新年度
俺と犬吠埼は共に三年になった。
そして、樹ちゃんが讃州中学に入学してきた。
「じゃあ、樹ちゃんも勇者部入ったのか」
「……そうね」
計画は順調に進んでいるなずなのに、対して犬吠埼の顔は明るくない。
なにか見落としでもあったか。
俺は勇者達がなんの憂いもなく、万全の状態で送り出すことが俺たちの使命であることと、心に刻んで活動してきた。
犬吠埼達の精神面に影響があると、勇者システムが正常に起動しないという事態に陥る可能性もあるだけに、少しのミスも許されない。
もしも、こちらになにか落ち度があるのであれば、すぐにでも解決しなくてはいけない。
それに、なにより……
「なにか心配事でも?」
友人の曇った顔など、誰が見たいと思うのだろうか。
なんとかできないかと尋ねてみる。
当人に原因の心当たりがあるなら、すぐにでも手を打つことができる。
精神面に限らず、単純に体調面が優れない可能性もある。
さりげなく、顔色を窺うように、うつむきがちな顔を覗き込んでみる。
普段はあまりしない仕草ではあるが、それどころではないのか単純に気づかれていないのか、こちらの様子に違和感を持ったようすもなく、変わらず顔は上げられずに歩みを進めている。
俺は視線を前方に戻す。
返事が返ってこない以上、どうしていいものかも分からず、次にかける言葉も見つからない。
そうして、少しの時間の沈黙が流れる。
その間に入り込んでくるのは、朝の住宅街のささやかな喧噪。
ゴミ出しの袋を片手にサラリーマンとすれ違うと、がさがさと小さくないほどの袋がこすれる音が耳に入る。
科と思えば、黄色い帽子と赤黒のランドセルが、目線のすぐ下を通り抜ける。
やがて、犬吠埼は意を決したように勢いよく顔を上げると、一度道の先を見据えて深呼吸を入れる。
その真剣な様子から、どんな内容が飛び込んでくるのかと身構えて足を止めそうになるが、目線を前方に置いた犬吠埼はそんなこちらの様子に気づくことはなく、止まることはない。
少しだけ開いた距離を詰めようと、小走りになってその隣に着ける。
そんな、こちらの慌てように気づいた様子もなく、顔をこちらに向ける。
「……いや、なんでもない!」
その言葉通り、本当になんでもないかのようないつも通りの笑顔と共に、彼女はそういった。
……確かに、表面上はなんでもないかのように見える。
けれど、流石にそれは無理があるだろ。
俺は、その取り繕ったような不自然なほど自然な笑顔を、両手で崩しにかかった。
「いふぁい!……ちょっと!なにするの!」
「お前こそ何しているんだよ」
俺が頬を軽く引っ張ると、唐突なその行動に対して、反射的に両手を振り払われる。
しかし、俺はその拒絶も意に介さずに言葉を続ける。
「朝っぱらから態度のはっきりしない会話。なにかあるだろと思って聞いてみれば、なんでもないだあ!?そんだけもったいぶってからのなんでもない、は流石に通用しませんよ!」
「うるさい!アタシがなんでもないって言ってるんだからなんでもないの!」
「おっ?開き直りか?舐められたもんだな。どうやって吐かせてやろうか、え?」
振り払われた自分の手を、先ほど犬吠埼が振り解くのに使った方の手に掛けると、間もなく、向こうもそれに反応して……結果、互いに握りこむ形になる。
そのまま、どちらかが負けを認めるまで、互いにその手をあっちに曲げたり、こっちにひねったりと、ルールの無い我慢比べが続く。
しばらくして、互いに体力が尽きかけたあたりで、息を切らしながら膠着状態になる。
くっそ。
この間まではこっちが基本的に優勢だったのに、最近の犬吠埼は勇者候補に選ばれてからのトレーニングのおかげか、拮抗するようになってきている。
そのまま動けないでいると、手に掛けられて絞められていた力がふっと抜ける。
改めて犬吠埼の表情を窺うと、先ほどの貼り付けたような笑顔はとっくに無くなっていた。
しかし、今度は俯いて、どうしたら良いか分からないといったようであった。
……調子狂うなあ。
「……ふえっ」
