メガネって女子力高くない?   作:わかなつ

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他の書いてました。


隠し事

 

 中学校にもある程度慣れてきたころ、俺はいつも通りに部活を終え、暗闇を街灯を頼りに家に帰る所だった。

 

「おい、ちょっと待て」

 

 声をかけてきたのは野球部のチームメイト。

 振り返ると、ニヤニヤとしながら自らのスマホを見せびらかすように、ひらひらとこちらに向けている。

 

「まだなにかあったか?今度の練習試合の相手のデータはまとめて送ったはずだが」

「違う違う。ま、データと言えばデータについてなんだが」

 

 なんだ、まじめな話か?

 仕方なく、姿勢を正して隣に腰掛ける。

 と、そのチームメイトは先ほどから手に持っていたスマホの電源を点け、画面をこちらに向ける。

 さらに、肩を掴んで体を引き寄せると、小さく耳打ちをする。

 

「前に言ってたお宝のロックが解けたんだよ」

「よし話せ」

 

 お宝と言えば、男の夢が詰まった例のあれだ。

 そして、こいつはお宝に人生を捧げることを覚悟してきている、最高にバカな奴だ。

 野球部に入っているのも、少しでもその手の手掛かりを得るために所属しており、他にもいろいろな部活を転々としているからなんだと。

 俺がコンピュータやデータに詳しいことを嗅ぎつけてから絡みがあり、自動でロックのパターンを全て調査するツールを組んだりして、そこから関係がある。

 

「どの件だ?」

「図書委員のやつからの、神世紀前の骨董品だよ。2万あたりで開いたよ」

「思ったより早かったな。……で、ブツは?」

「落ち着けって。後で送っといてやるから、その報告だけだよ」

「……くれぐれも、女子には見られない様にな」

「分かってるよ。他のやつらにも、ちゃんと確認はとってある」

 

 セキュリティの内容を確認したところで、帰宅後に共有することを改めて約束してその場を後にした。

 内心、テンション高めで、帰宅後にやることをシミュレーションしながら歩みを進める。

 しかしその最中、学校を出ようと正門に向かう途中に、昇降口に一つの人影を見つけた。

 こんな時間に帰ることになるのは基本的に運動部である。

 そのため、生徒たちは体育館やグラウンドから出てくることになる。

 つまり、昇降口に人影を見ることはないはずなのだが……。

 とはいえ、帰宅するためにはその前を通ることは避けられないため、様子を窺いながら慎重に近づいていく。

 近づいていくことで、徐々にその正体が明るみになっていく。

 身長は俺よりすこし小さいくらいで、長い髪を後ろで二つに分けていて……

 というわけで

 

「犬吠埼じゃん。こんな時間に何やってんの?」

 

 俺はその正体に心を落ち着かせると、声をかけに行く。

 と、そこにいた犬吠埼は手に持った棒状の何かをこちらに向けて叫ぶ。

 

「ヒッ!…なによ、やる気か!?誰が相手でもこのアタシがぶっ潰して…、いや、やっぱ今のはなしで!」

「おい、人を化け物呼ばわりとは失礼な奴だな」

「あ、あれ?なんだアナタか……びっくりさせないでよー!」

「そっちが勝手にビビっただけだろ。どうしたんだよ、今日もまたこんな時間まで」

 

 こちらを確認すると、手に持っていた何かを降ろして、大きく安堵のため息をついた。

 しかし本当に珍しいな。

 前は学校の外で帰宅途中に見かけたから声をかけたが、今回はそもそも学校にいることをみると、本当にどうしてこんな時間いるのか心配になる。

 ため息ののちの深呼吸によって、どうやら落ち着いたらしく、そのわけを話し始めた。

 

「どうもこうも…、いろんな人の手伝いをして、運動部の助っ人にも行ってたら、気付いた時にはもう暗くなってて……」

 

 はあ。

 相も変わらず、お人よしというか、何というか…。

 

「遅くまでいる事になった理由は分かったよ。けど、ここでいつまでもたたずんでた理由にはなってないだろ」

 

 再び尋ねると、犬吠埼は肩をビクッと震わせる。

 そして、下を向いて目を合わせなくなってしまった。

 なんなんだよ、マジで。

 

