「ねえ、メガネって女子力高くない?」
「それはまた唐突に」
授業終わりの放課後。
空もかすかに赤みがかっていく時間になり、その光が教室を満たしている。
外から聞こえる運動部の元気な掛け声をBGMとしていたところに、割り込んでくる突拍子もないセリフ
犬吠埼風はその手を止めると、手にしていたシャーペンを置く。
「いい?これからはリケジョの時代なのよ、リ・ケ・ジョ」
そして立ち上がると、世紀の大発見を広大なステージで発表する過の様に熱弁する。
本当に世紀末のような世界の中では、異質に映るだろうか。
「ファッション雑誌でも見たのか?この間は手に包帯巻いてきて、いったい何事かと思ったぞ」
先日、朝から奇妙な風貌で登校してきたことで、クラスメイトに心配されていた様子が思い起こされる。
「あれはもういいのよ。アタシには隠された闇の力はなかった」
「残念ながら?」
「残念ながら!」
いつのも大したことにない戯言だろうと適当に流していたところで、空気の揺らぎを感じた。
俺は自前のノートパソコンから視線を外し、犬吠埼に目線を向ける。
「で、その手はなんだ」
そこには、両手を構えて指をワキワキと動かした犬吠埼が、ゆっくりとこちらに迫ってきていた。
「そんなの決まってるじゃない。アナタのその目に着いている者を貸してもらうのよ!」
そのまま距離を詰め、今にも飛び掛からんとしている犬吠埼に対して、こちらも臨戦態勢に入る。
そして、ゆっくりとこちらに近づいてくる犬吠埼の顔を掴み、向こうの手が届こうというギリギリの位置でで止める。
「ええい、やめろ!このメガネがなくなったら俺がどうなると思ってる!」
片手で犬吠埼を押しとどめ、もう片方の手で椅子を掴むと、なんとか足で椅子が倒れない体勢で固まる。
背中からすぐそこには窓が迫ってきており、後がない状態で何とか威勢を保とうとする。
普段は生徒の憧れの的になっている、このポジションをこれほど恨んだことはない。
あと少しで椅子ごと持っていかれるというところで、その言葉を聞いた犬吠埼は素早く後ずさる。
珍しくあっさりと身を引くものだと思っていたら、何かを警戒するかの様に、戦うような構えを見せる。
「まさか!実はそのメガネには体の中の悪魔を鎮める力があり、その封印が外されるとその悪魔が解き放たれて世界を滅ぼすことに」
「ならん、ならん」
「じゃあ、何がどうなるっていうのよ」
いったん離れて落ち着いた犬吠埼を見て、俺は一息つく。
「ふ……、知りたいか?この瞳の奥に秘められた秘密を…」
「ひ、秘密?まさか、本当に何かあるっていうの?」
俺がもったいぶるようにゆっくりと話すと、犬吠埼はゴクリと一つの唾を大きく飲んだ。
「実はな…」
「実は…?」
フッと意味ありげな憂いの表情を浮かべる。
「元々、この目に映すのは皆とは異なる世界なり。我はこのガラスを通してのみ、この世界を皆と同じように認識することが出来るようになっているのだ…。それすなわち…」
「それすなわち……!」
さらに一拍置くと、ゆっくりと口を開いた。
「普通にぼやけて見えなくなるのでやめてください」
「なによー!」
と、犬吠埼は掴みかかってくるが、さっきと同じように頭を押さえて押しとどめる。
その場で手をぶんぶん振っているが、ギリギリ届かない位置で互いに動けない状態になっている。
「ねえ、いいじゃない!減るもんでもないでしょ!」
「減るんだよ!俺の視力が!」
一分ほど、そのまま「貸して」、「貸さない」を繰り返し、互いに息が切れてきたころ、急に犬吠埼は動きを止めると、再び大人しく自分の席に座る。
ようやく飽きたか、と思って自分の作業に戻ろうとすると、犬吠埼はうつむいた様子で静かにしている。
あれ、ちょっと邪険に扱いすぎたか?
