ダイヤのQ   作:ゾネサー

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第十一話

 合宿が終わってから大会が始まるまで、練習はコンディションの調整を兼ねた軽いものだった。この期に少しでも多く自主練を重ねたい気持ちもあったが、無理はせず同地区のライバルのビデオを見ての研究を優先していた。

 

「いたいた。今日も付き合ってよ」

 

 他に特筆することと言えば、鳴さんの調整に付き合わされた。

 

「大会前なのに雅さんとじゃなくて調子狂わないですか?」

 

「別にー。俺、そんなにやわじゃないし」

 

 雅さんは四番バッターでもあるため、バッティングの調子を上げていく必要があるからだとか。しかしそれは建前だったのだろう。半分は俺の捕球を仕上げるため、もう半分は……。

 

「ねえ、知ってる? 去年の甲子園……俺の暴投で負けたんだ」

 

「は、はい。ビデオで見ました」

 

「笑っちゃうよねーほんと。……あそこには借りがあるんだ」

 

 明らかに力んだど真ん中のストレートが届く。ボールが暴れる……。気持ちを直にぶつけられているようだった。俺にぶつけて楽になるのなら、いくらでも付き合えた。

 そんな日々はあっという間に過ぎていき、やがて大会が始まった。稲実の背番号を背に、球場へと足を踏み入れる。スタンドには三年生を含めた大勢の部員が応援を送ってくれていた。それだけで身が引き締まった。俺はたとえ出番がなくともチームのために戦いたかった。

 

「ナイスボールです!」

 

 その一つがブルペンキャッチャー。ピッチャーの肩と気持ちを作る役割だった。特に井口さんはたとえ優勢な試合展開でも気持ちをしっかり作っていた。鳴さんが先発する関係上、今大会での役割はリリーフ。だからこそたとえ今出番がなくとも、今後出番がある時のための練習をしているようだった。

 

「ふう。一旦戻るぞ。お前も水分をしっかり取っておけ」

 

「分かりました!」

 

 井口さんのペース配分はここでも発揮されていた。俺も随分参考にさせてもらった。そして肩を作る必要がない時は応援はもちろん、よく試合の経過を見て感じるようにしていた。スタンドで先輩達の試合を見ていた時とは臨場感が違った。熱……と言い換えてもいいかもしれない。後がない三年生の気迫はもはや別物だった。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 そんな相手に気圧されることなく鳴さんはねじ伏せていく。ビデオを見返したのは相手校だけじゃなく、うちのものも見せてもらった。先輩が言っていたようにコントロールが良くなって、無駄な四死球が減っている。短気なせいで揺さぶりが効いてしまうのは難点だが、キングの異名に相応しい上から目線なピッチングで相手の心を折っていくのが分かった。鳴さんが無失点記録を重ねていき、稲実は順調に勝ち進んでいった。

 

「ちょっといい?」

 

「平野さん。とうしました?」

 

「青道の次の相手、明川になったらしいよ」

 

「……! やはりそうなりましたか……。俺、その試合見たいです」

 

「だと思った。福ちゃんと一緒に行っておいで」

 

「行ってきます!」

 

 出番がなかったことが幸いして他のことに目を向ける余裕があり、色々な試合を見る機会があった。その中でも印象的だったのがこの試合だった。精密機械と名高い楊さんとは対照的に、徹底した待球で崩れていく降谷。御幸さんがスプリットで力を抜かせて切り抜けたものの、中盤に入りそうもいかなくなってしまう。

 

「不器用なピッチャーだな……」

 

「え?」

 

「気持ちが痛いくらい伝わってきます。自分のせいで負けさせたくないと……。チームを背負っているせいで余計に力が入ってしまって、悪循環から抜け出せないで……」

 

 力を抜くためにはリラックスなんて言葉がある。ではリラックスとは何か? マッサージしてもらってから興味が出て調べたところ、これは意外に簡単な答えがあった。何も考えていないことだ。今回で言えばピッチングの動作だけに集中すること……。力を抜かなきゃとか、チームに迷惑をかけられないなんて考えてる時点でリラックスなんてできるはずはない。そう思い何も考えずに投げられたら……誰も苦労はしないよな。

 

「ボールフォア!」

 

「ピッチャー交代だ!」

 

「え……一年の沢村!? 川上じゃないのか……」

 

「丹波さんが投げられないならロングリリーフになってしまいますし、後ろにコントロールのいい川上さんがいるといないとでは大違いですからね……」

 

