ダイヤのQ   作:ゾネサー

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第十六話

「ストライク! バッターアウト!」

 

(よし……ストレートの力が増したことで、先輩達も打ちあぐねてる。ストレートで追い込んで変化球を振らせる……単純が故に理想的でもあるよな)

 

 初回はバタついた成宮だったが下位打線相手に段々とリズムが生まれてくると、最後は初の三振を奪って三者凡退で抑えていた。

 

「さてどうするよ監督くん」

 

「初回は二球ともハイボールでしたから、低めのゾーンを嫌ってそうでした。ってことは打ち上げて欲しいんです」

 

(甘口だと思って俺は思い通りに振らされたって暗に言ってるね)

 

「低めは来ても甘いとこは早々来ないはず。なので高めの中に寄ったボールに絞って引っ叩いてやりましょう」

 

「りょーかい。じゃ、行ってくるわ」

 

「……俺はどうする」

 

「白河さんはハイボール攻めではなかったですが三球ともストレート。変化球に合わされるより、球威で押し切ろうとしていたように見えました」

 

(上級生の中では非力なことは分かっている……しかし)

 

「他人の打席を随分よく見ているな」

 

「いつの間にかクセになっちゃって。それで基本はストレートで押してくると思うんですが……白河さんならあの球速でも粘って球数を使わせつつ、フォアボールを選べるはずです」

 

(降谷の球にそれができていたからな……)

 

「ふん……なるほどな」

 

「神巫! 俺は!」

 

「内に連投されましたが二球目もボール球でした。プルヒッターの矢部さん相手に内を警戒していたのかと。なら思い切って外に絞りましょう。今の矢部さんなら課題の外も対応できるはずです」

 

「おう!」

 

 段々と上級生が群がり始める光景を白河は横目で見つつネクストサークルに座り、先頭のカルロスの打席に意識を移した。

 

「ボール!」

 

 初球はツーシームが際どいコースから膝下に外れて見送られる。二球目はインハイへコースも高さも厳しいストレート。

 

「ストライク!」

 

(ヒュー。やっぱ今日の井口さんはやべえな)

 

(積極的なカルロスが二球見送るか。一打席目で打ち取った球はどうだ?)

 

 そして三球目のアウトハイへのカットボールにバットが振り抜かれた。ストレートのタイミングで振り出されたバットの先で引っ掛けるようにして捉えられると、思いきり叩きつけられた打球は三遊間に飛んだ。セーフティ警戒で前に出ていたサードが見送ると、深い位置で構えたショートが捕ってすぐにワンバウンド送球を敢行した。

 

「セーフ!」

 

 しかしファーストが前に出て確実に収めるほどには余裕を持って間に合っていた。

 

(カルロスは恵まれた体躯を生かしてなんでも振ってくる印象があったが……やられたな)

 

「出たね! 走らせる?」

 

「今の内野安打見たら警戒は厳しくなりそうですし、カウントが悪くなった時だけいきましょう」

 

(頼みますよ白河さん。足を警戒すればやはりストレートで押すことになるはずです)

 

「ファール!」

 

「またファールだ! 何球目だ!?」

 

「次で十球目だ! すげえ……」

 

(さっきは追い込まれた後にストレートを簡単に打ち返してしまったかもしれない……それは認めよう。だが……)

 

「ボール!」

 

(……フォアボールで出す訳にはいかないぞ)

 

(そうだな。ここは……)

 

(お前の言うことを聞くのはここまでだ。俺ならフォアボールを選べるだと? 笑わせるな。井口さんは成宮のように短気じゃない。こんな当てるだけのスイングで自滅するものか)

 

 盗塁のプレッシャーをかけながら十球投げさせたのにも関わらずようやくフルカウント。しかも一球はピッチアウトで外したものだった。

 

(コースを散らしてもここまでしくじらねえとは。合わせるのが上手い白河だが、ここまでストレートを意識させれば)

 

 十一球目、とうとう変化球が投じられた。際どくというよりは確実にボールにならないことを優先した真ん中低めへのツーシーム。

 

(真っ直ぐは当てるだけ……代わりに焦れて投げてきた変化球を狙い打つ!)