いや、でもこれは相当ノッてあげたほうだろ。
と、先ほどとは打って変わってしおらしい態度になる。
「ちょっと、試してみたいだけなの。お願い、これもアタシの女子力にために…」
はあ。
ここまで言われると流石にちょっとはいいかという気持ちになってしまう。
まあ、少しぐらいいいか…。
「分かったよ」
というと、犬吠埼はパッと顔を上げる。
「いいの?」
「いいよ。ただし、今から俺が言うことを守れよ?これはメガネを装備している者に対しての最低限のマナーだからな。まず一つ、絶対にレンズに指で直接触れない事…」
「もう、分かってるわよ。あんまり細かいこと気にしないの、将来はげるわよ~」
「余計なお世話ってやつだ」
互いに椅子を引き出して、向き合う形になる。
そして、俺はメガネに手を掛ける。
…ちょっと仕返ししてやるか。
「おい、犬吠埼」
「ん、なに?」
小首をかしげる。
「ちょっと目をつむっといてくれないか?」
「え、なんで」
俺の言葉を聞くと、一瞬で警戒態勢に入り、怪訝そうな表情を浮かべる。
そこに間髪入れずに次の一言。
「言わせんな、恥ずかしい」
「なっ、あ、…分かったわ」
犬吠埼は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに何かを察したのか、静かに瞼をとした。
よし、上手くいった。
そして、改めて自分のメガネに手を掛けて外そうとすると…
「あ、あの」
「ん」
ためらいがちに、犬吠埼は口を開いた。
「優しく……してください」
……良くない物を見ているような気がしてきた。
もしかして、俺は今、何かとんでもない大犯罪を犯しているのではないのだろうか。
何となくそわそわしてきてしまったので、一度心を落ち着けるために大きく深呼吸。
犬吠埼の肩がビクリと跳ねる。
おい、やめろ。
全然緊張が解けた気がしないが、ゆっくりと動く。
メガネを外すと、視界にもやがかかる。
不安定な中で、できるだけ犬吠埼に触れない様に、ゆっくりと手を伸ばしていく。
髪に手が触れると、再び肩が跳ねた。
おい、何緊張してる。
ただ、犬吠埼が眼鏡貸してくれって言ったから、その通りにしてやるだけじゃないか。
平常心、平昇進、俺の心に、平常心…。
よし。
「いいぞ、目を開けて」
「え、まだ何もなってないような…あっ!」
犬吠埼は目を開くと、カツンと何かに突き飛ばされたようにつんのめる。
すぐに前のめりになると、メガネを外した。
「だっはっは!引っかかってやんの!」
犬吠埼は涙目でこちらを見上げる。
「ちくしょう、やられた!もう、何これ~…。なんか視界が一気にぐにゃってなって」
「ふははは!ただでなんでも叶うと思うなよ」
犬吠埼は何が起こったのか起こっているのか分からない様子で、目をシパシパさせている。
しばらく唸っていたが、すぐに威勢を取り戻すと。
「アンタ、どうしてこんなに度が強い眼鏡つけてるのよ」
「どうしても何も、目が悪いからとしか」
「そんなに画面ばっかり見てるから目が悪くなっちゃうのよ。…で、なにがどうして、そんなにしかめっ面してるのよ」
「知らんがな。こうしてないとピントが合わなくてよく見えな…」
「ふーん。てことは、石はなにが起こっているのか見えないってこと?」
「おい、その不穏な質問はなんだ。新手の死刑宣告か?」
「ええい、大人しくしろ!乙女の純情を弄んだ事、後悔させてやる!」
第二ラウンド開始
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「フッ、なかなかやるわね」
「悪いが、たとえハンデがあろうと、女子相手に負けるわけにはいかんのだよ」
「あ、男女差別発言!今のご時世、そういうのいけないんだー!」
「先に乙女がどうのこうのって言ったのはそっちだろうが!」
息を荒くしながら互いに牽制していたものの、やがて呼吸が落ち着いてくると、冷静さを取り戻してくる。
流石に、このままメガネなしのハンデ戦は良くない。
そして、俺は改めて席に座りなおした。
それを見た犬吠埼も冷静になったのか、同様に自分の席に着いた。
互いに話をする形になったことを確認すると、俺は口を開いた。
「悪かったよ。ちょっと仕返ししただけで、何が気に障ったのか正直良く分かってないけど、謝る」
「なんでそこを正直に言っちゃうのか。…まあいいわ、そんなに眼鏡貸すのが嫌だったなら、謝る」
「けど、見えなくなるってどのぐらいなの?そんなに嫌なのって」
「いや、そこじゃないんだ」
「じゃあなに、やっぱり本当は私たちとは別の世界が見えていて、隠された力の根源が…」
「違うよ?…単純に、このままちゃんと何かを見ようとすると、こうして目を絞んなきゃいけなくなるから」
「?そりゃ、大変そうだけど」
「…眉間に皺が寄るから、人相悪くなるんだよ」
「いいじゃない。ほら、もっとリラックスしてみなさいな」
立ち上がり、額に指を添えるとぐりぐり回す。
俺の皺か取れると、指を話して満足そうに頷く。
「うん!メガネ無くてもイケメンよ~」
そんな言葉を言うからには、少しは照れてくれて欲しいものだが、残念ながら今の俺にその表情を確認する術はない。
と、犬吠埼は机に置いてあった俺のメガネを、改めて装着する。
「ほら、どう?なかなか似合ってるんじゃないかしら」
「ああ、うん。そうね」
「なによ、その曖昧な返事は。ちゃんと知的に見えるでしょ。これは女子力上がっちゃうわね!」
