メガネって女子力高くない?   作:わかなつ

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なにも思いつかない


覚悟のようななにか

 

 さて、少々トラブルがあってから十と数日。

 あれからは敵さんの方も落ち着いていて、こちらも束の間の休息を満喫しているところだ。

 犬吠埼も勇者部の方に付きっきりで、最近はほとんど会話することもなく、どうなっているのかも正直把握していないのだが……。 

 いや、勇者部はむやみやたらと目立つ行動をするもんだから、風の噂で小耳に入ることもあるにはある。

 ぶっちゃけてしまうと、その聞こえてくる勇者部の活動内容はお勤めとはほとんど関係がないので、向こうがどこまで進んでいるのかとかの参考にはならん。

 俺自身が直接見たのも、なんか大荷物を抱えて並んで歩いている姿を見つけたことと、つい先日にカラオケ行くからと速攻で教室から姿を消したところくらいだ。

 後から聞いた話によると、樹ちゃんが音楽のテストがうまくいかないから、そのための練習だったんだとかなんとか。

 本当はきちんと共有しておきたいことが、その時にあったんだが、仕方なしにメールを送らせてもらった。

 色々と苦労してそうな所に申し訳ないが、こちらの問題も無視するわけにもいかないからな。

 

 で、久々の休みの日になったかと思えば呼び出され、待ち合わせ場所となっている校門で待機している間、手持無沙汰になった俺はカレンダーを開き、改めて最近のスケジュールを確認する。

 そこにはこれまでのお勤め関係の予定や、バーテックスの襲撃の日付が記録してある。

 お勤め関係の方に関しては定期報告であったりシステムメンテナンスの日程であったりなのでいつものように対応していけばいいのだが、問題は襲撃の方。

 最近に関してはスカスカなのだが、その前まで遡ると一部の期間にギチギチに詰め込まれており、直近だと三好が来たときで更新が止まっている。

 数年前の侵攻があった期間では、襲撃はもっと散発的で、向こうにもある程度の周期があって侵攻してくると見て取れる記録が残っていた。

 だが今回に関してはその定説から外れている。

 結論として、当代のケースは明らかに異常だ。

 今思えば、ひと月前の最初の襲撃から日を待たずして二日連続で起こるなど、その兆候は出ていた。

 お相手の狙いとしては、こちらに対応策や回復の隙を与えないようにとのことだろうが、なぜに今更になってそんなことになったのか。

 そも、この程度の作戦を大赦も敵さんも今まで想定していなかったのかが分からない。

 数十年経てば代替わりで未熟な者になる勇者という存在に対して有効な手段が、成長する前に速攻で叩くことであるのは、被を見るよりも明らか。

 俺だってそうする。

 あれらにそんな脳みそがないだろうと言われたらそこまでなのだが、事実こうして傾向が出ているのであれば、警戒をしておくに越したことはない。

 そんなわけで、この辺の情報は直接勇者部に関係するために、直接共有しておきたかったわけだが仕方がない。

 これまでとは違う行動に少々不穏なものを感じざるを得ない状況だが、とりあえず今は向こうが待ってくれている。

 それなら、こちらにもやり用はある。

 防衛戦である以上、相手の動きを見てからの後手に回るしかないというのが非常にもどかしいところだが、この間別で送った型ごとの対策戦術でも見直しておくとか。

 あとは三好の件がなんとかなっていればいいんだがなあ……。

 協調性に問題があるとはいえ、大きな戦力であることに疑いようはないのだから。

 

「あ、ごめん待った?」

 声を掛けられたところで、思考を中断してスマホもポケットにしまう。

 そちらに顔を向けると、俺を呼び出した張本人である犬吠埼が制服姿で立っていた。

「やることあったから別に暇してない」

「そこは待ってないよ、って言いなさいう

「乙女か」

「乙女だよ!」

 

 いつものように軽口をたたいてから、どちらともなく歩き始める。

 

「そうそう、今度の文化祭は演劇することになったのよ」

「へー、ゴリラの役とか?」

「ゴリラのパワーを教えてあげる必要がありそうね」

「すいません、勘弁してください」

 

