。
「チュチュのは全部あいつ(ニカ)が」
うっ!やっぱり!!
セセリアはニカの不在が心配点だったが、それが当たってしまった。
そのタイミングでアリヤの携帯端末が鳴った。
「ニカ!!」アリヤが叫んだ。
「いるじゃーん。うってつけのヤツが」と、セセリアは言った。内心は、自分達のツキの良さに驚くと共に、ホッとしていた―
タッ、タッ、タッ、タッ―
「おっ……来たか」オジェロが誰かが走ってくる音に気がついた。
ドックの奥から必死で走って来た人影はニカだった。彼らの間に到着すると彼女はハァハァと息を切らした。
ニカは苦しい表情を浮かべて地球寮のメンバーへ言った。
「みんな…」
チュチュはその声を聞くと、前に乗り出し、怒鳴り声を上げそうになった。しかし、チュチュの肩を強く抑え、前に出た者がいた。寮長のマルタンだった。
彼は感情を抑えて言った。
「ニカ、急いでこいつを見て欲しい」と、マルタンはバーディングを指した。
「え……」
「僕はもう一度、君と話がしたいんだ」
「…………うん!」