ダイヤのQ   作:ゾネサー

10 / 17
第九話

「シュー!?」

 

「シュッ!」

 

「アウト!」

 

 胸元のストレートで樋笠をどん詰まりのピッチャーゴロに打ち取り、小競り合いに決着をつけた勢いそのままに三者凡退に抑え込んだ。その裏の攻撃、ツーアウトランナー一塁で七番の神巫に回ってきた。

 

「ストライクツー!」

 

(アウトコースのボール一個分の出し入れ……器用なピッチャーだな。だが……)

 

 横から投げ込むサイドスロー特有の遠くまで逃げていく軌道のストレートがアウトコース一杯に入りワンボールツーストライク。すると一転して内のボールゾーンにストレートに投じられるが、腰が引かれずに見送られた。

 

(中途半端なウエストボールだな。ストライクを取るつもりもなく、かといってビビらせるほどのものでもない。内で勝負する気がないと言っているようなもの……)

 

(これで内に見せられた。後はいつも通りスライダーを振らせるぞ!)

 

 勝負球にストライクゾーンからボールに外れるスライダーが選択される。しかし神巫は足を踏み出したものの、バットは振り出さずに見送った。

 

(何!?)

 

(どうもこのピッチャー逃げ腰というか……。ゾーンで呑んでかかろうという意思が感じられない。となればフルカウントからのラストボール。フォアボールを出さずにかつ安全そうなアウトローへのストレート……だろう!)

 

(外のボールに張られてる……!)

 

 一塁ランナーがスタートを切る中、今度は振り出されたバットが痛烈なライナーを放った。セカンド横への長打性の当たりだったが……。

 

「アウト!」

 

(ま、間に合った……!)

 

(ち……打つ前に動き出してたか? まあいい。このピッチャーは攻略できそうだ)

 

 間一髪。飛びついた小湊のミットの先に打球が収まっていた。神巫は振り返った川上の強張った表情が安堵で彩られたのを見て、打ち取られたとは思えないふてぶてしい笑みを浮かべながら戻っていった。回は巡り、四回の表。ノーアウトランナー一塁で打席には降谷が入っていた。

 

(バントの構えは無し。まあ鳴さんが一目置くほどのピッチャーだ。下手にさせるのも怖いか。そもそもバントも簡単じゃないしな)

 

(今度こそ……)

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

「なんでもかんでも食いつきすぎだ! そりゃまともにゾーンに投げねえわ」

 

「………」

 

 しょんぼりした様子で降谷がベンチに帰ると、続く楠木がセンター前ヒットを放ちワンナウトランナー一塁三塁となった。

 

(さっき打ち取ったインローのストレートを意識させて、ツーシームでゲッツーを狙ったが……。対応されたか)

 

「クスッ……。倉持も調子落とすとすぐ変えられちゃうかもね」

 

「へへっ。俺も負けませんって!」

 

(お互いにね)

 

(ビデオで見た倉持さんほどではないけど速いな。三塁送球の間に進塁狙おうとしていたし、走塁意識も高そうだ)

 

 このピンチに稲実は中間守備を取ると、再び因縁の対決がやってきた。

 

(ショキューシューシュー……!)

 

(三塁ランナーはパワーはあるが、足は遅かった。スクイズが無いなら低めの球を引っ掛けてのゲッツーが理想的だが……)

 

 一塁ランナーをチラッと見てから神巫はインコース真ん中に構えた。

 

(さっき打ち取られたボール……!)

 

 樋笠は初球攻撃を仕掛けてきたが、ストレートを振るように振り出されたバットは内のボールゾーンまで食い込んだツーシームの右上を掠り、そのままキャッチャーミットに収まった。

 

(序盤はストレート中心だったが……変化球が増えてきたか?)

 

(思い切りがいいな。ボールから入って正解だった。これでワンストライク……仕掛けるなら追い込まれる前にだろう)

 

(アウトハイにピッチアウトか。スクイズもあると読んでいるのか?)

 

 そして井口がクイックモーションから足を踏み込んだ瞬間だった。

 

「走った!」

 

(来たか……!)