「……わいのよ」

 

 どうしたもんかなと、次の言葉を探していると、下を向いたその口から絞り出すような声が聞こえてきた。

 

「なんだって?」

 

 聞き逃すまいと、耳を立てて距離を詰める。

 すると、少し嫌そうにその分の距離を取り戻すように体を後ろに引く。

 なんでだよ。

 離れたら聞こえないし、その表情は少し傷つく。

 そんな心境を察したのか、覚悟を決めたように深めの呼吸を一つ入れる。

 

「怖いのよ!」

「うお、ビックリした」

 

 急な大声に全身が跳ね上がる。

 その声の主をみると、顔を真っ赤にしながらこちらを睨みつけるように見上げている。

 こころなしか、涙目のようにもみえる。

 

「怖いって、あれか?暗いところが怖いとか、そういうやつか?」

 

 あの犬吠埼が?

 誰が相手でも果敢に立ち向かっていくあの犬吠埼が?

 

「…ちょっと違う。……お化けが怖いのよ」

 

 はあ、お化け。

 何かの冗談にしか思えなかった。

 

「理由を聞いても?」

 

 人の弱みを握るようで、あまり好ましいことでは無いのだが、興味のほうが勝ってしまった。

 向こうも同じ気持ちらしく、少しの葛藤の後に話し始めた。

 

「人とか、動物は触れるじゃない?」

「せやね」

「触れるのであれば、最悪ぶっ叩いて何とかできると思うの」

「は?」

「けれど、お化けはそうもいかない」

「へえ」

「アタシの力だけでは、どうにもできないのよ!」

「なる…ほど……?」

 

 なんと返したら良いのか、分かりかねる。

 理由は理解できる。

 向こうは実体がないから、未知の力が相手だから、恐怖を感じると。

 なんというか……以外だ。

 いつも誰かのために粉骨砕身の精神で果敢に立ち向かうあの犬吠埼が。

 

「じゃあ、良かったな」

「この状況のなにが一体良かったっていうのよー!くそう……、今まで誰かに教えたことも、気付かれたこともなかったのに……!」

「だからよかったって言ったんだよ」

 

 恐怖が湧き出てくるその内心を隠すためか、大声を出して食い気味文句をぶつけてくる。

 が、そこをシャットアウトして即答すると、すぐに黙り込んだ。

 口が落ち着いたことを確認して、改めて説明する。

 

「小学校からだから……7年か?無駄に付き合いの歴だけは長いんだ。今更、犬吠埼にどんな秘密があろうと、幻滅なんてしようはずもない」

 

 当然のことだった。

 

「アナタ……、よくもそんな恥ずかしいセリフ言えるわね?」

 

 あれ?

 俺、結構すごいこと言ったか?

 指摘されたことで振り返ってみると、なんだか恥ずかしくなってきた。

 が、もうアクセルを踏んでしまった以上、ここでブレーキをかけるわけにもいかない。

 それに、犬吠埼がビビっているのに、俺も同じような姿を見せてしまうと、恰好がつかない。

 

「そういうわけだ。だから…、なんだ、その…」

「なななによ。言いたいことがあるんだったらはっきり言いなさいよ!」

 

 今も暗闇の中で足を震わせている人が言っていいセリフではないぞ。

 まあ、俺自身もどもってしまっているので、人のことを言える立場ではない。

 話の腰を折るのは面倒だし。

 とにかく、自然に言え。

 自然に…、自然に…、いつもの調子で…。

 

「送って行ってやるよ」

「よろしくお願いします!」

 

 すると、その言葉を待っていたと言わんばかりに、間髪入れずにこちらの腕にしがみついてきた。

 

 うおおおい!

