ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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番外編・女傑の出立。

 

 

 

 

 るぉん。

 甘い響きを含んだ鳴き声にクチートが面を上げると、1頭のアマルスがオボンの実を差し出してきた。

 

 午前の訓練が一段落し、めいめい休憩を取っている最中の出来事である。

 

「ラピス。わざわざ持ってきてくれたのか」

「るぉん」

 

 ラピスと呼ばれたアマルスは照れくさそうに身をくねらせた。

 

 この個体は群れの中で最も幼く、まだ言葉もろくに話せない。

 だが人一倍素直な性格で、誰よりも真剣に訓練に取り組む姿勢が、クチートには好ましかった。

 

「ありがとう。半分食べるか?」

「るぉん!」

 

 アマルスは瞳をキラキラさせて頷いた。

 オボンなど毎日食べているのに、およそ飽きるということを知らないらしい。

 

 クチートが真っ二つに割ってやると、小さな口で美味そうに頬張った。

 

「美味しいかい、ラピス」

 

 後ろから白きアマルルガに覗き込まれ、アマルスはぴょんと飛び跳ねた。

 

 クチートが慌てて傅く。

 

アマルルガ(ゴーシェナイト)様」

 

 アマルルガ──ゴーシェナイトは苦笑し、ゆるゆると(かぶり)を振った。

 

「そんなふうに畏まらないでくれと言うのはこれで何度目かな。いまの私たちは、主アシタバに仕える同志なのだ。どうか対等に接してくれないか」

「は……」

 

 クチートはわずかに赤面した。

 彼の言い分は、理解出来る。

 だが、先祖代々仕えてきたディアンシー女王、その忘れ形見たるアマルルガとフランクに話せというのは、なかなか難しいものがあった。

 

 若き氷雪龍はふっと微笑みを浮かべ、唐突に話題を変えた。

 

「ところでね、クチート(ヘリオドール)

 ユクシー様から大切なお話があるそうだよ」

 

 そう言って、洞窟の奥を目顔で示す。

 そこはヒカリゴケも生えない暗い一画で、好奇心旺盛なアマルス達に覗き見されない希少な場所だった。

 

 そこを選ぶということは、即ち人目を憚る話ということだろう。

 

(ユクシー様が……? なんだろうか)

 

 クチートは訳が分からないながらも、大人しくついて行った。

 

 

 ○○○

 

 

 暗闇の手前で、クチートとアマルルガが一礼する。

 

「ヘリオドール、馳せ参じました」

「ゴーシェナイト、同じく」

「……やあ、来たね」

 

 この声はユクシーだ。

 すぐに淡い光が灯る。

 フラッシュを、光量を抑えて発動したらしい。

 

 クチートたちは驚いた。

 ユクシーの柔和な顔が、強い憂いを帯びていたからだ。常に冷静沈着な彼には珍しいことである。

 傍らのディアンシーもまた、顔色をなくしているのが分かり、クチートの背に戦慄が走った。

 

 酷く嫌な予感がする。

 

 知識を司る精霊は前置きもせず、ズバリと切り出した。

 

「アシタバが消えたよ」

 

「え」

 

 氷雪龍が狼狽えた様子で訊ねる。

 

「き、消えたって、どういうことです?」

「言葉通りの意味だ。

 カントー・ハナダの洞窟で敵と交戦中、全身を燃やされ、虫の息になったところを、()()()()()()()()()に飛ばされた。いや、逃がされたという方がより正確かな。以来、ボクの分身体すら行方が掴めないんだよ。だから消えたと表現した」

 

「…………!」

 

 クチートは言葉を失った。

 ユクシーはこの世界の全てを把握するため、世界中に己の分身を遣わしている。

 ゆえに、この世界で起きた出来事、生まれた命は例外なく彼の知るところとなるのだが。

 

(そのユクシー様ですら、アシタバが今どこにいるのか分からない……)

 

 あるまじきことだった。

 海が干上がるとか、太陽が消えてなくなるようなものだ。

 クチートは乾いた喉で生唾を飲みこみ、聞かねばならないが、聞くのは勇気を伴うことを口にした。

 

「我々は……また会えるでしょうか」

 

 ユクシーは数秒、間を置いた。

 いつも饒舌な彼がそんなにも黙る姿を、クチートはこの時初めて見た。

 

 そして、知の精霊は言った。

 

「……無理だとおもうよ」

 

 クチートは、棒を飲んだように立ち尽くした。

 

 

 ○○○

 

 

 アシタバが消えた。

 何処とも知らぬ彼方へと。

 

 あまりに衝撃的すぎて、クチートは頭の中が真っ白に麻痺していた。

 

「何をしているのだアイツは……!」

 

 額に掌を当て、低く呻く。

 

 ユクシーから話を聞いたあと。

 アマルルガは顔を青くさせながらも、午後の訓練を始めていた。

 