 

 一塁ランナーだけがスタートを切ると援護の空振りを通りすぎてボールが収まる。既に立ち上がっていた神巫は短いステップからスローイングに移ると、ベースカバーに入ったショートが低い位置でミットに収め、スライディングするランナーを待ち構えた。

 

「アウト!」

 

(くそ……! 落ち着いてやがるな)

 

(不利なカウントで構わずか。なめるなよ)

 

「完全に読み切ったな。送球もベストな高さだった」

 

「ま、あんだけ備えられたらいけるでしょ」

 

 これでツーアウトランナー三塁となり守備も定位置に戻され、カウントもゼロボールツーストライクと、チャンスこそ続くものの景色がガラリと変わっていた。

 

(まだだ……。まだシューリョーしてない!)

 

(内を振ってきてるならここは素直に外か。ただ勝負は急がなくていい)

 

「シュッ……!」

 

 アウトコース低めに投じられたボールに樋笠は踏み込んだ。しかし前で捌かずに引き付けてからバットが振り出される。すると外に外れていた軌道からカットボールがさらに逃げていく。

 

「シュー……!」

 

(嫌なところに……! 切れろ!)

 

 しかし変化球が頭に入っていた樋笠はリーチを生かしてついてきた。とはいえ大きく外れたボールはバットの先に乗るように捉えられ、ライト線の浅い位置にスライスして落ちていく。前進していくライトだったがダイレクトの捕球が難しいと見て回り込む。すると打球は白線の粉を巻き上げた。

 

「フェア!」

 

「二塁に!」

 

 この瞬間三塁ランナーのホームインが認められ、さらに滞空時間の長さとファールゾーンまで転がる打球を生かして樋笠が二塁を狙った。

 

「……セーフ!」

 

(やられた。あのリーチがあったからしっかり外したのにな……。二点入らなかっただけ良しとするしかないな。タイムは……いらないか)

 

 追加点を挙げられてしまったが神巫は続くピンチに目を向けると、井口の表情を見てそのまま座り込んだ。

 

(さすが最上級生……。嫌な追加点でも落ち着いているな。他のピッチャーにも見習って欲しいくらいだ)

 

「へっくし!」

 

 そして八番の宮内が右打席に入ると、力強くバットが構えられた。

 

「んフー」

 

(改めてすごい筋肉だな。さっきの打席も膝下のストレートをあわやホームランのレフトフライだったし、内は簡単には使えないか。それに次はピッチャーだ。歩かせていいとは思わないけど、慎重にいくべき場面だろう)

 

(真ん中低め……?)

 

(お願いします。井口さん)

 

 コースを真ん中に指定してサインを送った神巫はミットに拳を叩くような仕草を見せてからミットを構えた。それに頷いた井口からツーシームが放たれる。

 

(低め……! いや、低すぎる!)

 

「ボール!」

 

(反応したが止めてきたか。左足を開いたのなら狙いはインコース? 真ん中なのに反応したのは低めに意識があるかもな)

 

 真ん中に来たボールを収めつつ、バッターの動作を視界に収めた神巫は情報を整理しつつ次のサインを送った。

 

(楠木も樋笠も初回に打ち取られたコースへのツーシームで誘われている。俺にもそう来るのなら……。……!)

 

「ストライク!」

 

 アウトハイへのストレートがミットに突き刺さった。これに宮内は全く反応することができずに見送ってしまう。

 

(よし。もう一球……!)

 

(同じコースに同じ球……どれだけ度胸がいるか、分かってるんだろうな)

 

(投げられますよね。井口さんなら)

 

 迷わず同じサインを送る神巫を訝しむ井口だったが、不敵な笑いに負けるように頷いた。

 

(まだ追い込まれたわけじゃない。アウトハイの対角線をついてくる可能性もある。しっかり狙いを絞って……!)

 

 そして井口が同じボールを投げ込んで見せるとリプレイのようにツーストライク目が取られた。

 

(さっき大きな当たりを打った俺に続けて高めのゾーン!? いや……俺に内は使えないと思って外一辺倒に切り替えたのか?)

 

(追い込んだらバッターの意識は変わる。青道は追い込んでから変化球に上手く合わせてくるケースが多い……右方向へのバッティングが徹底されてる印象だ。パワーのあるバッターだが……こっちだって球威のあるピッチャー。追い込んで弱気になることはない。ですよね井口さん)

 

(なんちゅう強気なリード……。しゃーねえな。付き合ってやるよ……!)

 

(インハイ!?)