 

(な……!?)

 

 手首を返すようにして変化についていった白河は内に沈むボールをセカンドの頭上へと弾き返していた。

 

「越えた……!」

 

(さっすが♪)

 

 打った白河は一塁までだがカルロスは余裕で三塁まで到達し、ノーアウトランナー一塁三塁のチャンスを迎えた。

 

(……やっぱり先輩達はすごいですよ。だから……勿体なく映ったんです)

 

「ナイバッチー! 矢部さん美味しいところ持っていって下さい!」

 

(外し球を使ってカウントを悪くした結果球数を使わされて打たれたんです。初球狙っていきましょう!)

 

(神巫……お前はホント不思議なやっちゃで。味方にいると勝てるような気がしてくる。まるで……成宮みたいにな)

 

(え……!?)

 

 矢部の取った構えに神巫は目を見開いた。初球入れてくるならと彼が独断で狙ったのはセーフティスクイズだった。

 

(外された!?)

 

(頼む。捕ってくれ……!)

 

(いや、届く……!)

 

「矢部さん……!」

 

 カルロスが転がしたコース次第で還れるように近づく中、とっさに外されたアウトハイへのボールに矢部は飛びついた。バットに当たる確信を持った瞬間カルロスは前に走り出す。

 

「届いたっ……!」

 

(切れ……ないか! ホームは……間に合わねえ)

 

「井口! 一塁だ!」

 

「アウト!」

 

 伸ばしたバットはボールを捉え、一塁線へと転がしていた。追加点が入り、彼は砂まみれのユニフォームでベンチに帰ってくる。

 

「ナイバンでした! けどまさかスクイズとは……驚かされましたよ」

 

「……本当は俺が副キャプテンとして二年生を引っ張らんといけんかった。これは俺なりのけじめなんだ」

 

(一年の秋も俺達は成宮が出てくるのを待った。俺達は個がそれぞれ強くなることを望みあったんだ。でもそれが出来たのは……下級生だったから。チームの形が変われば、同じままでいられるはずは……なかった)

 

「矢部さんは今回の件で何度も相談させてもらいました。行動できたのは俺だけの力じゃありません。それに何度もプレーで引っ張ってもらいました。新チームになってから確かに気負いはありましたが、これまでより……これからですよ」

 

「ふっ……そうだな。これからもよろしく頼むわ!」

 

「こちらこそ!」

 

 ワンナウトランナー二塁と代わりさらにチャンスが続く。すると初球だった。

 

(くそ……内に外すつもりだったから、大きくは外せなかった……。あっ!)

 

(甘い!)

 

 大雑把な真ん中低めのストレートを山岡がフルスイングで捉えた。センターが下がる中、すぐにでも頭上を越えようとするライナーへとジャンプしミットを伸ばした。

 

「アウト!」

 

「……捕られたのか」

 

(危ねえ。少しでも横に逸れてたら間違いなく長打だった……)

 

 ハーフリードを取っていた白河が塁に戻り、結果としてはランナーも進めず。しかしアウトにした側の肝が冷えるような打球だった。

 

(動揺したところに初球打ち……狙いは悪くなかったですよ。それに山岡さんの強みはその一振り。ボール球に手を出さずに振り抜かれるだけでキャッチャーは嫌ですよ……。……!)

 

(鳴がこれを引っ張らないだと……!)

 

(今度こそ止める……!)