 

 想定外の行動に一気に体温が上がるのを感じる。

 さらに犬吠埼の体温も直接感じる。

 二人分の体温が混ざり合って、余計に熱くなってくる。

 あれ、犬吠埼って思っていたよりも発育が良いのか。

 小学校の給食はいつもお代わりをしていたし、デザートじゃんけんもいつも参加していた、あの食事はどこに消えていったのか、こんなことで納得してしまうとは。 

 

 内心がかき乱されている中で、当人はどう思っているのか表情から探ろうとするが、それは本当に恐怖を意識の外に持っていこうと必死に目をつぶっている。

 先ほどからの足の震えも収まる様子はなく、自分のような邪な考えがよぎる余裕もなさそうな様子だった。 

 そのことに気づくと同時に、先ほどまでの自分の浅はかな考えが急に恥ずかしく思えてきた。

 自分から、幻滅しない、などとほざいておきながら、本心からおびえている友人に対して一番に考え付いたことが気遣いではなかったことに。

 一人で反省し、落ち着かせるようになだめる。

 

「おい、大丈夫だからそんなにしがみつくな」

「ヒッ!なに!やっぱりなんか出てきたんじゃ」

「落ち着けって!シンプルに歩きづらいんじゃ!」

「そんなこと言わないで!自分の発言に責任持ちなさいよ!」

「うおい!まだ下校してない運動部だっているんだぞ!誤解を招く発言は止めろ!」

 

 生徒はほとんど下校しているとはいえ、まだチラホラと集団の影が見受けられる時間帯だ。

 下手な噂がたてば、面倒なことになりかねん。

 とにかく、すぐにこの場を離れてこんな状況を人目に晒すことを避けるのが先決だと判断し、未だにしがみついている犬吠埼を引きずるような形で学校を後にした。

 

 

「ちょっと!あんまり速足で進まないでよ!」

「そんなに怖いんだったら、むしろ早く明るいところ行った方がいいだろ」

「いや、心の準備ってもんが……ヒイッ!何かが近づいてくる!」

「ただの電柱だよ!おいっ!これ以上力を込めるな!そこ関節だから変な方向に曲がって…」

 

 校門を出てからも、相変わらずその時の勢いのまま進む。

 俺が若干前側で、腕にしがみついた犬吠埼を引きずるようになっているので、腕が引っ張られて危ない状況になっている。

 当然、それを何とかしようと反射で取り払うような力が籠るのだが、話すまいと犬吠埼はより一層力を込めることになる。

 結局、それはどうにもならなそうなので、諦めて明るさがましなところまでとっとと行ってしまえば、少しは落ち着くだろうと半ば無理やりに行進を続ける。

 どうしてこうなった……。

 フィクションであれば、こういう場面の時は向こうの感触が伝わってきて、感情が揺さぶられたりするものなのだが……。

 最初だけだった。

 全く、ムードもへったくれもない。

 

「しかし、普段の犬吠埼の様子を見てると、それこそ、霊的な存在なんてアタシの女子力?で…、とか言い出しそうなもんだが」

「うるさいわね!男も女も分からない存在に、そんなもの通用するわけないでしょ!」

「いや?実は幽霊ってのはエロい話をしてると寄ってこないらしいぞ?」

「アタシの女子力はそんなくだらない次元の物ではないの!もっとこう……神聖な力で…」

「いだい!いだい!締まってるから!もっと緩めて!」

 

 ぎゃんぎゃん騒ぎながら、いつもの道を進んでいく。

 家があまり多い道ではないのが幸いだ。

 まあ、家が少ないからこそ暗い道となっていて、そのせいで騒ぐことになっているとも言えそうだが。

 しかし、なんとかして少しは落ち着かせないと、俺の腕がお釈迦になってしまう。

 必死に思考を回す。

 

「あ」

「きゃー!そういう不意の一声って嫌な予感しかしない!アタシは絶対に見ないから!この人を連れて行ったいいから、アタシは見逃して!」

「うおい!幻滅しないから、ってセリフを速攻で裏切るな!いいアイデアが思いついたんだよ」

「アイデア?」

 

 そのセリフを聞くと少し落ち着いたのか、腕を締める力が少し緩まり、上目遣いでこちらの様子を窺がう。

 破壊力高。

 痛みが緩くなったことで、最初に感じた感触と温かさが再び明瞭になる。

 一瞬で湧き上がってきた煩悩を振り払い、できるだけ意識を外すように、ポケットからスマホを取り出す。

 