 

 宮内が振り出したバットはタイミングが遅れていた。そして神巫のミットから重く……それでいて心地良い捕球音が鳴った。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

(ストレートかよ……! 変化球が増えてきたと思ったが)

 

(この回のヒットは全部変化球を打たれてのもの……。なんとか狙いを外せたか。しかし……ここに来て今日イチのストレートかよ! 手が痛え……!)

 

「ナイスボール!」

 

 まさしく疲れを感じさせない一球に引っ張られ、チームは点を取られたことを感じさせないほど前を向いていた。

 

「……あのキャッチャー。御幸の後輩だったな。強気なのもお前譲りか?」

 

「え? そうだったんすか!?」

 

「栄純君は聞いてなかったっけ……」

 

「まあな。でもあいつは元々強気でしたよ。たまたま俺に似ちまったから……」

 

「……?」

 

「いや、なんでもねえ。それより前の打席を活かす傾向があるって情報渡したのに、一点止まりなのは痛かったですね」

 

「ああ……。せめて二点は欲しかったな」

 

「み、御幸一也! 後輩の情報を垂れ流したのか〜! 許さん!」

 

(あいつがそんなことで挫けるタマならこの先苦労せずに済むだろうけどな……)

 

「何をニヤニヤしているんだ〜!」

 

 御幸が沢村に首元を揺さぶられている間にも試合は進んでいき、稲実はピンチの後にチャンスありと言わんばかりにワンナウト一塁三塁のチャンスを作っていた。さらに六番バッターでヒットエンドランを敢行すると、ゲッツーは狙えずバッターランナーをアウトにする間に一点を返していた。

 

「チャンスだぞー。得点圏打率五割男ー」

 

「二つ名付けるなら格好良いやつにしてください」

 

(シニアで神童って呼ばれてるキャッチャーもいたっけな。あれ良いよなあ)

 

(さっき痛打された一年生か……)

 

 守備のタイムが終わり神巫が右打席に入る。しかしあれだけ良かった制球が乱れてしまい、結局フォアボールで歩かせてしまった。

 

(下位打線の俺を歩かせちゃうか……)

 

「切り替えろ! 次で切るぞ!」

 

 八番バッターに対してフルカウントから際どく狙ったスライダーが打ち返されるとライト線ファールゾーンに切れた打球に門田がダイビングキャッチを敢行し、辛うじて届いた。しかし青道はリードしているのにも関わらず、稲実より疲労の色が濃く出ていた。

 

「アウト!」

 

 五回の表、先頭バッターは川上。バットは振り切ったものの、ストレートに押されてファーストフライに倒れてしまう。

 

(下位を歩かせれば次の回に簡単に取れるアウトがなくなるし、打順も巡る。この差は大きいはずだ。顕著にするためにも……このバッターも抑えないとな)

 

 三巡目となり一番バッターの小湊が右打席に入る。今日は既に二打数二安打。おとなしい見た目とは裏腹に獅子奮迅の活躍を見せている彼をどう打ち取るか神巫は少し考え込んだ。

 

(さっきはカットボールを上手く流された。折角ランナー無しで迎えられたんだ。ここは……)

 

「……!」

 

 彼への初球はインハイへのストレート。これがゾーンに叩き込まれると、見送られてワンストライクとなった。

 

(このバッターは降谷と違って非力なタイプだ。外のボールは流せば力を逃すことができる。インハイはそうはいかない。力で向き合うようにしか打ち返せない。まあ、このインハイに決まった140キロクラスを流せるというなら話は別だけどな)

 

(……打ち返してみるしかないか)

 

 構わず同じコースに被せたストレートに小湊はセンター返しで打ち返した。

 

「く……」

 

「アウト!」

 

 しかし予め前に出ていた外野に難なく追いつかれてセンターフライに打ち取られた。

 

(力技で悪いな。器用に躱すだけがリードじゃないからさ)

 

(せめてインローなら転がすこともできたけど……)

 

(挑発に乗っちゃったね。俺なら泣くまで粘り倒すよ)

 

 井口は序盤と比べてランナーを出さずに抑えていき、対照的に川上はランナーを出す場面が増えてきた。一点差から変わらぬまま七回の裏、先頭打者は神巫だった。

 

(さすがに歩かせるわけにはいかない……)

 

(あ、甘い!)

