アスティカシア学園の2度目のテロ襲撃事件により、デミバーディングの存在が一部のブリオン社員に知れ渡った。
一部とは次世代機の開発プロジェクトメンバーである。彼らはデミバーディングの外観と性能を知っている為、襲撃事件の映像から実機が存在している事に気が付いたのだ。
イザヤをはじめとするプロジェクトメンバーは、この事実に驚愕し、狼狽した。バーディングの存在は彼らにとって重大な問題である。
ブリオン全体にバーディングの存在が知れ渡れば、会社は建前上、製造を許可したことにせざるを得ない。さもなくば、兵器の密造を行ったと見なされるからだ。
そうなれば、プロジェクトメンバーがどのような制裁を受けるか分からない。それどころか、ブリオンがバーディングを建前だけでなく、実質的に認め、商品化する可能性すらある。
エレンがブリオンを去った今、それは恐ろしく高い課題となる。さらに、彼らはバーディングを製造する技術を持ち合わせていないため、それは単なるリスクでしかない。それだけでなく、彼らのプライドも大きく傷つけられることになる——
イザヤたちにとって最善の逃げ道は、バーディングの存在を消し去ることだった。幸いにも、世の中は大事件で溢れかえっており、バーディングの存在など些細な出来事でしかない。少なくとも、注目しているのはイザヤたちくらいであった。
ただし、それの製造と起動に関わった者たちを除いて——
*
「この機体を作ったヤツはどいつだ!?」
イザヤがブリオンの試作部門のオフィスに乗り込んで来た。
彼の手には端末が有り、そこにはデミバーディディングが映っている。オフィス内がザワ付き、イザヤとある男に視線が集まった。ある男とはジンだ。
「作ったのは俺だ」とジン。
「こんな事するとはあんたぐらいだと思ったよ……何でこんなことした?」 イザヤは今にも怒鳴り声を上げそうな雰囲気だ。
ジンは怖気付く様子も無く答えた。
「ブリオンの次世代機に相応しいから俺が作った」
イザヤの顔が豹変した。
「頭がおかしいのか?勝手な判断でこんなもの作りやがって!!」
「……まあー、お前の言う通り俺は頭がおかしいのかもな……しかし、こいつはしっかり働いて、何人もの学生達の命を救ったんだが」と、ジンはかぶりを振った。
イザヤは少し落ち着きを取り戻し言った。
「ジンさんねー、それは結果論だ。逆に誰か殺してたらどう責任とるつもりだったんだ?」
「それも、お前の言う通りだ……ただ、お前は、仲間の仕事が人助けにつながっても、何も思わないのか?」
「あんたを正当化したらブリオンは崩壊するよ……そもそもあんな設計……あんたは長年世話になったブリオンの伝統を穢したな」
「……俺は……エレンや俺達が作ったあいつを誇りに思ってるよ。ルールを破ったとはいえ……仲間に認められないのは寂しいね」とジン。
それを聞くとイザヤはジンの目の前まで歩いて行き、顔を近づけた。
「まあ、何とでも言えよ。ところで……責任の取り方はわかってるんだろうな?」
「ああ……わかってる」ジンは寂しそうに言った―
ジンはこれにより解雇されることになった。バーディングの製造に投入した資金は、彼がMSを誤発注した事(実際に、その通りであるが)にし、その責任を取る形だ。
そしてイザヤ達は、バーディングを回収し破棄をすれば、全ては丸く収まる算段となる。
*
イザヤの奔走は続いていた。試作の次に開発機の設計チームへ乗り込んでいた。
ガシャ!
