ダイヤのQ   作:ゾネサー

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第三話

「一軍の合流を望んでいない?」

 

「ええ。今は土台作りに専念したいそうです」

 

「……そうか」

 

 二軍に合流して一ヶ月経った頃だった。監督の国友広重に二軍のコーチ陣が現状を報告していた。練習試合の成績、そして優秀なコーチ陣の生の声。大人数の部員がいるため一人一人にノートで意見を聞くような形ではないが、こうした形で部員に向き合っていた。

 

「いいの? ベンチ入りも夢じゃないのに」

 

「嫌ってわけじゃない。ただ資格と覚悟もまだないんだ。……当たり前の事だった。俺がやろうとしてることは、すぐに成し遂げられることじゃない。多田野の方こそどうなんだ?」

 

「やっぱり入りたいかな。グラウンドには立てなくても、力になりたいんだ」

 

「なるほどね……つくづくキャッチャー向きな性格してるよな」

 

「神巫君の方こそ」

 

「俺が?」

 

「だって先輩相手でも物怖じしてないじゃない」

 

「する必要がないからな。たとえ誰が相手であれ、俺はピッチャーを引っ張ることがキャッチャーの役目だと思ってる」

 

「成宮先輩相手でも?」

 

「変わらない。……俺、昔はピッチャーをやってたんだ」

 

「ええっ! そうだったんだ……もうやらないの?」

 

「やれない。ピッチャーってのはチーム全員を引っ張る存在だから……」

 

(紅白戦では一軍入りを焦るあまり、最終的にはピッチャーを孤立させてしまった……。もう二度と、あんな真似はしない)

 

「……そうだね」

 

(俺も、先輩相手でも堂々としないと……)

 

 早期の二軍入りで苦労も多々あったが、代わりに得られる物も多かった。本格的な練習メニュー以外にも、その練習でしごかれ続けた先輩達の態度や姿勢を間近で見られたこともその一つだった。

 

(最初は自分のことでいっぱいいっぱいだったが……)

 

「一歩目が遅い! だからギリギリのプレーになるんだ!」

 

「悪い! もっと左右に振ってくれ!」

 

 かつていた江戸川シニアでは怠惰な者たちが不満を語っていた。しかしここでは厳しい練習メニューの中、さらなる向上心を持って希望を語っていた。

 

(稲実を選んだのは間違いじゃなかった……)

 

 そんな光景に触発されるように神巫もより熱心に取り組んでいく。段々と環境に身体が適応してきたのか、夕飯を平らげた後も余裕が生まれてきた。そして校舎の外で素振りをしている先輩達を横目に、今日は室内練習場へと入っていく。その貪欲な姿勢を、真似しだしたのだ。

 

「……お。帰ってきたね。雅さんは?」

 

「もう少しやっていくそうです」

 

「俺達は上がってきちゃいました。これ以上は明日もたなそうで」

 

「いいと思うよ。酷使するのも良くないからね」

 

(そういえば……福さんは、居残りしてないんだな。グラウンド整備も最後まで付き合ってくれるのに)

 

 夜練から帰ってくると、いつものように福井が出迎えた。しかしグラウンドや道具の手入れまで熱心に行う彼が、練習にさほど熱心には見えないことに違和感を覚えさせた。

 

(どうする? あんまり深入りするのも失礼かもしれない……)

 

「福さんはどこか進学したい大学があるんですか?」

 

「……!」

 

「ううん。まだ決めてないよ。どうして?」

 

「いつも机に向かって勉強してたので、そうなのかなって」

 

(……なるほど。上手い切り口だな)

 

 同様の違和感は多田野も覚えていた。先輩ともっとコミュニケーションを取ることで遠慮がちな部分の改善に繋がると考えた彼は、一歩踏み出していた。

 

「ああ。これは追加の練習メニューなんだ」

 

「随分量がありますが……」

 

「全員分だからね」

 

「ぜっ……!?」

 

「ど、どうして福さんがそこまで……?」

 

 百人近くいる部員の練習メニューを作るというのは途方もない労力であり、部員である福井がやることとしては不自然でもあった。

 

「他の新入生にはまだ内緒にしてね。僕はもう、チームのレギュラーになることは諦めて、裏方に徹しているんだ」

 

「えっ!?」

 

「……おかしいとは思ってました。いくら二軍の練習試合とはいえ、俺達がマスクを被る機会が多すぎると」

 

「確かに……」

 

「あはは……僕はもう部外試合は断ってるんだ。他の人に機会を与えて欲しいって」

 

「……勿体無い気もしますが、福さんが決めたことならとやかくは言いません。ただ……それでも多いような気がします」

 

「実は……やめちゃったんだよ。僕と同級生のキャッチャーはね」

 

「ええ……? どうしてですか? 折角稲実に入ったのに……」

 

「鳴についていけなくてさ」

 