 

 捉えられているストレートを入れるのを嫌ってスライダーで際どいコースを狙ったものの、とうとう疲れが形に出てしまった。迷わず外に踏み込んだ神巫がバットを振り出すと、ボールの方から飛び込むように曲がってきた。

 

「よっしゃ……!」

 

 芯で捉えた打球が左中間を切り裂き、打球はフェンスまで転がっていった。

 

(三塁いけるか? ……!?)

 

 二塁を蹴った神巫だったが慌てて塁に戻った。レフトの降谷から地鳴りでも起こしているかのような豪球が届いたからだ。

 

(あんな深い位置から……なんつー肩してんだ)

 

(投げたい……)

 

 たった一回のプレーで存在感を示す降谷。しかし川上にとってはプレッシャーにもなっていた。

 

「ボールフォア!」

 

(球威だけじゃなくコントロールも落ちてきたな……)

 

(ノリ……ここまで来たら気持ちを強く持てるかどうかだぞ)

 

 白州の念もむなしく、送りバントで進んだ二人を還されて逆転を許してしまう。しかし踏ん張って後続を断ち切っていた。

 

「シュッ……!」

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 青道はここに来て空振りが増えてきていた。井口がギアを上げていたからだ。

 

(見事なまでのペース配分だな。こんな終盤で本来の真っ直ぐが投げ込めるなんて……。こうなりゃピッチャーの好きな球投げさせるのが一番だろう)

 

 反撃に打って出たい青道だったが、本来の井口のピッチングを前にしてとうとうランナーを出せずに三者凡退に倒れてしまった。

 

「どうだ? 井口は」

 

「チームを引っ張るエースの器を感じますね。軸がしっかりしてて安心してリードできます」

 

「ま、エースは俺だけどね!」

 

(子供じゃないんだから……)

 

「なら……川上はどうだ?」

 

「相手のピッチャーですか? そうですね……。もったいないですね」

 

「ほう?」

 

「サイドスローの本領はコーナーを広く使ったピッチング。あのピッチャーのコントロールなら的を絞らせずまともにスイングさせないことだって狙えるはずです。それと……」

 

「ボールフォア!」

 

「弱気なフォアボールが多いのも惜しいですね」

 

「そうだな。……もう一つ聞かせてくれ。川上は井口のようになれると思うか?」

 

「うーん。難しいんじゃないですかね。自分の事でいっぱいいっぱいみたいですから」

 

「お前にとっての理想像はチームを引っ張ることにあるんだな」

 

「ですね。それじゃ、行ってきます」

 

 八回の裏。疲れがピークを迎えて明らかにボールの質が落ちてきた川上は打ち込まれ、ノーアウト満塁のピンチを迎えていた。追加点のチャンスで神巫に四打席目が巡る。

 

(色々言ったものの、このピッチャー目は死んでない。こんな投げ出したくなるような状況でも投げるのは嫌じゃないんだ。正直、羨ましいよ)

 

 すると神巫は予め大きく踏み込んで、かつバットを短く持った。

 

(今度も外狙いなのか……?)

 

(さっきは外に入れたボールを長打にされた……)

 

(打ちに行くかは初球の入り次第だな……)

 

 一球目、神巫は振る素振りもなくボールを最後まで目で追うと、アウトローに投じられたストレートは外に外れていた。

 

(踏み込んだ構えに外が有効なケースもある。バッターが外が苦手なのをカバーするために踏み込んでいる場合だ。今回はそうじゃない。内に決められたら打てやしない)

 

(……川上! 内だ! 多少入ってもいい。投げ込んでこい!)

 

(宮内センパイ……はい!)

 

 続く二球目はインコースを目掛けてストレートが投げ込まれた。すると中に寄ったボールに軽く振り出されたバットから右斜め後ろに打球が飛ばされてファールとなる。

 

(右のサイドスローがインコースに投げれば中に入る軌道になる……。当てるだけならそう難しくはない。しっかりコースに決められない限りは)

 

(スイングはやはり窮屈だ。もっと内を攻めるぞ!)