イザヤがネイサンのチームのオフィスの扉を勢いよく開けた。そして鬼の形相でネイサンを睨みつけた。
「俺が何でここに来たかわかってるよな!?」
ネイサンが後退りして狼狽えている。
「あ、あの機体の件は、俺達も知らなかったんだ!」
「お前らが関係した証拠が出たら、全員クビに追い込んでやる……試作の奴らにも言ってきたが、さっさとあの機体を廃棄しろよ!」イザヤはオフィスにいるメンバーを見回し、睨みつけた。
「そっ、そのつもりだ」とネイサン。
イザヤがネイサンに近づいて来た。
「機体だけじゃなくて、関係する情報も全て抹消しろ!」
ネイサンは何でコイツに指示されないと行けないのか?と怒りが沸いてきたが、イザヤの剣幕には勝てず、また自分も隠蔽しないと大変な事になる為、仕方なく彼の指示に従った。
「まずは、お前らが持ってる情報を今ここで消せ。図面、シミュレーションデータから何から全てだ」とイザヤ。
ネイサンのチームメンバーはイザヤ監修の下、全てのデータを抹消した。イザヤは各部署でこれを実行し、僅か1日でブリオンから、バーディングに関わるデータを全て消し去ることに成功した。
*
アスティカシア学園で発生したテロ事件により、グラスレー社のサリウスCEOの養子であるシャディク•ゼネリが、今回の学園襲撃テロの首謀者であることが発覚した。
さらに彼は、プラント•クエタやランブルリングでのテロ、そしてサリウスCEOの誘拐にも関与していたことを供述した。
この事件により、グラスレー社の社会的信用は大きく失墜し、以前から進行していたベネリットグループ全体の信用低下に拍車をかけた―
そのような状況の中、ペイル社はベネリットグループから離反し、フロントの平和を脅かす存在としてこれまでの罪状を告発。
これを受けた宇宙議会連合は、連邦憲章第7条に基づき、ベネリットグループへの強制介入を開始した。
しかし、宇宙議会連合の艦隊が介入へ向かう途中、プロスペラ マーキュリーが起動させた巨大宇宙要塞「クワイエット・ゼロ」と衝突し、武力行使を開始。
クワイエット ゼロから発生したデータストーム空間に侵入した兵器は機器類のオーバーライドによって暴走、あるいは機能停止し、艦隊は一方的な攻撃を受け壊滅した。
一方、スレッタ・マーキュリーは宇宙議会連合の査察官と合流し、クワイエット・ゼロの脅威について説明を受ける。
そして、自身の母と姉が宇宙議会連合の艦隊を壊滅させたことを理解し、彼女たちを止めるためにガンダム・キャリバーンへの搭乗を決意する。
スレッタをはじめとする地球寮のメンバー、アスティカシア学園の学生たち、そしてドミニコス隊のメンバーは、クワイエット・ゼロの停止を試みようとしていた―
*
アスティカシア学園では先日の襲撃事件の調査の為、学生と学園関係者は学園から離れる事ができず、隔離状態となっていた。
セセリア・ドート、ロウジ・チャンテも他の学生達と同じく、広場に設置された仮設小屋に寝泊まりしていた―
仮設小屋の外で、大きめの携帯端末とハロを持った少年が考え事をしていた。少年はロウジだ。
思考を巡らせることは彼のライフワークだが、この日は、これまでに思いも付かなかった、いや、彼にとって未知の事象について考えていた。
それはバーディングをデータストーム空間へ侵入させる方法だった。
彼は先程、地球寮のメンバーからクワイエット・ゼロの存在、そしてそれが持つ脅威、『データストーム空間によるパーメット機器のオーバーライド』について教えてもらった。
パーメット機器のオーバーライドとは、パーメットを使っていない乗り物を見つける方が難しいこの世界において、最強を通り越して、禁じ手にすべき、圧倒的な戦術的有利性を産む現象だろう。
クワイエット・ゼロは、その機能に加えて、無数の無人機を備えているとの事だ。つまり、難攻不落、無敵の空中要塞である。
そして、そんな所へ、スレッタ・マーキュリーが1人でガンダムに搭乗し、そこへ突入していくと聞いた。彼女はロウジにとって数少ない友人の1人となっていた。
先日のテロ以降の苦しい状況下において、地球寮のメンバーを通じて助け合いって来た仲だ。また、それ以前もロウジは彼女の決闘を見て心を動かされて来た。
彼はバーディングを使いスレッタの力になりたい様だ。―そして、きっと地球寮のメンバーも同じ事を考えている筈だ―
その為には、バーディングのオーバーライドを阻止する為に、何かが必要だ。
そうだ……バーディングをパーメット無しで制御できれば…………そういえば
彼はエレンが作ったバーディングの資料にあった、ある拡張ユニットを思い出した。
火力増強用のバオリパックというバーディングに背負わせるユニットだ。
それが彼の記憶に残っていた理由は、もともと別に有った。そのユニットの不格好さや、珍しい複座式という仕様により印象に残っていた様だ。