少しだけ力を入れると、とっくに手は簡単に離すことが出来るようになっていた。
そして、両手をもう一度頬に当てると、軽く引っ張る。
「おぉい」
「なんだよ。さっきみたいに抵抗してみ?」
しかし、今度は振り払わられることもない。
力が抜けて、ただなされるがままになっている。
腕や足が動かないだけでなく、その口に関しても、相変わらず動かそうとする気配もない。
「あくまで話す気がないっていうなら、まあいいよ」
俺は手を止めることなく、言葉を続ける。
……やはりそのまま。
「その気になったらまた頼ってくれれば」
相手が反応しないのであれば、そんなことはお構いなしにしてもいいだろう。
むにむにと表情筋をマッサージするように、丁寧にほぐしていく。
「ただし」
「その貼り付けたような表情をやめろ。皆に心配かけたら、それこそこれまでのことがなんの意味もなくなるだろ」
そうして、その頬を軽くこねた後、口元を上に持ち上げて強制的に笑顔を作る。
すると、犬吠埼は我慢ならなくなったのか、とうとう手を振り払ってそっぽを向いてしまった。
あれ、少々やりすぎてしまったか、と内心反省する。
「なにそれ」
「作り笑いが不自然だから、俺が直々に手伝ってやったんだよ」
「けど、それじゃあ結局人が作ったものなんだから駄目じゃない?」
「心の持ち方が違うからな。俺は本気で笑顔でやったけど、お前はそうじゃないだろ?」
「うっさい、バーカ」
振り返って、そういった犬吠埼の表情は、舌をちろりと出してこちらをからかうようなものだった。
そして、今度の笑顔はいつものように晴れやかな笑顔を見せてくれていた。
全く、単純な奴だと、半ば呆れ気味に苦笑する。
けれど、そう物事を引きずらずに簡単に切り替えできるところが、彼女の良さでもあるだろうと改めて感心する。
結局、話の中身をその口から伝えられることはできなかったが、本人が話さなかったというなら、つまりはそういうことなんだろう。
本当に困ったことになったら、いつもの調子で軽いことの様に装いながら、文句をたれに来るのだろうことが想像できる。
「なにしてるの!?早く学校行かないと遅れちゃうわよ!勇者たるもの、遅刻なんて許されないんだから!」
「去年はギリギリ登校してきてた人がそれを言うんですかね」
先ほどまでのことなどなかったかのように、先行してこちらを急かす。
というか、さっきの道の途中で取っ組み合いをしていなければ余裕だったのでは……。
こちらも文句の一つでも垂れてやろうかと一瞬頭によぎったが、ここはお互いさまと言うことでいったん飲み込み、駆け出す犬吠埼にこちらも軽く駆け足ですぐに追いつくと、そのまま二人並走する。
やがて、屋根の間に我らが讃州中学の時計が見えたところで速度を緩める。
ここまでくれば、もう流石に問題ないだろう。
「去年はしょうがないの。樹の朝の準備とかあったから……」
「そうは言っても、本当に今年からは大丈夫なのか?ぶっちゃけ、樹ちゃんが中学に上がったところですぐに家事とかできるようになるとも思えないんだが……」
「……うん」
今朝もまたなにかトラブルでもあったのか、思い出すような仕草を見せた後に、そのままなにも言えなくなってしまう。
「まあ、そこはおいおいやって行けばいいでしょ」
「そうだな。…………ああ、そういえば伝えることがあったんだ。巫女の神託の通りなら、そろそろ来るはずだってさ」
「……そう」
それを聞くと、先ほどの威勢のよさはどこに行ったのか、また大人しくなってしまった。
命を懸けた戦いが始まるというのだから、無理もないのは重々承知しているつもりだが、伝えないわけにもいかない……。
だが、ここで再び頑張れと背中を押そうとするのは、あまりに無責任というか、酷なのではないだろうか。
「……ふううううう。…………よし」
こちらが声をかけることに躊躇していると、隣から聞こえてきたのは大きく、深い深呼吸だった。
犬吠埼は、顔を上げると決意を固めたように、先をはっきりと見据えていた。
