ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第14話 とある父娘の会話⑶

 

 

 

 

「斬られたの!? バサギリに!」

 

 娘は泣きそうな顔で口元を覆った。

 大きな丸い瞳に涙の膜が張っている。

 

「まだその傷ある? 痛い?」

 

 俺は薄く笑って、目にかかった前髪をそっとよけてやりながら「平気だよ」と答えた。

 

「助けてくれたポケモンがいてね。

 大事には至らなかった。

 傷もさっぱり消えてるよ。

 痛くもなんともない」

 

 娘──ブルーはほーっと息を吐いた。

 優しい子だ。

 彼女はいつも、俺の痛みに寄り添ってくれる。

 

 大丈夫だと知った途端に好奇心が戻ってきたようで、質問が矢のように飛んできた。

 

「助けてくれた子はだあれ?

 ミュウツー? それともボルトロス?」

 

「惜しいな。彼らじゃない」

 

「ええー? ……じゃあ、ドレディア?」

 

 俺は首を振った。

 

「意外なポケモンだよ。覚えてるかな。

 最初の方に出てきた、困った幽霊のことを」

 

 ブルーはすぐに合点がいったようで、ぽかんと口を開けた。

 

「まさか……()()()?」

「ああ」

 

 ブルーから視線を外し、窓の向こうの夜空を眺めやった。

 

 触れれば切れそうなほど鋭く尖った三日月。

 あの日も、こんな月が浮かんでたっけ。

 

 俺は年々か細くなる記憶の糸を手繰り寄せながら、当時の出来事に思いを馳せた。

 

 

 ○○○

 

 

 バサギリの凶悪な斧が再び振り下ろされ、俺の身体を真っ二つに引き裂こうとしたその時。

 影から躍り出た2本の鎖が、斧を弾き飛ばした! 

 

「「!?」」

 

 俺もバサギリも何が起きたか分からず絶句する。

 腕に張りつかているテッポウオに至っては大混乱に陥っていた。

 

「なっなっなんだァ!? 今度は誰なんだよう!?

 影ン中に入ってるなんてタダモンじゃねえ!」

 

 影の、中────。

 

「そうか」

 

 俺がその正体に思い至るのと、鎖の主が飛び出してきたのはほぼ同時だった。

 

 固い殻に閉じこもり、猛毒の餅で相手を意のままに操るゴーストポケモン。

 アローラで、カントーで、散々暴れてきたそいつは、バサギリの前に立ち塞がり、鎖をびゅんびゅん振り回している。

 

「モモワロウ……」

 

 名を呼ぶ俺を一瞥し、モモワロウは叫んだ。

 

「モモワァイ!」

 

 闇を煮て固めたようなシャドーボールが十数個、バサギリに殺到する。

 バサギリは直撃を嫌って後ろに飛び退り、傍らの木に身を寄せた。

 

 弾幕の大半が木に着弾し、霧消する。

 

 それを見てモモワロウは紫色の体液を周りの木々にぶち撒けた。

 一瞬にして草木が枯れ果てる。

 今のはヘドロ爆弾かヘドロウェーブだろう。

 バサギリの隠れ場所を徹底的に潰すつもりらしい。

 流石に泡を食ったバサギリは脇目も振らず逃げていった。

 

「逃げ足早ぇな……」

 

 逃げ去った方角を目をやりながら呟く。

 判断が早い。行動に移す時も迅速だ。まごついたり悩んだりする様子は一切見られなかった。

 

 そういえば群青の海岸で俺たちに襲いかかった時も、ミュウツーの猛攻を喰らってさっさと逃げていた。あんなでかい斧をぶら下げているくせに絶対に力押しをしてこない辺り、かなり慎重派なのがわかる。

 

 それが、尚更恐ろしい。

 次に来る時は、モモワロウの存在も計算に入れて襲ってくることが、容易に察せられるからだ。

 

 3度目は、俺か向こうのどちらかが倒れるまで戦うだろう。

 

 ……まあ、それは今はいい。

 

 俺はよろよろと立ち上がり、モモワロウに声をかけた。

 

「モモワロウ」

「…………モモ」

 

 鎖を収めたモモワロウは殻を震わせた。

 怒られると思ってるんだろう。

 影から出てくるなと脅したもんな。

 

 俺は、地面に額を擦りつけるようにして頭を下げた。

 

「ありがとう。お前さんのおかげで助かった」

「モ……っ?」

 

 まさか感謝されるとは想像していなかったようでモモワロウは盛んに瞬いた。

 

 俺との約束を、こいつは今日まで守り抜いた。

 食事は必要だろうから俺が寝ている時にでもこっそり抜け出していたんだろうけど、存外義理堅いところがある。

 