フレームを右手でクイッと上げる例の動作をしながら、胸を張っているような気がする。
かすかに輪郭は見えているのだが、やはりというべきかその程度しか把握することはできなく
「いや、あのさ。メガネ無かったら犬吠埼がどうなってるのか見えるはずもなくてだな」
「あらやだ」
犬吠埼は腕を組んで少し悩んだ様子を見せると、何かをひらめいたように手を合わせる。
「ほらほら、こっちに視線頂戴。眉間の皺もなくして!」
「こっちってどっちだよ」
何となく犬吠埼のいる方に顔だけ向ける。
と、犬吠埼は後ろから手を回して俺の肩を引き寄せる。
「はい、チーズ!」
その声と同時に、パチリとシャッター音が聞こえる。
不意打ち。
そして犬吠埼は俺の肩から手を離すと、反対側に持っていたスマホを操作し始める。
近いなあ…
メガネがなくなった以上、どうすることもできずに、座ったまま首だけを窓に向ける。
外はもう夕焼けが空を覆いつくしており、ぼやけのせいか、余計に幻想的で、情緒的になってしまうような気がした。
と、その景色が急にクリアになった。
「ほら、もうメガネ返してあげるわよ」
後ろに視線を戻すと、いつもの犬吠埼が快活な笑顔をこちらに向けているのが見えた。
「満足したのか?」
思ったより飽きるのが早かったな。
改めてメガネをいつもの位置に調整する。
よし、ジャストフィット。
「ねえ、ちょっとこれ見てよ!」
そういって、右手に持っていたスマホの画面をこちらに向ける。
と、そこにはメガネをかけて少し大人びたような雰囲気になった犬吠埼と…
「なかなかよく撮れているわよね!やっぱり、メガネは女子力高いと思わない!?」
そことはあまりにも釣り合わない形相の自分が写っていた。
「おい」
「なによ、そんなにアタシの新鮮な姿が良かったの?もう、しょうがないわね。アンタにも後で送っといてあげるから、みんなに自慢してもいいわよ」
「ちゃうわ!そんなクソ不細工な俺の顔を消すんだよ!ほら、そのスマホさっさとよこせこの野郎!」
「あーっ!こんな女子力高い女の子に野郎とか言った!アナタ、目が悪いんじゃないの!?」
「そうだよ、目が悪いんだよ!目が悪いからそんなクソクソ不細工な顔になるんだよ!」
その勢いのまま、犬吠埼のスマホをひったくろうとしたが…
「ストップ!分かったわよ。消してあげるからそんなにカッカしないで」
スマホを持つ手とは反対の手で俺を制止する。
俺は思いもよらないその言葉に、動きを止める。
そして、犬吠埼はスマホの画面をこちらに向けると、その写真の所で消去ボタンを押す。
「はい、これでいいでしょ」
「お、おう」
目の前でその証拠を見せられると、こちらも大人しく引き下がるしかない。
「もう何よ、アタシがアナタの恥部を学校中にばらまくとでも思ったの?」
「花の乙女がそんな言葉使うんじゃありません。…まあ、犬吠埼なら悪乗りでそういうこともやりかねんというか…」
「お?その喧嘩買って野郎じゃねえか、旦那」
「ほら、すぐ悪乗りする」
そして、互いにクツクツと笑いあう。
そういえば、もう夕焼けが見えていたというところを思い出して、時間を確認しようと黒板右上に視線を移す。
「ありゃ、いつの間にか時間経ってたわね」
「そうだな、俺もそろそろ部活行かないとな」
「こんな所でサボっててよくないんだ」
「犬吠埼が勉強教えてくれって言ったんじゃないか」
「だって!う~、…中学校の勉強難しいのよ」
机に突っ伏してうなだれる。
俺はその姿を横目に、荷物をリュックに詰め始める。
「アナタはすごいわよね。小学校からずっと頭いいし、パソコンでもう何やってるかも良く分からないし」
「…まあ、そうだな」
「そこは謙遜しなさいよ」
「ていうか、犬吠埼も勉強はできる方だったと思ってたけど」
「最近、ちょっと忙しくてね」
「じゃあ、今からの用事は急がなくていいのか?」
その言葉で急にガバッと起き上がる。
「そうよ!今日はスーパー行かなくちゃ!」
「樹ちゃんか?」
「そうそう!ほんとに、うちの妹はかわいくてもう。…アナタには上げないから!」
「いらんいらん」
「なによ、うちの妹に魅力がないっていうの!?」
めんどくさっ。
「流石に小学生は守備範囲外です。俺はいいから早く行ってやれ。お使い、頼まれているんだろ」
「そうね、お父さんとお母さんが返ってくる前に、アタシが美味しいご飯作って出迎えるの!」
そう笑顔を見せると、またね、と手を振って別れた。
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「ただいま」
「お帰り。あれ、今日はあんまり汚れてないのね」
「ん、まあね」
「今度の勇者の子たち、無事に帰ってきたって。アンタのおかげよ」
「俺はちょっと手伝っただけじゃん。ほとんどは姉貴が作ってたし」
「いいのよ。アンタのおかげでシステムの構築が出来てるようなものだから。……ごめんね」
なぜ謝る。
関わると決めたのは自分だ。
「さ!早くお風呂入って来ちゃいなさい!汗臭くてたまったもんじゃないわ」
「大赦のこともやりつつ部活行ってる弟に、ねぎらいの言葉もないのか」
「それ以上に仕事をしつつ、家事もやってる姉へのねぎらいの言葉はないの?」
「………いつもありがとうございます」
「はい、よろしい」
大人しく風呂に入ってこよう。
ふーみん先輩のエミュ難しい