「なんだなんだ?」
「OB戦か? こんな時期に……」
「おい! あっちでキャプテン同士握手してる。使うかもしれないから撮っとけ!」
一時期よりは落ち着いたものの、優勝候補がとうとう本戦に出場するということで取材陣を含めたギャラリーは少なくなかった。
「すげー注目されてんな」
「ああ。こんな時期にねじ込んだのはあいつらしい。もしボロ負けするようなら立場ないぜ」
ギャラリーには試合に出られない部員も混じっていた。多くは三年生の引退を見届けようという意思で集まっていたが、神巫に対して歪んだ期待を抱く者もいた。
「福井。頼んだぞ」
「あ、はい!」
「三年生と監督が纏めて相手か……。さすがにヘビーだね」
「やるからには勝つだけ……」
「俺が記念に一本ぶち込んでやるぜ!」
相手にとって不足無し。先攻は現役チームから。自らが試合を決める気概を抱いて、カルロス・白河・矢部が続々と挑んでいった。
「シュッ……!」
「うおりゃあ!」
「アウト!」
しかし浅いセンターフライ、セカンドゴロ、サードフライであっさり三者凡退に倒れてしまう。
「気合い入ってるな」
「成宮に勝つ最後のチャンスだ。負けられん……!」
「そ、そうだな」
エース争いでは敗れてしまった成宮に勝つ最後のチャンスと、井口から漲る気迫はオーラとして漏れ出ていた。
(七球で終わっちゃったか。早打ちが目立ったな……。ブロック予選での格下相手への戦い方が抜けていないのか?)
「さ、行こうか。準備はいい?」
「ええ。いくらでも時間はありましたからね」
(一軍に入ってから三ヶ月半……。俺が見て感じてきたものをどう吸収したのか。それをこの試合に全て吐き出す!)
一回の裏、三年生チームの攻撃。先頭の平井が左打席に入った。神巫はブロックサインを野手に出してから成宮へのサインを送り、アウトコースに構えた。
(翼くんからね。準優勝メンバー相手って言ってもカルロスからじゃないのは気が楽かな)
(鳴相手じゃ真正面から崩すのは骨が折れるし……)
「セーフティ!」
「いきなり仕掛けてきたか!」
バントの構えを取った平井はアウトローに投じられたストレートをサードに向かって転がそうとしていた。
(チャージが速い! なら……)
しかしブロックサインを受けていた矢部が激しくチャージをかけていた。平井は一塁方向へ転がすことを選択する。
「鳴さん!」
「ほい!」
「アウト!」
「くっ……」
アウトコースの球威のあるボールをとっさに逆方向に転がしたため精度が落ちた。ファーストの山岡を前に出させることなく、ピッチャーが処理する形でセーフティ失敗となる。
(鳴さんが揺さぶりに弱いことは先輩達も知ってる。それだけはやらせない!)
(今のでこちらが揺さぶり中心で攻めると思えば、神巫はストライクを優先するきらいがある)
続く二番の梵が右打席に入ると膝下へのスライダーがゾーンに入った。すると思い切りよくバットが振り出された。
(初球攻撃!?)
神巫の目が見開かれると、捉えられた打球はレフト線へのツーベースヒットになった。
(やっぱうちの監督やべえわ……。なんで変化球を狙うサインがノータイムで出てきてドンピシャなんだよ)
(チーム全体で揺さぶりをかけてるわけじゃないのか? なら簡単にストライクを取るのは避けたほうがいいか……)
(待球ね……。了解)
三番の吉沢が右打席に入ると、初球のアウトハイへの真っ直ぐは見送られて高めに外れていた。
(ランナーが動く気配は無し……。決めつけはできないけど、梵さんは平井さんほど足はない。足を絡めての揺さぶりを警戒しすぎるのも良くないな)
二球目はアウトローに入ったストレート。すると吉沢はバットを出してきた。掠った打球はそのまま後ろに転がっていく。
(明らかに入ってる球は振ってプレッシャーかけてくぜ)
(右打ち狙いか……? なら狙いはアウトコース。ここはスライダーを引っ掛けてもらいましょう)
そしてアウトローから真ん中へと曲がるスライダーが投じられた。しかし待球の指示を受けている吉沢は際どいコースに無理はしなかった。
「ボール!」
先ほど入っているスライダーを長打にされただけに低めに外したものの、裏目に出てツーボールワンストライクとなる。するとここで吉沢に新たなサインが出された。神巫は了承する彼を見上げながらその狙いを想像する。
(今待球の指示を出したのか? それとも出ていたのか……。分からねえな。ただ変化球ならともかく、真っ直ぐは待たれていても打てるとは限らない。さっきタイミング合わされたからって気圧されることはないんだ)
「ストライク!」
(高めに絞る指示だったが、そのこと自体が目的じゃねえ。低めの球を簡単に引っ掛けて楽させるなってこと……)
「ファール!」
続けて膝下にストレートが投じられると、追い込まれた吉沢は手を出してきた。窮屈な体勢になりながらもしっかりバットには当ててカットに成功する。
(さすが……ホント嫌なバッターだよ。味方だと頼もしいんだけどね)
(出し惜しみしてる場合じゃないな。こういうバッターは緩急で崩すのが一番だ。ただ粘り強い吉沢さんならボール球にすると止められるかもしれない)
(チェンジアップで低めギリギリを狙うのね。ま、いいんじゃない)
(き、来やがったか……!)
