水魔法ぐらいしか取り柄がないけど現代知識があれば充分だよね? 作:mono-zo
爺に問い詰めて若々しかった爺が年老いてすぐの頃――――爺はしばらく不安定だった。
フリムの水ですぐに体は若返ったが、話したばかりの話をさも今初めて話したかのように繰り返し、数十年前の災害が今まさに起きたかのよう熱弁し、部下の名前を間違ったりと……。
爺がこうなったのは俺に何かを伝えようとしたからだろう。
王宮内なのに道を間違える爺には近衛をつけておき、俺自身も爺の言う「この国の敵」を探っていた。
フリムがリヴァイアスに向かっている間、時間があれば王家の禁書庫を読み漁った。
しかしどこにも答えがない。かび臭い書庫を掘り起こしても爺の言う敵の存在についての記述がない。爺は一体何を相手に戦っていたのか?
それがわからねば安心ができない。
危険が近くにある。関係があるのかはわからないが俺も襲撃で足を切られたし、フリムにも危険が迫っていた。
――――……あまりにも情けない。
妹のような、娘のような、姉のような家族。それがフリムだ。
抱き上げればただ体はまだまだ軽いし、好きに遊ばせても良い年齢のはず。なのに何度も危険な目にあっている。しかもフリムを護るべき俺の近衛が危険な目に合わせたなど……本来絶対にあってはならない。
フリムを攻撃した騎士も令嬢も誰かから接触があるかもしれないし監禁しているが何も起きていない。彼らは普段は問題のない人物だった。……同じように気付かぬうちに俺がフリムを傷つけてしまうことだってあるかもしれない。
「お探しのものは見つかったかしら?」
「ここは王家の者以外立ち入り禁止のはずだぞ?クラルス」
誰も居ないはずの禁書庫で声をかけられるとは……そもそも足音もしなかった。
思わず剣に手をかけてしまったが仕方ないだろう。
「あら?知らなかった?ここの管理はレージリア家が任されているのよ?」
「なに?初耳だが……」
「でしょうね」
少し笑いつつも俺を無視して横切って本棚に向かうクラルス。
禁書庫には人が入れないようにしていたはずで、ここには基本的に王家の人間しか入れないし、出入り口の全てに近衛を配置している。俺からの呼びかけもなくクラルスがここにいることがおかしい。
『無敵宰相』と名高い爺を騙すことが出来る存在……爺の家族であるクラルスならば出来るんじゃないか?爺の言う敵とはまさかクラルスだったかと本気で警戒していた。
…………そもそもこいつは本当にクラルスか?
思わず剣を持つ手を改めて握り直した。
その警戒が伝わったのかクラルスは苦笑し、胸の谷間から鍵を取り出してみせた。
「おそらく、ここに私も陛下も探している情報があるはずよ」
「……なに?」
そのまま見ていると本棚の本を動かし、棚の奥に鍵を差し込んだ。
鈍い音が響き、棚ごと動いて……なにやら開いたようだがそこは蔦が壁のように覆っている。
「……父さんがね、いきなりお見合いなんてやめて帰ってこいなんて言うのよ」
「…………それが?」
クラルスにとっての父とは爺……レージリア宰相となる。
家族から見ても爺の行動はおかしく見えたか。
「少しじゃないぐらいおかしくなったらここを開けるように言われていたのよ。まぁこんな奥にまで来るなんて初めてなんだけどね。……ふんっ!!」
蔦の強度は凄いもので、クラルスの力でも僅かにしか動かせないようだ。
蔦の奥は空間があるようだが先は見えない。と言うかそこに何かあるのか?