「あ、ああ。暗いから得体のしれない何かがそこにいるかもしれないって思うんだろ?だったら、単純に明かりをつけていけばよかったんだ」

「確かに!じゃあ、早く点けて!ほら早く!」

「今やってるから!お前も自分のスマホ出せよ」

「充電が残っていたら、あんなところで一人で待っていなかったわよ!」

 

 確かに。

 あれだけ人助けに精を出しているのだ。

 俺なんかよりよっぽど交友関係も広いだろう。

 電話一本で呼べる友人なんていくらでもいそうなものだが、そんな犬吠埼が呆然としていた理由は考えれば分かることだった。

 ともかく、スマホのライトを点けようと電源を入れて操作しようとする。

 一方、犬吠埼はその画面のわずかな明かりにすがるように覗き込んでくる。

 ちょっ、画面見えな……。

 

「あっ」

 

 不意に画面を覆っていた犬吠埼の頭がなくなり、そっぽを向いてしまう。

 唐突で不信な動きに突っ込むことが頭によぎったのだが、行動に移す前に俺の目に飛び込んできたものが、その理由をありありと示していた。

 

「最低…」

 

 片耳を通過したそのセリフは、当然の産物だった。

 なぜなら、手の中にある画面が移していたのは、例のお宝のリンクが開かれた画面だったのだから。

 それを確認した瞬間、俺は覚悟した。

 今後の学校生活の終わりを。

 きっと、この話は学校中に広まり、男子どもには秘密を守れなかったことでボコされ、家にも話が流れていき……。

 いや、これは流石にしょうがなくない?

 これだけ怖がっている友人を置いていくこともできないし、振り払うのもはばかれるし、手元もよく見えなかったし……

 

「あの、犬吠埼さん?」

 

 せめてもの悪あがきと思って、先ほど、素晴らしく真っ当な意見をくださった犬吠埼さんは、俺の声にも反応せずにそっぽを向いたままで何やらブツブツとつぶやいている。

 どうしたもんかな……。

 俺の学校生活を平和に乗り切るためには、ここで何とか食い止めるしかないのだ。

 不幸中の幸いというのは本人には悪いが、俺への軽蔑よりも暗闇への恐怖の方が勝っているようで、掴んだ手を離すことはしない。

 これなら、まだ話を聞いてもらえるチャンスがある!

 逆に、ここで止められなければそれこそ本当のバッドエンドだ。

 

「…そうね、男子なんて皆そんなもんだから。大丈夫…普通に…」

「すいません、話を聞いていただけないでしょうか……」

「え!?なに!?」

 

 ようやくこちらの声が耳に入り、すぐに振り返る。

 暗闇の中のわずかなスマホの明かりで、頬が若干赤らんでいるのがぼんやりと浮かび上がってくる。

 ……まあ、こんなものを見せられて普通にしろ、というのも無理な話か。

 そう思っていたところで飛んできたのは意外な言葉だった。

 

「どうしたのよ、こんなもの見ちゃって、もう!年頃の男子なんだから、そういうことに興味を持ってもしょうがないわよね!」

 

 まさかだった。

 女子が目の前で男子のそういうところを見てしまったら、もっと動揺というか、恐怖してもおかしくないと思っていたのだが。

 これなら、もしかしたら俺はまだ学校で生き残れるかもしれない。

 

「まあ、アタシみたいな常に女子力があふれ出している女の子と一緒にいたら、そういう気持ちになってもしょうが無いわよ!安心しなさい。皆には内緒にしてあげるから」

「おかんか!」

 

 お前、さっき自分で自らの女子力はエロい事とは違うって言ってたじゃないか。

 と、続けて口をついて出そうになったところを何とかこらえる。

 折角、気にせずに流そうとしてくれているのに、それをわざわざ引き上げてやる必要もないだろう。

 それをしてしまったら、犬吠埼の親切心を無駄にすることになってしまう。

 大人しく礼を言って終わろう。

 

「ありがとうございます」

「うむ、くるしゅうない」

 

