ダイヤのQ   作:ゾネサー

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第七話

「大丈夫?」

 

「は、ははっ。余裕ですよ……?」

 

 朝からランニングに加えトスバッティングにノックと足腰をフルに使い果たし、ダメ押しに大量の朝ご飯が彼を待ち受けていた。

 

(食欲はいずこへ……)

 

「あっはっは! アップで全力で走るからだよ」

 

(引っ叩きたい)

 

「良かったねーキャッチャーで。鬼のノック受けなくてすむし」

 

「その分打球の方から近づいてくれないんですけどね」

 

「ボールに嫌われてるみたいだねそれ」

 

(利き腕じゃなきゃ許されるよな)

 

 疲れによってあらぬ方向に思考が及ぶ中、茶々を入れられつつもなんとか朝食を食べ終える。

 

「おー。食べた食べた」

 

「動物園の餌やりコーナーみたいな反応やめてください」

 

「独特なツッコミ!」

 

「これでも体力作りは欠かさずしてきたんです。本当はもっと筋トレや体幹トレーニングを積んでから合流したかったんですが……」

 

「ま、合宿中はやることが山積みだしね」

 

「ええ。こうなったからには、とにかく受けて慣れていこうと思ってます」

 

「俺、ボール溢すたびに何か言うから覚悟してよね」

 

(……そりゃ合わないキャッチャーは合わないよな)

 

 合宿中はハードなメニューが中心ではあったが、ピッチャーとキャッチャーは別メニューであることも珍しくなかった。特に神巫は平野はともかく、成宮及び井口の球を受けたことが無いに等しかった。どうあれベンチ登録してある以上、残り一ヶ月の間でバッテリー間の呼吸を合わせておくのは必要事項だった。

 

「はい! また溢したー! 困るなーピッチャーのリズムは繊細って知ってる?」

 

(言い訳はしないけど、孤立したの自業自得な気がしてきたな)

 

「そう言ってやるなよ。お前の全力のボールは俺もたまに持ってかれる」

 

「先輩が後輩を甘やかしちゃダメでしょー!」

 

「……確かに。お前のことを甘やかしたのは失敗だったかもしれん」

 

 一軍にはそれぞれ三人のピッチャーとキャッチャーがいる。三年生同士井口とバッテリーを組むキャッチャーは毎度のことながら成宮の態度に嘆息が漏れ出ていた。

 

「もう一球! いや百球くらいお願いします!」

 

「俺をバテさせる作戦か!」

 

 力負けはともかく、軌道を掴めればミットに収めることは可能。そう考え、とにかく食らいついていった。元々神巫はスライダーには付いていけていた。チェンジアップも緩急差こそ悪魔的だが、サインを出す本人にとっては利き手側に沈む変化は捕る分には困るものではなかった。

 

「くっ!」

 

「よく身体で押さえた! でもミットに収めてくれないと安心して投げられないんだよねー」

 

(スプリットほどの速さではないものの、130キロ近くのフォーク……ったく、たまんないな)

 

 難敵だったのがフォークだった。ストレートと同じ腕の振りで急降下し、目の前でワンバウンドするキャッチャー泣かせの軌道。人差し指と中指で握って投じられる変化球だが、指を大きく広げて深く握ることで落差を広げている上、ここ一年で鍛え上げられた握力によって挟む力を増し、結果スピードまで速いと来ている。

 

「うわっ!?」

 

「あちゃー。下半身の使い方が甘い! 横着せずもっと腰落として!」

 

「ぐっ……はい!」

 

 第一キャッチャーは座るとは言うものの、実際は中腰で浮いている状態。酷使した足腰でこの体勢を保つだけでも立派なトレーニングだった。それも成宮の一球も油断できない投球に晒されながらなら尚更だった。

 

(フォークは球威は無い。それこそ慣れだ……。ピッチャー毎に落差を身体で覚えていくしかない。とにかく数をこなす! ネックなのはやはりストレート。それに……スライダー)

 

 ストレートもスライダーもミットに収まるものの、どうにも腕が引かれてしまう。いわゆるフレーミングが成宮相手にはブレてしまい、時には落球にも繋がっていた。

 

「もっとビシッと! ボールを受け止めたらストップ! 平野っち相手にはやってたじゃん!」

 

「もしかして喧嘩売られた?」

 

「ストレートだけじゃなくスライダーにもこうなるのは、単純な力負けだけじゃないかもしれないな」

 

「えっ」

 

「右利きのキャッチャーは三塁側のボールにはどうしてもミットが流れやすい。これは身体の構造上仕方ない。特に鳴には左ピッチャー特有のベースを横切るクロスファイヤーがあるからな……」

 

「左ピッチャー特有……。そういえば俺、サウスポーを受けるのは初めてなんですよね」

 

「それでか……。右投手でそこまで三塁側に切れ込むボールは珍しい……いや、無いだろうな。数の少ない左はバッターも経験が少なくて有利になることがあるが、それはキャッチャーにも同じことが言えるんだ」

 

「そうだったんですか……」

 

(確かに今の腕力でも一塁側は付いていけてる。ただ三塁側は力を逃すために腕を引いてしまっている……。今何かできることはないのか?)