 

(続けて内……! けどコントロールが乱れれば……)

 

 大きく踏み込んでいる分デッドボールを彷彿とさせる場面。意を決して投げ込んだものの、インハイに外れたストレートを宮内は飛びつくようにして捕った。

 

「す、すいません!」

 

「落ち着け! ボールにまだ力はあるぞ!」

 

(神巫にそこまで打ち気は感じられない……。カウントは外で稼いで、追い込んでから内に投げさせたいところだった。チャンスに強いとはいえあいつも百発百中じゃない。だが川上の性格を利用して、限りなく百に近いことをさせようとしてきている……)

 

 ただでさえ丹波や宮内との関係が良好とも言い難い御幸は口出しできないことに歯痒さを覚えながらも、目を逸らさずにこの対決を見守っていた。すると四球目に投じたストレートは低めながら真ん中付近へと入った。神巫はこのボールに対して引っ張ると、三塁側ベンチに入っていくような鋭いゴロを放った。

 

(確かに……落ちてはいるけど、まだ力は残ってる。下手なゴロは打てないんだ。低めをとにかく投げられるだけでも嫌なんだけど……)

 

「ボール!」

 

 今の当たりを見て慎重になったバッテリーはアウトローをストレートで際どく狙ったが、初球のように外に逸れてしまった。

 

(追い込まれたんだ……スライダーもあるのにさっきみたいに思い切り引っ張る真似なんてできないのにな。勝手に俺のことを大きく見てくれている)

 

(これだけ外に見せたら外ではやはり無理か……。やはり内しかない。フルカウントだ……押し出しを避けるためにも)

 

(フロントドアでインコースからスライダーを……)

 

 踏み込んでいる神巫の腰を引かせつつ、変化でストライクゾーンへと曲げてボール球になるのを避けやすくする要求だった。その意図は川上に伝わっていた。そして足を踏み込んだ瞬間だった。さっきの打席で入れにいったスライダーを捉えられたイメージが過った……。スライダーはワンバウンドしてしまい、押し出しによって追加点を許してしまう。見ている観客も思わず溜め息が漏れ出るような痛い失点だった。

 

「可愛げのない一年坊だなあ。ようやくチャンスで回ってきたのに押し出しさせるなんて」

 

「あいつは味方のピッチャーには献身的だからな。敵のピッチャーには悪魔にもなるんだろうよ」

 

 これを機にゲームは大きく動き、八回の裏だけで川上は五失点を喫してしまう。

 

「さすがに決まりましたね」

 

「ふ……。まだ一年だな」

 

「えっ。どう見ても限界じゃないですか。……!」

 

 するとタイムを取って駆け寄ってきた宮内が妙なところをにぎにぎしながら励ますと、縮んでいた腕の振りが戻り、アウトコース一杯に力のあるストレートを決めていた。

 

「あそこから立ち直った……? 自信を失くさせたはずなのに」

 

「確かに川上は投手としての力はあるが気が弱すぎるところがある。それでも青道のレギュラーを勝ち取ったやつなんだよ。それに……ピッチャーってやつは変な人種でな。一試合投げるたびに変わっていく。……井口だってそうだったんだ」

 

「え!?」

 

「想像もできないだろ?」

 

「全く……」

 

「分からねえんだ。奴らが投げ続ける限り、どう成長するかなんて。だから、今だけを見るな」

 

「……肝に銘じておきます」

 

「よし。ならしっかりゲームを締めてこい」

 

「はい!」

 

 終盤に来ての六点差に心が折れてもおかしくなかったが、チームメイトの後押しも受けて川上は最後まで腕を振り抜いた。そんな彼を見て神巫は気を引き締め直すと、まずはこの試合を勝ち切ることに目を向けていた。

 

「いつになく饒舌じゃん」

 

「……うるせぇ」

 

 川上が更なるピンチを脱すると、九回の表。その粘りに呼応するように打線が繋がった。ノーアウトランナー一塁三塁となり、打席には宮内が入る。

 

「タイムを」

 

(樋笠さん相手に力入りすぎ……。さすがに落ち着いてもらおう)

 

 ここで初めての内野手も集めての守備のタイムが取られる。シューシューとコールアンドレスポンスをしている青道とは対照的に稲実は息を整えていた。

 

(それにコントロールもバラけてきた。相手の……川上さんがあれだけ影響が出たんだ。そりゃ井口さんも相当きついか)

 

「井口さん。大丈夫かとは聞きません」

 

「……!」

 

「あと一踏ん張りです。ベンチでふんぞり返るエースさんに目にもの見せてやりましょう」

 

「ふぅ……。ああ、そうだな」

 

「俺らもまだまだ動けますよ! 打たせちゃって下さい!」

 

