ダイヤのQ   作:ゾネサー

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第一話

「江戸川シニア出身! 神巫祐です! ポジションはキャッチャー一筋! 盗塁しようなんて不埒なこと考えさせない選手を目指します!」

 

 新入部員が整列し、自己紹介が進められていく。強豪だけあって数が多く、一人一人に費やす時間は僅かだった。神巫も多分に漏れずそうだった。野心に燃えていたものの、それは言葉には出さず。さながら仕留めるボールに合わせて意識を逸らすための配球をしているようだった。

 

「あれっ、君は……」

 

「多田野さんか」

 

「多田野で大丈夫だよ。これからよろしくね!」

 

「ああ、お互い一刻も早く一軍入り目指そうぜ!」

 

「ええっ? さすがにそんな……」

 

「謙遜してもしょうがないだろ。シニアでの活躍は俺も知ってるんだ。……負けないぜ」

 

「こ、こっちこそ!」

 

 寮に向かうと同じくキャッチャー志望の多田野樹が部屋の前にいた。名だたる選手が集まる中、彼もその一人だった。神巫は彼を見て嬉しそうに笑うと、二人きりの瞬間だけは包み隠さず野心を伝えるのだった。

 

「お世話になります!」

 

「よろしくお願いします!」

 

「……良かった」

 

「えっ」

 

「去年は成宮が井口にいきなりエース宣言して大騒ぎになったんだ……」

 

 そのまま二人で挨拶に向かうと、キャプテンであり正捕手でもある原田雅功が彼らを迎え入れた。隣では同じく捕手である福井健斗が立っている。

 

「な、成宮先輩って先輩相手でもそんな感じなんですね……苦手だな」

 

「俺もですね。それは……ただ生意気なだけですから」

 

「今じゃ慣れたけどな。お前らもキャッチャーなら、付き合ってやってくれ」

 

「……分かりました」

 

「まあまあ。鳴のことは付き合ってみれば、分かると思うよ」

 

 一応は肯定の返事を返す神巫だったが、チームの和を乱すような真似をするピッチャーと今後付き合っていかなくてはいけないことにどこか嫌悪感を抱いていた。

 少し日が経ち、一年はまだランニングや素振り程度の練習しか出来ていない中で突如として紅白戦が開かれた。現状レギュラーから外れているニ、三年生と入ったばかりの一年生という図式で。

 

「あーあ。どこまで点差がついちまうんだか……」

 

 外野がポツリと漏らした言葉通り三回終了時点で9-0と一方的な試合展開。ここで大幅に布陣が入れ替えられる。

 

「かましてこいよ!」

 

「どこまでできるか分からないけど……やれるだけやってくるよ」

 

 すると多田野に出番が巡ってきた。大人しめな印象とは裏腹にプレーが始まると積極的に野手に声をかけ始める。

 

「ワンファンブルOKです! ゆっくり一塁に!」

 

「アウト!」

 

(みんな硬球に慣れきっていない。……いや、強豪レベルの放つ硬球にはまだ対応しきれてないと言うべきか。よっぽど打球が暴れて見えるんだろうな。けれど多田野の声かけで守備にリズムが出てきた……)

 

「落ち着いているな」

 

「じゃなきゃ稲実の扉叩かないでしょ」

 

「それだけに惜しいな……リードが素直すぎる」

 

「ま、俺ならあのリードでも抑えるけどね〜」

 

「…………」

 

 序盤に比べて目に見えてエラーが減ったものの、それでも打線を完全には途切れさせることはできず。六回の裏、12-0と負けている場面で多田野に打席が回ってきた。

 

(これが最初で最後のチャンス。……来た!)

 

 平野の投じたスライダーが中に入ると、逆らわずに弾き返された。

 

「アウト!」

 

(うっ! 引きつけすぎた……)

 

 深くまで呼び込んだはいいものの、その変化量に上体が崩れておっつけるような形になりファーストライナーに倒れてしまう。

 

「お疲れ様」

 

「でもダメだったよ……」

 

「そんなことはないだろ」

 

「結果は見ての通りだしさ」

 

「結果だけが全てじゃない。……特にこの試合は新入生の大敗が初めから決まってるようなもんだしな」

 

 神巫は周りを見渡すと、小声で続きを伝えていた。

 

「だからこそ、そんな状況で各人がどんな姿勢を示すのかが試されてる。……多田野もそれが分かっていたから、自分なりにやれることをやったんだろ。過ぎた謙遜は逆効果だぜ」

 

「……! ……そうだね。ありがとう! 神巫君も頑張って!」

 

「ああ!」

 

 再び大幅な入れ替えが行われるものの、序盤にピッチャーが三人もノックアウトされているため、四人目のピッチャーの失点が他と比べて抑えられていることもあって彼は引っ張られた。準備投球を終えて持ち球を確認した神巫はマウンドに駆け寄っていく。

 

「高橋。よろしくな」

 

「えーと……ごめん。名前まだ覚えてなくて」

 

「いいよ。俺はキャッチャーだから、急いで覚えただけだし。それより多田野と打ち合わせたことを俺にも共有してくれ」

 

「うん。あのね——」

 

 七回の表、上級生チームの打順は一番バッターから。右打席に入ったバッターを見上げながら、神巫は思考を巡らせる。

 

(上級生チームにとってはレギュラー昇格をかけたアピールの場だ。点は取れるだけ取りたいだろう。それなのに多田野に代わってから、一イニング一点ずつ。普通なら上々だが、守備の連携を練習できてない下級生相手じゃ物足りないよな)

 

(肩口から入ってくるカーブ(ハンガーカーブ)!)