そのユニットの通信方式が彼の問題を解く鍵となりそうだ。
オプションのユニットだけど、まだ作ってないかもな……一応、聞いてみるか―
*
『ロウジ!あのユニットに目を付けるとは、渋いな!』とジンは電話越しで言った。なんだか嬉しそうだ。
「そのユニットですけど、もしかして光無線通信のシステムが組み込まれていますか?」
『あるぞ!若いのに光無線通信を知ってるとはな……驚きだ』はジンはやはり嬉しそうだ。
「やっぱり有りますか」
『……あのユニットは大昔から有るうち(ブリオン)の小型機を改造した代物なんだ。基本はパーメット通信だが旧世代の名残りで、今だに光無線通信が組み込まれているんだよ』
よし……これを使えばオーバーライドの対策が出来る筈、とロウジは考えた。
ロウジは少し気になっていた事を聞いた。
「ところで……何故次世代機の拡張ユニットに旧式の小型機を使うんですか?」
『うーん、俺も正確には把握していないが、恐らく汎用性、コスト……あと信頼性の為だろうな』
「なるほど」
『拡張ユニットを使って火力アップする事で、バーディング本体の汎用性を維持する。これはブリオンのお家芸として』
「ええ」
『旧式の機体を拡張ユニットに転用することで、その機体の生産システムの稼働率を上げられるし、投資も少なくてすむ』
「そうですね」
『あと開発コストや期間も短縮できるな……そんでもって、長年、市場での問題を反映してきた機体の信頼性も有る。つまり、安さと頑丈さはお墨付きってことだ』
「なるほど、合理的ですね」
『そうだな。だが、なかなか思い切った仕様だよな。次世代機だから、見てくれの問題もある筈だが』
「……確かに……珍しい仕様です」
『設計した奴が、質実剛健の鬼軍曹みたいな奴だからな!』
「そうなんですか……僕は無駄が無くて良いと思います」
『そうか!……まー、武骨さがブリオンっぽくて俺はあのユニットが大好きだよ。合体して強化する複座式の機体なんてロマンの塊だろ!」
「……」
ロウジは反応できなかったが、内心はマニア心をくすぐるこの仕様に、同じ様な思いを抱いてた。
『ところで何で光無線通信の事を聞いたんだ?』
「それが……
ロウジはクワイエット・ゼロ、データストームによるオーバーライドについて、ジンへ説明した―
『そいつは……とんでもないものをベネリットは作ってたんだな。そう言う事なら……お前さんの言う通りバオリパックを上手く使えばオーバーライドは避けられそうだな』
「ありがとうございます」
『ところで……ロウジ達が行かないといけない事なのか?』とジンは心配そうな雰囲気でいった。
「……」
『この前の戦闘といい、なんで、お前さん達が率先して戦わないと行けないんだ?誰か戦ってくれる大人はいないのか?……そう言う俺も大人の1人なんだけど』
ロウジは少し間をおいて言った。
「学園の仲間が、ガンダムに乗って行くそうです」
『ん?』
「ガンダムに搭乗できるパイロットはその生徒1人だけで……なので、デミバーディングのサポートが必要になる筈です」
『……そうか……という事はバオリパックが必要になるな』ジンは少し渋るように言った。
「あの、有りますか?」
『ロウジ……そいつは……』
ゴクり
―ロウジは固唾を飲んで答えを待った。しかしながら、バオリパックの存在確率は限りなくゼロに近いと思っていた。何故なら、ジンはアスティカシア学園へバーディングのテストを依頼する程、何かしら緊迫した状況であった為だ。こんなマニアックなオプションユニットを作る余裕が有るなら既に本社でバーディングのテストしてるだろうと、そして、もしも作っているなら何故本体と一緒に送って来れなかったのかと、こんな面白そうなユニットを何故早く触らせてくれなかったのかと、そして、先日の戦闘の際も―
『……有る!』
「有るのかよ!!!」
ロウジは思わず大声を出してしまい、自分でも驚いた。
『有るに決まってるだろロウジ!バオリパックを装備したバーディングはなぁ…………豚カツが乗ったカレーライスの様なものだ!!』
「……つまり……カツカレーですね」
『そうだ……油と糖質の王だ、俺は大好きだよ」
「そう……ですか」
『しかし……魅力的な悪魔でもある』
「はあ……(この人は何を言っているんだ)」
『あのカロリーの鬼神をおっさんの俺が食えば……次の日まで体調が狂う』
「……」
『ロウジもそのうちわかる』ジンは電話越しで遠くを見ていた。
「あの…… すみませんが豚カツを……バオリパックをこっちに送って貰えないでしょうか」
『胃がもたれるが大丈夫か?』
「若いので問題ありません」
『…………なら、お安いご用だ』少し間をおいてからジンは答えた。
「助かります」
『ただな……すまんが俺がサポートしてやれるのはこれが最後だ』
「え?」
『実は……退職する事になった』