 拳が振り上げられたところで、とっさに白旗を上げる。

 

「あんまり調子に乗るのは良くないんじゃない?それとも、久しぶりにあたしに会えてうれしくなっちゃった?」

 

 振り上げた拳は振り下ろされることはなく、ゆっくりと元の位置に戻るかと思いきや、そのまま口元にあてる。

 そしてからかうようにそう言った。

 

「それはそちらの方なんじゃないでしょうか。そういうことを言っちゃうってことは、好かれている自覚があるってことでしょ」

「……うるさい」

 

 なにかに気づいたか、口に当てていた手はその表情を隠すように上がり、そっぽ向いては小さな声で悪態を吐くのみ。

 

「慣れないことするもんじゃないのに。久々に会えて調子乗っちゃった?あいた」

 

 顔をそらしたまま、空いた方の手で乱雑に拳をぶつけられる。

 握りも弱く、そんなに力も込められていないのだろうが、勇者として選ばれてから身体能力も高まっている影響かそこそこ痛い。

 

 それはそれとて、先程の発言の中にあった一つの単語に引っかかる。

 文化祭ねえ……。

 いつ滅ぶかもわからない状況でそんな呑気なこと言っている場合か、と口に出しそうになるが、グッと呑みこむ。

 毎日肩ひじを張っていても仕方がないし、ジョークも日常もなくなってしまえば人として終わりだ。

 それに、俺はそこまで野暮じゃあない。

 

「で、犬吠埼はなにやるん?」

 

 まだ恥ずかしさが残っているのか、頬を少々赤らせつつも開き直ったように背筋を伸ばして答える。

 

「あたしは脚本ですよ」

「脚本……お前が?」

「なにが不満なんでしょうか?」

「もう拳は勘弁してくれ」

 

 ちょっとの疑問も許されないのか……。

 ていうか

 

「そんなに国語の成績が良かったわけでもないじゃん。どっちかっていうと理系よりだし……東郷とかの方が、そういうの詳しそう」

「悪かったわね。……まあ、全然思いつかないから、今のところはその指摘もあながち間違いじゃないというか」

「うーん……。協力したい気持ちはあるんだが、あいにくアドバイスできることはないさそうだな」

「そんな的確な指摘とかを求めているわけじゃないの。適当に思いついたアイデアを出してくれたり、うんうんと相槌を打ってくれればいいから」

「赤べこか」

「よくそんなもの知っているのね」

 

 そのまま、こういうストーリーを考えていて~とか、演出がこうで~とか、言われたとおりに乱雑にアイデアを放り投げつつも、この話題に進展はなさそうだった。

 その間にも足は止めずに見慣れた道を通過して、気づけば見慣れた看板が見えてきていた。

 足を止めると、老朽化のせいか若干重たい戸をガラガラと音を立てながら横に流して、暖簾をくぐる。

 同時に、「いらっしゃい!」と店の中から響いてくるおばちゃんの威勢の声に若干怯みながらも、小麦粉の香りで満たされた店内に入っていく。

 開いている席はあるかと見回してみるが、とっくにお昼時は過ぎ去っているためかその必要性はなさそうだった。

 適当に目についた席に荷物を置いて、向かい側に犬吠埼が座る。

 

「昼飯は?」

「食べたけど、来たからには食べるしかないわよね!」

「運動部より食ってらー」

 

 それだけの食欲がどこから湧き上がってくるのか、そしてその体のどこに食べたものが消えているのかが不思議でならない。

 もはやメニューを開くこともなく、壁にかかっている札を適当に眺めて即決。

 店員を呼んで犬吠埼の分に加えて、自分の分も注文すると、水を飲んで一息つく。

 

「……で、あれからどうなった」

「なにが?」

「いや、呼び出したのはそっちじゃん。三好の件とか、お勤め関係でなにかしらの進展があったからだと思っていたんだけど」

 

 まさか、一人で三時のおやつを食べるのが嫌だったとかでもあるまい。

 

