ダイヤのQ   作:ゾネサー

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第二話

「やあやあお疲れ諸君」

 

「う……お疲れ様です」

 

「なんでそんなニコニコしてるんですか」

 

 紅白戦が終わってすぐのこと。ショックも冷めやらぬ中、嫌にご機嫌な調子で絡んできた成宮に対して不機嫌を隠すほど神巫に余裕はなかった。

 

「そんな落ち込まなくてもいいじゃん。分かってたでしょ? こうなるのは」

 

「……去年、成宮さんはたった一イニングで一軍昇格を手にしたと聞きました」

 

「お、聞いちゃった? 天才だからねー俺」

 

「俺……達は誰一人としてそこまでの成果は出せなかった」

 

「うわー贅沢。驕りが過ぎるんじゃない? まずは二軍に入ってさ、コツコツやっていこうよ」

 

「くっ……」

 

(この人にそんなことを言われると、無性に腹が立つ……)

 

「みんながみんな天才じゃないんだからさ」

 

「……!」

 

「鳴、その辺りにしておけ」

 

 結構な物言いに多田野もさすがにムッとしたところで原田が止めに入ると、二人は去っていった。

 

「なんなんだよあの人は……」

 

「ま、まあまあ。コツコツやっていくのは賛成かな。神巫君は今日目立ってたし、二軍にはすぐ入れると思うよ。上出来じゃない」

 

「多田野もな。でも……足りないんだ」

 

「え?」

 

「上出来じゃ……全然……」

 

 遠くに離れた二人の背中はもはや小さく見えているはずなのに、神巫の目にはとても大きく映っていた。

 程なくして神巫と多田野は二軍メンバーへと入ることができた。しかし……

 

「どうした一年! ペース落ちてきてんぞ!」

 

「くっ……!」

 

「送球が高い! 試合でもそんなボール投げるつもりか!」

 

 高校レベルの練習メニューに体力がついてきておらず、先の練習試合で見せたような送球フォームが見る影もなくなっていた。

 

(俺なりにシニアを引退した後も体力作りはしてきた……。だけど最初は良かったが結局この様かよ)

 

(ど、どうして先輩達はついていけるんだ……)

 

 しかしそんな体たらくなのは新入生だけ。だからこそ余計に浮き彫りになっていた。

 

「うぷっ……」

 

 こうしてハードな練習を積んだ後は、身体づくりを兼ねて大量にご飯をかき込むことに。平常時でも多い量だが、疲労が極限まで蓄積された状況では尚更箸が進まず。他の新入生達も苦労しつつも、まだ本格的なメニューが始まってないこともあり平らげていた。本来であればそういったことも考えて新入生に慣れさせているのだが、稲実ではある意味で平等な扱いを受けさせていた。

 

「およ? まだ食ってんの? 無理しないでおけば?」

 

 そこに夜食のおにぎりを頼みにきた成宮と鉢合わせになった。

 

「最後まで食べます……」

 

「そりゃそーだ。ルールだし。あっはっは」

 

(本当この人は……)

 

 苦労して食べているところを揶揄われていい気はしない神巫だったが、言葉をご飯と共に飲み込む。するとそんな神巫の様子を見て、多田野が口を挟んできた。

 

「成宮先輩! 神巫君は頑張ってるんです。人の努力を笑わないで下さい!」

 

「た、多田野! いいから」

 

「でも……」

 

「俺は最初からこれくらいいけたけどね。おかわりもしちゃったりして」

 

「……成宮さん。折角の機会なので言っておきます」

 

「なーに?」

 

「俺を誘った時、御幸さんの代わりに俺でいいと言いましたよね」

 

「……それが?」

 

 鋭い視線が成宮に向けられる。神巫の言葉に成宮は目を丸くすると、少しして試すように妖しく笑った。

 

「すぐにでも一軍に上がって、訂正させてみせますよ。御幸さんよりも、誰よりも、俺がいいと言わせてみせます!」

 

「……ふーん。そっかそっか」

 

 そしておかしそうに鼻を鳴らすと、神巫の肩に手を回してきた。

 

「じゃあさ、証明してみせてよ」

 

「それは……どういう」

 

「夜練付き合ってよ。待ってるからさ」

 

(……読めない。この人は……何を考えてるんだ)

 

 そして十分後。室内練習場にやってきた神巫はマスクだけでなく、防具一式を付けさせられる。

 

「新入生怪我させると俺が怒られるからさ〜」

 

「……こういう練習で不用意に怪我しないようにするのは当たり前です」

 

「準備できたね。じゃあ……行くよ」

 

 彼は振りかぶる成宮に思わず緊張して唾を飲むと、全神経をピッチングに集中して待ち受けた。振り切られた左腕から真っ直ぐが放たれると、鈍い音が鳴った。

 

「へえ……よく溢さなかったじゃん」

 

(これがMAX148キロの……成宮鳴のストレート……! ボールが暴れる……!)