 これは一年生には難しいマウンドだ。降谷の気持ちが伝わるだけに、それが余計な力を生みかねない。しかもいきなりランナーを背負った状態でのリリーフは投球のリズムを作りにくい。現に牽制球が浮いてしまった。よほどピンチに場慣れしているピッチャーでもない限り……。

 

「初球ですね。この入りで腕が縮むようだと……。……!」

 

 力感の無い左腕の振りから、投げる瞬間に力がこもったストレートが左バッターの胸元ギリギリに……!? しかもバッターが明らかに振り遅れている。見た目よりスピードが出ているのか? いや、そんなことより……。

 

「どんな心臓をしてるんだ……!? 背番号20……沢村栄純」

 

 明川が左バッターが多く、また降谷に待球していたせいか早打ち気味なのも助けてテンポよく守備のリズムを作っていた。甘くなることも多く、まだまだ技術的な未熟さこそ見えるものの……心の強さが窺えた。結局一年生二人が七回までゲームを作ることになり、川上さんと……丹波さんも控えているというプレッシャーもあったか、焦りがミスを呼んでそのまま青道の打撃陣に呑まれた。

 

「やっぱり青道は強いね……」

 

「ええ。でも……ピッチャー陣の評価は改めないといけないですね」

 

「降谷と沢村か……。降谷に関しては神巫はそこまで評価高くなかったよね」

 

「まあ弱点は明川が突いた通りですから。ただ正直なところ思ったより崩れませんでした。御幸さんのフォローもあったでしょうが……レフトのエラーが絡んでの二失点以降は失点はしませんでしたから」

 

「監督の見切りも良かったからね」

 

 もし雅さんが言うようにこの試合を経て変われるのであれば……。あれだけチームのことを背負おうとしたピッチャーだ。いずれチームを引っ張るピッチャーになれるかもしれない……彼と、そして沢村も。

 

「俺……ああいうピッチャーは嫌いじゃないんです」

 

「そうなんだ? 扱いにくそうだけど……」

 

「ピッチャーって……常にプレッシャーがかかる損な役回りですからね。プレッシャーに気持ちで負けない姿は、尊敬しますよ」

 

 プレッシャーから逃げずに投げ込むことは誰にでもできることじゃない。二人ともプレッシャーからは逃げなかった……向き合ったんだ。

 

「だから俺はキャッチャーなんでしょうね」

 

 この試合で彼らに興味が湧いて、他の試合も観戦させてもらった。薬師との試合……降谷は打たせて取る意識が芽生えてきた印象だった。一人でねじ伏せようとしなくなった……。沢村も相変わらずリズムは良かったが……。

 

「ほ、ホームラン……」

 

「あんな外し球を持ってくのかよ……」

 

 球威の無さがもろに出た。とはいえはっきり外れていた……ホームランなんて予測しようがない。だからこそショックが分かりやすく投球のリズムに出た……。彼は降板してしまった。仕方がない、だろう。チームとしては乱打戦で勝ち切っていた。そして準決勝の仙泉戦……俺達も桜沢との試合があったから直接観れたのは六回の裏までだった。降谷は休養らしく、沢村が六回の裏から出てきた。しかしいきなり球威の無さを突かれるように振り切られてヒットを打たれていた。その時、彼がタイムを拒否しながらやたら通る声で言った言葉が印象的だった。

 

「野球なんだから投手は打たれて当たり前! 点を取られて一人前ですから……」

 

「……ははっ。いいな……それ」

 

 轟に打たれたホームランを見ていたからこそ、そう言えることが羨ましかった。ピッチャーは何度も何度も相手を打ち取るために挑戦を繰り返す必要がある……。それは辛く苦しい道だ。抑えようと思って投げているのに、打たれて失点するのが当たり前だからだ。俺はピッチャーに打たれてもその次を見ることを促してきた。本当は、自分がそうしたかったんだ。

 

「青道に入って組んでみるのも面白かったかもな……」

 

 同時に俺は彼のことを打ってみたいと思いながら、アップに向かった。そして桜沢との試合が始まった。決勝一番乗りの青道がスタンドから見つめる中、投手戦が展開されていった。不気味なまでに点が入らない中、鳴さんがあえて飛ばしてプレッシャーをかけていた。それが四回の表の守備の乱れに繋がった。相手のピッチャーの顔が強張ったのが見て取れた……。力んだボールは甘く入り雅さんのスリーランで均衡が崩れた。そして……出番が巡ってきた。