「あっさりと……吹っ切れたようで」
これでは、先ほど必死に言葉を尽くして励ましていたのが馬鹿みたいじゃないか。
この少女は俺の力などなくとも、一人で立ててしまう程に強かったのかと。
「そうね……なにかあったら、あなたが愚痴聞いてくれるみたいだからね?」
「……いや、そこまでは言ってないんだけど」
「細かいことは気にしないの!神経質な男はモテないわよ?」
「うっせ」
「え、なに?照れちゃってんの?」
「余計なこと言うなら、お前の勇者システムだけ皆から数秒遅れて起動するように細工してやるぞ」
「ちょっとまって。そんなことできるの?ていうか、そんなしょうもないことに技術と立場を使うのは止めて!」
「うるさい。華麗に決めポーズしても、なぜかなにも変化が起きず、ただ唐突に変身ポーズし始めた人になってしまうなあ。こうなったら、お前も恥ずかしい目に合わせてやる!」
「さっきの言葉は嘘だったっていうの?」
「あああああ!もういいから!早く行かないと本当に遅刻するぞ!あと、大赦本部からも直接連絡来るだろうから、ちゃんと確認しとけよ」
──────────
朝からてんやわんやあったが、いつも通りに一日の授業が終わる。
放課後になって教室に残っている生徒はほとんどいない。
小さな箱の中に存在しているのは少年と少女が二人だけ、互いに机を挟んで向き合っている。
その中で、片方は机の上にあるノートに頭を悩ませ、もう一方はディスプレイに向かって手を動かし続けている。
やがて頭を悩ませることに疲れたのか、少女は黒板横に据え付けられた時計に目を移すと、何かに気づいたように立ち上がった。
「あ、そろそろ行かなきゃ」
「今日の活動はなんの活動で?」
机に広げられたノートや文房具をカバンん詰め始める。
「今日からは、飼い猫探し強化月間よ!」
なんだそれ。
唖然としていると、時間に追われていたのか、気付いた時には視界から消えていた。
さて、向こうは良く分からん強化月間をやっているが、こっちも強化月間だ。
開いていたPCの画面に視線を戻す。
そこに写っているのは、勇者部部員の名前と、それぞれに合わせて動く波形と数値。
どの波形も、動きは小さく安定していることが読み取れる。
霊的なエネルギーの測定には距離が関係しているようで、こんな旧世紀の化石のようなPCであっても、これだけ近づいていれば正確な値を読み取ることが出来る。
さて、今日もデータをまとめて上に提出しなければ。
それが終わったら、犬吠埼にもメッセージを送って、部活にも行って……
はあ。
軽く伸びをした後、背もたれに体重を預け、体重が後ろにかかったままにまどの外の様子を眺める。
はて、こんな真っ青な空を見ていると、本当にもうすぐ世界の危機がやってくるのかも分からないな。
今までもその通りだったのではあるのだが、いざ敵と相対することを強いられると、やはり緊張するのは避けられないのか。
現在進行形で心臓の鼓動が早くなってきているのを感じるほどだ。
……結局、犬吠埼はなにを迷ってたんだろうか。
今朝から続いて、一日経ってからなにもアクションはなかったし。
勉強教えてくれって言われただけ。
とにかく、いつ来てもいいように自分が出来る準備をすることだな……。
──────────
そうしてしばらく経ったある日、俺たちはいつも通りに教室で授業を受けている時だった。
違和感
なんの根拠もないただの感覚。
だが、嫌な直観と言うのは、えてして当たってしまうものだ。
その直後、授業中の教室には不自然な人工的な音が部屋の中に鳴り響く。
その音源は、授業をガン無視して開いていた目の前の端末と……少し離れた幼馴染の方からだった。
来たか
「すいません、今切ります」
「二人とも、授業中は音を切っておくように。犬吠埼さんはともかく、君はただでさえ……」
教室中からの好奇の視線と、教壇からの諭すような声をすべて無視して、画面に意識を向ける。
そこに写っている波形と数値は、平常値とはかけ離れた値を示している。
