「よっ。身体重そうだな」
「久しぶりの開口一番がそれですか……」
第二試合の稲実と修北の試合の準備が進められる最中、御幸の方から話しかけられていた。
「お前、鳴とやっていけてる?」
(開口二番には敵情視察……)
「まあ、ぼちぼちですね。そっちはどうなんですか? どうも一年ピッチャーが二人もいるみたいですが」
「いやーもう滅茶苦茶よ。慌てて基礎固めさせてる」
「御幸さんが言うとうさんくさいですね」
「あっはっは。言えてる」
(この人達はよく笑う……)
神巫は御幸とは違う進学先を勧めてくれたことの礼を言おうと考えたが、本人を前にして素直な言葉が出てこなかった。
「……御幸さんって鳴さんと組みたいとは思わなかったんですか?」
「今でも思ってるよ」
「えっ」
「けどそれ以上に打ってみたい。成宮鳴に勝ちたいんだ」
(………。これは、本当なんだろうな)
二人の話し合いはほんの束の間だった。その後、原田と成宮に桐生との試合の情報を漏らす沢村と鉢合わせていた。
「満を辞して登場したのがこの俺っ……!?」
ふてぶてしく降谷の不調を認める御幸を横目に、神巫はタイキックでうずくまっている沢村に目を向けた。
(俺と同じ背番号20か……。桐生との試合で活躍したのか? ピッチングを見てみたいな)
あいにくダブルヘッダーでは沢村降谷共に投げることはなかった。稲実は二連勝を引っ提げてホームへと帰ってくる。
「試合どうだった!?」
「青道の監督がヤンキーって本当!?」
帰るなり同級生に囲まれて質問の嵐が乱れ飛ぶと、神巫は騒がしくなる前に食堂へと連れて行った。
「えっ!? 青道のエースが……」
「気の毒なことに……。先輩達も話題にするのを避けてるから気を付けた方がいい」
「そういうことなら……」
「俺で良かったら答えるからさ」
「試合出たんだよな? 勝てたのか?」
「ああ、勝ったよ。8-3で」
「お! 結構余裕だった感じ?」
「まあな。お互いピッチャーを替える気がなかったってのもあるが、聞いてた通り投手層の薄さは感じた。その代わり打撃力が突出してるってのも良く分かったよ。実際修北相手には主力が出てエグいくらい取ってた」
「一二年で要警戒のバッターいたら後で細かい情報共有してもらってもいい?」
「もちろん。ただエースの丹波さんは春大会での市大戦とは見違えるようなピッチングだったな……」
「もしそんなアクシデントがなきゃ……だったか」
(ピッチャーは一試合ごとに変わっていく……か。俺も鳴さんも彼を甘く見ていたことを突きつけられた」
市大との試合では初回に大量リードを貰いながらもコントロールが乱れ、あまつさえ置きにいったボールを痛打される有様だった。それだけに今回の試合はエースとしての矜持が感じられていた。
「市大といえばその時に降谷ってやつが投げたよな? 今日投げた?」
「いや。バッターとしては出てたけど」
「残念……。あいつの球150キロ出てるんだろ? その、丹波さんの代わりに出番があるだろうし。見ておきたかったな」
「あの試合を見る限りじゃ、高めのクソボールに手を出さなきゃ自滅すると思うが……」
(確かに登板の機会は増えるだろうな……。もし経験を糧に修正されていくようなら、今後は分からない……か? なんといってもあのチームには……御幸さんがいる。同情ばかりして油断してはいけないかもしれない)
「うちらの方は調子はどうだった?」
「みんなきついだろうに、よく動けてたよ。全体でノーエラーなのが信じられないくらい、俺は足が重い……」
(後半ランナーがほぼ出なかったのと、点差がついたから救われたが最後らへんは動いてなかった……。こんなんじゃダメだ。もっと鍛えないと……)
そしてしばらく話し込んだ後に自室に戻ると、バッターの情報を共有しつつ多田野に反省会に付き合ってもらっていた。
「最後の失点はともかく、序盤はランナーを出させすぎた。それが二点のビハインドに繋がってしまったんだ。もう少しやりようがあったんじゃないか……」
「そうだな……。序盤に失点した時に打たれた球はなんだった?」
「真ん中高めに外したストレートと、アウトローの外に外したカットボールだったな」
「聞いてた限りだとゾーンに投げ込んでも痛打はあまりなかったんだよね。実際最後は見せ球は最小限にゾーンで勝負して打ち取ったみたいだし、安全そうな外し球を持っていかれてるかも」
「……! ボール球も安全じゃない……か。確かにそうかもしれない。なんと言うか打たれる覚悟がなかった……」
「そのボールを無理にでも打たれるリスクも考えると、またリードも変わってくるんじゃないかな」
「確かに……。一打席目にストレートを投げたコースからの変化球を連打されたのも、安全そうな意識が生んだのかもしれない……」
(井口さんは比較的リードを受け入れてくれたし、俺に存在してるパターンか……。工夫したつもりだったが、浮き彫りになるものだな。……それにしても)