「さっきも言ったけど、演劇の脚本の相談だったらもっと別に適任がいることは流石に分かってることだろう」

「あー……、そっか。そうだったわね」

 

 どういうことだ。

 犬吠埼が自分から呼び出すなんて滅多にないもんだから、てっきり進展があったものとばかりだと思っていたが、返ってきたのはどうにも煮え切らない返事だった。

 

「……この間、にぼしが来た時にも話をしていてちょっと気になったことがあって。システムに関して一番詳しいだろうと思って」

 

 にぼしって……ああ。

 てか、システム関係て……なんか不調とかあったっけ。

 特に心当たりもなく、軽い気持ちで聞いていたのだが

 

「満開についてなんだけど」

 

 その単語を聞いて、一気に自分の体が緊張していくのが分かった。

 一方で、ふとその印がある位置に目線が落ちていく。

 

「……変態」

「ガキがなにいっとんねん」

「はー!ぴちぴちJCの太ももなんだから見なさいよ!」

「あなたが目指しているような余裕のある女のセリフとはとても思えん」

 

 犬吠埼は自分の体を庇うような仕草を見せたかと思えば、すぐにこちらに体を乗り出してきたりと、どうにも忙しない。

 というか、いかんな。

 つけ入る隙を与えてしまった上に女子の太ももをじろじろ見るのは流石に不躾すぎるというか今更だけど勇者の兵装ってなんであんなデザインなんだろうか神樹の癖が反映されているのではないか。

 

「ちょっと」

「で、なんの話だっけ」

「急にどうしたの」

 

 煩悩をかき消そうと少々思考に没頭しすぎていたか、先程までの会話が吹き飛んだ。

 呆れたような目を向けられる。

 閑話休題。

 

「……満開はやめとけ」

「どういうこと?」

 

 それは時間制限ありの戦闘能力の強化。

 これから戦闘が激しくなっていくであろうことを考えれば、その使用を控えさせようとするのは不自然に思えるだろう。

 だが、俺は知っている。

 あれにある強烈なデメリットを。

 そのことは上からも情報を出さないようにとは口止めされているが、実際のところ今の勇者部連中はどこまで伝えられているのか。

 知れば使用はためらい、その先に待つ未来に心折られるかもしれない。

 しかし、果たしてそれが正しいことなのか……。

 …………あえて個人の本心を言うのであれば、全てを伝えた上で絶対に使うなよ、と言ってやりたい。

 けど、そうしたところで目の前の彼女はいざというときは自らを犠牲にすることもいとわないだろう。

 恐らく、他の勇者たちも。

 そうして、他人がその身を犠牲にしていることになった時、きっと犬吠埼は強く自責の念に駆られる。

 だって、勇者部連中を集めたのは犬吠埼その人なのだから。

 その結果、目の前の彼女がどういう行動に出るかは、俺には分からない。

 

「今の勇者部のメンツに満開を使ったことがあるのは、いないよな?」

「そうね、にぼしもできたことがないって言っていたし。随分と大きい口を聞いているもんだからてっきり、って思ったんだけどね」

「ま、そういうわけだ。満開は難易度が相当高い。大赦でもなんとか解析をしようとしているみたいだが、なかなか上手くいかなくてな。発動条件も良く分かってないし、これまでに使えた勇者もごく少数なもんだから、手に余る代物って感じ」

「いいじゃない!それこそ、選ばれた勇者にのみ使える最終兵器みたいな……。燃える!」

 

 拳を握ってはフンフンと鼻息荒く意気込んでいるところ悪いが、それはこちらとしては望むところではない。

 …………なら、その矛先を用意してやれば…………

 

「おいおい、自分が天才側だってか?」

「あたしは勇者部の中で最初に勇者に選ばれたのよ?だったら、一番に満開を成功させるだけの素質があってもおかしくないんじゃない?」

「だったら、システム開発できてる俺の方が凄いから!」

「なにおう!じゃあ、あたしは満開でもなんでもして、世界を救ってみせるから!」

 

 内心は明かさず、そうして自分の中で言い訳を重ねては嘘で塗り固めるのだ。

 

「唐揚げうどん定食でーす」

 