六球目はアウトローへのチェンジアップ。ストレートの連投で意識が向いていた吉沢はタイミングが全く合っていなかった。
「お……らぁ!」
(な……!?)
上体が完全に崩れた吉沢だったがスイングの途中で右手を離して左手で行方を操った。すると逃げていくチェンジアップの横っ面にバットが掠った。
「ファール!」
(マジで……? 今のも当てちゃうのかよ。やっぱりこの変化じゃ足りないのかな)
スイングしてからそのまま倒れ込んだ吉沢。見守るギャラリーがどよめく中、気合いを入れ直すように叫んでからバッターボックスに戻った。
(正直予想外だが……それでも体勢を崩したんだ。対角線のインハイへストレート! これで……! ……!?)
そのどよめきは成宮にも顕れた。ボールが要求より浮いて大きく外れてしまう。神巫は頭の上を越えてしまいそうな球に飛びついた。ミットの先にボールが引っ掛かるが球威に押されて完全には掴みきれない。
(行けるか!)
「待て梵!」
「えっ」
それでも勢いを留めたボールは近くに溢れた。着地で体勢が崩れそうになるのも構わず懸命にボールが追われると、すぐに拾い上げられて進塁はさせなかった。
「わりぃ!」
「切り替えていきましょう!」
(今のは鳴さんの動揺が相手に丸わかり……。ここで真っ直ぐが甘く入れば吉沢さんは対応してくるだろう。それを逆手に取る……!)
(甘い! ……!)
八球目。アウトローに投じられたボールに吉沢はストレートのタイミングで踏み込んだ。そしてバットを振り出すと同時に、僅かながらタイミングのズレを感じ……止めていた。
「ボール!」
「スイング!」
「……ノースイング!」
(このフォークにバットが止まるのかよ……!? ストレートのタイミングで振ってたのに……)
(丹波のフォークには止めきれなかったからな……。少しスッキリしたぜ)
「ボールは良かったです! ここはランナー気にせずバッター集中でいきましょう!」
「ふぅ……オーケー」
判定は覆らず吉沢がフォアボールで出てワンナウト一塁二塁。そして打順は四番へと回ってくる。
「きゃー原田さーん!」
「ホームラン打ってー!」
「モテモテじゃん」
「うっせえ」
(どうする? フォアボールの後の初球……間違いなく狙ってくるからね)
(リードそのものに後悔はないが……バッターのことを考えすぎたかもしれない。俺の目の前にいるピッチャーは誰だ? 成宮鳴じゃないか。俺は信じますよ……あなたのことを。だから……)
(……さっき失投したばかりのピッチャーにそんなサイン出すかね。呆れたらいいのかな)
(なんだ? 何を笑ってやがる……。まさかいきなりチェンジアップを使ってくるのか?)
成宮の代名詞であるチェンジアップ。原田はそれをどこで使ってくるのかが鍵だと考えていた。出し惜しみしないなら早めに叩きたい……そんな心理があった。そんな心理の外から入ってくるようにカーブが曲がってくる。
(カーブ!? 打つか……いや……)
タイミングこそ合っていたものの下手なゴロが打てない状況。これが見送られてストライクとなった。
「ナイスボール……と言いたいですが、中に入りすぎです!」
「やっぱり?」
(俺が鳴にカーブをあまり投げさせなかったのは変化量が他と比べて小さいのと、コントロールの甘さがあったからだ。そんな球をフォアボールの後に持ってくるか普通……)
(これでも雅さんが抜けた後に練習したんだけどなー。……!)
(練習だとそれなりには纏まってきましたよね。先輩達の攻撃に動揺があるのは仕方ない……。それだけの打線だもんな。その打線を圧倒するピッチングをあなたはできるはずだ。いや……俺がさせてみせる)
(またカーブだと……!)
今度は膝下に曲がってくる軌道。連投はないと考えていた原田は緩急差を生かしてストレートで来ると読んでおり、踏み込みが早くなった。レフトへの大飛球になったもののフェアゾーンから逸れてしまう。
(思い出した……。初めての紅白戦でもこんなリードをしていたな。先輩相手に強気でいられるのは変わらずか)
「今度は良いところ決まってましたよ!」
「でしょ?」
(危ねー……。実戦用の配球で練習してなきゃやられてたかも)
(まだ追い込んだだけ……どう仕留めるかですが。カウント有利でもゲッツーまで欲張らず、一番有効な球で攻めましょう)
(今度こそストレートか? いや……待てよ。桜沢との試合でカーブを投げさせたのは、チェンジアップへの効果を狙ったと言っていた。普通は遅い球を三つ続けるのはセオリーに反するが、こいつなら……。……!)
