枯れ果てたグラシデアの園の真ん中で起きた、二柱の神による奇妙な対峙は、周囲の野生ポケモンを遍く逃走せしめた。
微風すら吹かない殺伐とした静寂が満ちる。
雷神ボルトロスがぎりぎりと歯ぎしりしながら、俺の肩を掴む豊穣神ランドロスを睨めつけた。
傍らのミュウツーは、病み上がりなうえにいまいち状況が飲み込めておらず、ほとんど棒立ちの有様だ。
シェイミは怪訝な顔をしながらランドロスを見上げている。時々こちらを見やるのは、俺の腕の中にいるコイキングを案じてのことだろう。
可哀想にこの魚は、紐を引けば震えるおもちゃのようにガタガタ怯えっぱなしだった。
俺は相棒に向かって、懸命に《動くな》と念じていた。
背後を取られているせいでランドロスの顔も拝めていないが、肩に触れる掌の厚さと雰囲気から、尋常でない強さの持ち主であることはひしひしと伝わってくる。
ランドロスはただ立っているだけなのに、あまりに強烈なプレッシャーを感じて、
脂汗と冷や汗が滝のように背中を滑り落ちていく。
肩を握られていなけりゃ、膝から崩れ落ちて胃液を吐き散らしていただろう。
たのむ。
頼むから。
誰もこいつを、刺激しないでくれ。
そんな空気をものともせず口火を切ったのは、やはりというか案の定というか、怒り心頭の雷神だった。
「何しに来たんだよテメェは」
剣呑極まる口調である。
対するランドロスはのんびりした声で、しかしどこか人を食ったような口ぶりで応じた。
「無論お前の愚行を止めにだ、我が同胞よ」
「あァ!? 愚行だと!?」
大気に火花が散る。
ボルトロスの怒気が小さな雷と化して迸っているのだ。可哀想に、コイキングはバチッと弾ける音を聞いただけで失神してしまった。
「俺様の何がダメだってんだ、言ってみろ!」
「そうやいやい喚くな。話もできん」
「…………っこの野郎……っ!」
雷神の白い鬣が逆立った。
双眸が眩い光を放ち出す。
俺達もろとも大技を仕掛ける気だと気づいたミュウツーが間に割り込んだ。
「よせ! 止めろボルトロス!」
「どけや小僧!」
咆哮し、ボルトロスが右手を振りかぶる。
やにわに空が翳った。
凄まじい速度で、とんでもない量の雷雲が天を覆っていく。
轟く雷鳴。
不穏な稲光。
そして。
情け容赦のない
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
何も見えない。
何も聞こえない。
腹の底までひっくり返りそうな轟音と衝撃が全身を貫いた。
────だが。
「まったく、
ランドロスの呟きだけは、なぜかすっと耳に入ってきた。
「……え」
おそるおそる目を開けると、俺たち全員を土の繭が包んでいた。これがあの凄まじい稲妻を完全に防いでくれたらしい。
俺はこの現象に心当たりがあった。
「大地の、力……?」
大地の
「おう。よぅわかったの」
ランドロスが指を鳴らすと、繭がしゅるりと解け、ただの土に戻った。
そして、ボルトロスに呼びかける。
「とまあこんな風にお前の攻撃は通らん。わかっておっただろうがな。あまり駄々を捏ねてくれるな同胞よ。こちとら話をしに来ただけなのだ」
「…………!」
雷神の殺気がいよいよ強まる。
多分、説得しているつもりなのだろう。
だが、その態度が、その物言いこそが、相手の怒りを煽っていることまでは気づいていない。
よく言えばおおらか。
悪く言うなら無神経。
ランドロスとは、そういうタイプの神らしい。
(なるほど……
こりゃボルトロスがキレるのも無理ねえな……)
タイプも性格も相性が悪すぎる。
喧嘩するなってほうが無茶だ。
とはいえ、巻き込まれるのは御免蒙りたい。
さっきはランドロスが気まぐれに助けてくれたが、ふたりが本気でぶつかったらこっちは影も残るまい。
ボルトロスが二撃目を放つ前に、俺はミュウツーに目配せした。
「──!」
意を察したミュウツーが俺の腰に手を回し、ついでにシェイミも抱えてテレポートを発動させる。
かくして俺たちは、ほんの一時かもしれないが、窮地を脱したのだった。
○○○
ミュウツーが
周囲一体を鬱蒼と茂った森に囲まれて、俺たちの頭上も野放図に伸びた枝が覆っている。
これなら、すぐに見つかる心配もなさそうだ。