 

「九番富士川君に代わり、神巫君。背番号20——」

 

 五回の表。ワンナウト一塁三塁、九点リードで代打に指名された。俺は初球見送りに徹した。盗塁を仕掛けていたが援護の空振りもしなかった。

 

「ストライク!」

 

 ナックルが揺れてミットに収まる……。ただ序盤で見せたような大きな揺れではなかった。相手は一貫してナックルしか投げないという特殊な状況が生み出した代打だった。俺は速球には詰まらされがちだが、変化球を狙い撃ってのヒットが多いからだろう。

 ナックルのみというのは強豪校では恐らく許されないピッチングだ。しかしチーム全体が理解を示し、ピッチャーと一緒に背負って戦っている……。準決勝に勝ち上がってきた理由も分かる。甲子園に出るくらいの強い気持ちがピッチャーにはあるのだろう。その分勝ちを意識しすぎて彼は背負いすぎた。

 

「ボール!」

 

「楽に!」

 

 あえてリラックスできていなかったと言おうか。ナックルは気負いがそのまま揺れに出る……。こうなった責任は……キャッチャーにある。エラーの連発で明らかに動揺があった。しかし自身の動揺で彼の力みを取ることができなかった。ピッチャーの苦しみを……キャッチャーが分かち合えなかったんだ。

 

「ボール!」

 

 大勢は決した状況だが、鳴さんはプレッシャーをかけるために飛ばしすぎた。是が非でも追加点を上げて、コールドゲームを成立させたかった。幸い試合はのめり込んで見ていた……共に戦う心構えはしていた。俺ならどう打つか考えていた。前で捌いちゃダメだ。高めに浮いたところを我慢して我慢して……変化を感じたら……外! 一瞬を振り抜く! ……手応えあり! 一塁線……少し引きつけすぎたか!? 打球のスピードは速い! 抜けろ……。

 

「抜けろっ!」

 

 思わず声に出ていた。前身守備を取っていたファーストが横っ飛びで伸ばしたミットは……届かなかった。

 

「フェア!」

 

「よし……!」

 

 一塁ベースに膨らんで入りながら打球の行方を予測する。ライトの反応が遅い……抜けるか! 二塁に差し掛かった時、歓声が大きくなった。恐らくもう一人も還ってきたのだろう。恐らくと言うのは俺の目は三塁コーチャーに向いていたからだ。背後の打球は深くまで転がったのか……彼の答えはイエスだった。

 

「カット!」

 

 外野からダイレクトの送球では届かなかったのだろう。中継を挟んで送球が放たれた。

 

「左だ!」

 

 応じるようにスライディングで滑り込んだ。サードが右に逸れた送球を左手を伸ばして捕るとタッチにくる。しかしワンテンポ遅かった。

 

「セーフ!」

 

 歓声というよりは最早怒号のようだった。神宮球場の熱気がグラウンドに注がれる。達成感……なんて格好のついた言葉はこの時浮かばなかった。気持ちいい……それだけだった。その後カルロスさんの犠牲フライで俺も還ってきた。

 

「打てなかったら色々言ってやろうと思ったのに」

 

「なんて言うつもりだったんですか?」

 

「女房役として俺のこと愛してないの!? とか?」

 

「愛してはないですけどね」

 

「んがっ!?」

 

「でも……鳴さんのピッチングに応えたかった」

 

「そりゃどうも」

 

 鳴さんはちょっとつまらなそうに、笑ってくれた。

 

「待て原田。……神巫、行けるな?」

 

「え!?」

 

 しかしそれだけでは終わらなかった。代打は早めに伝えてくれていた。これは今判断したのだろう。二点までなら取られてもコールドは成立する。注目度が高いゲームで経験を積ませようというのか。しかし……万が一にでも崩れてしまえば、青道に弱みを見せてしまうことになる。

 

「何迷ってんの? 俺……一本も打たせないよ」

 

「……行けます! 行かせてください!」

 

 理想を疑うことなく語る鳴さんを見て、俺も腹が決まった。五回の裏、四番の右バッターから。これまでのピッチングは変化球も混ぜてはいるが、ほとんどフルのストレートで抑えている。初球はもちろんそのストレート。アウトローに完璧に決まった。バッターも手が出ず……そりゃそうだ。今日の鳴さんは味方からしてもまるで打てる気がしない。しかし相手も必死だ。二球目はバットを振り出してきた。……!

