ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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お ま た せ ♡♡


ヒスイ編
第1話 とある父娘の会話⑴


 

 

 

 

 早朝6時。

 世界有数の大都市ヤマブキシティの片隅、高級マンションの裏にひっそりと建つ貸家の一室で、1人の少女が飛び起きた。

 

 背中まで真っ直ぐ伸びた栗色の髪。

 いたずらっぽく瞬く丸い瞳。

 

 少女はベッドから飛び降りると、父親の部屋に駆け込み、鈍い鼾を立てるベッドに全力でダイブした。

 

「起きろーっ! 朝だよーっ!」

「ぐへえっ」

 

 父親──つまり俺は悲鳴をあげて悶絶した。

 少女の体重が鳩尾にクリーンヒットしたのだ。

 激しく咳きこんだ後、むっくりと起き上がった。

 

「お、お嬢さんよ……。

 もう少しおしとやかに起こしてくれんか……」

「ダメだよ。

 パパ優しいやり方じゃ全然起きないもん」

「ソンナコトナイヨォ」

「それよりパパ! はやく準備しないと! 

 今日朝から大事な会議があるんでしょ!」

「やべっ忘れてた!」

 

 俺は慌てふためきながらパジャマを脱ぎ捨てた。

 娘が「まったくもー」と呆れながら家中のカーテンを開けていく。

 

 ガラス越しの柔らかな朝陽を浴びて、リビングに寝ていたオムナイトが少女の足元まで転がってきた。

 小さな触手で寝ぼけまなこを擦っている。

 

「おはよぉ、オムちゃん」

「ぷきゅ」

 

 娘が優しい手つきで抱き上げる。

 オムナイトは嬉しそうに目を細めた。

 

 仲睦まじい光景をバックに着替えを済ませ、2人分の朝食をテーブルに並べていく。

 すでに起きていたグレンアルマが手伝ってくれた。

 トーストに昨日の残りのサラダ、コーンスープはインスタントだ。

 最後にベーコンエッグを添えて完成である。

 

「「いただきます」」

 

 ぱちんと手を合わせ、トーストにかぶりつく。

 軽い食感と香ばしさが堪らない。

 

「やっぱりこつこつパン店のパンは最高だね!」

「まったくだ」

 

 俺はしみじみと頷いた。

 カントーで一番のパン屋が徒歩2分圏内にあるおかげで毎日極上のパンにありつける。

 ありがたいことこの上ない。

 

「今日もマユさんの店に手伝いにいくのか?」

「うん!

 あたしが売り子の日は売上が違うんだって!」

「ほんとかあ?」

 

 ブルーは「ほんとだよ」と得意満面だ。

 マユさんというのがこつこつパン店の店主である。

 数ヶ月前にお隣のシオンタウンから引っ越してきた。ララというニックネームのガラガラと二人三脚で素晴らしいパンを焼いている。

 いまや遠方からも客が訪れる超人気店だが、開店初日から通っていたら娘ともども名前を覚えられてしまった。

 

 娘はマユさんを慕うこと甚だしく、小遣いも出ないのに店の手伝いをやりたがる。

 

 今日は月に1度の半額デーだそうだ。

 きっととんでもなく混むだろう。

 

「「ごちそうさまでした」」

 

 2人で皿を洗い、一緒に家を出た。

 俺は職場へ、娘はパン屋へと足を向ける。

 ちょうど真逆の方角だ。

 

 オムナイトとグレンアルマをボールに仕舞い、娘がひらりと手を振った。

 

「頑張ってね、パパ!」

「お前さんもな、ブルー」

 

 娘──ブルーはにっこり笑って駆けていく。

 俺も微笑みを浮かべて手を振り返した。

 

 

 俺たちの朝は、大体こんな風にして始まる。

 

 

 ○○○

 

 

 近頃のヤマブキは劇的に治安がよくなった。

 悪名高きロケット団が壊滅したからだ。

 あの忌々しい黒服は、もう何年も見ていない。

 

 ……だというのに、チンピラ2人が女性に絡む現場に出くわしてしまった。

 

 ロケット団の残党……ではない。

 ただ行儀が悪いだけだ。

 

「────」

 

 流れるように腰のボールホルダーからボールを掴み、現場に近づいていく。

 下衆2人は卑猥なことを言いながら、女性にスカートを捲るよう強要していた。

 

 俺の眦がナイフのように吊りあがる。

 

 音を立てないようにボールのロックを解除。

 小さなポケモンが弾丸のように飛び出していった。

 

 後頭部をいきなり殴りつけられた馬鹿どもが物も言わず昏倒する。

 

 俺は耳を澄まし、他に仲間が居ないか確認してから被害者に向かって手を振った。

 

「もう大丈夫です。交番まで付き添いましょうか?」

 

「あ、ありがとう。助かったわ。

 ……あら? あなた、まさか」

 

 女性の頬が上気する。

 

「間違っていたらごめんなさい。

 もしかしてあなた、ロケット団を壊滅させたアシタバさんではありませんか?」

 

「はは……いやあ、たまたま潰せただけですよ」

 

「まあやっぱり!」

 

 女性は今しがた襲われたことなどもう忘れたように瞳を輝かせた。

 

「あなたの記事は全て読んでいるわ!

 根っからのファンなんです! 

