風穴と馬鎧   作:ハシビロ7723

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馬鎧

エレン チャンセラーは自宅のリビングで呆然と立ち尽くし、テレビを見つめていた。

 テレビには、燃え盛る炎の中に浮かび上がるガンダム エアリアルが映っていた。それは、エアリアルによる地球のクインハーバー襲撃事件のニュースだった。

 

 この事件により、近頃頻繁していたテロ事件により緊張状態だったスペーシアンとアーシアンの対立構造が激化した事は言うまでもない―

 

 

 こいつら……医療の会社って言ってたくせに

 

 エレンは、同じスペーシアンとして身震いするほどの怒りを覚えた。遠い地球で起きた事件にもかかわらず、何故か他人事のように流せなかった。

これは、同族嫌悪なのかもしれない。何故なら彼女は元MSの設計者である。アーシアンから見れば、地球で暴れているエアリアル達と同類に映るだろう。

 

彼女もまた、スペーシアンとアーシアンの血で血を洗う怨念の輪に組み込まれた部品の一つなのだ。彼女はその事実から目を背けるようにブリオンを去った。それによって、人殺しの道具の作り手であることから逃れたつもりだった―

 

ニュースが終わった後も、エレンの脳裏から燃え盛る街並みの映像が消えることはなかった。世界を取り巻く不穏な空気から、自分の心や家族との生活を守るために、彼女はそれが遠い世界の出来事だと言い聞かせた。

 

  私には……関係無い

 

 

 *

 

 

 エレンは夢の中で古いデミトレーナーに乗っていた。古いその機体は思った通りに動いてくれない。彼女の意思からワンテンポ遅れて動いて動いている様だ。次第に目の前に瓦礫の丘が迫って来た。

 

そして、古いデミトレーナーはエレンを乗せたまま、丘を飛び越えられず瓦礫に埋まってしまった。エレンは焦燥感に駆られ、操縦席の中から叫んだ。

 

「動いてよ!」

 

背後に別の機体が迫って来ていた。ゾクっと戦慄が走った直後、突如右側から轟音に襲われた―

 

 エレンは体をビクりと震わせて目を覚ました。胸が激しく動き、息が荒れている。手はシーツを強く握り締めており、じっとりと汗が滲んでいた。時計に目をやると、7セグの表示器が2時52分を示していた。時計から彼女の右側に視線を移すと、すやすやと夫のアダムが寝ていた。

 

 彼女は再度眠りに着こうとしたが、何故か胸騒ぎのため中々寝付けなかった。するとある事に気が付いた。アダムの寝息が聞こえ難くなっていたのだ。

 

 どうして……いつからだろう……

 

 彼女は右耳の難聴が再発していた。その後も彼女は暗闇の中で寝付く事が出来きない。目を閉じて長い長い時間を過ごした後、瞼越しに光を感じた。ふと、目を開けると既に外が白みかけていた―

 

 

 翌朝、彼女は家族といつもの朝食を取っていた。少し前までは、笑い声が響いていた時間だったが、近頃は皆口数が減っていた。

 エレンは、その原因は自分にある事に気が付いていた。チャンセラー家は3人しかいない家族だ。その内の1人が不調になれば当然、家族全体も不調になる。そして、この日の朝食は、これまで以上に沈黙が漂っていた―

 

 アダムが出勤した後、家ではエレンとアマンダ2人きりとなっていた。

  アマンダは現在、長期連休の真っ最中だった。ブリオンを退社したエレンにとって、娘とこんなに多くの時間を過ごすのは初めてのことだった。

しかし、この母娘はその時間を上手に使えず、ただただ無為に過ごしていた。その原因は、アマンダの態度だった。最近、彼女はエレンに対して厳しい態度を取るようになった。反抗期なのかもしれないが、自分にも非が有るのではと、エレンは負い目を感じていた―

 

 

 

エレンが昼食の準備をしていると、突然、携帯端末が鳴った。携帯を見ると不安な気持ちが湧いて来た。

 

 え……ジン?