 

「ファール!」

 

(その貪欲さ、利用しない手はないよな!)

 

 アウトコースに真っ直ぐが外れると、続くカーブにバッターは積極的にバットを振り出してきた。

 

(落ち着け! このピッチャーはカーブの後は緩急を使ってストレートがパターン……!?)

 

 投じられた三球目にバッターの足が止まった。ボールは弧を描いてアウトコース低めへと収まる。

 

「……ストライク!」

 

(よく投げ切った!)

 

(続けてカーブ!? 一年坊が舐めやがって……!)

 

「ひっ……」

 

「いいよいいよ! コントロールばっちし! バッター手が出てないよ!」

 

「なに!?」

 

 バッターの威圧するような態度を自分に向けた神巫は意に介さず、すぐにサインを送った。

 

(もうかよ! ……いや、外れてる!)

 

(内、外のゾーンとカーブを続けてさらにスライダーを外に外した。コースだけじゃなく流れていく変化を見せたことで意識は外に向いてきたはず。……覚悟を決めて、投げ込め!)

 

(……!)

 

 そしてインハイに投じられた真っ直ぐが根元寄りで捉えられると、伸びの無いフライとなってショートが収めた。

 

「ナイスボール! ワンアウトー! この調子で一つずつ重ねていこうぜ!」

 

「ちょっとちょっと! 新入生のボールに詰まらされちゃダメでしょー!」

 

「く、くそっ……!」

 

「そう言ってやるな鳴」

 

(あのピッチャーの球威は今は中学生レベル。低めに集めるのは現代野球のセオリーだが、それだけだと俺達には通用しない。ならば広く使った方が抑えられる。それに今は多田野のリードの傾向で低めの意識が強かった)

 

 続く二番打者が左打席に入ると、再びインハイから。しかしスライダーが内からさらに食い込むように外れていく。

 

「ボール!」

 

 踏み込んだバッターは顔をのけぞらせながらバットを止めた。危うくデッドボールかという球にバッターは声には出さないものの、思わず睨みつけた。

 

「悪くないよ! もう少し抑えていこう!」

 

(よ、よく言うよ。そこに要求しておいて……)

 

(踏み込んだから近くを通っただけで危険球じゃない。先輩相手だからって気にすんな)

 

 構わずすぐにサインを送ると、アウトコース低めに入ったストレートが見送られた。

 

(反応し切れてない。もう一球だ!)

 

「ファール!」

 

 同じコースへのボールをバッターもさすがに見送りはしなかったが、踏み込みが足りず打球は大きくスライスしていった。

 

(カーブをワンバンさせるつもりで投げてこい! ……!?)

 

 すると四球目のカーブが狙いより大きく外れてしまい、早めにワンバウンドしてしまう軌道になる。

 

(……ここだ!)

 

「ボール!」

 

 だが神巫はプロテクターで止めにいかず、緩いカーブが目の前でバウンドする軌道にミットを合わせてみせた。

 

「へえ……やるじゃん。ま、そうこなくちゃね」

 

(カーブは左バッターには中に入っていく軌道だからな……。甘くならないように意識しすぎたか?)

 

「腕は振れてる! その調子その調子!」

 

「ふぅー……」

 

(落ち着かせてやりたいがこれ以上ボールカウントは悪くできない。いけるな?)

 

(来たか。高め!)

 

 アウトハイに投じられたストレートにバッターは反応すると、今度はしっかり踏み込んで弾き返した。

 

「杉! ボール流れるから気を付けて!」

 

「お、おう!」

 

「アウト!」

 

 しかしいまいち伸びが足りずにレフトに追いつかれてしまう。

 

「はい外し球につられたー! 新入生の思惑通りー!」

 

(成宮も外し球割と釣られる方だろ……)

 

「インハイで打ち取られていたのは見ていたわけだからな。そこにいきなりインハイから入ってきたんだ。今度は高めを意識させられた……。……やるな」

 

「でしょ? だから気に入ったんだ」

 

「ツーアウト! だけどまだ油断は禁物!」

 

「もちろん!」

 

「バックも! バッター長打力あるよ。下がり目でいこう! 強い打球いったら身体張って止めてくれ!」

 

「ばっちこい! まだまだやれるぞ!」

 

 疲弊感が高まっていた新入生チームだったが、今では嘘のように声が出始めていた。また現状ではブロックサインを共有していないため、声でコミュニケーションを取って守備位置の確認をしていた。これは神巫も最初は思い至っていなかったが、多田野の意図に気付き参考にさせてもらっていた。

 

(ここは一転して低めを攻めるぞ。打たれるかもしれねえけど、バックを信頼しよう。……!?)