 

 原田のアドバイスを受けて考え込む神巫。すかさず成宮が退屈そうに呼びかけてきた。

 

「もういいかーい?」

 

「ダメって言っても投げますよね」

 

「分かってんじゃん」

 

(とりあえず左絡みで変えられることといえば……)

 

 明川との練習試合でしたように左膝がつけて構えられるとクロスファイヤーがその名に恥じない角度で放たれる。そして可動範囲が広がったことでボールに難なく届いたものの、体勢が崩れるように持ってかれてボールが溢れてしまう。

 

「まーだだよってね」

 

(ダメだ……。鳴さんはコントロールがいいんだ。元々ミットが届かないわけじゃない。接地してるのが膝じゃむしろ踏ん張りが効かなくなる。ならどうすればいい?)

 

「考えるのもいいけどさ。とにかく試してみたら?」

 

「……それもそうですね」

 

 左膝は元に戻しダメ元で今度は右膝がつけられた。こちらはやったことのない構えだけに戸惑いつつ、右足が外に開いて伸ばされると、左足に大きく力を込めるようにして構えられる。

 

「んっ……!?」

 

 しかし今度は捕球に向かう動作がぎこちなくなってしまい、ミットの外側で弾いてしまった。

 

「キャッチャーが膝をつけるといえば左膝だよな?」

 

「ああ……俺もそう教わった。右膝は違和感があるな」

 

「そうですね……」

 

「んー。スムーズにいければいけそうな気もするけどね」

 

「えっ!? 本当ですか!」

 

「まあでも気持ち悪いよ。なんか傾いてて」

 

「ピッチャーから見て傾いてますか? なら……重心がズレてるのかな」

 

 左を意識しすぎるあまり左の股関節に寄りすぎ、重心が真ん中に置かれていなかった。そして戻そうとすると自然に右足がお尻の方へと折りたたまれた。

 

「お、いいじゃん。すっきりした。こっちの方でもすっきりさせてよね!」

 

 三度放たれたクロスファイヤーは惚れ惚れするように同じような軌道でやってきた。そのボールに対して迎え撃つように腕に力を込めると、左足に加えて折りたたまれた右足で踏ん張った。

 

「……!」

 

(そうこなくっちゃ)

 

 そして、彼の全力のストレートを受け止めていた。

 

「でもまだだよ」

 

「えっ」

 

「まさかストレートの時だけその構えするわけじゃないでしょ。球種教えてるようなもんだもん」

 

「……下さい。フォークを……インコースに!」

 

 左膝をつくメリットは左側の可動範囲の広さにあった。今度はその逆。つまりワンバウンドするようなボールに対して左膝が障害物になっていた。これでは成宮の落差の大きいフォークはとてもじゃないが捕れないだろう。

 

(フォークは身体を張ってのブロッキングもある。その上でフレーミングの質を落とさないためには……)

 

 成宮がフォークを投げる瞬間だった。折りたたまれた右足はそのままに左足が伸ばされると重心が低くなった。ワンバウンドしたボールを抑え込めるように身体が正面に移ると、その状態で下に向けたミットにボールが収まった。

 

(こ、これだ……!)

 

 今まで教えられてきていない右膝をついての捕球だったが、成宮のボールに対応するにはこの構えだという手応えがボールを通して感じられていた。

 

「で、でも……フォークのために足を出したら球種がバレないか?」

 

「いや、平気だろう。ピッチャーが投げてからキャッチャーが捕るまでの時間は0.4秒だ」

 

(それよりも……鳴の煽りに負けずにボールに付いてくるやつがいるとはな。大したもんだ)

 

「祐! 言っとくけど! ここはまだスタートラインなんだからね!」

 

「はい! 分かってます! あと千球お願いします!」

 

「俺を潰すスパイか!?」

 

 合宿の日々はこうして過ぎていった。練習が終われば泥のように眠り、起きれば筋肉痛の身体をロボットのように動かし、付いていくだけで精一杯という様相だった。それでも振り落とされはしなかった。やがてそんな日々も終わりを迎えようとしていた。

 

「そんな体で大丈夫?」

 

「大丈夫です。問題ありません」

 

「ま、練習してるより試合してる方が楽だしねー」

 

「何より楽しいですもんね」

 

「そーそー。みんなの視線がオイラに集まってたまんないの」

 

(鳴さんたまに自分のことそう呼ぶけど似合わないなあ)

 

 最終日となる明日は三チーム総当たりによるダブルヘッダーが組まれていた。その相手は修北と、同じ西地区最大のライバルである……青道だった。

 

「明日は青道の奴らに目にもの見せてやる! 降谷ってやつとも投げ合いたいなー」

 

「バカ。こんな大事な時期に手の内を見せるような真似をするか。主力メンバーは修北戦だ。余計な情報は与えるなよ」

 

「ちぇー」

 

(……まさか?)

 

「神巫。監督からの伝言だ。疲れもあるだろうが、青道戦はお前に任せる。隙は見せるな……だとよ」

 

「……! そう……なりますか」

 

 どうあれライバル校との試合に抜擢された責任感もさることながら、御幸が選んだ高校との対戦に神巫は高揚するものがあった。

 

(手の内を見せないのは相手も同じだろう。御幸さんは出ないだろうが……)

 

「分かりました! 鳴さんの代わりに目にもの見せてきます!」

 

「やっちゃえやっちゃえ!」

 

「……やらかしはするなよ」

 

 そして、最終日がやってきた——。

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