 そう二人でどっちがどうすると言い合って、どんどんエスカレートして言ったもん勝ちになった時、丁度注文していたものが到着したため、一時中断として食事の準備に入る。

 おかげですこし頭が冷えて落ち着いた。

 改めて席に座りなおして姿勢を整えると、犬吠埼から割り箸を受け取る。

 

「……多くね?」

 

 一つ挟んで向かい側に置かれたどんぶりには、自分のものよりも明らかに大きな山が盛られている。

 ついと口をついて出たその言葉に、今まさに手を付けようとしていた犬吠埼の手が止まる。

 

「なっ、なによ。ちゃんと成長中なんだから、お腹すいたらその分食べなきゃ追いつかないじゃない」

「一体どこに向かっているのやら」

「太ったって!?」

「言ってない」

 

 発言の一つ一つすべてに反応を返していてはキリがないので、一言でぶった切ってそれ以上は口にしない。

 割り箸を割って、自らのうどんに手を付け……

 

「へたくそ」

「うるさい」

 

 二つの割り箸をつなげていた根本部分が、片方にくっついて行ってしまっている。

 さっきの意趣返しか、それを見逃さずに犬吠埼が一言言ってくるが、変わらずそれだけ切って自らのうどんに口をつける。

 

「そういうあなたは、運動部のくせに少なくない?」

「最近はあんまり食欲がなくてな」

「女子に食事量負けるなんて、情けないな?」

「運動量が減ったからかもな」

 

 うん、上手い。

 

──────────

 

「本日も素晴らしい御手前でした」

「今更気づいた?当然よ!」

「なぜお前がドヤる」

「行きつけの店が褒められたら、それは当然嬉しいじゃない?奢ってもらったし、なにか言わなきゃ……みたいな?」

「あれだけ食べてたら食費大変そうだなって」

「そんなにずっと食べてるわけでもないし!そこまで貧困じゃないから!」

 

 こちらはあれだけの量を毎日食べているのであれば相当額かかっているのだろうと気を使って出してやったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。

 心外だとばかりに、腕の半ばを軽くポコポコと叩いては不満を示す。

 先程も思ったのだが、手加減をしてくれているんだろうが、勇者になった影響か結構痛い。

 今度はそれを軽く手で払いのけながら

 

「そういえば、俺も伝えておかなきゃいけないことあったんだった」

「え、なに急に真剣な感じで。伝えておかなきゃいけないこと……。まさか、告白!?」

「やかましい。真面目な話だよ」

「あなた、告白の時にふざけるの?」

「なぜそうなる。……お勤めの話だよ」

 

 店を出てからの帰り道。

 入った時間が遅かったことも相まってか、空は若干暗くなってき始めている。

 犬吠埼の少々的外れな反応に、思わず呆れのため息が出る。

 腹から大きな息を吐き出すと、その様子を見て不満そうな表情を浮かべる。

 

「……最近は侵攻なかっただろ?これまでの記録だと、ある程度の周期をもって侵攻があったんだが、この代の勇者になってからはそれが崩れてる。さっきも言った通り、直近は侵攻がないし、あったときは連日だったり」

「……私たちの力に恐れをなして、侵攻を諦めたって可能性は……?」

「だったらこれ以上ない杞憂で終わるんだけどな」

 

 現実はそう甘くはないことを、俺たちはすでに味わい尽くしている。

 はるか上空から見ている神とやらは、これ以上の苦難を与えて愉悦に浸っているのか。

 かといって、なにもせずに流れに任せて墜ちていくわけにもいかない。

 

「次はなにかイレギュラーが起こるかもしれないから、警戒しておいてくれ。あまり考えたくはないが、最悪の事態も想定して」

「……イレギュラーって」

「あくまで俺個人の予想だが、同時に何体も侵攻してくるかもしれない」

「具体的には?」

「三体位……かな」

「そう……」

 

 その厳しい予想に、互いにしばらく黙り込んでしまう。

 一体ずつ対処している現状ですら、命を懸けてなんとか追い返しているだけに過ぎない。

 そのうえで、更に想定外の事情が重なってくるとなれば不安にもなるか。

 

