ダイヤのQ   作:ゾネサー

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第十三話

 夏もそろそろ終わろうかという頃。稲実のグラウンドでは甲子園の熱が冷めきっていなかった。日米親善試合に国体と引退が伸びた三年生が練習に参加し、ギャラリーが辺り一面を埋め尽くしていたからだ。

 

「いーじゃん! 樹も受けたいでしょ俺の球!」

 

「受けたいですけどダメですよ! 甲子園でどれだけ投げたと思ってるんですか!」

 

 それは新チームにとっては始動が遅くならざるを得ない余熱でもあった。

 

(一軍にキャッチャーを入れる構想はこういう意味もあったのかな。おかげで俺は鳴さんの球をかなり受けられた……)

 

「祐もなんか言ってよ! 副キャプでしょ! ビシッと言ってあげて!」

 

「任せてください! もちろんダメです」

 

「俺にじゃなくて!」

 

(副キャプテンか……。まだ慣れないな)

 

 キャプテンには福井が任命され、彼は二年生を纏める副キャプテンとして矢部を、一年生には神巫を指名していた。

 

(てっきりキャプテンは鳴さんがなるものだと思ったのにな……)

 

 チームのエースである成宮には負担が重すぎ、また性格としても唯我独尊なところがキャプテン向きじゃないという説明に理解がないわけではなかった。その上でチームを引っ張るリーダーは彼しかいないと感じていた。

 

「ナイスボールです!」

 

「高橋も球数こなしても浮かなくなってきたな!」

 

(それに球威もそれほど落ちてない。これは短期間でなんとかなる問題じゃない。どれだけ投げ込んできたのか……分かるよ。あの時はホームランを打たれて孤立したお前に声を掛けられなかった。もうそんな真似は絶対にしない)

 

「いいや! まだまだ甘いね!」

 

 手綱を握る原田がいなくなったことで成宮のわがまま振りに拍車がかかっていた。身体を動かすことも許されない成宮はフラストレーションをぶつけるように延々と茶々を入れる。そんな彼への対応は対照的だった。

 

「邪魔しないでください」

 

「邪魔!? エースである俺に邪魔! はー……偉くなったもんだね!」

 

「なんと言っても副キャプですから。あんまりしつこいようだとブルペンから追い出しますからね」

 

「はー……あの頃の祐はどこにいった! 反抗期か!」

 

「高橋、次はカーブな」

 

「あっちはいいの?」

 

「どうも熱に浮かされてるみたいだから」

 

 甘やかすことを是としない神巫に対し……

 

「まあまあ鳴さん……。ブロック予選の出番は抑えるみたいですし、その時俺に沢山受けさせてください」

 

「へー? 外野の練習しつつ、俺に付き合う余裕あるんだ?」

 

「余裕はありませんが、必死に食らいつきます!」

 

「知らないよ? その間に正捕手の座を確立されても」

 

「すぐに追いつけるとは思っていません。少しずつ自分にできることからやりたいんです」

 

(多田野……)

 

「なので鳴さんも何かあったら自分に任せてください!」

 

「言っとくけど、俺わがままだよ」

 

「はい! 知ってます!」

 

「サインにも——。ファンレターだって——。一年のブラスバンドの子に——」

 

「なんの話してんすか!」

 

 わがままであることを是とし、多田野は付き合っていた。すぐにブロック予選、九月下旬に国体、それが終われば本戦というスケジュールが待ち受ける中、新たなチームの形が作られていく。

 

(鳴さんはうるさいけど、ピッチャー陣はそこまで心配してない。打撃も甲子園を経験した主力が残っている。問題は……)

 

「杉、江崎。多田野もちょっといいか? 練習メニューについてなんだが……」

 

 彼が副キャプテンとして一番気にしていたのは自分を含めた一年生の守備だった。内野では江崎、外野は杉と多田野がその候補だった。

 

「……ってことで江崎はまず白河さんと二遊間の呼吸を合わせてくれ。二人はカルロスさんとお互いがカバーできる範囲の擦り合わせを。俺達が新チームの穴になる訳にはいかない」

 

「分かった!」

 

「やってるな」

 

「よっ」

 

「早乙女と神宮寺か……。お前らもここに入って欲しいんだけどな」

 