 

「ストライク!」

 

 クロスファイヤーに空振ったが、タイミングは合っていたように思える。ミートポイントの狭い根っこで当たらなかっただけだ。四番だけあって侮れない。ただ……明らかなまでにストレートに張っている。サインを出すと鳴さんが妖しく笑った。ピッチャーが表情に出すのはやめて欲しいな。

 

「ふっ……!」

 

 フォークが投じられる瞬間、俺は左足を伸ばして重心を低くした。バッターは甘いストレートと思い強振してくる。一瞬バットに視界が遮られ、身体で受け止める選択が過った。ボールはバットの下を潜ってワンバウンドする。

 

「ストライク!」

 

 バッターは慌てて走り出そうとした。俺はその背にミットを伸ばす。そして審判のアウトのコールが響いた。コントロールが乱れた訳でもなし……鳴さんの信頼を裏切りたくなかった。

 

「ナイスボール!」

 

「俺は良い球しか投げないけどねー」

 

 そして次のバッターへの初球だった。バッターは思い切ってボールが投じられた瞬間に踏み込んできた。時間が止まったようだった……。永遠に届くことがないようにも思えたチェンジアップがようやくミットに収まる。先のフォークと合わせて、迷いが植え付けられていた。もう鳴さんのストレートは打てない。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

 決め球に選んだクロスファイヤーに対して全身で踏ん張ると、バッターは手を出さずに見送ってしまう。ミットは流れずに際どいコースながらストライクの判定が上がる。あと一人……。既に彼のピッチングはこの場の全てを支配していた。ストレートを捕るのに集中しているだけであっさり追い込めた。俺は初めて細かくコースと球種を指定したサインを送った。鳴さんはふーん? と言いだけな表情を浮かべた。変化球を悟られるのでやはりやめて欲しい。幸いバッターにそこまでの余裕はなかった。そして投じられたボールは一見右バッターの外に大きく外れた軌道。しかしゆっくりと弧を描いてゾーンに構えたミットに飛び込んできた。嘆息を歓声が掻き消す中、整列に向かう。

 

「礼!」

 

「ありがとうございました!」

 

 挨拶を終えてから、ベンチに向かいつつスタンドで見守る青道に目をやる。鳴さん攻略の鍵はチェンジアップにある。ダブルヘッダーの時に鳴さんが見せてしまったが、彼らが知らないこともある。一般的なOKボールと言われる握りからでもチェンジアップは利き手側に緩やかに変化していく。しかし鳴さんのそれはもっとはっきりと手元で沈むんだ。あまり投げないカーブだが同じ緩急を使うボールが少しでも印象に残れば、逆に変化する軌道についていきにくくなる……はず。それが俺ができるせめてもの工夫だった。

 

「ま、それなりってとこかな。とりあえず溢さなくて安心したよ」

 

「あれだけ付き合ってもらいましたからね。それでも……正直安心しました」

 

 これだけ多くの人の前で試合をするのは初めてだった。目の前に鳴さんがいてくれたから、彼だけに集中できた。

 

「ははっ。素直でよろしい」

 

 この人がチームを引っ張り続ける限り……稲実は負けないだろう。試合が終わった後、偶然御幸さんと会った。どうやらトイレの付き添いらしい。

 

「あれ? 神巫は出てたけど、お前試合出てたっけ?」

 

「るせー! 代打でなら俺の方が出てるわ!」

 

 矢部さんは速球に滅法強いし、長打性の当たりも多いしな。今回が特別なだけで、青道との試合ではまず矢部さんだろう。

 

「ウチに来なかったこと後悔すればいい……。十年後も二十年後もずっと……」

 

 たとえどんな結果になろうとも御幸さんは後悔しないだろうな……。その後一瞬だけ二人きりの瞬間があった。

 

「二人とも良いピッチャーですね」

 

「えっ。……まあな」

 

「でも一年生に三年生の夏を背負わせてるチームに……稲実は負けませんよ」

 

「…………」

 

 眼鏡の奥の真意は読み取れなかったが、構わずその場を後にした。

 

「はっ! まさか今度は俺の情報を後輩に〜!」

 

 その答えはすぐに出る。決勝戦……どんな結果になろうと、目を逸らさずに向き合おう。




パワプロのマイライフでナックルオンリー縛りをしていた時期もありました。
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