「まあ、過去の記録から、敵の型ごとの対策は改めて送っておくから、勇者部で共有しておいてくれ」

「分かった」

 

 しっかりとこちらと目を合わせて、そう答える。

 そこには、勇者部を自分が背負って守る、という覚悟の一端が見えた。

 本当であれば、そもそも犬吠埼のような人間ではなく、俺のような人間が先に前線に出るべきで、変われるものならそうしたいところなのだが、俺はその資格を持ち合わせていない。

 いや、それもただのエゴか。

 であれば、こちらでできるせめてものの事前準備は死ぬ気でやるべきだ。

 少しでも負担も減らしてやれるかもしれない……と思うのは、そんな自らの罪悪感を誤魔化すためか。

 次に来るバーテックスの予測、バーテックスの型に合わせた対策、作戦の立案、システムの最適化。

 …………嘘をついても、それで心配することがなくなるなら。

 

「…………あのさ」

「なにか」

「……あたしも言っておきたいことが」

「……」

 

 そう切り出してきた犬吠埼は、不穏な雰囲気を醸しだしている。

 その重たい空気に晒されて、ついジョークで躱そうとしそうになるが、犬吠埼の顔を見てしまったら、その言葉を深く飲み込んで次の言葉を待つしかない。

 帰り道を進む足も、気持ちに合わせて重く遅くなる。

 こちらから言えることなどなく、向こうから話を切り出すのを待つだけになるのだが、なかなかその口を開かない。

 気まずさの中でいつものように目を合わせられず、ついつい目線はあらぬ方向に向いてしまう。

 こんな時でも、空は残酷なまでに美しい。

 

「すごく個人的なことなんだけど……」

「ん」

 

 返事を一つだけ。

 大丈夫だ、ちゃんと聞いてる。

 力になると決めたから。

 

「もしも……、もしものことがあったらね」

「おう」

 

 ゆっくりでいいから、ちゃんと教えてくれ。

 余計な心配は全部こちらに任せてくれればいいんだ。

 

「…………他の皆のこと、よろしくね」

 

 長い時間をかけて、ようやく捻り出した言葉はどこか不穏で、まるで彼女の今後を暗示しているようなで。

 

「やめろ、縁起でもない。自分でも言ってただろ。先輩なんだから、自分で全員を救って帰ってくればいいんだよ」

 

 また、嘘でもなんでもいい。

 安心させるように、明るい顔で、表情で、冗談めかして言え。

 

「……そうね!任せておきなさい!」

 

 それが力になってくれたか、犬吠埼も迷いを振り切るように明るくする。

 右腕を曲げて、ガッツポーズをする。

 

「そうだそうだ!その見せつけた筋肉をすべて使ってボコボコにしてやれ!」

「よーし、やってあげるわ!まずは人を筋肉ゴリラ呼ばわりしてるノンデリからね!」

「はっはっは、五体満足で済まして下さい」

「それはそっちの誠意次第よ」

「だからさっきの昼飯代で勘弁してくれませんか?」

「あー!やられた!さっきのはそういうことだったのね!」

「まだまだだな」

 

 いつものようなくだらなくなんの意味もないような話をして、言い合って帰る。

 こんな日が永遠に続けばいいのにと、心の底から思う。

 ……いつかの時まで。

 

──────────

 

「げ」

 

 犬吠埼と分かれて家に着いてからのことだった。

 作業を進めて休憩していたはずが、何日ぶりかの爆音で鳴り響く警告音に慌てて飛び起きると、記録を確認する。

 先程話をしたばかりでタイミングが良いのか悪いのか……。

 そして目に入った反応は、明らかにこれまでと違っていた。

 あれ、今回ちょっとターゲット多くないか?

 1、2、3、4……。

 7?