「実力的にですか? それとも……性格的にですか」

 

「ううん。両方、かな。僕含めて鳴と対等に渡り合えるやつがいなくて」

 

「……成宮さんが求めるキャッチャー像は高そうですからね」

 

(考えておかないといかないな。いずれあの人に……何を求めるのか)

 

「あ、僕がこうしてるのは鳴のせいじゃないからね。僕がやりたくてやってるんだ。鳴のために。もちろんチームのためにもね」

 

「分かりました。お話ありがとうございます」

 

「頑張って成宮先輩に付いていきますね……!」

 

「うん。影ながら応援してるよ」

 

 するとそこに原田が帰ってきた。

 

「……そろそろ慣れてきたか?」

 

「あ、お疲れ様です。練習環境には慣れてきました」

 

「何かトラブルは起きてないか? 三年も大勢いるからな……一年は目の敵にされてもおかしくない」

 

「されてるかもしれませんね」

 

「え」

 

「調子良いので、裏では妬まれているかもしれません」

 

「で、でも……そんな風には感じなかったよ」

 

「そう。表立っては絡まれてません。成宮さんほど子供っぽくはないみたいなので平気ですよ」

 

「か、神巫君。それは多方面に向かって言い過ぎ……」

 

「ふ……それくらいの軽口が叩ければ平気だろう。明日も早い。もう寝ておけ」

 

「分かりました。……キャプテン、今後時間がある時に教えて欲しいことがあります」

 

「なんだ?」

 

「うちのピッチャーに対して、どう接してきたかを知りたいんです」

 

「……急だな」

 

「知らなくてはいけないと思ったんです。ここにいるピッチャーのことを、誰よりも詳しく」

 

「俺よりも……か?」

 

 キャプテンとして接するにはややぶっきらぼうな、それでいて真っ直ぐな物言いで原田は問いかけた。だが神巫は目を逸らさずに答えていた。

 

「いずれ……キャプテンよりも」

 

「……分かった。うちのピッチャーは、面倒な奴らしかいないぞ」

 

「ふふ……ピッチャーって生き物はみんなそうですよ」

 

「ちげえねぇな」

 

(環境に慣れて出てきやがったな。キャッチャーとしての本性が……)

 

 仕方なさそうに口角を上げる原田。そんな彼とは対照的に多田野は顔が強張ってうまく笑顔が作れなかった。

 

(彼はキャッチャー一筋だと言っていたな。俺は……どうなんだ? ピッチャーと共に全てを背負う覚悟があるのか。……誰が相手であっても)

 

 夜は更けていき、朝日が昇る。そうして繰り返される日々とは裏腹に行動は少しずつ変わっていった。そんな日々も六月を迎えた。本格的な梅雨入り前の、最後の休日。今日の二軍の午前練は軽く身体を動かす程度のメニューだった。午後に練習試合があったからだ。しかしいつもとは違う緊張感が張り詰めていた。

 

「か、監督が監督やるのかよ!」

 

「落ち着いて、矢部。意味分からないから」

 

「国友監督がわざわざ二軍の監督をしにくるなんて初めてですね」

 

「聞いたことねえよ! これはもうあれか! スタメンの選抜も最終段階ってことだろ!」

 

「そ、そうなのかな……」

 

「そうだろ! まあ俺と平野はほぼ確だろうけどな!」

 

「矢部さん。あの紅白戦から調子上がったみたいですからね」

 

「上がっただろ実際! 課題の外がやっと打てるようになってきたからな! それにこのまま一軍入りできなきゃ、ぜってぇ御幸に煽られる!」

 

「あの人容赦しませんからね。いやほんとに」

 

「うおおおお! 俺は! やるぞ!」

 

「うるさいです」

 

「ほっとけばいいよ」

 

「それに、理由は別にあるかもしれませんよ」

 

「そうなの?」

 

「今日の対戦相手は明川(あきかわ)学園じゃないですか」

 

「聞いたことないところだけど……」

 

「あそこには注目すべきピッチャーがいるんですよ。卓越したコントロールを生かしたピッチングは精密機械と呼ばれてるとか。名前は——」

 

 その時、対戦相手がやってきた。エースの指示で整った挨拶が浴びせられると、歓迎と共に彼らはグラウンドへと足を踏み入れる。

 

(ここが稲実。西東京で、最も頂点に近い場所。たとえ二軍が相手であろうとも……この戦いは自分達にとって試金石になる)

 

「——楊舜臣(ようしゅんしん)。彼を攻略できないと……ふふっ。御幸さんに煽られることになるかもしれませんね」

 

「やったろうやないか!」

 

 こうして双方にとって大きな意味を持つ一戦の火蓋が切られたのだった。




楊舜臣(ヤンシュンチェン)でもあるので、チームメイトが楊じゃなく舜呼びなのも好き。
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