 

  彼女は、着信を取る事を躊躇った。ジンからの連絡は中々切れない。そして、迷っていたら手元が滑り連絡を繋いでしまった。

 

『おお、やっと出た!……エレン、突然すまん』

 

「ええ……ジン、どうしたの?」

『バーディングの初起動が決まった』

 

やはり嫌な連絡だった。彼女の予感は当たっていた。

「ジン。ごめんなさい……私はブリオンの人間では無いの……もう協力は出来無い」

 

 端末越しのジンの様子がおかしい。あの無鉄砲な彼が酷く焦っているのだ。

『エレン……実は今……アスティカシア学園でまたアーシアンと思われるテロが起きているらしい……たぶん先日のクインハーバーの報復だ』

 

 恐ろしい単語が並び、理解が追いつかずエレンの時が止まった。そんなエレンに構わず、ジンは続けた。

『相手は先日のアスティカシア学園を襲撃したガンダムとそいつが操る無人機だ……魔女だそうだ……今、学生が大勢殺されている』

 

 時が止まったエレンは、次第に重圧に襲われ立っているだけで精一杯になった。

 

『出撃できる機体が無いから……学生パイロットが……バーディングに乗って出撃するとのことだ。ブリオンの……バーディングを見てもらってる子から連絡を貰った』

 

対岸の火事が急に自分事になった。そして、重圧に耐えているエレンの中に、沸々と新たな感情が湧き出した。それは怒りだった。

 

 何故、学生が出撃するのか?

 カテドラルや警備は何をしているんだ?

 そもそも何故アスティカシアにバーディングがあるのか?

 バーディングはどんな状態なんだ?

 

 そんなエレンに容赦無く、ジンは続けた。

『学生パイロットは……アーシアンのあの105に乗ってた子だそうだ』

 

 その言葉に湧き出した怒りは吹き飛び、気が遠くなってしまった。

激しく胃が締め付けられると共に、全身から冷や汗が吹き出して来た。その反応に耐えていると、再び怒りが噴き上がり、彼女は感情を抑えられず爆発した。

 

「何で!!!アスティカシアにバーディングが有るのよ!!!」

『すっ、すまない……俺が送ってし―

「まだろくにテストもしてないでしょ!?はっ、初テストが実戦で!!パイロットは学生!?相手はガンダム!!?自分が何言ってるか分かってるの!!?」

『エッ、エレン落ち着いてくれ!そうは言っても、向こうの状況はそんなバーディングですら必要なんだ』

 

 エレンは肩で息をして、携帯を持つ手はブルブルと震えていた。

 

『……コックピットの映像を中継できるがどうする?君には……見届ける権利がある。当然……俺は見届ける』

 

エレンは喉まで、「自分には関係無い」と出かけたが、それは言えなかった。彼女は震える声で言った。

「…ジン、繋げて」

 

 彼女は、真っ白になった頭で、どうやってその状況まで持って行ったかわからないが、いつのまにか仕事用の端末を取り出し、ジンからの映像を繋いでいた。

 

 画面の下半分がパイロット目線の映像になり、上半分がコックピット内部の映像になっていた。画面上半分を見たエレンは凍りついた。

そこには、アマンダと一回りしか変わらないであろう少女が映り込んでいた。

 

私は…全てを賭けて、この娘の棺を作ったのか?

