メガネって女子力高くない?   作:わかなつ

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十年経ってどうしているの


道連れはするのにあの世に情けはない

 いつもの通りで歩みを進める。

 家に帰る。

 妙に静けさに包まれていて、いつも騒がしい姉の気配もしない。

 昼寝でもしているのだろうか。

 玄関を上がり、リビングに向かう。

 部屋の全体を見回してみるが、誰もいない。

 特に荒らされているわけでもないし、普通に留守にしているだけか? 

 普段はこの時間であれば夕食を作っている所なのだが…。

 姉の部屋に向かう。

 やはり、人の気配はない。

 姉の自室をノックする。

 返事はない。

 慎重に扉を開ける。

 確かに、姉は部屋の中にいた。

 しかし、それは床の上に倒れていたのだ。

 寝ているようには見えない。

 明らかに不自然な体勢だ。

 慌てて駆け寄り、体をゆすってみる。

 

「あれ?ああ、お帰り」

「どうしたの!?何があった!?」

 

 良かった、なんとか意識があることは確認できた。

 しかし、なにかがおかしい。

 いや、倒れているのも確かにおかしいのだが、疲労や体調不良で体が動かないのとは違う。

 こちらの声に反応して、片腕を上げて掌でこちらに触れてこようとするのだが、それが届かない。

 頬に触れようとする手前でことごとく空振ってしまう。

 目は確かに開いているのに、焦点が定まっていない。

 こちらを見据えているように見えるのに、視界に入っている気がしないのだ。

 焦りと恐怖感は、自然と自分の手を目元に導いていった。

 まずい、この症状はおそらく……。

 くそ、どうしたらいい?

 なにが正解だ?

 この場合だと、医療機関より大赦の方に連絡を……。

 

「ああ、ごめん。ちょっと見えなくて。腕もこっちしか動かないみたいで…」

 

 先ほどから空を掴んでいた掌が、優しく頬を包む。

 普段とは違う、余りにも力のない不自然な笑顔と共に。

 

 ………冷静に考えろ、頭を回せ。

 今自分がするべきことは何か。

 口元で震える筋肉と、瞼の弛みを理性で押さえつける。

 フレームの隙間を流れる流れる液体を拭い、その手でスマホを取り出すと、電話をかける。

 なんとかすぐに救急を手配したことで、急に肩の力が抜ける。

 こんな簡単なことなのに、普段の三倍は緊張した気がする。

 もう一度、気持ちを入れるために一つ大きく深呼吸を入れる。

 ………まだ、できる事はあるだろ。

 

「体、動かすからな」

 

 反応は、少し指が動いただけ。

 救急が来るまで、少しでも楽な体勢に持っていこうと、姉の体を抱え上げる。

 と、その全身の重みが一気に腕にかかる。

 人を抱きかかえる場合は、抱えられる方も少しでも楽になろうと体重が重心側に寄って来るのだが、それがない。

 本人側の力はほとんどなく、単純に脱力しているようだった。

 日頃から鍛えられている筋肉のすべてを使って、なんとか部屋のベッドの上に仰向けにすることが出来た。

 まだ動く方の手を握り、救急が来るのを待った。

 

ーーーーーーー

 

 数日後

 アルコールの臭いが充満する廊下を歩く。

 視界に映るのは、柔らかく足の裏を押し返す床。

 右手のざらざらとした感触を支えに、目標の扉まで踏ん張りを効かそうとするのだが、震えがそれを簡単には許さない。

 体はまるで言うことを聞かないのに、頭だけはやらなくてはいけない事を伝えるように、冷たく冷えていることを感じて嫌になる。

 ただでさえ、これから待っていることでマイナスになることが確定しているのにだ。

 おかしいな。

 マイナスとマイナスをかけたらプラスになるはずだろ?