「最高の隠れ家だな。さんきゅ、
ミュウツーは油断なく目を配りながら言葉を返した。
「さきほどの……ランドロスとかいう者が来た時に周辺を透視したところ、ここが最も具合が良さそうだと見当をつけたのだ」
俺は頬が赤くなるのを感じた。
あのとき、ミュウツーは立ち尽くしていたわけじゃなくて、安全な場所を見繕ってくれてたのか。
冷や汗かいて硬直してただけの俺とは雲泥の差だ。
(……てか、トレーナーの癖に情けなさすぎるだろ、俺)
もう一度、今度は深々と頭を下げた。
「本当にありがとう。命拾いした」
「私からもお礼を言わせてください……」
胸元から死にそうな声がした。コイキングだ。
たったいま蘇生したらしい。
「私たちはみな電撃に弱く……ボルトロス様ほどの技を食らったら生きてはおれませんでしょう……
九死に一生とはまさにこのこと……あなたは大恩人にござります」
そう言うコイキングの瞳から、涙がポロポロ溢れて止まらない。
俺はそっと泉に下ろしてやった。
慣れない肺呼吸しながら泣いたんじゃ、窒息しかねないもんな。
「泣き虫でしゅねえ」
シェイミが呆れた溜息をつく。
「お前さんは怖くなかったんか?」
「ぜんぜん! ミーに雷は効きましぇんから!」
いやまあ確かに、草に電気はいまひとつだけどさ。
あの威力じゃ、そんな理屈なんて通用しない。
丸焦げになってたよ。たぶん。
ツッコミかけて止めた。
シェイミの小さな脚がかたかた震えていたからだ。
突っ込む代わりに、俺はくすりと笑った。
まったく、意地っ張りなお姫様だよ。
「……さて」
俺の声色が変わったことを悟り、ミュウツーが居住まいを正した。
「こっからどうするか、決めていこう」
咲いたグラシデアは一輪こっきり。
作れた目覚まし団子は2つ。
うち1つはミュウツーが食べた。
残る1つは当然、火吹き島で眠るというジラーチに食べさせてやりたいが、なにぶんあそこにはとんでもない強敵がいる。
溶岩を自在に操るうえに、強烈無比な欠伸をかましてくるヒードランを、いかにして突破するべきか。
最も手っ取り早いのは、強力な水技を繰り出せるポケモンを味方につけることだろう。
次点で、ミュウツーに水技を覚えてもらう方策である。
「……って考えてるんだがどう思う?」
全員に問いかける。
するとコイキングが真っ先に手……もとい、ヒレを挙げた。
「それでしたらあの、私のところの長に頼めばなんとかなるかもしれません」
「まじか!」
コイキングの群れの長とくればギャラドスに違いない。数多の水タイプの中でもトップクラスの強さを誇るポケモンだ。
俺はぱん! と両手を合わせ拝むように頼んだ。
「頼む! 力を貸してくれ!」
「わかりました。それではしばしお待ちください。
実はこの泉が私たち一族の棲処なのです」
コイキングは微笑みを浮かべ、とぷんと潜っていった。
15分ほども待ったろうか。
春の日差しにおもわず微睡みかけたところへ、コイキングが戻ってきた。
「お待たせしました! 我らが長にございます!」
一拍遅れて大きな水飛沫が噴き上がる。
俺たちは呆然と“長”を見あげた。
誰がこの光景を予想できただろう。
自信満々のコイキングの横にいたのは、全身を金色に煌めかせたでっかいでっかいコイキングだった。
どんぐらいデカいかというと、泉の傍に立つ目測で8メートルほどの楓の木と同じくらいの背丈なのだ。
「我らが長は一族で最も大きく、最も高く跳ねることができます!
しかも、長の
未だかつてその技を食らって無事だったものはいないのです!」
その、あまりに誇らしげな物言いに、金コイキングが「ま゛っ」と頷き。
「そ…………っかァ」
俺は、なんとかそれだけ振り絞りながら、近隣の水タイプ探索を決意したのだった。
というわけで11話。
なんとかランドボルトの喧嘩現場からは脱出できました。
しかしミュウツーが起きても対ヒードランの策が見つからない模様。
アシタバくんはどうするのやら。
ラストのクソデカコイキング、大きさがピンと来ない人はマンションの1階から2階までの高さぐらいを想像していただければ作者のイメージと近いです。クソデカコイキングはいいぞ。
よければ感想高評価おなしゃす!