 嘘だろ。

 最悪の事態とか言わなきゃよかったあれフラグだろマジでもうああああああ……。

 そうしてひとしきり悶えてから、フラフラと力無い足取りでシンクに向かい、水道の水をがぶ飲みして何とか落ち着ける。

 …………俺がどれだけ心配しても、対策を講じても、結局は信じて待つことしかできないのだ。

 全く、何度やってもこのもどかしさは変わらないな。

 どうか、命だけでも。

 

──────────

 

 重たい足を引きずりるように、薬品のにおいが充満する廊下を進む。

 先の戦いは、なかなかに過酷なものであった。

 予想以上のイレギュラーな事態に際して、当然彼女たちにも大きな負担を強いられることとなり、勇者システムに組み込まれている精霊の防御システムもバーテックスの攻撃全てをカバーすることはできなかった。

 そういうわけで、勇者部のメンバーたちは今はこの病院でそこで負った傷を療養しているわけだ。

 病院は大赦の息がかかっているため、どれだけの大けがでもその原因を怪しまれることはないし、身体データの収集も容易となり、システムによる影響を分析することもできる。

 ではなぜ俺がこの病院にいるのかといえば、当然見舞いのためという動機も含まれてはいるが、お偉いさんからの指令もあるからだ。

 ……見舞いぐらいは余計なことを考えずに行かせてもらいたいものなのだが、どうも敵のみならず味方からも水を差されるようらしい。

 いくつもの病室の扉の前を通り過ぎていくと、いくつかの椅子とテーブル、自動販売機が並んでいるそこそこに開けたスペースに着く。

 そのうちのソファの背もたれからのぞくのは、見慣れた髪。

 向こうもこちらの足音にでも気づいたようで、髪から除く目と合う。

 ……しかし、それは数が一つ足りなかった。

 

「ちょっと!幼馴染が命かけて戦ったっていうのに、来るのが遅いんじゃない?」

 

 明らかに異常であるはずなのに、犬吠埼はいつもと全く変わらない様子で手を振って出迎えたかと思えば、こちらの対応の遅さがお気に召さなかったようで、その不満をぶつけてくる。

 

「……その様子じゃあ、心配の必要性もなかったみたいだな」

「うわ酷い!」

 

 少しためらう意識はありながらも、こちらもいつもを心掛けつつそう返す。

 肩にかけていたクーラーボックスを降ろすと、その蓋を開けて中に入っているジュースを一本渡してやる。

 

「おっ、気が利く」

「後は勇者部のメンツで分けてくれ」

「ありがたいけど、結構しなかった?それに、あなたはアタシ以外に面識なかったわよね?いや、にぼしがいたっけ」

「多分、あれはこっちが一方的に知っているだけだと思うけどな……」

 

 入院生活のせいか上手くペットボトルを開けられなさそうにしているので、ひったくってキャップ開けてやってから返す。

 「ありがと」、そう一言置いてから、一気に煽るように喉に流し込む。

 そうしてジュースを飲んでいる犬吠埼の左目に、つい視線がいってしまう。

 

「……使ったのか」

「ん?」

「いや、やっぱり今回は苦労したみたいだったんだなって」

「ああ、この目のこと?そんなに心配しなくても大丈夫よ。ただの疲労だから、その内回復するって」

 

 知らされていないのか、強がっているのか、なんてことはないと笑って手で煽る。

 

「だといいんだがな」

「なんでそんな不安になること言うのよ!……そうだ、視力が回復するまで、アタシもあなたみたいにメガネでもかけようかしら」

「片目だけレンズ切り抜きでもするのか?両目のサイズ変わって試合後のボクサーみたいになるぞ」

「じゃあコンタクト……いや、いっそ眼帯にして……」

「伊達政宗じゃん」

「それいいわね!独眼竜だっけ?」

 

 いつもと変わりない様子でそんなやり取りをする。

 はたから見れば、全ての敵を倒して解放された喜びに浸っているようにみえる。

 いや、実際に彼女からしてみればそうなのだ。

 

「どうかしたの?なんかあなたさっきから様子がおかしいわよ」

 

 そんな俺と自分との反応のギャップを感じ取ったのか、少しうつむいて考えていたところを覗き込んでくる。

 俺はすぐに切り替えるように内心で自戒して、いつもを強く意識する。

 