 理性で無理やり、目的の部屋の前にたどり着く。

 そして、その扉に手を掛け、ゆっくりと横にスライドさせる。

 この重さは明らかに物理的なことが要因ではないだろう。

 窓からの太陽光で明るくなっている所まで進む。

 他のベッドには誰も居なかった。

 ベッド同士を隔てるカーテンを開けると、管を繋げられた姉が横になっていた。

 冷えたパイプ椅子を頭のすぐ横に置く。

 

「姉貴、生きてるか」

「おっと、我が弟君ではないですか。姉の心配なんて、十年早いわ」

「病人は大人しくしておけや」

 

 首だけはこちらに向けられているものの、その目は数日前と変わらずこちらをとらえることはない。

 体に掛けられた布団からはみ出ている手を取る。

 熱を感じる。

 ……よかった。

 強く握りしめる。

 持ち上げられた腕にかかっていた毛布が避けられ、隠れていた部分が顕わになる。

 そこには一本の管が突き刺さっていた。

 その先に繋がっているのは、金属光沢の輝く棒に釣り下がった液体の詰まった袋。

 目をそらしそうになるところを、理性で押しとどめる。

 姉がそのまま自らを懸けて戦った結果がこれなのであれば、自分も背負わなければいけない事なのは明らかだろう。

 見えていない分は、自分が代わりになるべきだ。

 

「なになに?この病室がそんなにおかしいかな?」

「おかしいのはお前の病の原因だよ。……まあ、余りにも物が少なすぎるような気がするけど」

「親父とお袋が全部もってったからね」

「そのジョーク今いる?」

「私は近づいたような気がするからね」

「なんも言えねえ」

 

 ベッドで横になりながら、ケラケラと笑う。

 この人強すぎだろ、とドン引きしていたら、急にその声が止まってすぐに咳き込む。

 

「ちょっ……、自分の状況を顧みて行動をしてくれ」

「ゲホッゲホ……。やかましい、ガキは黙って遊んでいればいいの!ほら、でてけ!」

 

 握っていた手を振り払われると、そのままこちらからそっぽを向いて布団をかぶってしまった。

 どうしようか……。

 まあ、本人がかまう必要が無いと言っているのだから、その通りにするか。

 もう少し元気な様子を見せてほしかったのだが、しぶしぶ病室の扉に向かう。

 

「なにかあったら呼んでよ?」

「弟が姉の心配なんてするな」

 

 それだけ言って、扉をスライドさせる。

 後ろ手に手を掛けると、周りに迷惑にならない様にゆっくりと扉を閉める。

 ……残念だったな。

 向こうがこちらにかまうなと言うなら、こちらがそれをどう読み取って行動してもかまわないだろ。

 誰も居ない待合室のソファに腰を下ろすと、診断結果を記した資料に目を落とす。

 今の姉は、姉は視力がほとんど失い、両手は使い物にならなくなっている。

 大赦内に存在する医療機関では原因不明とされている。

 大赦内の神霊部門においても同様だ。

 だから何だ。

 利権しか頭にない腐った根性の息がかかっている機関の言葉に意味などない。

 そもそも、神や霊的回路を扱っているのに、いまさら原因がどうとか、何を言っている。

 原因は分からないなら状況証拠で考えるしかないだろ。

 まず、最近はシステム開発部門において、勇者システムに新たなオプションを組み込むことが検討さえていた。

 しかし、それに伴って現在の端末ではスペックが足りていないことが指摘されていたのだが…。

 余り進捗は芳しくなかった。

 どうしたものかと、皆で頭を悩ませていたのだ。

 だから、これまではどのようにしてこのシステムが進化してきたのかを改めて洗い出すことになっていた。

 だが、勇者自体が機密事項になっている以上、過去のデータを漁ることは限られた人間のみで、その調査待ちだった。

 バカげた話だ。

 適性がある者でないとこの領域を観測する事すらできない以上、システムの開発を行っているのは少数だ。

 であるのに、そこからさらにふるいに掛けられた者にしか情報が行き届かないなど。

 で、中枢部分は隠されたまま、その他の人たちは表面上の調整をなぞるように行うだけ。

 で、独断で動いた結果がこれだ。

 どうせ、これまでと同様のろくでもない方法で解決策を実行しようとした結果だろう。

 くだらない。

 「発展に犠牲は付きもの」

 使い古された免罪符の言葉だ。

 しかし、それは過去を振り返ったときに犠牲になったあらゆるものを弔うためだ。

 今現在に、何かと引き換えにするための言い訳に使われるのはナンセンス。

 

 ……恨み節が枯れることはない。

 けれど、それを吐き出すのは今すべきことでない。

 姉が灯した炎を消させてなるものか。

 そもそも、ここには自らの命の灯をかけている人間ばかり。

 たかが一人程度で歩みを止めることは許されない。

 