「俺は春まで試合に出ない。身体作りを優先するからな」

 

「らしいな。羨ましいと言えば羨ましいよ」

 

「そういえば神巫もそうする予定だったな」

 

「ま、仕方ないさ。これはこれで良い経験だし。課題はオフシーズンで底上げするよ」

 

「そうか。頑張ってくれ」

 

「そうだ! 一応忠告しといてやるよ。どうもお前、一軍入りできてないやつから妬まれているみたいだぞ」

 

「……まあ。そういうこともあるだろ」

 

 唯一一年で一軍入りし、公式戦でも結果を残し、副キャプテンになった。それは未だ二軍以下で燻るものにとっては最初こそ尊敬や憧れの情念こそ生み出したが、やがて嫉妬や恨みに繋がってもいた。

 

「ま、なんか言われても気にすんなよ」

 

「お前は俺達一年生でも活躍できることを証明したんだ。だから俺達も頑張れる」

 

「おう。そう受け取って欲しいね」

 

 二人にとっては相手チームで活躍する一年ですら目立って見えたと言う。自チームにそんな選手がいたことは希望でもあった。

 程なくしてブロック予選が始まった。幸運なことに際立って強豪がいないブロック。成宮の登板を抑えつつも順調に勝ちを重ねていく。

 

「鳴さん。今日はよろしくお願いします」

 

「溢さないでよ?」

 

「努力します!」

 

 公式戦で成宮の球を受けたことのない多田野にも経験を積ませつつ、ついには本戦への出場を決めていた。

 

「振りじゃなかったんだけどなー。困るなほんと」

 

「すいません! 次こそは命に代えても止めます!」

 

「はいはい。漫画の読みすぎ。まずは技術を固めることから——」

 

(多田野はそれほどブロッキングは上手くない。だがこれから練習で埋めていけるだろう。それより……)

 

 勝つことそのものには文句のない圧勝続き。出番が多かった平野も課題の立ち上がりを克服して長いイニングを投げ抜く活躍。守備も注力しただけあって、エラーも全試合通して多田野の後逸のみ。だというのに一抹の不安が浮かんでいた。

 

(吉沢さんみたいに臨機応変なバッティングをするバッターが抜けたからか……?)

 

 スコアブックを見返しながら神巫は思案する。大量ヒットでの圧倒的な勝利。長打も多い。しかしどこか非効率な得点の仕方でもあった。

 

(相手は甲子園出場校ってことで萎縮していたのがほとんどだった。それなのに……。やはりスケジュールの都合で練習試合をあまり組めなかったのが原因か? ブロック予選が練習試合みたいなもんだったしな。仕方ないか……。それに新チームに適した打順がまだ見つけられてないのかも。あとで相談しよう。とにかく今は)

 

「鳴さん! 今日は俺が受けますからね」

 

「久しぶりだからって溢さないでよ?」

 

 とはいえ彼はキャッチャー。攻めと守りどちらを重点的に意識するかと言えば守りだった。まず十分な休養を取って肩が軽くなった成宮の全力の球を受けることに集中していく。

 

(甲子園を経験してまたストレートの力が増した気がするな。自信になったんだろう。これがあるからこそチェンジアップも生きる)

 

 そうして数日間、実戦を想定するように同じ球の連続ではなく、打ち取るための配球に則して投球練習をしていた。お互い勝ち上がれば三回戦で青道に当たる組み合わせだったため、ブロック予選での格下相手のピッチングから意識を切り替える狙いだった。ゾーンを狙うものばかりでなく、ワンバウンドする変化球も織り交ぜていく。

 

「祐ってさあ。チェンジアップは捕るの苦労しないよね」

 

(ああ。多田野がチェンジアップ逸らしたからか)

 

「緩い変化球のキャッチングやブロッキングが上手い自負はありますよ」

 

「でもさあ。キャッチャーに簡単に捕られるのは、ピッチャーとしては納得いかないんだよね!」

 

「どうしろと?」

 

「こいつもさ。握りをもっと試して祐も苦労するくらいの変化にしたいってこと」

 

(本当にこの人は……貪欲だな。時々野球そのものに取り憑かれてるような気すらする)

 