 

 そんな中での初球だった。下がる内野を見てバッターがセーフティバントを仕掛けてきた。

 

(弱いか!?)

 

「任せろ!」

 

 高さを抑えたボールに芯から外れすぎてしまい、打球の勢いが弱くなった。マスクを上げながら前に出てボールを拾い上げると、右手を少し引いてから腕が振り切られた。

 

「アウト! スリーアウトチェンジ!」

 

「よっしゃ!」

 

「おおっ! 初めての三者凡退!」

 

「やるじゃん新入生!」

 

 ここまでやられっぱなしだった新入生が一矢報いたことで外野が盛り上がる中、当の本人達はそれ以上に盛り上がっていた。

 

「ま、肩は普通かな」

 

「スローイングの隙は少なかった。一年であれなら上出来だろう」

 

「上出来ね……。平野っちに福ちゃん! ここ大事だよ! 新入生の心をへし折っちゃってー!」

 

 頭から投げてスタミナを消耗してきた平野相手に新入生がここでチャンスを作った。ツーアウトランナー二塁となり右打席には神巫が入っていく。

 

(ここまで平野さんの投球内容は比較的シンプル……。ストレートで追い込み、スライダーで仕留めるものが多い。全体的にゾーンへのストレートが多めだ)

 

「ファール!」

 

 狙ってはいたもののストレートを空振り、二球目のストレートも振り遅れ気味のファールとなってしまう。

 

(新入生相手ならこのストレートがあればテンポ良く行ったほうがいいのが一つ。もう一つは……)

 

「……ボール!」

 

(バットを止めたか……スライダーを警戒してたか?)

 

(今日の平野さんはスライダーがよく曲がってる。けど、その分コントロールが暴れ気味……。さっきの回、多田野は甘く入ったスライダーを狙った。見送った俺に構わずスライダーで勝負できるか? いや……内の真っ直ぐ、だよな!)

 

 バッテリーは勝負球にお返しとばかりにインハイのストレートで勝負してきた。しかし神巫が脇を締めて振り抜くと、詰まりながらもショートの頭を超えて左中間へのヒットになった。浅い当たりながらツーアウトで迷わず走り出したランナーが辛うじてセーフになる。

 

「ナイバッチー!」

 

 ベンチから声を揃えて聞こえてきた激励に拳が突き上げられた。しかし上級生チームもこの失点で慌てることなく、後続を断ち切った。

 

「くそ……神宮寺や早乙女が離脱してるのはやっぱ痛いぜ」

 

「言っても仕方ないだろ。この回も守るぜ!」

 

 いくら上級生相手とはいえ、彼らのほとんどはシニアで実績を残してきた選手。ここまでの大差は自信を失わせるものだった。それだけに大差であれど、せめてここからは無失点で切り抜けることが最後の意地だった。

 

「高橋。まだ行けるか?」

 

「はぁ……ふぅ。行けるところまで行くよ」

 

「次の矢部さんは典型的なプルヒッターだ。内は慎重にいきつつ……外は呑んでかかろう。そうしないと持たなそうだ」

 

「分かった」

 

「矢部っち! 十二点で満足してないよね! 三桁は奪わないと!」

 

「ええい! やったらぁ!」

 

 その初球。コースは内側に入っているが、低く外したスライダーで振らせにかかった。

 

「ボール!」

 

(バットを止めて見送られた……。リーチの長いバッターだ。アウトハイは簡単に使えない。体力を考えれば、アウトローを引っ張ってもらって守備シフトにかけるしかないか)

 

 そして、次のボールだった。アウトコース低めに投じられたストレートが目論見通り引っ張られた。

 

「嘘だろ……」

 

「だっらしゃあ!」

 

「さっすが! 大人げない!」

 

 打球はホームランのラインを大きく超えてフェンスへと突き刺さった。遠く小さく響いただけの金属音は、新入生の心に嫌にはっきりと響いていた。

 

(これが稲実……。これでレギュラー外……)

 

 神巫も例外ではなかった。決してコースが甘かったわけではなかった。確かに球威は落ちていたかもしれない。それでも外のボールを引っ張らせれば失速し、下げた外野の取れる範疇だろうと考えていた。

 

「ピッチャー交代!」

 

「……! 高橋……」

 

 ここで粘り強く投げていたピッチャーにも交代が告げられる。ショックのあまり神巫も声を掛けられないでいた。ホームランの嫌な流れは断ち切れず、その後ズルズルと失点してしまう。結局十七失点を喫し、紅白戦の幕は下ろされたのだった。

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