 

 耐えがたい焦りと恐怖心がエレンを襲った。ガタガタと手足が震え、冷や汗が止まらない。自分が出撃する方が遥かにましだった。

 

そんなエレンの気持ちとは関係無く、映像内の少女は着々と出撃の準備を進めていた。

 

『MP039 チュアチュリーパンランチ……デミバーディング 出撃』

 

 バーディングを載せた輸送コンテナが移動し、扉が開いた。

 すると、モニターの中で、凄惨な学園の映像が広がった。

 

学園内の奥の方で、幾つかの閃光が走っていた。エレンが見た事の無い、下半身が不自然に小さい奇形のモビルスーツが、高速で動き周り魔女狩り部隊と交戦、いや、蹂躙している。

 一眼でわかった。ガンダムだ。その機体だけ、動きがモビルスーツのそれでは無かったのだ。

 そして、至る所で、気味の悪い機影が映っていた。それらは自我を持っていない様な動きで不自然に浮かび、移動しながら無差別に攻撃をしていた。

 これらの悪魔が持つ、自分が理解できない運動性能に、元々無いに等しかったエレンの希望は消え去ってしまった。

ガンダムには、モビルスーツでは勝てない。外見は似ているが、全く異質の兵器なのだ。当然、兵器としては向こうが遥かに格上だ。それを改めて思い知らされた。

エレンは、バーディングのパイロットへ引き返す様に願ったが、そんな彼女の気持ちを裏切る様に、バーディングは着々と戦線に向かって行った。

 

 お願い逃げて!

 

 エレンが心の中で叫んでいた時だった。彼女の心の叫び声が伝わった様にバーディングの動きが止まった。それにより、エレンの張り詰められた心が一瞬緩んだ。

ふと、バーディングの視界が戦線から足元の瓦礫に移り、そしてパイロットの声が聞こえた。

 

『……ちくしょう』

 

エレンはその映像を見ると感電した様に、ビキッと体が反応し、硬直してしまった。

 

 そこには、ボロ雑巾の様にされてしまった生徒達の亡骸が散らばっていた―

 

 エレンの視界が暗くなり、何も聞こえ無くなってしまった。そして、彼女の腹の底から胃酸と共に、ある記憶が這い上がって来た。

 

 

 ―25年前―

 

 母が死んだ後、幼い彼女は父までいなくならないか心配になり、父に纏わりつく様になった。

 

 ある時、彼女は父の仕事の端末を覗いてしまった。

 

 そこには大量のサンプル写真が保存されており、傷付いたグラスレーの機体だけでなく、地球での壮絶な戦闘後の写真もあった。そして、エレンはあるページで頭に電気が走った様に震えた後、固まった。

 

 そこには吹き飛んだアーシアンの物と思われる人体の欠損写真や大人、子供関係なく大勢が吹き飛ばされたであろう、人体の破片が散らばっている凄惨な写真が並んでいた。

 

 幼い彼女はその写真を凝視し脳裏に焼き付けてしまった。その出来事は母を失い傷付いた心を容赦無く擦り潰した。

 その後、彼女はアーシアンにより父もバラバラに吹き飛ばされるかもしれないと、耐えがたい恐怖とアーシアンに対する罪悪感、そして父に対する不信感に襲われる様になった。

 

 父は衰弱した彼女を励ますためにいろいろな所に連れて行き、あの日、旧型デミを見せに行った。デミを見たエレンは錯乱し、アーシアンから父を守ろうと1人で乗り込んで事故へと繋がった―

 

 彼女の心は自らを守る為に、この一連の記憶を抑圧し忘れていた。今、極度の緊張状態の中、過去の記憶とモニターの光景が結ばれてしまった。

 

 それは、彼女を、父の部屋で恐怖と罪悪感と不信感に飲み込まれている8歳の少女へと引き戻してしまった―

 

 

 アーシアンが……仕返しに来た……

 

 

 

 

……さん!お母さん!どうしたの!?」

 

 いつの間にかアマンダが隣にいた。彼女は緊迫した様子でエレンへ話しかけている。

 

 エレンは気を取り戻したが何も言えず小さく縮こまっていた。アマンダは画面を覗いて言った。

 

「これって、お母さんが作った機体だよね?どういうこと?何でこの娘は戦ってるの?」

 

エレンは答えられず、画面を見る事もできず、まだ小さく縮こまっている。

アマンダは、瞬時に状況を理解した。それと同時に、情け無い母に怒りが込み上げ、エレンを怒鳴りつけた。

 