 おまけに俺の命を助けてくれたのだから、過去の所業はともかくとして、礼を述べねば気が済まなかった。

 

 袖口から、テッポウオのテツが恐る恐る顔を出す。

 もう危機は去ったと見て、あからさまに安堵した。

 

「いや〜肝が冷えたね。

 ただでさえちっこい身が更に縮こまるところだった。ありがとうよモモの大将!」

 

「モ……!」

 

 ありがとうの言葉か、それとも大将の響きか。モモワロウは紅潮した頬を誤魔化すように殻を閉じた。

 

 なんだ。

 こいつ、可愛いところあるじゃんか。

 

 ひょっとしたら、もう少し仲良くなれるかもしれない。

 

 だがその前に、早いとこ血を止めにゃ。

 段々視界が霞んできた。

 

「モモワロウ。この近くにラッキーが居るそうなんだ。呼んできてくれないか」

 

「モモ!」

 

 モモワロウは勇み足ですっ飛んで行った。

 意識は、それを最後に途切れている。

 

 

 ○○○

 

 

 モモワロウは自分でも説明のつかない感情に困惑していた。

 

 この世界に生を()けたときから、気侭に生きてきた。

 極上の餅をばら撒き、数多の手下を従えて、ひとつの島を丸々占領したこともある。

 

 気に食わない輩は自慢の猛毒で生きたまま腐らせてやった。

 断末魔の苦しみが、悲鳴が、この上なく心地よかった。

 

 これこそが“生きる”ということだと、愉悦に浸ったものだ。

 

 だがしかし、あの人間と戦ってからケチが付き始めた。

 やることなすこと失敗するようになり、辺鄙な洞窟に逃げ込む羽目になった。

 

 酷い屈辱である。

 この怨み、かならず晴らしてやると息巻いた。

 

 ところが何処とも知れない土地に飛ばされてしまい、復讐どころではなくなってしまった。

 ここらのポケモンはやけに強くて、餅を差し出しても簡単には受け取らない。

 

 先程のポケモン──人間はバサギリとか呼んでいたが、実のところ、顔を見るのはこれで二度目だった。

 最初の邂逅では有無を言わさず斬られかけて、慌てて逃げたのである。

 

 仕方なく、本当に仕方なく、苦渋の決断でもって人間の影に潜むことに決めたが、もしもこの人間が死んでしまったら、自分はいよいよ隠れ家も元の場所に帰る方法も失くしてしまう。

 

 だから無我夢中でバサギリを追い散らした。

 

 つまり、徹頭徹尾己のために戦ったに過ぎない。

 

 なのに人間は頭を下げた。

 

「…………」

 

 ラッキーを探しながら黙考する。

 自分は、誰かからありがとうと言われたことがあったろうか? 

 そもそも、誰かと餅を介さずに関係を築いたことが、一度でもあっただろうか? 

 

 この気持ちは、なんなのだろう。

 なぜこんなにも、胸の中心がじわじわと(ぬく)いのだろう。

 

「モモ…………」

 

 また、ありがとうと言われたら。

 強いんだなと褒められたら。

 想像するだけで、胸がかあっと熱くなった。

 

 もう一度聞きたい。

 いや、一度と言わず、何度でも。

 

 あの人間は、沢山言ってくれるだろうか。

 この温もりを、もっともっと与えてくれるだろうか。

 

 不意に、遠く離れた岩のそばに桃色の背中を見かけた。ラッキーに違いない。

 

 

「モモワァアアイ!」

 

 

 モモワロウは叫びながら、ラッキーに向かって駆けだした。

 

 

 ○○○

 

 

「ふふ」

 

 闇の中に声がする。

 含み笑っているようだ。

 

 声の主を探してみても、見渡す限り闇の中で、己の指先すら判然としない。

 

 声が言う。

 

()()死にかけたのか、小僧」

 

 俺は応えた。

 

「そうみたいだ」

 

「そんな怪我をして帰ればまたぞろ仲間に叱られよう」

 

「だよな」

 

 俺は苦笑した。

 流石に短期間で大ケガしすぎだ。

 特に今回は、同行しようとするミュウツーを断っているせいで、尚更合わせる顔がない。

 

「案ずるな」

 

 声が言う。

 笑みを堪えきれないような、愉しげな口振りで。

 

「その躰、しばしの間、我に貸せ」

「貸す?」

 

 どうやって? 

