ダイヤのQ   作:ゾネサー

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第十五話

(バットを短く持ったか。ツーアウトだけに開き直って長打を狙ってくれた方がやりやすかったが……)

 

(井口さんは回転数の少ない重い球を投げてくる。ただでさえストレートに詰まらされることが多い俺が大振りしても厳しい……)

 

(神巫か。青道との練習試合では世話になったが……ここは抑えさせてもらう!)

 

 井口が右腕を振り抜くと勢いのあるボールがアウトローの際どいコースに向かっていった。神巫はスイングの始動に入ったものの振り出さずに見送り、カットボールがボールゾーンまで流れた。

 

(井口さんは欠点を挙げるのが難しいピッチャーだが、基本的には三振狙いより打ち取るスタイルだ。際どい球を振らされるわけにはいかない……)

 

(外は待っていないのか? 短く持っている分、バットも届きにくい……)

 

 続いてアウトローに投じられたストレートは高さこそ低いが先ほどより中に寄っていた。すると今度はバットのヘッドを遅らせるようにして振り出された。

 

「ファール!」

 

(くっ……振り遅れたか)

 

 詰まった打球は大きく右方向に逸れたボテボテのゴロになった。力負けした形だが、負けじとバットが構え直される。

 

(外に手を出してきたか……)

 

(雅さんはピッチャーの良さを引き出すリードをしてくる。実際ツーシームはインコース、カットボールはアウトコースとセオリー通りベースから離れるように配球してきている。だから外は流して内は……引っ張る!)

 

「ファール!」

 

 三球目は少し甘く入ったようにも見えたボールだったがツーシームが鋭く変化するとインコース低めの悪くないところにいっていた。芯を外されて叩きつけたような打球は三塁線を逸れていく。

 

(なんて切れの良い球……。よほど気合い入れて仕上げてきたんだな)

 

(ゾーンの球は逃さず振ってくるな。だが追い込んだ以上見極め切れるとは限らん!)

 

(またインコース! ……!)

 

 再び膝下に投じられたボールに神巫は足を踏み出した。すると少し内に外れているように感じられた。カットボールなら見逃し三振だが、神巫は振り出そうとしたバットを止めて見送った。ボールはさらに内に沈むと結果として大きく外れていた。

 

(打ちあぐねている俺に中に入る球は使わないよな。第一全部ケアするほど余裕も無いし)

 

(しまった。ゾーンから外して振らせるつもりだったのに……!)

 

「楽に!」

 

(力が入ったな……。神巫は決してパワーのあるバッターじゃない。慎重になりすぎて球数を費やしたくはないし、ここは力で押し切るぞ)

 

(最初に決めた通り内は引っ張り、外は流す! それも……)

 

 ツーボールツーストライクからの五球目。高さは真ん中付近だがインコースを攻めたストレートが襲い掛かる。

 

(転がすんだ……!)

 

 対して左足を開いた神巫は脇を締めてバットを振り下ろした。

 

「吉沢!」

 

「おう!」

 

(くっ! 抜け……ないか! 間に合え……!)

 

 三塁線に放たれた当たりは勢いはあったが、ストレートの力に押されて内野を抜くまでの鋭さはなかった。吉沢はベースの後ろに入って送球しやすい捕球体勢に入る。

 

「なっ……!」

 

(……! よし!)

 

 しかし打球が三塁ベースの角に当たって跳ね上がった。なまじっか勢いがあっただけに吉沢がとっさに伸ばしたミットの上を越えていく。

 

(マジかよ!)

 

「二塁だ! 急げ!」

 

 一塁ベースに膨らんで入った神巫は二塁を狙っていた。だが守備陣に油断はなかった。元々打球のカバーに向かっていたレフトとショートが追いつこうとしていた。

 

「任せろ!」

 

「頼んだ!」

 

 僅かながらショートの方が早く追いつきそうだったが、送球の移りやすさを考慮してレフトが捕り素早く返球が行われる。さらには平井がスムーズにタッチできるような高さへの正確な送球だった。

 

(ギリギリ……! 真っ直ぐいくんだ!)