「見てないで手伝ってくれるかしら?ここにいるってことはなにかあったんでしょう?」
「……わかった」
警戒を解いてクラルスを手伝う。
このクラルスは本物だろう。長年付き合ってきて態度でわかる。
クラルス相手に戦っても勝ち目など無いし、殺す気なら声を掛ける前にやっていただろう。
剣を抜いて蔦を切っていく。その空間は人が入れるほどではなく、奥までは手を伸ばせば届く程度だった。
窪んだその中央には台座があり、くすんで文様の刻まれた鉱石のようなものが置かれていた。
クラルスはそれに触れることはなく、俺に触れるように目で促してきたので触れてみると……石から誰かの声が聞こえてくる。
「……れているということは何かが起きたということでしょう。オベイロス王家か、レージリア家か、ポヨ家、もしくは国全体になにかあったということでしょう。我が夫、ジャーリグは光と大樹の精霊の加護を受け、人から逸脱してしまいました。故に話せないことがあり、解決できない事案が起きた場合を想定してこれを残しております。きっと私の子孫か、いえ、あの人なら他に女を作っていてもおかしくはありませんね。あの人の子孫か……それとも王家の誰かがこれを聞いている事になっているのでしょう」
鉱石に触れると魔力が吸われ、女性の声が聞こえてきた。
何らかの魔導具のようだが見たこともないな。
「これは?」
「聞いてみましょう。いつ壊れてもおかしくないように見えるわ」
「そうだな」
表面には罅が入っているし、明らかに朽ちかけている。
確かにいつ壊れてもおかしくはないだろう。
「これが誰にも聞かれなければその方が平和なのでしょうね。あの人はそれまで話せていたことも話せなくなりました。特別な精霊に過分なまでの加護を授かったためでしょう。……この国は昔から狙われています。善と悪という感情を世に広めるために生み出されたとされる天使と悪魔。それに世界に自然を作り出すために生み出された大いなる精霊、空を作る下賤なトカゲ共。しかし竜は『真なる竜』ですら所詮はトカゲ、精霊に対して攻撃を仕掛けてきます。憎き奴らは住む場所が近く、よく争います。見つければ殺しなさい」
なんだか話が逸れている気がするし物騒だな。
竜の居場所はそこまで近くに居ない気がするのだが……これはいつ頃の記録だろうか。
「……この魔導具、私の声を記憶しているわけではなく、伝えたい想いを精霊が抜き取って封じ込めています。……時の移り変わりや上位存在によって統治者が惑わされて歴史を書き換えるなどもありえますし何をどこから伝えればよいのやら。……精霊教徒としては竜は憎き相手ですが彼らは自由気ままに好き勝手する野蛮なだけのわかりやすい存在。むしろ過剰なまでに正義だの悪だの主張してくる天使と悪魔に注意なさい」
声の主は何を伝えたいのかよくはわからないが、それでもなにか助言を与えてくれようとしてくれている。
「国の外から攻めてくる敵が相手であれば精霊は存分に力を振るうでしょう。力で国が落とされそうであれば『同盟』を使いなさい。天使も精霊も、エルフもドワーフも、獣人も、天の国の果てにいると言われる巨人も…………唾棄すべきですが竜ですら力を貸すはずです。そうじゃない場合、少しでも国内に異変を感じるのであれば、なにかされていると感じるのであれば……身を守りなさい。きっとその異変の近くには上位存在か、そうでなくてもその欠片がいるはずです。気が付けばすぐ近くに何十何百と数を増やし、見えぬ何処かに潜み蠢いていることでしょう」
おそらくこれだな。
エルフやドワーフ、獣人にも上位存在に近しい存在はいる。外敵による窮地であれば彼らに助けを求めるべきなのかもしれないが……この場合は何も出来ないのか?