 幸いにもと言ったらバチが当たりそうだが……、いや、犠牲を許容する神にそんな資格はあるまい。

 おかげで神樹の一部を使った霊的回路のエネルギー伝達効率が飛躍的に向上した。

 これで、勇者システムに新たなオプションを組み込むことが出来るかもしれない。

 もう少しだけ命を救うことが出来るようになるかもしれない。

 自分より下の少女が命を懸けて戦っている状況を、少しでも軽減できるのであれば、それ自体は朗報以外の何でもない。

 

 しかし、皮肉なものだ。

 勇者として選ばれた少女たちは、四国の人たちを守るために戦っているというのに、守るためのその力は、本来守りたいはずの人の犠牲の上に成り立っているものなのだ。

 これを本人たちが聞いたらどう思うだろうか。

 なんて意地悪を思いついた自分に嫌になる。

 とにかく、目星はついた。

 後は運用できるように、ひたすら作業を進めるだけだ。

 

ーーーーーーー

 

 勇者の一人が死んだことを聞いた。

 デバック作業をひたすら繰り返している時だった。

 もう少しで勇者システムのアップデートが可能になろうという時。

 

「クソが!」

 

 部屋には机と拳がぶつかる音と、自らの声が響く。

 あと数日、あと少し時間があれば!

 このままデバックをひたすら繰り返して、問題がなければ今の勇者の端末に実際に組み込む。

 そしてテストをして正常に動作することが確認できれば、後は実践投入するだけ。

 最悪、テストをすっ飛ばして直接運用にもっていって後から調節できれば、命を失うまでは…。

 いや、どんな副次的な効果が出るかもわからない状態で実践投入して事故でもあれば、それこそ命に関わる。

 ただでさえ、勇者システム自体が少女たちの魂に直接アクセスしてその力を引き出しているものなのである以上、なにが引き金となって暴走するかも不明なのだ。

 完全に異常が取り除かれて初めてスタートラインに立つものであるべきだ。

 本来は。

 が、それを実現するには何もかもが不足していた。

 時間も、人員も、何もかも。

 こうしている間にもやつらの侵攻は進んでいる。

 けれど、勇者システムに干渉するにも、あのクソ枝に見初められた人間でないとその変容を知覚する事すら不可能なのだ。

 さらに、テストを行おうというのなら、それこそ勇者の資質を認められていないと起動もできない。

 

 ……なんだったんだ。

 これまでのすべての技術者の努力も、歴代の勇者達の命も。

 これまでの犠牲は、……姉の体は無意味だと言いたげな結論、結果。

 

 ………だからなんだ。

 それは止まっていい理由にはならない。

 止めてかまわない理由にはならない。

 まだ残っている勇者はいるのだ。

 その小さい体で、その体以上の力で命を懸けて戦う少女がいるのに、自分が止まればそれらは全て失われる。

 その後ろにいる生活も全て。

 最近、やたらと自分の隣にある者も全て。

 これを守る資格を、自分は持ち合わせている。

 ならば、やることは決まっている。

 とにかく、次の戦いまでには間に合わせる。

 最悪、動けばそれでいい。

 後は精霊の意思次第だ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 突然、大きな揺れ。

 いつも通り、学校で授業を受けているときのことだった。

 日常の間に挟まる非日常。

 普段と違うことと言えば、授業中は小難しい顔で私物のパソコンと向き合っている彼がいない事だ。

 一度目の揺れで皆が机の下に隠れ、その時は皆いつもの地震だろう位に、近隣の席の人たちで雑談をする余裕を持っていた。

 しかし、二度目、三度目と揺れが続くと、流石におかしいと違和感が教室中に伝播していき、パニックになる直前になっていた。

 やがて、一時的に揺れが収まると、先生に連れられて校庭に避難を始める。

 避難訓練のかいもあって、大した問題もなく全員が校庭に避難できたことが告げられると、先生達だけで慌ただしく話し合いが始まってしまい、生徒たちは待ちぼうけを喰らってしまった。