「そっちがいつも通りすぎるだけだ」

「そりゃあもう、一仕事終えたからね!」

「残念ながら、俺の役目はここからが本番なんでな」

「あ、そうだったわね。はいこれ」

 

 そういって犬吠埼は自分の体を挟んで反対側に置かれていた物体を、こちらに差し出してきた。

 俺は銀色の光沢をまとったアタッシュケースの、金属の重さを感じながら受け取ると、念のためにロックを外して中身を確認する。

 そこにはしっかりと五人分の端末が入っていることを確認できた。

 しっかりと受け取ると、クーラーボックスと共に床に置いておいた、別のアタッシュケースを交換するように犬吠埼に渡すと、俺と同様に中身を確認するように促す。

 すると、傍から見れば何事もなかったように見えるだろう。

 

「本当に終わったのね」

 

 犬吠埼はしみじみとこぼすように小さくつぶやいた。

 

「……しばらくはこちらから呼び出すこともなくなるはずだ。久しぶりに真っ当な学校生活を謳歌するこった」

「なによその嫌味ったらしい言い方は。あたし達だって文化祭の準備とかしなきゃいけないし、別に暇になるわけじゃないし!」

「そういえばそんなこと言ってたな。あと、今度の夏休みには大赦から褒美が与えられるってさ。海沿いの合宿所で休暇を満喫してこい」

「やった!演劇の準備とかしたかったし丁度いいじゃない!」

 

 試練から解放されて、しかもご褒美付き。

 今すぐにでも飛び跳ねてしまいそうなほどに喜んでいるが、体を気にして思い切りはしゃぐこともできないのか、どうもぎこちない感じになっている。

 そんな様子を見ているとほのぼのとするというか、つい頬も緩んで、だんだんと安心感が湧き上がってくる。

 

「急にニヤニヤして……やっぱり様子がおかしいわよ。大丈夫?」

 

 流石にいかんと緩む口元を手で押さえて隠すが、それのせいで余計に空気の読めない怪しい人間になってしまっている。

 犬吠埼からは訝しげにな視線を向けられる。

 

「大丈夫大丈夫。それより、全員が無事帰ってきてよかったなって」

 

 そう取り繕って見せるが、果たして自分にそれを言う資格などなあるのだろうか。

 けど、言いたかった。

 とにかく、命あって戻ってきてくれたのだから。

 

「なにそれ」

 

 クスっと、小さく笑みを浮かべて。

 それを見れただけでよかったと、心の底から思う。

 

──────────

 

 ん?

 散歩しつつ一息をついていた時だった。

 不意の通知音に、スマホをポケットから取り出す。

 あれから何日か経ち、ところどころ不調がありながらも勇者部の全員が退院することができた。

 こっちは勇者システムのアップデートであったりと事後処理に追われているところだったが、あいつらの命がけの戦いに比べれば大したことではない。

 発信元を確認すると、そこにあったのは意外な名前だった。

 ……三好。

 さらに、そのメッセージの内容を見て驚かされる。

 

 それは、讃州中に残りたいとのこと。

 この件に関しては大赦もそこまでこだわっているわけでもなく、完全に向こうに丸投げしていたから本当に良い関係を作り上げることができていたのかと何気に心配していたのだが、これが答えということだ。

 一旦世界の危機は去ったようなものだし、仮に有事があったとしても一緒に行動させていた方が手間も少ない、という打算ある。

 なにより、本人がそれを望んでいるのであればデメリットもない。

 winwinというやつだ。

 上がどう判断するかは分からんが……ぶっちゃけどうでもいいはずだ。

 俺から否定する理由は全くない。

 

 画面から目を外して、なんとはなしに外の景色を眺める。

 風が肌を撫でる。

 あいつも変わったんだな、と勝手に誰目線かも分からない感慨にふけってしまう。

 …………自分だけはなにも変わっていない。

 あれだけ頑固だった三好ですらこうだというのに、自分はなにも変わっていない。

 ……なんか置いて行かれていくような気がするな……。

 そうして、少しの孤独感だけが引っかかってままだった。

 




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