「お母さんがこれ作ったんでしょ!しっかりしてよ!!」

 娘の呼び掛けに、エレンは僅かに反応した。

「この娘!戦ってるんでしょ!!?」

 

 アマンダは涙目になって激怒した。

「責任持てないなら!!こんなの作らないでよ!!」

 

その声はドス黒い沼に沈んでいたエレンの意識を引き上げた。それによりエレンは、何とか気を取り戻した。

画面内ではバーディングは戦線の直前まで進んでおり、そして、視界の先にある瓦礫の向こうに複数の敵機に囲まれたディランザが見えた。

 目の前に瓦礫の丘が近付いて来る。それはまるで、悪夢で何度も越えられ無かった丘だった。

  

 こっ、これは……越えられない!

 

バーディングは構わず瓦礫の丘に近づいて行く。視界が狭まり、彼女の意識は再びアーシアンの血肉で満たされている沼へ沈んで行った―

 

 

エレンは、大事な事を見失っていた。それは、バーディングに乗っているパイロットはただの少女では無い事。彼女は体こそ小さな女の子だが、ミカエリスの頭を撃ち抜く程の腕を持つ、エース級のパイロットだ―

 

バーディングは丘の向こうにいる敵機の頭を吹き飛ばし、軽々とその丘を飛び越えた。そして、バーディングのパイロットは丘の向こうにいたディランザのパイロットへ向けて大声を出した。

 

「おいスペーシアン!!」

その力強い呼び声は、恐怖と罪悪感の沼に沈んでいたエレンに届いた。

 

「手伝え……こいつらぶっ潰すぞ」

その言葉は彼女を無理矢理沼から引きずり上げた。

 

 

  視界が晴れたエレンは、初めてデミを整備していた事を思い出していた。それは父を守る為に彼女ができる唯一の事だった。

これまでの技術者人生の断片が、走馬灯のように流れて来た―

 

 

 エレンは小さいが力強い声で言った。

「その機体は……私たちは……あんな奴らに、絶対負けない」

 

 彼女は、自分が何故、バーディングへ堅牢な鎧を纏わせたのか理解した。

 

あいつらの装備じゃ、バーディングの装甲は撃ち抜けない

 

その時アマンダの目には、ギラギラした眼光を取り戻したエレンの横顔が写っていた。強い母が帰って来たことを理解したのか、アマンダの目からボロボロと涙が溢れ出した―

 

 画面内ではパイロットの咆哮が飛び交い、いつの間にかディランザと共闘していた。

 

 魔女狩り部隊のベギルペンデ、ハインドリーも垣間見えていたが、その中でバーディングが戦況を牽引している。

 

 弾丸が底をつくとバーディングはライフルを逆さに持ち、パイロットの叫び声と共に近くの敵機へ殴りかかった。

 

 その猛獣の様な戦いぶりは、人間が元々野生動物であり、そしてモビルスーツは人間の能力を純粋に拡張した物だと感じさせる、猛々しく凄まじいものだ。

 バーディングにより粉々に頭を潰された敵機は、糸の切れた傀儡の様に崩れ落ちる。

 

 周囲を見回したがまだ何台も敵がいた。もう一波来るか、と思った矢先、敵機の動きが停止した―

 

 

 

 

 エレンは戦闘が終了し、しばらくすると我に帰った。

 息が上がり、汗だくだ。

 

 そして、アマンダが右肩にしがみ付きグスグス泣いてる音がしっかり聞こえて来た。

 

 エレンはアマンダの肩を持ち、娘の顔を覗き込んだ。

「アマンダありがとうね……お陰で、助かった」

 娘はぐしゃぐしゃに泣き崩れた顔を横に振った。

 

 通信回線の向こう側にいるジンは、緊張の糸が切れた後、ブリオンの試作部門の片隅で崩れる様に座り込んだ。

 

 そしてモニター内では、バーディングとディランザが共に帰還する様子が流れていた。

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