 

 アウトコース低めのツーシームを逆らわずに打ち返した打球は三塁線へのライナーだった。吉沢が横っ飛びで飛びつくと、着地の衝撃で落ちてしまいそうなボールを必死に掴んでいた。

 

「あ、アウト!」

 

「ちぇ……」

 

 ここも先輩の守備が勝り攻撃が終えられた。結局この回は最小失点の一点で抑えられる。しかしまるで何点も取られたかのような疲労感と共にベンチへと帰っていた。そんな様子を見ながら白河もベンチに戻ってくる。

 

「お帰りなさい。ナイバッチでした」

 

「……神巫。悪かった」

 

「え……」

 

「俺も結果に対して見て見ぬふりはしない。お前は間違いなく副キャプテンだ。一年生だけじゃなく、俺達にとっても……な」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

「礼は結果で返せ」

 

「はい!」

 

 淡々とした物言いながら初めて彼が自分のことを認めてくれたのが神巫には伝わった。新チームになってから彼らはようやく一つに纏まろうとしていた。しかしそんな彼らに上級生は次々と試練を与えていく。

 

「スチール!」

 

(させるか!)

 

 三回の裏、ワンナウトから出塁した平井がスタートを切った。援護の空振りを潜って届いたクロスファイヤーを立ち上がった姿勢で受けると、やや流れたミットから取り出したボールが前後の体重移動だけで送球される。しっかりとタッチしやすい低めに収まってはいたが……。

 

「セーフ!」

 

 平井の俊足を刺すには至らなかった。ボールを受け取った白河は少しボールを見つめてから成宮に投げ返す。

 

(悪くはない。スローイングも速い方だ。一年でこの出来ならよくやっている。……が、お前はもう俺達の一員だ。ここで妥協するな)

 

 その目線は成宮ではなく神巫に向いていた。

 

(分かってますよ。俺の課題……目を背けるつもりはありませんから)

 

 土台作りに専念できなかったことで残された課題……その一つが肩だった。良くも悪くも普通……こういった高いレベルの試合では物足りないとも言えた。

 

「鳴さん追い込みましたよ! ここはバッター集中でいきましょう」

 

(平井さんを走らせるために梵さんはカウントを犠牲にした……。決め球はこれでいきますよ)

 

(膝下のスライダー!? さっきツーベース打たれたじゃん)

 

(この回は明らかに平井さんを進めるためのバッティングに徹してます。追い込まれて思いきり引っ張るような真似はできません)

 

(譲らないね……。なら乗ってやるよ)

 

(くっ……。スライダー!?)

 

 右打席に立つ梵は内角を抉られながら窮屈そうにバットを振り出した。縦に振り出したバットの外に当てることで右方向には転がしたものの、ヒットとは程遠い最低限の進塁打となる。

 

(くそ……これじゃダメだ。相手にプレッシャーにならないバッティングをしてしまった。いや……させられた)

 

(あれを右方向に転がすか……。だがツーアウト。これでランナーを大きく気にせずに済む。俺も鳴さんも)

 

(またストレートか……!)

 

「ファール!」

 

 ツーアウトランナー三塁となり、右打席に入った吉沢をバッテリーはストレート中心で追い込むことに成功する。

 

(来るか? チェンジアップ……!)

 

(カウントワンツー……一球目に見せたスライダーのコースから落として下さい。さっきは外だったからギリギリ止めさせてしまった。振らせたら当たらないようにワンバウンドで……!)

 

(フォークね……さっきは見送られたけど。まあ外れてもツーツー。最悪見せ球にはなるか……)

 

 もしかしたら吉沢なら止めてくるかもしれないと、その後の光景が成宮の脳裏に過った。神巫はチェンジアップと違ってフォークには苦労していたことが……。

 

(高い……!)

 

(ストレートか!? ……!)

 

 チェンジアップを警戒していた吉沢は速さを感じ取ってとっさにストレートのタイミングで振り出しており、バットを止める余裕はなかった。しかしとっさの判断で変化にはついていった。すくいあげた打球は矢部の頭上を越えていき、レフト前に落ちた。

 

「しゃあ! まず一点!」

 

(くそっ! 何やってるんだ俺は! 俺はエースだろ……!)

