ダイヤのQ   作:ゾネサー

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第六話

「俺が……ですか」

 

「ああ。君の意思を確認させて欲しい」

 

「……一つだけ聞かせてください。この夏、俺にどんな役割を期待しているのかを」

 

 素朴な疑問だった。現在一軍には三年のキャッチャーが二人いる。しかも四番でキャプテンでもある原田がその一人。二人はともかく、三人目が必要とは思えなかったのだ。

 

「福井から二年生のキャッチャー事情は聞いているな」

 

「え、ええ……」

 

「原田が抜ける穴は大きい……。今年はキャッチャーのスカウトに力を入れ、一軍に入れる構想が予めあった」

 

(鳴さんが俺を誘ったのはそういうことだったのか……?)

 

「たとえ試合に出れずとも大会中は一軍を中心としたメニューになる。その練習で経験を積んで欲しい……ということですか」

 

「そうだ。一年の君にはこれまで以上に厳しい練習になる。土台作りに専念することも難しくなるだろう。その上で……考えて欲しい」

 

「…………」

 

 神巫は口が裂けても出さないようにした一言があった。「多田野がいる」だった。一軍合流を希望していないことを承知の上で監督が自分を選んだのは明らかだったし、何より一年の自分にも背負うものができていたからだ。

 

(正直、自信は無い。だがチーム事情によるものとはいえ、資格があると認めてくれたんだ。後は覚悟を決められるかどうか。……決まってるよな。望むところだ!)

 

「よろしくお願いします……!」

 

 積み上げた自信の層はまだ厚くなかったが、チームメイトが自分を信じてくれたことがそのまま自信になったのだった。だからこそ……耐えられたのだろう。正式な発表での、三年の悲痛な表情に。

 

「胸を張れ! 俺もそうする!」

 

「二軍にいたメンバーには分かってることだよ。神巫が選ばれるべくして、選ばれたって」

 

「……ありがとうございます」

 

 同じく一軍に上がった矢部と平野が気にかけてくれたことも大きかった。

 

「待ちな」

 

「……!」

 

 まだ選ばれなかった三年は監督の下に残っている。話しかけてきたのは二年生だった。

 

「桂木!? お前キャッチャーやったからって、因縁つけるのはさすがにあかんやろ!」

 

(キャッチャー……)

 

 二年生のキャッチャーはやめてしまった者もいたが、稲実に折角入ったのだからと別のポジションにコンバートした者もいた。

 

「……話があるのなら聞きますよ」

 

「二人きりで話したいが……?」

 

「いや、俺達も聞かせてもらうよ」

 

「……しゃーねえな。いいか? 言わずもがなお前は今後成宮鳴というピッチャーと付き合うことになるだろう。だが……本当に付いていけるのか?」

 

「実力的にも性格的にも両方……ですか?」

 

「そうだ。あいつは王様だ……。俺達キャッチャーのことなど小間使いとでも思っている」

 

「そ、そんなことないやろ。いや、ううん……」

 

「かもしれません。それでも実力で付いていけたのなら……その限りではないかと」

 

「それがもっと難しい……。あいつはどんどん進化していく。一年前と比べても、球速が底上げされたのはもちろん、変化のキレも増すばかりだし、何より課題だったコントロールすら今では自由自在と言ってもいい。来年もそうだろう。スタミナによるチェンジアップの浮きも改善されるだろうし、それどころかもっと恐ろしい変化にすらなるかもしれない」

 

「随分評価しますね……。そこまで見ていたのに、やめてしまったんですか」

 

「俺は……付いていけなかった。あいつは同等の努力や成果をキャッチャーにも求める。付いていけるものか……化け物だよ、成宮鳴は」

 

 神巫は彼の表情を観察した。浮かび上がった感情は恐怖、だった。

 

(同級生とそこまでの溝が生まれていたとは……。唯一残った福さんも性格はともかく、実力ではついていけなかった。御幸さんにもフラれてしまった。鳴さんは……孤独、だったんじゃないか?)

 

 思い返すと成宮はことあるごとに絡みに来ていた。何でもない茶々を入れてくることが大半だったが、神巫にはそれが孤独の裏返しのように感じられていた。

 

「もう一度問う。お前は本当に……成宮鳴に付いていけるのか?」

 

「分かりません。俺は鳴さんの進化を目の当たりにしていない。結果として振り落とされることもあるかもしれません。ですが……やれるだけやってみます」

 

「……お前が選ばれたのも分かる気がするよ。どんなメンタルしてんだ一年坊が」

 

 既に決めた覚悟を覆す真似はせず、神巫は自分の思うままの答えをぶつけた。その返答に呆れたように溜め息を吐くと肩に手を置いてから去っていった。去り際に忠告を残して。

 

「だけど、忘れるな。あいつの実力が絶対だからこそ、キャッチャーも自分自身も制御できないほど勝ち気な性格は……危ういんだ」

 

「……なるほど。覚えておきます」

 

(いずれあの人に何を求めるのか……片鱗は見えてきたな)

 

 そして一軍合流の日がやってきた。一番最初にグラウンド入りするつもりで来た神巫だったが、既に四人の先客がいた。

 

「来たなスーパールーキー」

 

「失望させるなよ」

 

「俺達に付いてこい!」

 

「矢部さんは出迎えた感出さないでください」

 

「んがっ!」

 

 カルロス、白河、矢部と成宮にスカウトされた面々が集う。もちろんその張本人も悪い笑みを浮かべながら待ち受けていた。

 

「思ったより早かったじゃん」

 

「分かってましたよね。俺か多田野が来ることは」

 

「さあね〜」

 

 後手に腕を組んでとぼける成宮の背にある一番の背番号が目に入ってくる。自身の二十番から最も遠い存在。そんな彼が誰よりも早く進化していく……想像するだけで気が遠くなるようだった。

 

(俺はまだ未熟だ。その分負けないくらい成長できるはずだ。この人達と一緒なら……。付いていかなければ……鳴さんは孤立してしまう。それだけはさせたくない!)

 

「容赦しないよ。俺に付いてこれなきゃ……それまでだから」

 

「構いません。俺は……負けません」

 

「じゃ、早速アップ付き合ってよ」

 

「はい!」

 

「おい成宮! アップで全力で走るな!」

 

 走り出した神巫の脳裏にふと浮かぶものがあった。それは、御幸と最後に交わした会話だった。

 

(もし御幸さんがいれば鳴さんが孤立する心配はない。彼がいることで、安心していたに違いない。俺は……始まる前から負けていただろう)

 

 神巫は自嘲するように笑うと、目の前の光景に意識を戻した。そして先頭をひた走る成宮に必死で食らいついていくのだった。

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