 

 ボールの力に押し込まられながらも、辛うじてミットにボールは収まっていた。しかしミット目掛けて投げ込まれたボールながら余裕は全くなく、冷や汗が頬をつたっていた。それでも続け様に投げられるストレートに食らいついていく。

 

「じゃ次スライダーね♪」

 

(……ここか!? くっ!?)

 

 地を這うような軌道から抉りこんでくるスライダーはポケットからずれて内側の狭い部分まで飛び込んできた。力を逃すように腕が引かれるとこちらも捕球に成功する。

 

(もう少し目が慣れれば……音を鳴らして捕れるように……!)

 

「まあ、こんなところかな」

 

「えっ。まだそんなに……フォークだって見ていません」

 

「分かんないかな〜。君じゃダメってこと」

 

「なっ……!」

 

 成宮は両手を横に出し、これみよがしに溜め息をついてみせた。

 

「……何故! ボールはまだ逸らしてません! もっと投げて貰えば、捕球の精度も上げてみせます!」

 

「溢さないのは偉いよ。雅さん以外は今でも溢しちゃうもん」

 

「だったら……!」

 

「でもミットがそんなブレブレじゃね〜」

 

「くっ、これは今日の練習の疲れで……」

 

「そっ。その程度で力負けしちゃう身体なんだよ」

 

「……! それは……そうですが」

 

 正直なところ、今の彼にとってはこれが精一杯だった。

 

(くそっ! キャプテンはもちろん……御幸さんなら、このボールも静止して受け止められるだろうな……)

 

 言葉が続かず、反抗的な眼差しはどこへやらすっかり意気消沈してしまう。

 

「……ね。一也ってさ、昔すっげー小さかったでしょ?」

 

「え? ええ……それが何か」

 

「あいつ料理得意らしくてさ、自分で栄養管理までしてやがったの」

 

「あの江戸川シニアで……そこまでのことを」

 

「関係ないよ。あいつは、プロになるって決めてるから」

 

「目標……ですか」

 

「違うよ。絶対になるってこと」

 

「…………」

 

(俺に……そんな覚悟はなかった。今まで御幸さんを追って野球をしてきたんだ。その先で俺は……何を成し遂げたい?)

 

 彼には目標はあった。だがそれは目先のことであり、その先にどんな道が続いているのか、あるいは続いてすらいないのか。何も見通すことはできなかった。

 

「……今はまだ、分からないことだらけです。けどハッキリしたこともあります」

 

「それは?」

 

「まだまだ足りないものだらけってことです。……今は、ですが」

 

「あっはっは! 負けず嫌いだね。そうこなくっちゃ。……そういうことなら、一球だけサービスしてあげる」

 

「……!?」

 

 ——バンッ! 成宮のストレートを受け止めたかと思うと、次の瞬間にはミットごと持っていかれてしまった。

 

「言ったでしょ? 雅さん以外は溢しちゃうって。俺の本気のボールは♪」

 

「……ははっ」

 

(凡人は凡人らしく……か)

 

 思わず乾いた笑いが漏れた。キャッチャーとしては屈辱的とも言える後逸。しかしそんな様をまざまざと見せつけられて、神巫は不思議とスッキリしていた。

 

「ありがとうございました。またいつか……受け止めにきます。気長に待っててください」

 

「俺が卒業するまでにしてね〜」

 

 そして成宮が練習場を後にしようとすると、入り口でこっそり見ていた多田野と当然のごとく鉢合わせする。

 

「あっ。いや、これはその……」

 

「君もね。……楽しみにしてるから」

 

「えっ」

 

 たった十球のやり取りだった。しかし神巫は初めて成宮鳴というピッチャーを知り、そして己のことも知らされたのだった。

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