 

(鳴さん……)

 

「タイムを」

 

「タイム!」

 

 一点差に詰められ、四番の原田を迎える場面。成宮を落ち着かせるべく神巫は一度タイムを挟んだ。

 

(甘く入ったことは鳴さんも分かってる。ゾーンに入ったが一応それでも低めには来ていた。これくらいのコントロールミスは仕方ない。どんな好投手だって失投なく投げられはしないんだ。だから……)

 

「鳴さん知ってますか? 昔投手を交代する時にタイムをかけ忘れた監督がいたんですよ」

 

「俺を代える気か!?」

 

「いやいやまさか。それでその時ランナーがいたんですよ。かけ忘れたことに気付いてすかさず走って三塁に。このプレーが認められて大ピンチになったそうです」

 

「はあ……それで?」

 

「そう考えると『タイム!』って『UNO!』みたいですよね」

 

「おお、なるほどー! ってなるか!」

 

「じゃそういうことで」

 

「何しに来たの!?」

 

 こわばった表情がほぐれたのを確認して神巫は戻っていくと、原田に一礼してからキャッチャーボックスに座り直した。

 

(……鳴はこういう失点からよく崩れたからな。前よりはマシになったが)

 

 タイムが解かれ右打席に原田が入り、プレーが再開される。すると吉沢が大きくリードを取っていた。

 

(揺さぶっていくぜ……成宮も神巫も)

 

「セーフ!」

 

 成宮の牽制にも問題なく戻ると、変わらずリードを大きく取って不敵な笑みが浮かべられる。

 

(サウスポーの鳴さん相手に盗塁は簡単じゃない。牽制死の危険だってある。それなりに帰塁に余裕があった……あれは帰塁に特化した見せかけのリードだ)

 

(……! 今度はインコースですらないわけ? 一歩間違えば雅さんなら持ってくよ)

 

(決して雅さんのことを舐めてるわけじゃないですよ。ただ雅さんも鳴さんから長打を打つのは簡単じゃないと感じているはずです。球種やコースが分かっていない限りは)

 

 すると初球のことだった。原田がストレートのタイミングで外に踏み込んでいた。

 

(盗塁を警戒すればストレートが多くなる。それも刺しやすい外が! ……!)

 

 そして迷いなくバットが振り切られた。しかし手応えのない感触に原田は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になる。

 

(真ん中に入ってくるスライダーだったのか……!?)

 

 芯を外した処理の難しいゴロだったが白河は落ち着いていた。捕球から流れるようなジャンピングスローで原田を仕留めてみせる。スリーアウトチェンジだ。

 

「ナイスフィーリング! 助かりました!」

 

「当然だ。……お前もよく向き合った」

 

「ふふっ。ありがとうございます」

 

(俺の肩につけ込まれて鳴さんを打たせるような真似はさせない……!)

 

 追撃を振り払って一点で切った下級生チーム。流れに乗って追加点を挙げたいところだったが……。

 

「ファール!」

 

(外からツーシーム!?)

 

(どうも変えずにいると捕まりそうだったんでな……させねえよ)

 

 原田の巧みなリードによって段々と的が絞れなくなっていったのに加え……。

 

(成宮相手にこれ以上の失点は命取りだ。それも先頭の神巫を出せば一気に流れを持っていかれる……!)

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

(ギアを上げてきたか……!)

 

 井口が予感に後押しされるように今日一番のストレートを投じると、初めての三振を奪い神巫を仕留めていた。その後もギアを上げたピッチングが展開され、中々ランナーを出すことができない。対して上級生はチャンスを作り続けた。四回の裏のピンチを凌いでも、さらに五回の裏でもピンチが巡ってくる。

 

「内野前に!」

 

 送りバントで進められワンナウト二塁三塁。再び四番の原田が打席に立つ。まるで押し返しても再び襲いかかってくる荒波のようなプレッシャーだった。

 

(正直なところ敬遠も視野に入る場面。ただ鳴さんに雅さんを敬遠させるとその後のピッチングが心配すぎる。よほどカウントが悪くならない限りは)

 

(覚悟を決めるしかないね……)

 

(どう来る? ボール気味に来るなら手を出すと相手を助ける……)

 

 初球はアウトコース低めへのストレート。際どく、かつ先ほどのスライダーが過った原田は見送ってきた。

 

「……ストライク!」

 

(……! 鳴もギアを上げてきたか!)