投じられた三球目はインハイへのストレートだった。原田は反応が遅れながらもバットを振り切った。打ち上がった打球に矢部を制して成宮が前に出ていく。
(雅さん考えすぎるところあるからなー。また考えすぎちゃったんじゃない?)
「アウト!」
「っしゃ!」
差し込まれた打球はピッチャーフライ。成宮はガッツポーズとドヤ顔をこれ見よがしに原田へと向けた。
「やられたな。俺に暴投した球をやり直してきやがった」
「そういうことか……」
「ツーアウト! 外野は定位置に戻って下さい!」
(気持ちは分かりますが、まだピンチですよ。先に流れを掴ませるわけにはいきません)
(そんなに睨まなくても分かってるって。俺……一点もやるつもりないから。エースが点取られなきゃチームは負けない……。負けさせない!)
ツーアウトランナー一塁二塁となり、左打席には富士川が入っていく。
(キャプテンには下げて俺には下げずか……。ツーアウトだぜ? より長打での二点を警戒する場面。舐めちゃいけねえな先輩を!)
(初球から来たが……コースは悪くない! どうだ!?)
バッテリーが選択したのはインハイへのストレート。指示も合わせて高めに張っていた富士川は積極的にバットを振り出した。するとバットが下に入り、高く打ち上がった打球はバックネットまで飛んでいった。
(左対左の有利もあるが……これは)
(先輩さあ……。俺と長い時間を過ごしたから打てるみたいな雰囲気出してるけど、俺……そんなに安くないよ)
「ストライク!」
「くっ……!」
続くアウトハイのストレートにもタイミングは合っていたが、バットはボールの下を潜った。さらにアウトハイの外に外れたストレートにも手が出され、三塁側ベンチを越えていくようなファールとなる。
(よし……崩れた! ここで低めを使いましょう。それも……!)
(このまま力で押し切ってやるのに……。ま、この試合は任せるって約束したからね)
(一球見せ球を挟んでき……!?)
身体に向かってくるようなボールに腰を引きかけた富士川だったがフロントドアで入ってくるスライダーを上体を崩しながらもすくいあげた。ランナーが一斉に走り出す中、打球はセンターとセカンドの間へと吸い込まれるように落ちていく。
(江崎のスタートが少し遅れてる……!)
(あそこから振り切るのかよ! 間に合ってくれ……!)
「任せな!」
「……! お、お願いします!」
江崎が横に逸れるとカルロスが俊足を飛ばして突っ込んでいく。そして足を滑り込ませると、左側に置くようにしたミットで掴み取った。
「アウト!」
「よく間に合ったな」
「ああ……下がらなくて正解だよ」
間一髪のタイミングで間に合い、味方だと天使、相手だと悪魔の守備力に先輩達も思わずしてやられたという表情を浮かべていた。
「良い高さに来てましたよ」
「そうでしょそうでしょ」
「ふぅ……………」
「随分息が詰まってるじゃん。まだ初回だぜ?」
「え……」
「点取って楽にしてやるかー」
ピンチを脱して帰ってくると、神巫は気付いたら息を吐き出していた。
(これでたった一回攻撃終わっただけかよ。今は凌げてもどこかで点を取られてしまうような圧迫感……まさしく攻撃されてる感じだ)
バッターとして準備を進めていると、グラウンドに鋭い金属音が響き渡る。先頭の山岡が低めのストレートをすくいあげ、レフトに大飛球を放っていた。
「アウト!」
(しまった! 低めのボール球を振らされた……)
そして神巫はネクストサークルに入って成宮の打席をじっくり見ることになった。
「ファール!」
「くっ、ちょこまかと! 俺が怖いのは分かるけど!」
(変化球を続けて振らされて追い込まれたか。井口さんの持ち球はどちらも打者の手元で微妙に変化するカットにツーシーム。成宮さんはアジャストのセンスが高い。追い込まれた以上は無理に引っ張らずにセンター方向に打ち返したいところ……。……!)
(俺が打って流れを変える……!)
三球目はインハイへ外したストレート。これに成宮は食いついて思い切り引っ張った。上手くアジャストしてライトへの大きなフライになったものの、伸び上がるようにして打ち上げた打球は急激に失速して山岡より浅い位置で捕られてしまう。
「鳴さん……」
「くそっ! 次は打つ!」
打ち取られた成宮はすぐさま悔しさを露わにした。かつては決め球を打たれて逆転されても、その場では笑ってみせたというのに。神巫はすれ違い様に彼の切迫した表情を見ながらこう思った。
(今の俺達は先輩達のように相手にプレッシャーのかかるような攻撃ができていない。その原因は……鳴さんの気負い、なのか)
青道との試合では諦めない成宮の姿に皆が引っ張られた。そして今回も同じだった。しかし……意味合いは全く異なっていた。
(今の俺に何ができるのか……)
神巫はバッターボックスに入る前に息を大きく吸い込んで、思い切り吐き出す。時間にして五秒程度の僅かな時。その間に江戸川シニアでの日々から今日に至るまでの記憶が走馬灯のように蘇っていた。ゆっくり目を開いて一歩踏み出し、バットを構える。気付けば彼はふてぶてしい笑みを湛えていた——。