 しかし、子供とは気楽なもので、すぐに周りの同級生たちとこの非日常を楽しむように雑談を始める。

 周りの空気とは異なり、アタシの心情は心配で落ち着かなかった。

 妹の行方がどうなっているのかが気が気でなかったからだ。

 もう避難が完了したというのなら、災害時は早く下校と言うことになるだろう。

 であれば、だらだらとこの場に留まっていないで、さっさと迎えに駆け出したい。

 逸る気持ちを抑えながら、教師側の結論を待つ。

 すると、予想通りというべきか、早退という形になった。

 教室に戻ると、すぐに荷物をカバンに詰め込み、樹のいる小学校へ向けて走り出す。

 家へ向かう大量の生徒の波の間を縫って、体をかがめ、隙間にねじ込みつつ、足の回転数を上げて校舎を駆ける。

 やっとの思いで学校の敷地から出たところで、町の様子も先ほどと代り映えしない。

 幸いにも、建物が倒れていることはない。

 とにかく人の壁が道路を埋めていた。

 だからと言って、当然引き返すわけにも、足を止めるわけにもいかない。

 両親の代わりに、アタシが樹を守らないといけない。

 おそらく、今も誰かのために一生懸命に動いている二人が、安心して誰かに手を貸せるように。

 安心して家に帰ってこれるように。

 地面を目いっぱいに蹴りだすと、そのままの勢いで駆ける。

 無我夢中に、人ごみのせいでまるで記憶にある景色とは違った道を進んで、なんとかたどり着く。

 小学校の校庭には、先ほどまでの中学校と同じように児童が所狭しと、けれど規則的に並んでいた。

 そして、保護者が確認できた者からその列を離れていく。

 保護者達が集まっている列を見つけると、同じように並んで樹の保護者としてきたことを告げる。

 

「お姉ちゃん!」

「樹!」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、恐怖からか瞳に涙を浮かべた樹がこちらに向かって駆け足で向かってきていた。

 しっかり受け止めると、その髪を優しくなでる。

 体の震えが少しずつ収まり、落ち着いてきていることが確認できたことで、自らの心も落ち着くことが感じられた。

 それと共に、自分も先ほどまで恐怖があったことを自覚する。

 改めて、しっかりと樹が無事であることを確認するように抱きしめる力を強める。

 

「大丈夫?けがはないわよね?」

「…うん。私は大丈夫だよ。それより、お姉ちゃんも無事でよかった…」

「なーに言ってんのよ。アタシがそんなへまするわけないでしょ!」

「…それはどうかな」

「妹がそんな心配しなくていいの!」

 

 その後、両親の仕事について事情を説明し、保護者の確認が取れたので、二人で家まで向かった。

 託された小さな手をしっかりと握って、並んで歩いていく。

 町は慌ただしく、帰り道になっても小さな揺れが散発していた。

 家に着くと、電気と火の元が点くことを確認して、胸をなでおろす。

 だが、いつ止まるかもわからない以上、今のうちにできる事はやってしまった方がいい。

 荷物を下ろすと、早速食事の用意に取り掛かる。

 火を使わずに食べる事の出来る作り置きをたくさん作っておかなければ。

 

「樹ー、お風呂の準備しちゃってー」

「早くないー?」

「今のうちにやらないと、どうなるか分かったもんじゃないでしょ」

 

 そう声をかけると、樹は脱衣所に向かっていった。

 ……どこか、嫌な予感がしていた。

 今回のことは、どうにもただの自然現象が原因とは思えなかった。

 ニュースを見ながら、作業の手を進める。

 どこも、今回の地震による被害に関する話ばかり。

 父と母は、今はどこにいるのだろうか。

 二人の仕事内容は、企業秘密として一般人に漏れることは無いように、とされている。

 ながらで、ボーっと見ていた時、画面に映ったのは途中から崩れた巨大な橋。

 瀬戸大橋が画面いっぱいに写っている様子だった。

 いまさら、こんなガラクタの何を注目する必要があるのか、と。

 全体からズームされて映ったその部分は、アタシの記憶とは違っていた。

 明らかに様子がおかしいそこは、人々が慌ただしく動き回り、がれきや破片が散らばり、舞っていることがうかがえる。

 ……まさか。

 ここまで被害が大きくなっていたとは。

 とはいえ、あそこはここら辺のような人口密集地と言うわけでもない。

 であれば、被害は最小限で済んでくれるだろうか。

 少しでも、誰かが命を落とすことがないように、せめて自分の手の届く範囲は守ろう。

 

「おねーちゃん!シャワー止まっちゃったー!」

「無駄遣いしないで!栓を締めてためておきなさい!」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 四国全体で大きな地震があったあの日。