「そんな……」
『厄介事を頼んでおいて、途中で抜けてしまうのは申し訳ない』
「いえ、バーディングの件は……僕達も助かってます」
『後任は決まっているが、何ちゃらゼロが片付くまでは連絡しない方が良い』
「わかりました」
『あとなー、すまんが……バオリパックの組み付けが済んだら……その時の、バーディングの画像を送ってくれないか』
ロウジはうっすら笑みをこぼした。
「了解しました」
*
「セセリア、バーディングを作った人、解雇されたみたい」
ロウジは仮設小屋前の路地でたむろしていたセセリアに話しかけた。
「あ、そう」セセリアは支援物資の箱に足を組んで座り、携帯端末を見ている。
「あと、ブリオンのいろいろな所からバーディングの返却と関係データの破棄を要請されてる」とロウジ。
「まあ、そんなの無視無視」とかぶりを振って言いつつ、セセリアは少し考えていた。
そして、ロウジに向かって言った。
「あれ(バーディング)をブリオンのドック以外の所に移してよ。どっか貸してくれるでしょ?ジェタークの所とかいけるんじゃない?」
ロウジは無言で頷いた。
「そうそう、そういえば……それって何?」
セセリアはロウジの端末を見て言った。画面にはクワイエットゼロの画像データが写っている。
「地球寮の子らに聞いたけど良くわからないのよね……簡単に教えてよ」
「クワイエット・ゼロは……エアリアルとモビルスーツ型ガンビットで発生させるデータストーム空間を拡張する装置らしい」
「(いかん、もっとわからんわ)……結局何ができるわけ?」
「パーメットが使われてる機器がクワイエット・ゼロのデータストーム空間に入ると、乗っ取られる。宇宙議会連合の艦隊もそれで壊滅したみたい」
「へー、そんなの最強じゃん。そんな所に水星ちゃん達行くわけ?」
ロウジは無言で頷いた。
「乗っ取られない方法は2つ……パーメットスコア5以上のガンダムを使うか、パーメットを使っていない装置を使うか」とロウジ。
「ガンダムは何となくわかるけど……パーメット使って無いもの何てあるの?」
「有るよ。推進機ならNTPSとか、通信なら光無線通信とか」ロウジは冷静に答えた。
「へー……まぁよくわからないけど、ガンダム以外の方法も有るのね」
「デミバーディングもパーメットを介さない操縦システムを組む事ができるよ」とロウジ。
それを聞くとセセリアは少し表情が鋭くなった。
「デミバーディングは前回の戦闘で十分データ取れたから出撃は必要無いでしょ」
ロウジが無表情のまま少し語気を強めた。
「宇宙空間での運転データは無いよ……あとデータストーム内での活動データは前例の無いデータになる」
「そんなデータ必要?」
「貴重なデータにはなる」
「ふーん…………パーメット無しでどうやって動かすつもり?」
「光無線通信が使える」
「ほー(なんだそれ?)」
「ただ、光無線通信を使うとこの場所からのデータ通信は出来なくなる……だから、もしバーディングが破壊されたら宇宙空間でのテストデータと機体の両方が無くなるリスクが有る」
「じゃ、今回は見送りねー」
「誰かが近くについて行けば、光無線通信でデータは保存できる」
「その人も死んだら一緒じゃん」
ロウジは端末をじっと見ていた。
「……クワイエット・ゼロを近くで見たいんだけど」
「ロウジー……死ぬかもしんないよ」
「それでも、行くよ」
「……(いかん…これは……止めれんやつだ)」
その時、セセリア達の溜まり場に地球寮のマルタンとチュチュがやって来た。
「おっ、おはよー!」マルタンは少し不自然だ。
「よ、よー!」とチュチュも何かぎこちない感じだ。
セセリアとロウジは、地球寮の2人の様子を見た後、お互い顔を見合わせた。
その後、チュチュがパチっと手を合わせて頭を深く下げた。
「セセリア!お願い!デミバーディングを!!もう一度あーしらに貸してくれ!!」
「デミバーディングをまた貸して欲しい?」とセセリアが驚いた。
「頼む!!この通り!!」 チュチュは手を合わせたまま、深々と頭を下げている。
「いいよー」とセセリア。
「マジ?」チュチュは呆気に取られて顔を上げた。
「その代わり……壊したらこれだからー」セセリアは自分の予想するバーディングの費用から大きく水増しした金額を端末に入力しチュチュとマルタンに見せた。
「う、うう!こ、こんなの払えないよ!!」マルタンは狼狽えている。
「スレッタのためっしょ!覚悟決めれ!!」とチュチュはマルタンの胸ぐらを掴んだ。
「うひー!!」とマルタンが悲鳴を上げた。
「もう一つ、ロウジも連れてってくんない?」
セセリアが持っている携帯がロウジを指している。
「「え」」と地球寮の2人は呆気に取られた。
「興味有るんです」ロウジは自分の端末をチュチュとマルタンへ見せた。
彼の端末には暗闇の中、所々に赤い光を放つ巨大な要塞が映っていた―