異常が確認されれば、その原因はなにかが疑問に上がる所だが、それはすぐに形として表れた。
音を消そうと、わたわたと机の横のカバンを漁る犬吠埼に対して向けられていた声が途中で打ち切られる。
教室の中を確認すると、今までの瞬間を切り取ったそうに、全てが現状維持のままで固定されていた。
犬吠埼の席に目を向ける。
向こうも現状に気づいたようで、こちらとばっちり目が合う。
アイコンタクトでとうとう時が来たことに察しがついたらしく、口を開いた。
「まさか」
「早く行ってやれ。他の三人の反応も出てるから、大丈夫だ」
来てしまった以上迅速に対応しなければ手遅れになり、まさにすべてがおじゃんになってしまう。
余計な言葉を全て排除して、簡潔に現状とするべきことを伝える。
というか、俺にはそれくらいしかできる事が無い。
そんな言葉を聞いて、不安がにじみ出ていたその表情はすぐに引き締まり、覚悟を決めたようだった。
立ち上がって、教室を出ていこうと扉に向かう。
そして、扉を開けてあと一歩で外に出るというところで、はたと足を止める。
やはり、内心では見逃すことが出来ない何かがあったのかと、自分も身構える。
犬吠埼はこちらの様子を窺うと
「アナタは……」
こいつは本当に……!
「いいから」
さっさと行けと右手で追っ払うようにする。
その言葉を聞くと、少しの逡巡の後、迷いを振り切るように駆け出した。
…………その背中を見送った後、窓の外に目を向ける。
一人の心配なんてするなよ。
たった今からその背中には世界の命運が載せられているのだから。
改めて、なんて酷なことだろうかと思う。
俺なんかでは、どれだけ言葉を尽くそうともなにもかも足りず、おこがましい事この上ないが。
だから、そんなこともできない自分をいちいち気にしている時間なんて無いだろう。
所詮、ただの歯車の一つに過ぎないのだから。
さて、そろそろ他の勇者たちも合流したところだろうかと思い、外の様子に変化はないかと再度確認する。
目線の先には、何かが空を割く光が見えたかと思うと、その裂け目から黒が沁みだしてくる様子が映る。
ついに始まるのか、俺もちゃんと記録を取らないと。
そうして、これから命を懸けて戦う彼女の顔を思い浮かべる。
一人、気合を入れなおしたところで、世界は光に飲まれた。
──────────
「ねー、どうしよう」
「なにがだよ」
あの後、戦闘が無事に終わったことで安心していた俺の内心をよそに、授業の途中で忽然と生徒が消えたといくつかの教室で少しだけ騒ぎになった。
うちの担任は事情を知っているので、その場で犬吠埼に対する騒ぎはいったん収まり、いなくなる直前に揃って目立っていた俺との関係性も特に疑われることなく終わった。
どうやら、人間が一瞬で姿を消すことの方が少年少女たちの気を引いたようで、その直前までにあった要素が意識に引っかかる余地はなかったらしい。
まあ、普通に考えれば誰だってそうなるだろう。
俺だってそうする。
そんなわけで、授業の途中から帰ってきたときには教室の生徒全員がざわっとしたのだが、その時点では先生が許さず授業が終わった。
その後も先生の対応のおかげで、特別問い詰められることもなく、なんとか1日を過ごして今に至る。
で、現在はいつものように人がいなくなった教室で今日の戦闘データを共有しているところだったのだか。
主語をはっきりとしろよ、主語を。
要領を得ない質問にどう返したらよいのか分からず、ただ犬吠埼を見て次の言葉を待つことしかできない。
そうして、次の言葉はためらいがちになんとかひねり出したようなものだった。
「みんなに黙って、危険なことに巻き込んじゃった事」
「あーーー……」
はっきりとしない言い草に、既視感を覚えるとともに、なんとなく察しがついた。
この間気にしていたのはこのことだったのか。
あの日、あれだけ啖呵を切っておいてなんだが、あまりまともなアドバイスをできる気がしない。
名実ともに勇者として認められた人間が最初にぶつかったのは、いままで無視してきたことの清算。