 頭を下げると、背筋を伸ばして自慢げに応答。

 ただし、腕を離すことはしないまま。

 そのせいで、余計に当たっているものが分かりやすくなっている気がするが、向こうはなんとも思っていないようなので、ありがとうを再度伝える。

 しつこく礼を述べることを少し不信に思ったようだが、特に指摘することはなかった。

 ひと段落したところで、改めてスマホのライトを点けると、光量をマックスにして前方に向ける。

 犬吠埼はその明かりで落ち着いた様子で、腕をつかんでいた力が緩まる。

 先ほどまでの役得が名残惜しく感じるが、できるだけ表に出さない様に伝える。

 ……大声で騒いでいた反動か、少し落ち着いただけでなにを話そうか詰まってしまう。

 どうしたもんかと言葉を探していると、向こうが先に口火を切ってきた。

 

「…けど、これでさっき言ってたように、幽霊は寄ってこなくなったかもしれないわね!」

「それ、どっちの意味で?」

「あら?エッチな意味でって言う方が好み?」

「無理しなくていいぞ」

 

 からかうようにそう答えるが、その表情は朱色に染まっていた。

 

「なによ!意識されないと、それはそれで悔しいのよ!アタシの女子力が……」

「そもそも、お前の言う女子力は世間一般で言われているそれとの齟齬を感じる!」

「じゃあ、何だっていうのよ。その、世間一般の意見というものは!」

「それはあれだよ。おっぱいでっかくて、家事が出来て、優しく話を聞いてくれて、包容力があって、あとおっぱいがでっかい。………おい、その呆れたような、軽蔑するような視線はヤメロ」

「……いや、まあ、うん。……最低って切り捨てようとも思ったんだけど、そこまで正直にされるともはや清々しくて、何も言えなくて」

「表情に出てたら意味ないでしょ」

「せめてもの抵抗っていうか…」

 

 そこまで言われる筋合いはないぞ。

 年頃の男子の脳内なんて、みんなそんなもんだ。

 

「けど、それだったらやっぱりアタシは女子力高いって言えるんじゃない?」

 

 そうだろうか?

 家事ができるのはこの間の買い物の様子を見ていると、日常になっているようだったし。

 優しさなんて、今日こんな状況になっている理由が示している。

 包容力は……さっきのやらかしを受け止めてくれたのはそう言えるかもしれない。

 あと一つは………

 

 と、急に腕にかかっていた重さがなくなったと思うと、犬吠埼はその両手で自分の体を守るように隠す。

 気のせいか、距離も離れたような気がする。

 

「ちょっと、流石に視線が露骨過ぎない?」

 

 先ほどよりも厳しい表情でこちらを糾弾する。

 

「いや?あれだけの食欲の行きつく先は、もう一段下の部分かなって思っただけ」

「なんだ?照れ隠しか~?さっきは腕の感触楽しんでたくせに」

 

 ゲッ。

 さっきまでそんなこと意識してなかったくせに、急に余裕出してきやがって。

 予想外の返しに、つい目をそらしてしまう。

 

「おっ、図星か?」

 

 その仕草を確認したことで、自分が優勢であることを感じたのか攻勢に出てくる。

 まずい。

 いくら何でも露骨すぎた。

 

「見ていなさいよ!まだまだ発展途上なだけだから。きっと数年後にはボンキュッボンになって、瀬戸の人魚って呼ばれるように」

「さっきまでの様子とは大違いだな」

 

 一気に元気になった。

 あれまで怖がってこっちについてくるだけだったなのに。

 何はともあれ、いつもの調子に戻ってよかっ…た……。

 いや、俺は気づいてしまった。

 普段通りに振る舞っているだけで、実はそうではないことに。

 確かに、先ほどとは異なり手は離されているし、少し距離は空いているのだが……。

 

「おーい。あんまりゆっくりしすぎると、親御さん心配するぞ」

「余計なお世話!」

 

 そして、すぐに後から声が近づいてくる。

 平気そうにそう答えるのだが、先ほどから声は背後から聞こえてくる。

 前に買い物の荷物持ちをしたときとは異なり、俺の前に出て先導することはない。

 距離感も明らかにいつもとは異なり、ときどき触れてしまうくらいには近い。

 ただ、頼りにされている気がして悪い気はしない。

 

 いつの間にか家から漏れる明かりが多くなってきており、住宅街に入っていることを示している。

 

「ほれ、もうすぐおうちに着きそうだぞ」

「分かってるから!子供扱いしない!」

「今の自分を振り返ってから言ってください」

 