周りは疲れがある状況での三失点なら上出来と言ってくれたが、それでは納得がいかなかった。だがどうすれば良かったか彼一人では分からなかった。そんな中での多田野の指摘は目から鱗であり、同時に……恐ろしくもあった。
(実際に見ていない試合でそんなことまで分かるものなのか……)
二軍在籍中バッティングやブロッキングの技術など目に見える結果では神巫の方が上だった。しかしリードや声かけなど目に見えない部分ではその限りではなかった。お互い相手をベンチからよく見ていたからこそ、足りないものは自覚していた。
「こんなところかな。じゃあ俺は練習に戻るよ」
「今日は素振りか?」
「折角グラウンドが空いてるからケージに入ろうと思ってるよ。打撃でも貢献できるようになりたいんだ」
(知ってるよ。多田野がそう思ってることは。俺に限らず……)
一軍中心のメニューになってからはグラウンドが使えず、他の選手は時間で分けてサポートに回っていた。多くの一年は急激に厳しくなった練習の休息のように考えていたが、多田野は素振りや同期のピッチャーの球を積極的に受けるなど貪欲に先のことを考えて動いていた。
「俺も……行こうかな」
「え!? 疲れてるんじゃ……」
「このくらいで根を上げてるようじゃ仕方ない。無理でもしないとあの人達には……」
二軍入りしていたため一軍の試合を見る機会というのはあまり無く、体力的にも余裕がなかった。だから今回彼は初めて主力メンバーが戦う様を間近で見せつけられた。圧倒されていたのだ。王者が王者たる所以の隙の無さに。そして……御幸を含む青道の主力打線にも。
「ダメだよ。行かせられない」
そんな彼を止めたのは福井だった。
「なぜですか……?」
「オーバーワークは怪我のもとだよ。雅さんにも合宿が終わったらしばらくは疲れを取るのに専念させるように言われてる」
「お、俺なら平気です! 自分のことは自分で分かりますから!」
「その神巫自身が無理をするって自覚があるんだよね?」
「う……」
(顔が怖い……)
普段温厚な福井だったが、決して譲らなかった。多田野を練習に向かわせると、神巫にはマッサージを施していた。
「随分乳酸が溜まってるね……。よく一試合通して座れたね」
「実は後半は本当にキツくて……。バッティングも軸がブレてて、最後なんかはまともに勝負されてたらヤバかったと思います」
「なのに無理しちゃダメじゃないか」
「……すいません」
「神巫も多田野も……本当によく頑張ってる。だからこそ無理はして欲しくないんだ。二人は僕にとって希望だから」
「え……希望ですか?」
「うん。僕は選手としてはダメだったけど、それでも僕なりにやってきたことはある。君達に伝えられることは伝えるつもりだ。それがチームのためになるなら、僕がやってきたことも全部が無駄じゃないって思えるんだ」
「福さん……」
(俺が自分より優れた後輩が入ってきたら……こうは思えない。嫉妬する、だろう。そりゃそうだ……悔しくないはずはない。それでも、福さんはチームのことを……。俺は……自分のことだけを考えてしまった)
そのマッサージは身体だけでなく、心までもほぐしてくれた。
「ありがとうございました」
「あとはほら。これを足につけといて」
「アイシングですか? ピッチャーでもないのに……」
「激しい運動で筋肉の温度が上がってるからね。そのままだとエネルギーの消費がされやすいままなんだ。あとしっかりお湯に浸かること。カラスの行水じゃダメだよ」
「そんなに入浴って大事なんですか?」
「筋肉の疲労回復には血液循環を良くするのが大事なんだ。マッサージもそのためだよ」
「そうなんですね。マッサージで直に取れてるものだと思ってました」
「神巫ってそういうところは一年だよね……」
がむしゃらに練習できることそのものは尊敬しつつも、あまりにも粗雑な身体のケアに、まずは生活面からフォローしていくことを決めていた。
(休むのも練習のうち。頭じゃ分かることではあるんだけど、これまでがずっと忙しかったから逆に落ち着かないんだよな……)
「修北戦のスコアブックも貰ってきたよ」
「……? 俺そっちの試合には……」
「見てたんでしょ? きっとたくさん学ぶことがあるよ。キャッチャーは他より座学で得るものが多いからね」
(……そうか。たとえ身体を動かさずとも、やれることはあると教えてくれてるんだ。さっきだって色んな発見があったじゃないか)
「分かりました! 思い返しながら見てみます!」
「うん。僕も気が付いたことがあれば助言するよ。多田野ほど鋭いことは言えないかもしれないけど」
「いえ! 心強いです」
(恐らく大会で出番が回ってくることはないだろう。でも試合に出られなくてもいい。感じ続ければ、いつか分かるはずだ。王者になる条件が)
スコアブックを開いて彼らは試合を追体験した。原田がどう考えて、成宮がどう応えたのか。実際のスピーディーなものとは違って、少しずつ前に進んで——。