あまりにも背負っている者が多すぎて、目の前の少女に対してなにを伝えられるのだろうかと思う。
けれど、あの場で宣言してしまった上に、今回のことは自分も放置してきたことで、責任は自分にもあることだからなあ……。
ちゃんと力になってあげたいのが本心なんだが。
すこし頭をひねって考えた後、出てきた答えはシンプルな物だった。
「素直に謝ったらいいんじゃないですかね?」
「……うーん」
大赦側からの指示ということで事情があったとはいえ、説明不足であったということは事実である。
謝罪をさせて一人だけに責任を負わせるような形になるのは流石に……。
「そういえば、勇者部って四人だったよな?この間の勇者システムが起動した反応が三つしかなかったんだが」
「……東郷は動けなかったの。しかも、どうして勇者部のことを話してくれなかったのかって」
「あーー……」
そりゃそうか。
目の前の女子は両親が亡くなった直後に世界をかけて戦えと言われて即断するし、うちの姉は見ず知らずの人間のために自らの五感すらも捨て去っているしで、周辺の人間の覚悟が決まりすぎて麻痺していた。
普通は、目の前に世界を滅ぼす危険が迫ってきている状態で命を懸けて戦ってください、と言われてハイ頑張ります、とはならないからな。
それをできる他二人がおかしいと言えるかもしれない。
「だから、アタシの説明不足のせいで危険な目にあわせちゃったし」
伝えなかったのは、勇者に選ばれなければ、そんなことを知らないまま日常に戻れるから。
相手のことを思っての行動なのだから気負う必要はない、と言うのは簡単だが、そういう問題ではないのだろう。
これは犬吠埼自身が納得するためのこと。
相手を思っての行動であっても、傷つけてしまったのなら謝ろうとすることは至極当然のことではあり、それが彼女が彼女である所以でもあるのだろう。
そもそも責任の所在は彼女のものだけにするべきではないはずなのに。
俺とは違って。
ともかく、まずいな。
勇者システムは使用者の精神に大きく作用される以上、このままではすぐに崩壊してしまいかねない。
合理的なだけの行動は不信感にも繋がる。
とはいえ、俺が行動を起こすわけにもいかないしな……。
犬吠埼に任せるしかないか。
……結局、俺からできる事は何もないのか。
せめて、システムの調整と、相手の肩に合わせた戦術を考える位はしておかないとな。
「あーーー!もう、本当にどうしよう!」
「樹ちゃんにも聞いてみたら?俺よりよっぽど参考になるだろ」
「自分で言ってて情けないと思わないの?」
「そんなプライドはお袋の腹の中に置いてきたよ。領分外のことはどうにもならん」
「うーん……。それを言うなら、アタシは妹に相談なんてプライドが許さないというか…」
どうにも歯切れが悪いな。
聞いたところによると、大赦が取引を持ち掛けた際、犬吠埼は妹のことをかなり気にしていたらしい。
本人はプライドと言っているが、それだけじゃない事は察することが出来る。
守ろうとしている人間に対して相談ごとなんて情けないことはできないというだけでなく、本当はこんなことに巻き込みたくはなかったと、負い目を感じている。
とはいえ、勇者の適性はかなり血縁関係の影響が顕著に表れる傾向にある。
樹ちゃんの安全を保障することは断言できず、なんなら貴重な戦力たりうる可能性すら秘めているのだ。
だからこちら側は勇者部として一か所に集めて、万が一の時は自分で守ることが出来たらいい、と考慮する事しかできないのが本音だ。
こちらからも何とかしてあげたいというのは内心なのだが、これは本人たちが自分自身で納得していかなければいけないことだろう。
けれど
「少なくとも、巻き込んだ責任を負うべきは犬吠埼ではないよ」
自分の覚悟を示した直後にかける、否定するようなセリフ。
ただの気休めとしての慰めだったら、もはや侮辱になるだろうことは想像できるところでの言葉に、その真意を測るかのような疑いの視線。