 既に決め球としての性能が十分にあるチェンジアップ。しかし成宮は十分では満足できないようだった。神巫はかつて先輩が彼の成長ぶりに化け物と言っていたことを思い出す。

 

「付き合いますが、形になりそうになかったり変なクセがつきそうだったら止めますからね」

 

「はー。本当は本戦前にもっと投げたかったのにさ」

 

「まあ鳴さんにはこれからもずっとエースとして引っ張ってもらう必要がありますから。無理はさせられませんよ」

 

「そ。俺がエースとして引っ張らなきゃいけないから……」

 

「ん?」

 

 いつも飄々としている成宮にしては珍しく、一瞬だけ硬い表情が浮かべられた。

 

「君達も付いてきてもらわなきゃ困るってこと!」

 

「……鳴さん。言っておきたいことがあります」

 

「改まってなにさ」

 

「俺があなたのことを甘やかさないのは何故か分かりますか?」

 

「何故って……知らないけど。気に入らないから?」

 

「まあ時折本気でウザいことはありますが……そういう訳じゃありません」

 

「さらっと酷いこと言ったね?」

 

(鳴さんは実力に付いてこない相手を小間使いのように扱ってきた。もちろんそういう割り切った関係も一つの形だろう。それでも……)

 

 神巫はこの夏色々なバッテリーを見る機会があった。先輩後輩という形ではやはり先輩が後輩を引っ張るという形がほとんどだった。しかしその限りではなかった。

 

「鳴さんにとっては俺では不安かもしれません。それでも俺は振り落とされません。絶対に……! 俺はチームを引っ張るあなたを引っ張りたい。対等な女房役でありたいんです!」

 

「……! 俺と対等……?」

 

 ならば成宮相手でもできると信じていた。もっと言えば、付いていくだけでは成宮は孤立してしまうと感じていた。

 

(雅さんはキャプテンとしてもキャッチャーとしても、俺のことを引っ張ってくれた。だから今度は俺が引っ張らないといけない。対等なんて……考えたこともなかった)

 

「……祐さ。俺が一也の代わりにスカウトしたって言ってたよね」

 

「言いましたね」

 

「それは違うよ。一也の代わりは誰もできない」

 

「はい。今は、分かっています。だから……俺のことを信じてください」

 

「……正直さ。やっぱり二人のこと、雅さんと比べちゃうんだよね」

 

「仕方のないことだと思います」

 

「だからさ……証明してみせてよ。今度こそ」

 

「実は……そのために組んだんです。この試合」

 

「……なるほどね」

 

(もし信じさせてくれたら……その時は言ってあげる。祐でいいじゃなくて、祐がいいって)

 

 成宮は口角を上げるとストレートをインハイに投げ込んだ。内に抉りこむだけでなく伸び上がるような軌道。受け止めたキャッチャーミットが鳴らした音はどこまでも響いていきそうだった。

 本戦を間近に控えていたが、稲実はシードで二回戦からの出場であり、スケジュールに余裕が生まれていた。とはいえこの時期に実力のある相手と対戦するのは難しい。そう考えられていたが……一チームだけいた。先の国体のために余念なく練習し、コンディションが整っている相手が。

 

「おっ。来た来た」

 

「ったく。打ち込まれて調子崩したりするんじゃねえぞ」

 

「打たせなきゃいいだけでしょ?」

 

「相変わらずだな……」

 

「すいません。わがまま言って早めてもらって」

 

「構わん。福ちゃんからお前が強く希望していると聞いた。必要だと感じたんだろう?」

 

「はい。チームにとっても、俺にとっても」

 

「みんなは受験勉強で身体がなまる前にってことで納得したよ。どうも晴らしたいらしいな。積年のわがままの恨みを」

 

「なるほど。納得ですね」

 

「いやいや! そんなにわがまま言ってないでしょ!」

 

「……俺も晴らしたくなってきた」

 

「そっちのチーム入ろうかな」

 

「嘘でしょ!?」

 

「冗談です。今日はよろしくお願いします。最後の記念に悪いですが……勝たせてもらいます」

 

「ふ……神巫も相変わらずだな。俺達も勝ちにいく」

 

 こうして三年生の引退試合の幕が切って落とされたのだった。

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