 やがて、道に並ぶ家々の屋根の間から一つのマンションが現れたり消えたりするようになる。

 犬吠埼もそのことに気づいたようで、段々と速足になって隣から足音が聞こえる。

 

「ね、どうしたらいいと思う?」

「なにが」

 

 また気配が背中から遠ざかっていく。

 

「この怖がりな所」

 

 その姿は見せず、声だけがインプットされる。

 普段とは違うその姿はどうなっているのか気になりはするのだが、それゆえに見てはいけないような気がした。

 向こうがわざわざ見えないように動いているのに、無理に確認しようとするのは気が引ける。

 今の距離が二人の距離になることを想像したら、俺にはその様子に耐えることが出来ない。

 はて、どうしたものか…

 こういう人生相談に際しては、耳触りの良い答えを返すことは簡単だが……

 一時的に距離が縮まっても、やがて化けの皮がはがれて二度と帰ってこなくなるのが鉄板だ。

 であれば、少々自分の考えを語らせてもらおう。

 

「別にいいのでは?」

 

 はい、背中を無言で殴るのは止めてください。

 相談に返答しただけなのに理不尽と感じるかもしれないが、無抵抗というわけにもいかない。 

 手の平を向けてを後ろに回す。

 そして、その拳を受け止めると両手で握りこむ。

 当然捕まえられた手を離すために引っ張ろうとするのだが、普通の女子が運動部男子にパワーで勝てるわけもなく。

 すぐにそれがかないそうにないことを察すると、その力が抜ける。

 よし、大人しくなった

 

「痛い!?」

 

 再び背中に衝撃が走る。

 両手は塞がっているのになぜに。

 とっさに背後を確認しようと首を後ろに回そうとする。

 

「だめ、見ないで」

 

 その声は耳のすぐ下から聞こえてきた。

 ああ、なるほど。

 

「いや、勘違いしないでくれ。犬吠埼っていつも誰かに手を貸して助けてるじゃん?勉強も運動も優秀だし、完璧超人って感じがしてさ…」

「そこをどう解釈したらその言葉が出てくるのよ」

「まともな改善策じゃなかったら怒ったのかなって」

「違うんだけど…、まあいいか。続きどうぞ?」

 

 なぜ偉そうなんだ…

 自分が相談を持ち掛けてきたくせに。

 まあいいか。

 きっとメンタルやられているから口調が強くなってしまっているだけなのだろう。

 

「とにかくいいんだよ、完璧じゃなくて。ちょっと弱点あったほうが、親しみやすいし、愛嬌と思っておけばいいんだよ」

 

 とりあえず、背中の衝撃は無くなったので話を続けていく。

 

「らしさ、って言葉はあんまり好きじゃないんだけど、今我慢すると、それがデフォルトになって苦しくなる」

 

 そのまま、暴れだすことはない。

 

「それに」

「それに?」

 

 体を翻すと、少し視線を落とした胸元と、上目遣いで体を預ける犬吠埼と目が合う。

 この言葉、しっかり面と向かって伝えなければいけない事。

 

「困ったときは、力になるから」

 

 気合を入れて口にした言葉に対して、犬吠埼は目を見開いて呆然としている。

 まあ、無理もないだろう。

 やはり説得力は言葉よりも行動で示すべきだろう。

 俺はカバンに手を突っ込み、中身を漁ると、感触を確かに一つの物を手に取った。

 

「ほら」

「なにこれ?」

 

 俺が差し出した箱をまじまじと観察する。

 まあ、包装紙に綺麗に包まれた箱なんですけど。

 

「犬吠埼、この間誕生日だったろ」

「あっ」

 

 いや、忘れてたんかい。

 まあ、一日、二日前でもないから仕方がないか。

 犬吠埼は、箱とこちらの顔を何度か見返した後、恐る恐るといった様子で、こちらの手の上から箱をつまんでその手に取る。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして」

「開けても?」

「どうぞ」

 

 小さめの箱を包んでいる紙をはがす。

 ごみと化した包装紙を受け取る。

 そして箱の中身を慎重に取り出す。

 

「チョーカー?」

 

 そう、箱の中身は首に着けるあのアクセサリー。

 犬吠埼はいつも女子力がー、とか言っているものの、装飾品の一つも着けている所を見たことがない。

 まあ、学校では校則によって、そういった類のものは禁止されているので、見たことが無いのは当然と言えばその通りなのだが。

 というわけで、何かしらプラスの反応をすると思っていたのだが、その表情はあまり変わっている様子がない。

 あれえ?