「現勇者部の彼女たちが勇者の適性が高いことは最初から大赦は分かっていた。犬吠埼がやらなくても、他の誰かがやっていたことだ」
「けど、アタシが皆のいつも通りを奪ったことに力添えしたことは事実だし。結果は同じになってたから、アタシは悪くないですって開き直れってこと?」
こちらの悪意を確かめるためか、強くなる、少しの敵意を含んだ視線。
けれど、その圧にもひるまずに、はっきりと伝えることで自らの意思の強さを伝えるのだ。
「いつまでも自分の決断に迷っているなって。経緯はどうあれ、もう他人じゃないだろ?」
「当然。皆まとめてアタシが救うつもりだから」
「じゃあ、素直に謝って、これからどうしようかってことを話し合えよ。お前には、そうするにふさわしい資格と力があるんだから」
俺の言葉に、一度は納得したように見えたが、再度疑問符を浮かべる。
「アナタはそうじゃないの?」
「そりゃ当然ないだろ。結局俺は勇者部の部員と面識ないし、誘ったのは犬吠埼だろ?ぽっと出のやつにそんなこと言われても、何言ってんだってことよ」
今までのことやこれまでのことを考えれば、礼儀や義理人情の点では今からでもきちんと顔を合わせて、直接言葉を交わすべきなんだろうが……。
相手のことを知ってしまうと、非常にやりづらくなるんだ。
情けないよな。
こうして御託を並べてみるけど、結局は逃げの言い訳にしかならないんだから。
本当、目の前がまぶしくて見ていられない。
「ただ、自分の仕事はきっちりやるよ」
「じゃあ、その仕事の成果を見せてね?」
「後で戦術シミュレーション送っとく。相手に合わせて変わってくるだろうから、参考にしてくれ」
「……ありがと」
机から立ち上がる犬吠埼を、さっさと行けと手で追い払うように送る。
これで勇者部の方は大丈夫だろう。
結局、本人たちの間で解決しないといけない問題なのだ。
それが失敗したら、全人類まとめておじゃんになるだけだ。
さて、なにはともあれ状況が動き出した。
おかげでやらなくてはいけないことがこれから一気に増えてくるだろう。
大赦の方も、今頃大騒ぎなのだろうか。
今日も部活は無理そうだな……。
突然、画面の様子が一変する。
まじかよ
二日連続は勘弁してほしいところだが。
長期休暇の時に渋滞とか、人間と何も変わらんやんけ。
──────────
「おっす」
「お疲れ」
昇降口から出てくる犬吠埼を見つけると、軽く右手を挙げて迎える。
特に打ち合わせをするでもなく、犬吠埼は左に就けると並んで歩みを進める。
「今回はちゃんと四人分の反応があったな」
「そうね、東郷も納得してくれたし、本当によかったわ」
「それはそれは……」
そういう犬吠埼の表情は先ほどまでのように、いかにも「悩んでいます」というものはなくなっていた。
データが示していたところから、東郷も覚悟を決めてくれたというところか。
「正直、一人くらいはあのまま離脱してもおかしくないかと思ってたんだがな」
「分かってないわね。東郷は一番この国のことを思っているし、精一杯国防に励みますってなったわ」
国防ねえ……。
「それに」
「それに?」
「目の前で友奈が命を懸けて戦っているのに、それを黙ってみていられないってさ」
結城友奈。
そんなに大事なのか。
犬吠埼以外の人員に関しては俺はほとんど関わりを持っていないし、詳しくは知らないが……大赦が適性が最高の人材を見つけたと盛り上がってたな。
「ところで」
「なによ。折角正式に皆でこれから力を合わせていこうってなったんだから、これ以上は」
「いや、犬吠埼はちゃんと謝れたのかなって」
「失礼な!あたしをなんだと思ってるのよ」
「いやあ。犬吠埼は一人で突っ走る所があるからどうもね……」
「余計な心配です。ていうか、心配するところそこかい!他にもあるでしょう、怪我してないかとか、システムに問題はないかとかさ。アナタはあたしの親か!」
「確かに」
……犬吠埼はそういうけどさ、その話して本当にあったらどうするんだよ。
当然、やれることはするさ。
今回はなんともなく無事に帰ってくることはできたけれども……。