 

「うおおおっ!」

 

 回り込むことなく滑り込んだ神巫に対し、ミットが落とされた。

 

「…………セーフ!」

 

(間に合った……! こんなにギリギリになるかよ)

 

 不測の事態だけに対応が遅れてもおかしくはなかったが、隙の無い守備に今度はこちらが苦笑いさせられることになった。

 

「ちっ。悪運の強いやつめ」

 

「初のランナーだぜ。あんなの暴走だろ」

 

「おいおい。何を見てたんだよお前ら」

 

「神宮寺……! 早乙女まで」

 

「何が言いたいんだよ。どう見てもラッキーだろ」

 

「ああ。持ってるな」

 

「だから神巫だってベースに当たるなんて想像できなかっただろうよ」

 

「あん? それがなんだよ」

 

「分からないか? 内野安打もあろうかという打球だったんだ。その状況で本来ランナーがすべきことは一塁ベースを走り抜けることだ」

 

「……! だがベースに膨らんで入ってみせたと?」

 

「なんだ見てるじゃねえか。対応が早かったのは梵先輩だけじゃないってことよ」

 

「ワンプレーの重みを理解した集中力を見て見ぬ振りをするのは、ただ失礼なだけだ。反省した方がいいな」

 

「うるせえ! 俺はお前らも気に入らねえんだよ。怪我自体はもうほぼ完治してるんだろ。輪を乱しやがって」

 

「ふん……嫉妬したきゃすりゃいいじゃねえか。俺も実は神巫に嫉妬はしてるんだ」

 

「む……そうなのか? 俺は別にしてないが……」

 

「相変わらずマイペースだな……」

 

「なら何故あいつの肩を持つんだ? 多田野と違って先輩達とばかり組んでゴマをすった嫌なやつじゃないか。副キャプテンに指名されたのが良い証拠だ」

 

「そこまでは思わないけどな……。ま、好きにしろよ。ただそれをあいつにぶつけてりゃ世話ねえよ」

 

「何?」

 

「見返してやればいいじゃねえか。あいつには負けたくねえって気持ちを自分の力にしないでどうするよ。俺だって早乙女とは外野のポジションを競う仲なんだ。相手にはぶつけないけど、そりゃもうバチバチよ」

 

「いや、俺は俺にできることを極めるだけだ」

 

「これだよ! 相手にされてないって感じするだろ! だからこそ良いところは吸収してやろうって思うわけよ」

 

「なんなんだよお前ら……好き勝手言いやがって」

 

「ま、できなきゃ埋もれていくだけさ……。それでいいなら、そこまでよ」

 

 言いたい事を言うだけ言って二人は離れていく。やり場のない憤りだけがそこには残されていた。

 

「くそっ! 見てろよ。見返してやる!」

 

「ああ……! 言われっぱなしじゃ終われねえぜ!」

 

 尊敬を通り越した嫉妬はやがて反骨精神を生み出した。そして彼らは試合のプレーを自分のものにするべく、まるで自分が体験するかのように見始めた。かつて神巫がそうしたように。

 

(よし! タイミングが合った! ……!)

 

 七番に入った多田野は外の速球についていったが、カットボールに芯を外されていた。バットの先で押し出すようにして放たれた打球はセカンドとセンターの間へとふらふらと上がる。奇しくも先程富士川がツーアウトで放った当たりと似ていた。しかしセンターの足の速さまでは似ていなかった。

 

「落ちた!」

 

「この……!」

 

 浅い当たりだったがツーアウトで迷わず走れたのに加えて打球の滞空時間も長く、還るには十分だった。原田がバックホームを前に出て受け取ると、様子を窺っていた多田野も一塁に戻っていく。

 

「ナイバッチ!」

 

「神巫も! おかげで楽に振れたよ」

 

 三年生チームにとってはアンラッキーが続くような形での失点。ここで原田がタイムを取り、井口を落ち着かせようとしていた。しかし下級生チームのベンチは対照的に落ち着きを失おうとしていた。

 

「……もう一度言ってみろ」

 

「新チームになってから攻撃が強引になっているんです。まるで鳴さんと共鳴するように」

 

「稲実は伝統のあるチームだ。実績もそれほどない一年に言われて、はいそうですかとはならん。お前は……御幸じゃないんだ」

 

「ま、あいつに言われても素直に聞かねえだろうけどな」

 

「…………」

 