 選択ミスったか?

 やらかしたか、と次にどんな言葉が来るのかと待っていたところに届けられたのは次の物だった。

 

「なんか……重くない?」

「え……マジ?」

「うーん、人によるかもだけど」

 

 軽く首に当ててみながら、そう答える。

 もう、わざわざ隠しておく理由もないので、大人しくすべてを吐き出してしまうことにした。

 

「女子力女子力っていつも言うから、何かアクセサリーでおしゃれしたらいいかなって思って、帽子とか時計とかネックレスとかは学校に持っていくにはかさばるし」

 

 言い訳がましくなってしまったそんなセリフを聞いても、犬吠埼は特に気にした様子はない。

 すこししたのち、目の前にそれが差し出される。

 お気に召さなかったか……、とちょっとショックを受けている所に、意外な言葉が続けられる。

 

「ね、アナタが着けてよ」

 

 言葉、表情共に、挑発気味にそう告げる。

 あまりに意外なそのお願いに、俺はどうしたものかと躊躇するが、この程度のこと、わざわざ断るほどでもないとその手からチョーカーを受け取る。

 すると、犬吠埼は軽く顎をあげてこちらが着けやすいように若干背伸びをする。

 ………なんか、デジャヴ。

 いや、気にしたら負けだ。

 向こうから頼んできたんだし、これにこちら側の落ち度はないはずだ。

 気合を入れて、チョーカーのロックを外すと手を後ろに回す。

 ……近い。

 後ろで結んだ髪が触れる。

 先ほどとは違って、犬吠埼の柔らかな体の感触がはっきりと伝わる。

 ………邪念を振り払いながら、なんとか着け終える。

 

「どう?」

「ふっふっふ。これで女子力上がって、今までよりもっとモテちゃうかもね!」

 

 そのまま、上機嫌のまま足を進めていく。

 最初はやらかしたかと思ったが、喜んでくれることは素直に喜ばしいことだ。

 やがて、マンションの入り口に着いたところで足を止める。

 俺の様子を見て、先に進んでいた犬吠埼はこちらに振り向くと首をかしげる。

 

「どうしたの?」

「いや、ここまで来たらもう一人で大丈夫だろ」

 

 犬吠埼に背中を向けると、暗くなった道路に戻ろうとする。

 と、不意に片手を取られて足を止める。

 

「ちょっと、女心が分かっていないんじゃないの?」

「え、この間はもうこの辺で帰らせようとしてたじゃん」

「なに言っているのよ。人の気配がない廊下とか、たった一人のエレベーターが一番怖いんじゃない!」

「ああ、気付いたら背後にいて……みたいな」

「ちょっと!わざわざぼやかしているんだから、明瞭にイメージ出さなくていいのよ!」

 

 結局、扉の前まで送ることになった。

 そのまま、ドアノブに手を掛けようとしたところで……何かに気が付いたように、はたと止まる。

 そして、こちらに振り返ると、満面の笑みと共に一言。

 

「大切にするから!」

「それは、チョーカーも喜んでくれるだろうな」

 

 

 

「お母さん、ただいまー」

「遅かったじゃない、どうしたの?」

「いろいろと手伝いをしてたら遅くなっちゃって」

「女の子が一人でこんな遅くに危ないでしょ!」

 

 母は、当然帰りが遅くなった娘を案じていたことを伝える。

 しかし、娘の方はそんな心配は無用だったように返答する。

 

「アイツに送ってもらったから」

 

 予想していなかった言葉に、娘の様子をまじまじと窺う。

 

「あら?そのその首に着けているの……」

 

 アイツ、という先ほどの言葉と照らし合わせて、その出所を想像するには難くなかった。

 

「あら、あらあらら」

「なにか?」

「いいえ?なんでもー」

 




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