 両親が返ってくることはなかった。

 幸いというべきか、もともと帰りの遅い両親の代わりに家事をやっていたため、生活はできた。

 そして数日後。

 この住宅街には不釣り合いな人たちがやってきて、両親のことを知らされた。

 なぜ帰ってこなくなったのか。

 四国の外はウイルスで人間が絶滅したことが嘘であること。

 その本当の理由。

 私たち姉妹が神樹に選ばれ、その脅威と戦う力があるかもしれないということ。

 そして、讃州中学へ転校し、同じように戦う資格を持つ少女たちを集めることで世界を守れば生活を保障するという取引を持ち掛けられた。

 親戚の下に世話になるという選択肢もあった。

 だが、アタシは取引に乗っかった。

 普通だったら、大切な人が死んだ無念を直接当人にぶつけることなど出来ないだろう。

 けれど、アタシにはそのチャンスが巡ってきた。

 巡ってきてしまった。

 迷いはあった。

 果たして、妹にもアタシの復讐を押し付けてもいいのか。

 本当に、アタシがその力に選ばれる保証もないらしい。

 けれど、わずかでもという期待はとても魅力的に映ってしまった。

 樹にも、どうしたいのか相談した。

 勇者のことは言えなかったが、アタシについてくるか、親戚のお世話になってここに残るか。

 出来ればこんなこと、樹にはさせたくなかったけれど、アタシについて行くと言ってくれた。

 

 そうして、新年度から讃州中学の二年に編入することが決定し、樹も小学校を転校する準備を進めていた。

 準備とは言っても、手続きや転校理由などは大赦が裏で手を回しているらしく、あまり大層なことをやるわけではない。

 持っていく家財道具を選別し、クラスのみんなに挨拶を済ませた。

 春休み前の教室。

 最後までこの学校にいられない事を少しだけ残念に思いながら哀愁にふけっていた時。

 

「よ」

「……どうして」

 

 不意の声に反応して教室のドアに視線を奪われたとき、そこに立っていたのは小学校からの顔見知りである男子。

 二つに重なったドアの側面に体重をかけて、片手をあげてこちらを見ている。

 

「まさか、急に転校ってことになるとはな」

「…なに~?昔なじみの顔が見られなくなるから、寂しいの?」

「そうだよ」

 

 え。

 

「っていったらどうする?」

 

 こちらの動揺した表情に気づいたのか、してやったりとニヤニヤと笑みを浮かべている。

 してやられた!

 

「安心しろ。それはまだしばらく先になりそうだ」

 

 そういって、からは何かをこちらに投げてよこした。

 流石野球部というべきか、胸の位置に飛び込んできたそれを反射的に両手でキャッチする。

 その手の中に入ったものの正体を確認すると、それは一つの端末だった。

 

「これって、まさか」

「そういうことだ」

 

 その端末を開くと、そこには見たことのないアプリのアイコンが入っていた。

 もう一度相手の顔を見ると、してやったりという顔をしており、こちらの反応を見て楽しんでいるようだった。

 ぐっと拳を握る。

 その仕草からこちらが緊張しているのが分かったのか、想定外の反応だったのか、すぐにそのにやけ顔は消えてつまらなそうに花を鳴らす。

 

「なんだよ。もっと驚いて、ぎゃふんくらいは言うと思ったのに」

「危ない、危ない。そのしてやったりって顔に、思わず手が出そうになったわ」

「止めてくれ!これまでだったら冗談で済んだが、今やられたら真っ赤な花が咲くことになる」

 

 身の危険を感じたのか、こちらから距離を取るように右足だけを廊下に出す。

 失礼な。

 そもそも、アタシは自分から手を出したことはない。

 が、分かりやすくビビッている様子をみると、少しいじめてみたくなってしまう。

 

「ふふふ…。じゃあ、紅ショウガにしてうどんと一緒に食ってやろうかー!」

「きゃー!やめて!犬吠埼に食べられちゃーう!誰か助けてー!」

「ちょっと!その言い方だと誤解を招くじゃない!」

「ん?何がどう誤解を招くと思ったんだ?ほら、言ってみ?言ってみ?」

「だから!乙女の口からなに言わせようとしてんのよ!」

 

 ちくしょう!