 クチートも師範として参加するはずだったが、他でもないアマルルガに止められてしまったのだ。

 

「そんな窶れた顔を見せたらラピスたちが不安になってしまうよ」

 

 そう言われては、反論のしようもない。

 それで、みんなから離れたところで呆然と腰を下ろしていた。

 

 アシタバと過ごした日々はさして多くない。

 だが、思い出す記憶はどれもこれも濃密だ。

 

 阿呆。

 我々を待っていると約束したではないか。

 アマルスたちを鍛え、進化させた暁にはきっと戻り、再び旅に出ようというゴーシェナイト様の宣言を、忘れたとでも言うつもりか。

 

 ……いや。あのポケモン馬鹿が忘れるはずもない。

 むしろ我々が戻るのを指折り数えて待っていたろう。

 

 なのに、異世界へ逃げた。

 

 そもそも、どうやって飛んだのだろうか。

 ここではない世界とはどこだろう。

 よもや、アイツが竹子と呼ぶウルトラビーストとやらの生まれた場所ではなかろうか。

 

 疑問が無限に湧いてくる。

 しかもこの謎は知識の精霊(ユクシー)すら解けないのだ。

 

 もどかしさに苛立ちが募る。

 とてもじっとしてなんか居られない。

 

(彼の地で何が起こったか調べねば)

 

 ふと浮かんだ思案に、誰よりもクチート自身が沸いた。

 

 そうだ。

 嘆いている暇などない。

 それよりも足を、頭を動かそう。

 

 クチートの視線が、ちょうどこちらを振り向いたアマルルガとぶつかった。

 

 女傑の眼差しから考えを読み取ったアマルルガは、静かに訊いた。

 

「……行くんだね?」

 

 クチートは答えた。

 

「はい。この目で見定めて参ります」

 

 何が起こったのか。

 どうすればアシタバを呼び戻せるか。

 

 そして、そうだ、カブトプス(カブルー殿)達の安否も気になる。

 アシタバと同じところに行ったのか、それともこちらに留まっているのか。

 

 留まっているなら、何処にいるのだろう。

 

「それなら知ってるよ」

 

 ユクシーの声に、クチートは弾かれたように振り向いた。

 

 全く。

 エスパーというのは度し難いが、こういう時はすこぶる便利だ。

 

「教えてください。カブルー殿らは、いずこへ?」

 

 ユクシーは短い腕で彼方を指し示した。

 

「カントーはセキエイ高原の建物で、龍の守り人が庇護している」

「セキエイ……」

 

 たしか、人間たちが鎬を削る修行場のようなものが有るんだったか。

 

「行くかい? カロス(ここ)からだとかなり遠いけど」

「行きます」

 

 クチートは即断した。

 悩む余地など有り得なかった。

 寄らば文殊の知恵という。

 カブトプス達と協力すれば、きっと良い知恵も浮かぶだろう。

 

「……ヘリオドール」

 

 それまで口を噤んでいたディアンシーが、そっとクチートの両手を握った。

 

「あなたなら心配はいらないと思うけれど……道中、どうか気をつけてくださいね」

 

 祈るように囁く彼女の瞳は揺れている。

 物心着く前からこの洞窟で暮らしてきたディアンシーにとって、カントーへの旅路など夢物語のようなものに違いない。

 

 クチートはディアンシーの手を額に当て、力強く頷いた。

 

「ありがとうございます、陛下。

 陛下もお健やかでありますように」

 

 この段になって、ようやくクチートが旅立つらしいと気づいたアマルスたちが駆け寄ってきた。

 その中にはもちろん、最年少のアマルス(ラピス)も居る。

 

 アマルルガが努めてなんでもない風を装いながらアマルスたちに教えた。

 

「いいかいみんな。

 みんなの師匠・ヘリオドールさんは少し旅に出る。

 長い旅だ。無事に帰ってこられるよう、みんなでお祈りしよう」

 

 アマルスたちは口々にクチートの無事を祈った。

 

 ラピスはなんとかみんなの真似をしようと頑張ったが、やはり上手くいかないようで、もどかしそうにクチートに体を擦り寄せてきた。

 

「るぉん、るぉん!」

「……心配するな」

 

 クチートは優しい笑みを浮かべながら、長い首をぽんぽんと叩いてやった。

 

「私は必ず帰ってくる。

 それまで、修行に励むのだぞ」

「るぉん」

 

 ラピスの眦から零れた涙をそっと拭ってやり、クチートはカントーに向けて出発した。

 

 

 

 

 




というわけで番外編。
今回はみんな大好きクチートのヘリオドールにスポットを当てました。
勿論アマルルガのゴーシェナイトもカントーに行きたかったのですが色違いかつ化石ポケモンの最終進化は流石に目立ちすぎるのでお留守番です。

本日は2話更新。18時頃にアップします。

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