 

(なに驚いてんの。そろそろエンジンかけていかないと追い抜かれちゃうでしょ)

 

(三塁ランナーは平井さん。犠牲フライで一点。しかも内野を前に出してる。さすがに低めに集めざるを得ない。ただし……一辺倒な攻めにはしない)

 

(ここでカーブ!? いや……低い!)

 

「ボール!」

 

(バットは止まったが反応した。間髪入れず全力ストレートを膝下に!)

 

(クロスファイヤー……!)

 

 三球目のストレートも際どかったが原田はバットを振り出してきた。

 

「ストライク!」

 

 しかし振り遅れてしまい、ワンボールツーストライクと追い込まれる。

 

(鳴さん。投げましょうか……チェンジアップ)

 

(……! チェンジアップはチェンジアップでも……未完成の方か)

 

(本戦まで時間がありません。実戦で投げられるボールなのかどうか。見極めるにはこれ以上ない場面です)

 

(俺を試そうってわけ? 生意気……)

 

 握りに改良を加えたチェンジアップは今まで以上にスクリュー回転で沈む軌道。本来チェンジアップは抜くことで球速を落とすボール。抜いた上で中指から小指に滑らせるように回転を与えるのは繊細な感覚が必要だった。

 

「……!?」

 

 今までとのチェンジアップとはまた違う感覚。その違いを成宮は完全には掴めていなかった。ボールが抜ききれずに滑らせようと思った指に引っ掛かかり、叩き付けられてしまう。

 

(止める……!)

 

 外に大きく外れたボールに神巫はキャッチングを諦めて体で押さえ込みにいく。するとワンバウンドしたボールが右肩のプロテクターに当たった。しかしバウンドした位置が浅かったこともあり、ボールは高く跳ね上がってしまう。

 

「しまった……!」

 

 神巫は後ろに離れていくボールを追い、拾い上げる。しかし振り返った時にはランナーはそれぞれ進塁していた。ギャラリーから漏れ出る嘆息が嫌でも聞こえてくる。

 

「ああー同点……」

 

「しかもバッテリーエラーで。これは痛いな」

 

「折角上級生相手にリードできたのになあ……」

 

「……タイムを」

 

 あまりに痛い失点。後悔は尽きないくらいあった。

 

「……わりぃ」

 

「いえ、俺も止められませんでした。それでも……今分かって良かったです。まだ実戦では使えませんね」

 

「さすがにね……」

 

「鳴さん。やっぱりこういう時って、時間を巻き戻したいって思いますか?」

 

「正直ね……。あの夏も何度やり直せたらいいと思ったことか」

 

「その気持ちは分かります。でも時間は前にしか進みません。後で悔いるしかないから後悔なんでしょうね。俺は……ずっと考えてきました。どうしたらそんな時に切り替えられるかって」

 

「答えは見つかった?」

 

「俺なりの答えは」

 

(ずっとピッチャーから逃げてキャッチャーになったことに負い目があった。だが……)

 

「これから先……やはり理想通りに行かず。何本もヒットを打たれて、点も取られることでしょう。俺はその痛みを共に背負います。もし苦しければ全て押し付けてもらっても構いません。だから俺はキャッチャーとしてここに立っているんです」

 

「…………」

 

 成宮は呆気に取られていた。しばらくして子供のように笑い出し、拳を胸に叩き付けた。

 

「生半可な痛みじゃないよ」

 

「覚悟の上です」

 

 二人は目を合わせて笑い合うと、さらなるピンチに向き合った。二塁ランナーも進塁しワンナウトランナー三塁。外野フライでも勝ち越される場面。

 

(今ので落ちる球は投げられないだろう。ストレートにタイミングを合わせつつ、スライダーでもすくいあげて内野の頭を越す! ……!?)