 

「なあに、容易いことよ。

こんなにいと易きこともない。

そんな()()()()忽ち治してしんぜよう」

 

 そうか。

 治してくれるか。

 斬られた割に痛くも痒くもないけど、傷があるのとないのとじゃ大違いだもんな。

 

 いいよと言いかけて、ふと、一抹の不安が過ぎった。

 

「……ちゃんと返してくれるよな?」

 

 声の主から笑みが消えた。

 何も見えない真の闇の筈なのに、何故だかそれが分かった。

 

 じわり、圧しかかるような殺気が吹きつけてくる。

 

 しばらくして、声が言った。

 

「……勿論だとも」

「……頼むぜ」

 

 そして俺は、全身から力を抜いた。

 

 

 ○○○

 

 

 モモワロウがラッキーを連れて戻ると、人間がこちらに背を向ける格好で立っていた。腕に張りついたテッポウオは、疲れたのか眠っている。

 

 どういう理屈か、背中の傷が綺麗さっぱり消えていた。

 モモワロウが首を傾げると、人間がゆらりと振り向いた。

 

 瞬間、金縛りにあったように我が身が動かなくなる。

 

 

 違う。

 アレは、人間ではない。

 

 

 姿こそ先のままだが、中身が決定的に違う。

 

 横のラッキーも異変を感じたのだろう、全身をわななかせながら、ジリジリと後ずさっている。

 

 人間が口の端を上げた。

 冷酷極まりない、邪悪な笑みだった。

 

「……ほう。()()()か」

 

 背中から黒い鞭のような影が伸び上がる。

 1本、2本、3本……計6本のそれが翼の成れ果てであると、モモワロウは気づいた。

 

「モ…………」

 

 まさか、ありえない。

 だが六つの翼は、始まりの神に仇なす大罪者だけが持てるもの。

 

 幽霊(ゴースト)たちの王にして、この世界の裏側に(ましま)す冥府の神。その徴。

 

 人間は自身の手を握ったり開いたりしたあと、興味深そうに空に翳した。

 

「これを機に乗っ取ろうとしたのだがな。

生意気に返せと抜かしおった。

今少し、()が必要だな」

 

 そしてモモワロウに視線を送る。

 両目が妖しく光っていた。

 どちらも白目が黒く染まり、紅い瞳孔に変わっている。無論、ただの人間がそんな眼を持つ筈もない。

 

 冥界に属する者として、その変化が何を意味するかは察しがつく。

 

 この人間は、依り代なのだ。

 破れた世界に封じこめられたあのお方が、現世に顕現するための。

 

 もしや、とモモワロウは思考を走らせる。

 アイツは度々、死に瀕していたのではないか? 

 そして甦るごとに、その身と意識とを変えられてきたのでは。

 

 普通は訝しむはずだ。

 己の変化を。

 だがこの人間は、正気を疑いたくなるほど自分自身に無頓着になりつつあった。

 

 それだけではない。

 いくら周りが危険だと止めても、自ら危険にすり寄るような真似をした。

 まるで死にたがってでもいるかのように。

 

 それすらも、冥王が仕向けたことならば。

 この人間には、果たして自我が残っていると言えるのだろうか。

 

 モモワロウは戦慄する。

 そもそも、そもそもだ。

 老いも寿命も痛覚さえ喪って。

 ポケモンと苦もなく言葉を交わせることもまた、依り代になる為の一端であるならば。

 

 もはやこの生き物は、人類とポケモンと、どちらの際に立っているのだろう。

 

 人間でもポケモンでもない、おぞましき化け物。

 バサギリはそれに気づいたが為に、襲いかかってくるのでは? 

 

 冥王がラッキーに手を差し出した。

 

「卵を寄越せ。

それを持って帰らねば怪しまれるでな」

 

 ラッキーは恐怖に涙しながら卵を渡すと、後ろも見ずに逃げていった。

 

「モモワロウよ」

「モッ」

 

 モモワロウは地べたに平伏した。

 

「そろそろこの身を返さねばならぬ。

煩わしいことにな。

だがそれもあと少し。

あと暫くの辛抱よ」

 

 冥王が嗤う。

 喉の奥で。

 依り代たる人間を蔑むように。

 

「あと一度か二度死なせてやれば、髪の毛一筋に至るまで我の物となる。

なあ、モモワロウ」

 

 鎖の端を指先で弄びながら、冥王は囁いた。

 

「貴様の働きに、期待しておるぞ」

 

「モ…………」

 

 冥府の者(ゴーストタイプ)はなべて冥王の配下である。

 モモワロウに、否やの言えるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 




というわけで14話。
冥王のフォント気に入ってるんですけど読みづらかったら申し訳ない。

冥王による乗っ取り計画が暴露されました。
当の本人だけが預かり知らない策謀に、アシタバ陣営は果たしてどう抗うのか。
もう軽々しく死ねないぞアシタバ。
いや本来一度でも死んだらアウトなんだけど!

モモちゃん仲間にしたいのにな〜スムーズにいかないなあ。

よければ感想高評価おなしゃす!
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