「ちょっと、大丈夫?」
「……いや、大丈夫だ。てか、犬吠埼の方こそ失礼だな。俺たちが作ったシステムにそんな簡単に問題が出るわけないだろ?そんなすぐに欠陥が出るようなものに命を預からせるような真似するかっての」
「ちょっと!けがの心配を先にしなさいよ!」
「それだけの元気を見せられたら心配する必要あるかよ」
「あーっ!そんな適当にあしらっていいんだ!言っておくけど、乙女の顔に傷でもつけられたらそっちの作ったものに欠陥があった、ってことだから!ちゃんと責任取りなさいよ!」
「あああああ!力加減はちゃんとしろ!首がもげる!」
「また、言っちゃいけないこと言った!怪力とか!」
「言ってないわ!もう、うどん驕るからそれ止めろ!」
我ながらひどい嘘だと思う。
よくもあんな欠陥まみれのシステムを渡しておきながら、そんなことが言えるな。
けれど、最前線で真向に命を懸けている彼女がこれだけ明るく振る舞っている。
先ほどまで、騙していた後輩にも同様のことを強要するような形になってしまっていたことも、そのせいですべてが壊れてしまう可能性があったことも抱えていながら。
ならばせめて、俺もそんな彼女に少しでも余計な憂いごとを増やさない様に。
実際にそこに立つことはできなくとも、後ろは預けてもらえるようにふるまうべきだろ。
──────────
「ちょっと!」
「うわびっくりした」
「あの子一体なんなのよ!?」
最初の進行から一か月半。
五体目の反応が消失したこと、勇者部全員の反応があることを確認した直後、勢いよく教室の扉が開かれる。
犬吠埼は始めから分かっていたようにこちらに向かって真っすぐと向かってくる。
手を振り上げたところで、机に置かれているPCを速攻で取り上げる。
案の定、俺が向かっている机に勢いよく手を叩きつけられる。
「なんもかんもないよ。この間起きたことがすべてだよ」
「ちゃんと説明して」
ちゃんとって言われても、本当にあれ以上に言えることないんだかが……。
「大赦の最終兵器だよ。本当はギリギリまで投入される予定はなかったはずなんだが…」
「最終兵器い?……ハッ!まさか、あの子が剣を抜くと世界を終焉に導くドラゴンが」
「バケモンにはバケモンをってか?そんなんじゃないよ」
「じゃあ、なにがあって出し惜しみされてたのよ。こういうの、見ている分にはロマンがあってワクワクするけど、正直なことを言っちゃうとさっさと投入したほうが良くない?」
「詳細な経緯の説明したところで、別に変わることなんてないし、正直面倒なんだが……。一つは、システムの調整に時間がかかった」
「……確かに、それはあたし達にどうにかできることではないわね」
前任者のことを考えれば気軽に言えることでもない。
「まあ、そのうち向こうからことの経緯を説明するタイミングがあるだろ。そのときに本人に直接聞くこった」
その方が仲良くなりやすいだろ。
まあ、三好には「勇者システムに対バーテックス用に最新の調整を施されている」とか言っているんだが、そもそも勇者システムを他のターゲット向けにする意味なんてないのだが。
「まー、それに加えて……本人の方にちょっと問題があってな。さっきは否定したけど、最終兵器と呼ばれるからには、それなりのリスクがあってだな」
早く早くと、なにか期待されているような視線を向けられる。
「協調性がないんだよ」
「はー?世界の危機だってのに、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
「本当におっしゃる通りで」
俺じゃなくて本人に行ってもらえないかな。
そうして黙り込んでしまった俺を見ると、これ以上に追求するのも気の毒だと察してくれたのか、ため息を一つ。
「で、どういう風に協調性がないのよ」
「今までずっと訓練を積んできた自分こそ真の勇者で、お前たちなんかいらない、……みたいな?」
俺たちの相手のことを考えれば、戦力なんていくらいたって足りないというのに、自分のプライドの方が大事なのかね。