「守備は前に出さず、セカンとショートはベースに寄っておいて下さい」

 

「一点は覚悟か」

 

「はい」

 

(あと十秒くらいか……)

 

「初球は真ん中低めに入れるつもりなので覚悟してもらいますよ」

 

「マジかよ……」

 

「……それは俺の体力を気遣ってか?」

 

「いえ。打ち取るために必要なんです」

 

「ならいい。抑えるぞ!」

 

「はい!」

 

 言いたいことを三十秒で収めてタイムが終えられた。宮内も漫然と待っているわけではなく、相手がどう出てくるか考えていた。そしてゲッツーシフトが取られるのを見ながらバットを構える。

 

(低めにツーシームやカットボールを集めて引っ掛けさせるのが一番手か……。……!)

 

 バットを構えてから間もなく井口が投球モーションに入った。投じられたのはやはり真ん中低め。甘いコースに始動に入った宮内だったが、二打席目でも真ん中低めに投じられたことが過った。ツーシームが低めに外れると予感し、バットが止められる。

 

「ストライク!」

 

(ストレートを真ん中に入れるだと……!)

 

(考えさせる隙は与えない。テンポ良くいきますよ)

 

(また真ん中低め……! いやこれは低いか)

 

 続いて投じられたツーシームは元々低く、さらに沈んでワンボールワンストライクとなった。

 

(ボールの力はまだまだある。けどコントロールはどうも乱れてる。だからこそ……)

 

(今度はアウトハイに入れるサインか)

 

(確か真ん中低めに見せてからアウトハイにストレートを続けてきたことがあったな……)

 

 すると三球目だった。アウトハイに投じられたボールに反応した宮内はバットを振り切った。打球はライト線へのフライ。長打になるかと思われたが、思ったより打球が流れていきファールになった。

 

(カットボールか……。俺には初めて投げてきたな)

 

(振り遅れ気味だった。基本的には八回と同じでギアを上げたボールで押していくのがいい。ただ中途半端なウエストボールは投げさせない。今のアウトハイこそが最高の見せ球になるはずだ)

 

(前みたいに構わず高めを使ってくるか。それともここまで一球も投げてないアウトローか……? 低めのカットはまだ見てない。追い込まれたし引っ掛けないように……)

 

(インローにストレートを入れるのか? 一打席目にあわやホームランにされかけた球だぞ!?)

 

(点差を考えれば長打より繋ぐことを考える場面。追い込まれてこれをホームランにされるなら素直に白旗を上げましょう。……大丈夫。井口さんの全力投球なら、抑えられます)

 

 サインを出した神巫は返答を待たずに問答無用でミットを構えた。神巫が脳内で考えたことこそ直接は伝わらなかったが、自信だけは伝わってきた井口は苦笑と共に腕を振り切った。対角線へのストレートに一瞬宮内は反応が遅れる。バットを振り出しつつも、変化球を引っ掛けまいと引きつけて打ち返すようなスイングだった。だからこそ球威に押し込まれて打球は上がらなかった。打球は井口のすぐ横を抜けていき、そしてベースに寄っていたセカンドが追いついた。

 

「あ……」

 

 鍛え上げられた守備陣にとっては格好の打球だった。4-6-3と繋ぎ、狙い通りのダブルプレーが完成される。その間に三塁ランナーは帰還し五点差まで詰めたものの、そこまで。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 ランナーが無くなり振りかぶって投じられた渾身のストレートにより、最後は空振り三振でゲームセット。

 

「ふぅ……」

 

 最終的に点差はついたものの、試合が終わった瞬間に神巫は脱力感を覚えていた。疲労もあったが、青道は一人一人の振りが鋭く、目の前で見せつけられるキャッチャーにとってはいつの間にかプレッシャーにもなっていた。

 

(主力メンバーはこれ以上なのか……)

 

「お疲れ」

 

「あ、お疲れ様です。ナイスピッチでした」

 

「そっちこそ憎らしいリードだったぜ。お前と組む機会は恐らくこれが最後だろうが……一度組めて良かったよ」

 

「俺もです。ピンチの時ほどボールが力強くなって……」

 

「くっ、俺達の戦うレベルはそんな奴らばかりだよ。だがなお前達ならやっていけるさ」

 

「……はい! ありがとう……ございました!」

 

 こうして青道との練習試合は幕を閉じたのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。