ただ、天使か悪魔か、他の上位存在や、それに近い異形、もしくはそれらが混ざった何かが敵である可能性はまだ拭いきれない。
「これは紙でもいくつか残しています。どれが後世に伝わるかはわかりませんしね。私は精霊教徒です。きっとこれが誰かに聞かれている頃には精霊教によってあのトカゲ共は駆逐されていることでしょう。でなければ不甲斐ないと蹴りをいれてやりたいところです。この部分消して、え、消せない?……余計なことも残ってしまいそうですし、端的にしましょう」
不便な道具だな。いや、人ではなく精霊の作ったものであれば仕方がないのかもしれない。
「きっと夫がおかしくなったのなら話さないよりも問題が起きそうな状況で話さざるをえなかったのでしょう。そしてきっと夫の記憶はどれほどかはわかりませんが失っているはずです。実験でもそうでした」
「……実験?」
「私もわからないけど……何をされたのやら」
「これを感じているのか聞いているであろう方の状況がわかりませんが……えーと何処まで抜き取られているのやら、そうですね。敵がトカゲ共ならわかりやすいですし、よくわからない怪しげな存在になにかされているのであればきっと天使か悪魔でしょう。あいつらしつこいですし、元を叩くのも難しいですが見つけ次第殺すか、見つけられないなら大物が出るまで待つか引き釣り出しなさい。そして頭を潰すのよ。もしくは精霊に任せればいいわ。騎士団長数人は必要でしょうけどね」
話の流れでこの音声は爺の、ジャーリグ・ブルーネス・フラトクア・レージリアの妻によるなんらかの遺言ということがわかる。
ということは横にいるクラルスの関係者となるはず、正確な関係はわからないが。。
「色々考えてみましたが多くの人が同じような記憶を残していることを考えれば……やはり精霊教徒である私の考えを聞いているということは竜の可能性が高いでしょう。もしも竜に襲われてこれを読んでいるのなら…………まだ絶滅させてないとは不甲斐ないですね。第十七の精霊の祠に行って対竜撃滅剣の封印を解きなさい。あと常識ですが竜は股と腹と眼が弱いです。あと自分は賢いと思っていても興味心で動く部分があるので新しい料理だと言って毒を混ぜ」
不意に声が止まった。
僅かに光っていた石のような魔導具から光が消えている。
「こ、これで終わりか?」
「た、多分?」
クラルスも困惑しているようだ。
言葉が無くなった魔導具だが触れてみるとまた僅かに光った。もう少し魔力を込めればまだ聞けるか?試しにやってみる。
「――――とは卵を取ってきて脅せば結構いけます。躊躇してはいけません。トカゲは精霊の巣ごと食うことがあります。……こんなところでしょうか。
リリナス・クラルー・レージリアより。
ん、いえ、何百年も経って夫が別の性を名乗っていた場合を考えて嫁ぐ前の名前も名乗っておきましょう。
リリナス・クラルー・ヴァルキュア・キュトス・オベイロスより。
オベイロス家の養子ですけどね。これを伝えている時、まだ私には子はいませんが……もしも私に子が残せたなら、幸せに生きなさい。ジャーリグは、我が夫は精霊を優先するようになってからそれまでより少し私を蔑ろにしています。鬱陶しいぐらいの愛情表現が人並みにまで減ったというのが正しいでしょうが……いえ、もしも、あいつが酷いことをしていたなら私の名前を出してぶっ飛ばすことを許可します。まだ生きているかもわかりませんが……あ、それともしも竜教になっているのなら絶縁です。我が家の財産相続は許しませ―――――」
台座の上の石が軽く砕けた。
「…………今度こそ終わったか?」
「多分、聞いていたとおり過激な人だったわね」
「どういう関係にあたる?」
「母ね。私を産む時に亡くなったから、声を聞けて嬉しい部分もあるけど……」
微妙な顔をしているクラルス。
おそらくそうだとは思ったが……それにしてもかなり竜に対して攻撃的だったな。爺が王級の竜の討伐に一役買ったと聞けばさぞ喜ぶだろうな。
台座の下になにか彫られているな。埃を払って見れば文字があった。『私の国、私の夫、私の子孫、私の精霊が健やかな未来を進めるようこれを残します』と…………クラルスは感慨深そうだ。
「つまり敵は、天使か悪魔の可能性が高いということだな」
とりあえず、大本が出てこない天使か悪魔が相手ということは理解した。他の上位存在がかけ合わさったような精霊竜なども可能性としてはあるが。
クラルスにも爺が何故ああなったのか、爺が何を伝えたいのかはわからないけどそれでも敵がいるということは相談した。――――そしてクラルスには鍛えてもらった。
クラルスは学園では薬師の長をしているが、『無敵宰相』の娘らしく怪力であり、一時は一軍を率いていたとも聞く。現在は薬師を育てるのみならず、爺の下についてこの国の裏側を任せられている。
クラルスなら俺の知らない特別な技術も知っているだろう。地方の精霊が荒れれば行く必要もあるが……今ならフリムも居ないし鍛える時間がある。
骨が軋むほどの鍛錬は初めてだが――――家族のためであれば、これも悪くないな。
三週間で1冊分ぐらいマイナージャンルの一次創作を書いたのですが、こっちにも投稿するか迷う……。