「要はガキなんだよ。だからそうだな……犬吠埼たちでうまく彼女を制御してほしい」
「あまり納得いってないけど……いいわ、先輩の威厳を見せてあげるから」
腕を捲ると、任せなさいとばかりにガッツポーズを見せる。
「ずいぶん張り切ってる上に自信ありげなんだな」
「それはもちろん。ついこの間不仲による弊害を身を持って味わったからね。……ちゃんと意思疎通、情報交換をすることが信頼関係を作るのよ?」
「つつくな。……悪かったよ、事前に伝えてなくて。今回は完全に大赦の方で全部やってたし俺ももうすぐ来ることしか知らなかったんだから」
「お?言い訳か〜」
「本当に正確な日程とか知らないんだって。それに、こういう時こそカバーしあうもんだろ?頼んだぞ」
「……そんなに頼られちゃったらしょうがないなあ」
なんでそんなに前向きなんだ。
ぶっちゃけ面倒事だろうに。
「なんででしょうか」
「……やらなければ全て失うから」
「半分正解ね」
なんだそら。
結局、犬吠埼の言っている意味はよくわからないまま、彼女は俺の席から離れると教室の扉へ向かう。
「じゃ、アタシは先に帰るわ。樹がお腹をすかして待ってるかもしれない」
「あ、待て。俺も帰る」
「別に合わせなくていいわよ。アナタ部活は?最近は全然行ってるところ見ないけど」
「侵攻が始まったから、正式に休部してきたよ」
PCをカバンに詰めると、軽く駆け足気味に並び、教室を出る。
「それ大丈夫なの?」
「もともとそのつもりだったし、一番デカい大会はこの間終わったし、逆にキリが良くて助かったよ」
「そっか……」
犬吠埼が落ち込んだような様子を見せる。
バーテックスに関しては最初から自分で関わることを決めたことだ。
なんなら俺の方が先だし、責任を感じる部分なんて別にないだろうに……。
「あー、今回はただの休部だし、全部終わったら戻るつもりだよ」
「あ、そっか。そうよね」
「じゃあ、皆で早く終わらせちゃいましょう!」
「ああ、……期待してるよ」
夕日を浴びて浮かび上がって見えるその笑顔にそう返すしかできない。
……あかんなあ、せめて不安な部分は見せまいとしようと決めたはずなんだが。
結局、三好の件も先んじて報告も出来ず、その後の対応も全て任せた上にこれだよ。
余計なものまで背負わせて、後ろを預けて貰えるようになどと過ぎた真似か。
「何言ってんのよ!」
こちらが反応するまもなく、即座に距離を詰めるとバシバシと少々手荒く背中を叩かれる。
「アナタも一緒に頑張るの」
まさか、彼女の方からその言葉が出るとは思わなんだ。
「今回は事後報告になっちゃったけど、なんだかんだ戦力が増えたわけだし、一歩前進したも同然。ちゃんと全員分の調整?してもらうわよ!」
「…………はっ、そうだな」
──────────
で、次の日になってその夕方。
今日は勇者部全員で集まって活動をしているはずだから、おそらくそこで改めて顔合わせをしているはずだがどうなったのか……。
あん?
メール……、ああ、三好の報告のやつか。
大赦のもっと上の方にも行くやつだが、俺も見ることが出来るようになっている。
こちらから指示を送ることもできるようになっているが……。
……なんだこの文面、舐めてんのか。
お前如きが指導とか、前任者のことを思えば………………いや、これは辞めとこう。
どうせ、自分は特別だとか、一人でも戦えるとでも思っているんだろうが、勘違いも甚だしい。
正直、三好はずっと気に入らん。
仕事相手が苦手なタイプであろうと、うまく協調性を見せて最大戦力で戦うのが優秀な人材というものだろう。
単純な損得の問題でしかないのにな。
下手したら、それで世界が滅ぶ可能性が上がるというのに、務めというものを舐め腐っているとしか思えない。
まあ、ほとんど面識もない俺が直接言ったところで聞き入れるわけもないので、後は勇者部に任せるしかないのだが……。
初日からこの調子ではなにも変わっている所は見えないが、本当に大丈夫か?
か弱い生き物