 隙を見せたと思ったのに簡単にカウンターを決められてしまった。

 こうなったときは… 

 

「全く…。やっぱり、男子はすぐにそんなこと考えるんだから」

「あっ!こいつ、開き直りやがった!色恋に結び付けるのは女子の方だろ!俺は単純に命の危機を訴えてただけなのに!」

「嘘つけい!」

 

 はあはあと息を切らしながら、お互いに臨戦態勢に入る。

 が、そんないつも通りのやり取りが、ふと、おかしく思えた。

 

「……ははっ」

「え、どうした。勇者の力と一緒に変なものでも授かったのか?」

「なによそれ!そもそも、勇者の話も神樹様に選ばれたわけじゃなくて、可能性の話ってだけよ。……あーーおかしい」

 

 けらけらとおなかを抱えて声を出すアタシを、心配しているのが分かった。

 そっちから吹っ掛けてきたくせに、すぐにこちらの心配をしている様子を見ていると、なおのことおかしく感じてしまう。

 数秒の間、笑いが止まらない女子と、それを見てどうしたらいいのか分からず戸惑っている男子の構図が出来上がる。

 そして、少し落ち着いたところでアタシは続けた。

 

「もう、折角勇者に選ばれて命を懸けて戦わないといけない、とか、実は同級生がその組織に所属していた、とか、フィクションだったらシリアスパートなのに」

「悪かったな!真面目な話が出来なくて」

「いいのよ、それで」

 

 突然に両親を亡くして、勇者候補に選ばれたことで転校することになり、クラスメイトの反応もよそよそしくなった。

 けれど、彼はいつも通りに振る舞ってくれている。

 ここまでのやり取りが、彼なりの気遣いであることは分かっているし、感謝もしている。

 わざわざ、互いに口に出すことはしないけれど。

 

「まあいいや。とにかく、そういうことだ。俺も転校することになった。それで」

 

 少々、照れくさそうに頭をポリポリと搔きながら、そう口にした。

 

「あ、ちょっと待って。話長くなる?」

 

 何かを続けようとしていた彼は、口を開けたままで固まる。

 遮られた事が気に入らなかったのか、口をつぐんで眉を歪ませてそのまま頷く。

 

「そんなにふてくされないでよ。ちょっと聞いただけじゃない」

「うるさい。さっきから、気合入れてかっこつけたセリフ準備してきたのに、ことごとくはぐらかされたらそうもなる」

「え~?そんなに気にかけてくれてたの?嬉しいなあ」

「調子にのるな。…なんだよ、気を使って損した」

「分かったから。うどん驕るから、そこでゆっくり話しましょ?」

「いいよ。もう隠す必要もないから言うけど、大赦からそこそこもらってるんだ」

「意地はらないの。アタシだって、もうすぐ大赦からいくらか入ってくるから、お互い様よ」

「食い意地はってるのはそっちだろ」

「アタシのうどんは女子力に変換されるからセーフ。もう、いいから行きましょ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「アタシは肉ぶっかけにしようかな~。アナタはどうする?」

「俺は……かまたまで」

「おっけい!すいませーん、肉ぶっかけとかまたまの大盛で!」

「はい、分かりました。いつもありがとうね~」

「いえいえ。美味しいうどんを食べることが出来て、こちらこそいつもありがとうございます!」

 

 席に着くと、注文を取っりに来た店員さんに伝えると、笑顔で対応してくれた。

 どうしたもんかな。

 腰を下ろしてゆっくり話が出来る体制は整ったのだが、面と向かってみると、何から話をしたものかと悩んでしまうが……。

 とりあえず、現状確認か?

 

「どこまで知っている?」

「アタシと樹に勇者の資格があること。他の勇者候補を集めて、侵攻までに備えること」

 

 自分の身の回りのことだけを伝えられている感じか……?

 余計なことを伝えて混乱を防ぐためか、それとも。

 自己判断で、どこまでを話していいものか考えていたところで、先に犬吠埼が口を開いた。

 

「で、アナタはなにをやっているのかな?まさか大赦でただ飯喰らいってことはないでしょ?」

「やかましい」

 

 上にも考えがある以上、余りむやみに情報を開示するのはいかがなものではあるが、このまま何も言わなければ、俺は犬吠埼の中でニートと言うことになってしまう。

 これまで割とおごってきた以上、それだと格好がつかないにもほどがある。

 とはいえ………。

 …………………まあいいか。

 そもそも、情報漏洩を気にするのであれば、わざわざ情が移りやすいこんなガキに役割は渡さないだろう。

 犬吠埼の目の前、机に置かれた端末を指さす。

 