 神巫の脳裏に江戸川シニアでの記憶が過った。チームの雰囲気を壊す事を恐れて正しいと思った指摘ができなかったこと、そして意に介さず指摘し反感を実力で捻じ伏せた先輩のことが。

 

「俺の憧れは御幸さんでしたからね。似ている部分はあるかもしれません。それでも俺は今のチームの在り方は間違っていると思います」

 

「まだ言うか……!」

 

「まあ待てよ。白河も全く言い分が分からないわけじゃないだろ」

 

「ち……」

 

 退かない両者に矢部が仲裁に入った。彼らも攻撃のちぐはくさを感じていないわけではなかった。しかし甲子園準優勝チームというプライドが下級生に分かったような口を利かれるのを許さなかった。またそんなプライドがあるからこそ、自分の手で勝負を決める……そういう責任感を抱かせてもいた。

 

「フォアボール!」

 

「……!」

 

 するとグラウンドでは江崎が制球の乱れをついて出塁していた。国友はここまでの光景と明川との練習試合を重ね合わせる。

 

(あの時も最初は早打ちが目立ったが、回が進むにつれて意識が変わった。その原動力になったのは神巫だった。共に二軍で戦った一年生は彼に引っ張られている……)

 

 やがてその視線は上級生に意見している神巫に向けられた。

 

(個性の強いメンバーが揃ったこのチームを率いるのは本人が望むまいが成宮しかいない。だがあの子には一年の時から大きなものを背負わせてしまった。原田の抜けた穴を一人で埋めるのは重過ぎる負担なのかもしれない。成宮自身が自覚していくしかないと考えていたが……もし、彼が重荷を共に背負うことができるのなら……)

 

 響き渡る金属音が視線を集めた。ストレートの球威を上から抑え込むようにして杉が放ったゴロが一二塁間へと転がっていく。だが惜しくも平井が外野に抜けようかという位置で止めて辛うじてバッターランナーをアウトにしていた。

 

「この回の攻撃良かったと思いませんか?」

 

「否定はしないが」

 

「次の回……良ければ俺に指示を出させて下さい」

 

「福井ならいざ知らず、お前に指示を出される謂れはない」

 

「気に入らなかったら無視してもらっても構いません。キャッチャーとしての視点が少しでも参考になれば」

 

「……ま、それならいいんじゃねえの」

 

「何!?」

 

(昔……鳴に誘われた時も、言われたっけな。素材がいいのに勿体無いって)

 

 神巫の肩を持ったのは彼のことをよく知っている福井や矢部くらいのものだったが、カルロスの同意をきっかけに風向きが変わった。話くらいは聞いてもいい、程度には耳が傾けられていた。

 

「……分かった。だが攻撃のことを考えてリードが雑になったら、その時点で多田野に代わってもらうからな」

 

「その時は自分から下がりますよ」

 

 三つ目のアウトが取られたことで攻守が入れ替わる。守備陣がほとんど出ていくと、ランナーとして出ていた多田野が戻ってきた。

 

「さっ、俺達も行きましょうか鳴さん」

 

「……正直ここまでするとは思ってなかったよ。キャッチャーとして役に立つってことだと思ってた」

 

(……! 先輩達にも話したんだね……)

 

 先の話し合いで不気味なまでに沈黙を貫いた成宮。彼自身も今の心情を捉えかねていた。

 

「あの日、決めたんです。あなたにこれ以上背負わせないって。これまでどれだけのプレッシャーを背負ってきたのかは、残念ながら俺達には分からない。それでもこれからのことは分かち合えます」

 

「だから対等な女房役ってわけね……」

 

 成宮が一瞬浮かべた寂しげな表情に多田野は思わず身をこわばらせていた。

 

(普段自信満々な鳴さんがあんな顔を……。あの人ほどのピッチャーでも、ただ一人のエースであることにプレッシャーがあるんだ。そりゃそうだ……。でも俺は付いていくので精一杯で気付けなかった)

 

 二人の背中を追って多田野も外野の守備へと踏み出していく。

 

(俺も背負わせたくない気持ちは同じだ。今はまだ対等なんて言えないけど……それでも、神巫と一緒に鳴さんの気持ちに向き合うことはできるはずだ。まずは、そこから始めよう)

 

 早足で駆けていくのはまるで二人に追いつこうとしているかのようだった。

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