 

 成宮が腕を振り切ると原田は全力のストレートでも振り負けないよう力強くバットを振り出していた。しかしスライダーでも対応できるように踏ん張っていた足腰でも粘り切れずに空を切ってしまう。

 

(チェンジアップ……!?)

 

 バットを潜り抜けたボールがバウンドすると原田は走り出した。しかし神巫は三塁ランナーの梵を目で牽制してから一塁へと送球を行った。

 

「アウト!」

 

「しゃ!」

 

(高さもコースも完璧でしたよ……!)

 

 ワンバウンドしたチェンジアップ。それを受け止めた神巫は球威に反してとても力強く感じられていた。

 

「ふ……」

 

 しばらくの間は驚きとチャンスで凡退した悔しさで満たされていた原田だったが、二人の若きバッテリーに目をやると思わず安心したように口角を上げて去っていくのだった。

 

「ストライク!」

 

(ここまで富士川さんにはストレートで追い込んで変化球で勝負してます。なのでここは全力のストレートで捻じ伏せましょう)

 

(ここでか。いいねえ……乗せてくれるじゃん)

 

 ツーアウトランナー三塁。左打席に入った富士川をストレート二球で追い込むと、遊び球を挟まずに内に厳しいストレートで勝負に出た。

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

(最後もかよ! チェンジアップ来ると思ったのに……)

 

 手が出ずに見逃し三振。バッターの悔しそうな表情。味方から送られる喜びの声。ピッチャーにとってはこれ以上ない気持ちよさを感じさせる瞬間だった。

 

「どお? 今の150キロいってたんじゃね?」

 

「多分いってないですね。クイックでしたし」

 

「素直か!」

 

「でもめちゃくちゃ伸びてきましたよ! ナイスボールでした!」

 

「……祐のおかげだよ。ありがとね」

 

「えっ!?」

 

 成宮はその気持ちよさも神巫と分かち合ったのだった。

 そして成宮はここからフルスロットルのピッチングを展開し、三者凡退を続けた。そんなピッチングに乗せられるように打線も奮起する。しかし井口も粘り強く投げて得点を許さない。投手戦の様相を呈していた試合が動いたのは八回の裏、ノーアウトランナー一塁でのこと。

 

「え……」

 

 あれだけ騒がしかったグラウンドが静寂で包まれる。それが破られたのは打球が柵を越えて金網に当たった瞬間だった。練習用グラウンドとは思えないほどの怒号が乱れ飛んだ。

 

「うおおおおお!」

 

「ここで一発! さすが頼りになるねえ」

 

「こりゃプロになっても安心だわ」

 

(チェンジアップを見せ球にしてのインハイへのストレート……。高めとはいえ、しっかり詰まらせていた。あれが届くなんて……)

 

「ついに打ちやがったな! 全タコで終わるんじゃねえかと思ったぞこのやろー!」

 

「ふ……待たせたな」

 

(体が反応してくれた。届かないと思ったが……俺達が共にプレーできる最後の試合。こいつらが力を分けてくれたのかもしんねえな)

 

 ホームを踏んだ原田と吉沢のハイタッチが響く。それにハッとするようにして神巫はタイムをかけた。

 

「あれを持っていくかねえ……。今日イチのストレートだぜ」

 

「え……」

 

「あれを打たれちゃしょうがないかな」

 

「鳴さん……! ふふっ。そう……ですね。どうやら代打攻勢に出るみたいですし、黙らせちゃいましょうか」

 

「いいね。乗った!」

 

 心を折られてしまうような一撃に笑う成宮を見て、神巫も悔しさを胸の奥にしまい込んで笑ってみせた。

 

(チェンジアップ……!)