「それ」

「ん?」

「それ作ったの俺」

「……はあ!?」

 

 机越しにこちらに身を乗り出すように、両手をついて立ち上がる。

 落ち着け、他に客がいないからまだいいものの。

 両手でどうどうとなだめると、自分の状況に気づいたのか、すぐに周りに目を移してから、ほっとしたように席に戻った。

 

「いや、ちょっと誇張表現すぎたな。俺が力はごくわずかにすぎないよ」

「規模の問題じゃなくない?」

「こっちからしたら、勇者に選ばれたって方が、よっぽど驚くことだと思うがね」

「止めてよ。まだ候補ってだけで、今のアタシには何の力もないんだから」

 

 力ねえ…。

 確かに、直接的な能力の話をするのであれば、どこにでもいるちょっと頭が良くて優しい女の子だろう。

 けれど、それを妹のために、他人のためになんの見返りも求めずに使える人間が、一体何人いるのだろうか。

 

「って、そんな重要そうなこと、アタシに行っちゃっていいの?」

「大丈夫だろ。伝わってまずかったら、そもそも俺をよこす必要なんてないからな」

「それは、最初から面識があったらやりやすいからとか……」

「むしろあかんでしょ。情が移って暴走なんてしようものなら、面倒ごと以外の何物でもない。本来なら余計なリスクは避けるところだよ」

「それじゃあ、またなんで…」

「俺自身が、大赦にとって大した存在じゃないからに他ならないよ。最悪の場合、切り捨てれば何とかなるとでも考えているんじゃないかな?」

「切り捨てって………」

 

 ん……まずい。

 簡単に人が必要なくなるというのは、中学生にとって衝撃が大きいのもやむなしか。

 流石にしゃべりすぎた。

 勇者の活動に関係する情報はともかく、いたずらに動揺させてモチベーションが下がるのは流石にいただけない。

 

「そんなに気にしなくていいよ。今までも結構やらかしてきた人たちもいたけど、皆最後まで面度見てもらってたから」

「……それ、本当?」

「少なくとも、俺が知る限りは」

 

 過去のことは断言しかねる。

 これまでにそういった事例があった記録はなかったが、自分の目が届かない範囲外のことは分かりかねる。 

 

「まあ、そこはいったん置いておきましょう。それじゃあ……あなたはなんでアタシに直接接近してきたのか、教えてもらおうかな?」

「そんなに警戒するようなことでもないよ。基本的に、ただの連絡役とでも思ってくれればいいよ」

「連絡役ねえ……。具体的には、何をするのか教えてもらっても?」

「さっき端末を渡しただろ?勇者システムを動かすには、それ用に開発した端末が必要だから、アップデートするときとかに回収して渡すんだ」

「それだけ?だったら呼び出せばいいじゃない?」

「ばかやろ。お前ほかの勇者候補にはどうするつもりなんだよ」

「え?普通にそれを伝えて…」

「あのなあ、勇者候補は、しょせん候補でしかないのが現状なんだよ。本物に選ばれなければ、むやみに混乱を招くだけだ。それこそ情報漏洩に繋がる可能性を広げる事にもつながる」

「確かに……。それに、こんなことは知らなければ、普通の生活に戻れるし、そっちの方がいいわよね」

 

 ……そうだな。

 確かに、その言葉には本心から同意する。

 けれど、その言葉を口にできなかったのは、確信が無かったからか。

 

「じゃあ、本当のことを伝えていられている人たちが、他の地域にもいるってこと?」

「ま、そういうことになるな」

「そう……」

 

 同じ境遇の人間を案じてか、その次に続く言葉はない。

 両親を亡くしてすぐの中学生が受け止めるのは重過ぎるか。

 まったく。

 犬吠埼自身が悲惨な現状であるにも関わらず、見ず知らずの他人をそこまで慮れるのは……いや、慮ってしまうのは、もはや優しさを超えた別の何か。

 段々と暗く重くなる雰囲気を、一掃するように声を上げる。

 

「そんなに悲観する必要もない!もったいないから、明るく考えようぜ。要はスパイ活動だ!」

「スパイ?」

「そう、スパイ!これから俺たちがやるのは、皆の日常を守るために暗躍していくんだ。当然、皆からは決して知られない様に」

「………いいわね」

「だろ?」

「なんか気持ちが高ぶってきたわ!そうね、お役目を授かったことは誇らしいことなのだから、しっかりやらなくちゃいけないわよね」

 

 良かった。

 迷いを振り切るように、犬吠埼はコップに入った水を一気に飲み干す。

 空になったグラスを机にたたきつけるように置くと、食いいるようにこちらに身を乗り出してくる。

 

「じゃあ、まずはアタシ達は何をしたらいいの?どこかに潜入しに行ったりとか?」

「あ~……、まあ、潜入っちゃ潜入なんだが…」

「はっきり言いなさい!」

「来年度から讃州中学に転入するだろ。そこで、勇者候補となっている別の二人を監視下に置いてくれ」

「監視……って、物々しいわね」

「俺はそのまま伝えただけだ。ま、ともかく侵攻が始まったらすぐに動き出せる体制を作っとけってこった。ほんで、隙を見て勇者システムを起動できるように端末をいじっとけってさ」

「ああ、そういえば見覚えのないアプリが入っていると思ってたけど、そういうことね」

 

 犬吠埼はポケットに手を入れると、アプリを開いた画面をこちらに向けてきた。

 

「普通のチャットアプリに見えるけど」

「さっきも言ったけど、未だに候補どまりだから、余計な漏洩リスクはなくそうってことだよ」

「………そう」

 

 返事はあまり歯切れがよくない。

 

「なにか気になることでもあったか?」

「……いや、なんでもない!それより、これって本当にチャットとして使えないの?」

「当然、使えるに決まってるだろ。うちの自信作だから、完璧に偽装してある」

 

 机越し開かれたままのスマホの画面を操作しながらに使い方を教えていると、店員がお盆の上にのせられたどんぶりを持ってやってきた。

 言ったん作業を打ち切り、二人分のうどんが机に置かれた所で手を合わせてうどんをいただく。

 その後、しっかり味わってからアプリの使い方を教え終わり、札を渡して店を後にした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「アタシが出すって言ったのに」

「いいんだよ。引っ越しってなったら金の入出は馬鹿にならないんだ。大切にとっとけ」

「……ありがと」

「どういたしまして」

 

 しばらく無言で歩みを進める。

 互いに顔を合わせることもなく、並んで歩幅を合わせるように。

 行き場を失った目線は、おのずと上に向いていく。

 晴れて青い空をみれば、現在進行形で世界が終焉に向かっていることなど、誰が想像できようか。

 ……この間のことも、まるで夢のように感じる。

 ふと、沈黙が破られる。

 

「大丈夫かな」

「まあ、なんとかなるだろ」

 

 何の根拠もない、曖昧で、ただするためだけの返事。

 その態度を不満に思ったのか、ふくれっ面で犬吠埼は言い返す。

 

「随分と楽観的なのね。………これまでもそうしてきたの?」

 

 若干の嫌味と、責めるような感情を含めた言葉。

 俺は知っている。

 彼女が、この間の侵攻でその肉親を失ったことを。

 適当なマインドの人間がシステムの中核を担っているとなれば、その要因になっていると考えるのも無理はない。

 しかも、その人物が自分と共に世界を救うなんて、信じるのも難しいか。

 けれど、だからこそ 

 

「こんな時だからこそだよ」

「おふざけはよしてよ」

「真剣だよ」

 

 しっかりと、犬吠埼と目を合わせる。

 その目の輝きに、深く飲み込まれるような錯覚に陥る。

 が、理性で意識を取りもどすと、深く息を吸う。

 

「絶望的だから、希望を謳うんだ」

 

 自分は、直接共に戦うことはできない。

 

「ただでさえ後がないのに、先を見いだせなかったら、息苦しいだろ」

 

 できる事はサポートだけ。

 

「犬吠埼が、今どういう気持ちにあって、何を思ってこの運命を受け入れたのかは分からない」

 

 だから

 

「困ったら相談してくれ」

 

 始めは、きょとんと、その目を丸くしていたのだが、すぐに気が付く。

 そして無意識のうちに肩に置かれていた俺の手を優しく降ろして

 

「じゃあ、今からアタシたちは運命共同体だ」

 

 カラッとした笑顔を見せてそういった。

 思わず、こちらも笑みがこぼれる。

 そうして、次に視界に映ったのは、差し出された掌。

 その先は言葉はいらず、ただ手を取ってしっかりと握った。

 




他人のふんどし
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