 

「ストライク! バッターアウト!」

 

「おおお! 後続を三人でピシャリ!」

 

「序盤は三振少ないと思ってたけど、結局二桁いったか!」

 

「ズルズルいかなかったのは大きいぜ! 最終回逆転しよう!」

 

 延長がないため正真正銘最終回の攻撃。最後の力を振り絞る井口だったが、ここで主砲の一振りが外野を切り裂いた。

 

「ナイバッチ!」

 

「まだ終わってねえぞ!」

 

 ツーアウトランナー二塁。左打席には成宮が入る。ホームランなら同点の場面……。

 

「鳴さん! 美味しいところ……残しておいて下さいね」

 

(……にゃろう)

 

(バットを短く持ち直した……!)

 

 インコースを抉るカットボールにコンパクトに合わせて一二塁間を抜き、ツーアウトランナー一塁三塁。

 

(応えてみせなよ。俺の期待にさ)

 

(外し球が少なくなってきた。それとアウトローの割合が増えてきたな。結局あれから得点って形にはならなかったけど、井口さんにプレッシャーは与えていたんだ。だから珍しくギアを上げるのが早すぎた……。今の井口さんの球なら!)

 

 神巫は考えを纏めてからバッターボックスに入る。すると彼自身は意識していなかったが……打つことだけに集中していた。

 

「ランナースタート!」

 

(エンドランか!? 踏み込まれた……!)

 

 ツーシームが低めに外れての三球目。成宮がスタートを切る中、アウトローのストレートが低く強く弾き返された。

 

「平井!」

 

「うっ!」

 

 セカンドのベースカバーに足が向いた平井が反転して飛びつくその先を打球は抜けていった。

 

「しゃあ!」

 

「成宮! 余裕で還れ……!?」

 

(鳴!?)

 

 右中間深くまで転がった打球。同点は確実かと思われたが、成宮は既に足にきていた。重たい足が懸命に動かされると、外野からのボールも返ってくる。

 

(へっ……こんなの全然重くないね!)

 

 そして倒れ込むようにホームベースへと手を伸ばした。

 

「セーフ!」

 

「鳴さん……!」

 

(俺が……裏切れるかよ。祐の期待をさ!)

 

 息を乱しながら寝転がった成宮は拳を高く突き上げた。ベンチは今日一番の盛り上がりを見せる。

 

「ったく。無茶しやがって」

 

「へへ……俺らしいでしょ」

 

「……まぁな」

 

 下級生チームはさらに勝ち越しを狙うべく代走を送ってきた。神巫は成宮の腕を首に回して支えになり、ベンチに二人で戻っていく。

 

「俺のこと甘やかさないんじゃなかった?」

 

「今日だけです」

 

「そりゃどうも」

 

 攻撃が終わり、最後の守備。ピッチャー交代を告げられた成宮は珍しく素直に聞き入れた。そして周りに人がいなくなったタイミングを見計らって神巫に話しかける。

 

「そういえば祐って二つ名欲しがってたよね」

 

「また急に思い出しましたね」

 

「クイーンってのはどう?」

 

「その心は?」

 

キング()と対等な女房役ってこと」

 

「……! それって……」

 

「これからもよろしく」

 

(……いいかもしれないな。女房役として愛してみるのも)

 

「こちらこそ!」

 

(やっぱりあれは頂上(てっぺん)の景色を見た時に言ってあげる。祐でいいじゃなくて、祐でよかったって!)

 

 満面の笑みで手が重ね合わされる。それは初めてバッテリーとして一つになったことの象徴のようであった。




これにて『ダイヤのQ』完結となります。終わりどころは悩みましたが、描こうと思っていたことを描き切ったのでここまでとさせていただきます。最後まで読んでいただきありがとうございました!
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