 トキワのジムリーダーでありながらたくさんのボールも開発されていらっしゃるんですよね。

 私本当に尊敬してます!」

 

「ありがとうございます。

 ご期待に添えるよう今後も頑張りますね。

 ……ところで、お仕事の時間は大丈夫ですか?」

 

 女性ははっと我に返り、慌てて去っていった。

 何度も名残惜しそうに振り返るから、俺はしばらくその場に留まって手を振らなきゃならなかった。

 

 やっと姿が見えなくなった頃を見計らい、不届き者を成敗してくれたポケモンを呼び寄せる。

 

「ありがとよ、カモネギ(モネ)

「くゎっ」

 

 ブルーがどこからか拾ってきてモネと名付けたカモネギは、得意げにネギを回し、ボールに戻った。

 

 

 ○○○

 

 

 社員証を通用口に翳し、自分の仕事場へ直行する。

 部屋に入りかけたところで声をかけられた。

 

「おはよう、アシタバくん」

「課長、おはようございます。また徹夜ですか?」

 

 課長はやつれた顔に弱々しい笑みを浮かべた。

 

「捕獲プログラムの構築に手間取っていてね……」

「俺が調整してみますよ」

「ありがとう。

 注文が次から次へと入ってもうてんてこまいだ」

「嬉しい悲鳴ってやつですねぇ」

 

 課長は「違いない」と笑い声をあげ、俺の手をぎゅっと握り締めた。

 

「やはりマスターボールは君にしか造れんよ。

 聞き飽きただろうが、君は紛れもない天才だ。

 このシルフカンパニーの期待の星だよ」

 

 あまりにストレートな褒め言葉に面映ゆくなる。

 俺は耳まで赤くしながら手を握り返した。

 

「ありがとうございます。

 これからも頑張ります」

 

 

 ○○○

 

 

 時間は矢のように過ぎて退勤時刻になった。

 夕暮れに染るバトルコートで、子どもたちがポケモンバトルに興じている。

 戦っているのはブルーとお隣のヒロム君だ。

 

「よーし! 行ってこいスリープ!」

「頑張ってオムちゃん!」

 

 スリープとオムナイトが向かいあう。

 先に仕掛けたのはヒロム君の方だった。

 

「ねんりき!」

 

 自分の体重より軽いものならば自在に持ち上げたり引き寄せたりできるエスパー技。

 スリープの体重は30kgを超える。

 僅か10kgのオムナイトは容易く浮き上がった。

 

「地面に叩きつけろ!」

 

 2階程度の高さから強かに叩きつけられる。

 オムナイトは岩複合ゆえ大したダメージにはならない筈だが、なんでも大袈裟に痛がる悪癖が発動し、身も世もなく号泣しはじめた。

 

 それだけではない。

 

「ぷきゅ〜〜〜っ!」

 

 ちっこい触腕でダバダバ走りながらブルーの脚に抱きついていくではないか。

 戦意喪失でヒロム君の勝ちだと誰もが思った瞬間、相棒を泣かされて怒ったブルーが、オムナイトを()()()()

 

「よくもあたしのオムちゃん泣かせたなぁ!」

 

 そのままスリープへ勢いよく投げつける。

 よもやトレーナーが相棒をぶん投げてくるとは思いもよらなかったのだろう、哀れなスリープはまともに喰らってしまい、ぽてくりと気絶した。

 

 絶句する相手にブルーがVサインを突きつける。

 

「あたしの勝ち!」

「ぷき!」

 

 さっきまで泣いていたオムナイトもむん! と触手でガッツポーズしていた。

 

 反則負けじゃバカタレ。

 相手の子に頭を下げ、ブルーにも下げさせてから家路についた。

 

 

 ○○○

 

 

 夕食は甘めのカレーにした。

 ブルーの好物である。

 人参を星型に切ったのがえらく好評で、2回もおかわりしてくれた。

 

「あたしね、月とか星座とか大好き!」

 

「いいね。パパもだよ」

 

 俺も星を眺めるのは好きだ。

 知識がないから星座の名前までは分からないけれど、山に登って満天の星を見上げた時などは、胸に染み渡るような幸福が感じられる。

 

「パパ、次のジムのお仕事はいつなの?」

 

「うーん、いつかなあ。

 パパのジムにはバッジを7つ集めないと挑戦できないんだけど、最近は5つとか6つあたりで辞めちゃうトレーナーも増えてきてるんだよなあ」

 

 後半のジムはキョウさんやカツラさんなど一癖も二癖もある人達が犇めいている。

 力押しでは決して突破できない難攻不落のジムを前に、諦めてしまう者も少なくないのだ。

 

 最後に挑戦者を迎えたのはいつだったっけ? 

 下手すると、年を跨いでいるかもしれない。

 

(ま、そのおかげでトキワのジムリーダーのくせにヤマブキに住めてるんだけどね)

 

 これがニビジムだったらそうはいくまい。

 あそこは最初の関門で、挑戦者がひっきりなしに訪れるのだから。

 

 一緒にカレー皿を洗っていると、ブルーがやけにキラキラした瞳で振り向いてきた。

 

「ねえパパ。

 今夜も()()()()の続き聞かせてくれるよね?」

 

 俺は苦笑した。

 

「お前さん、アレ好きだよなあ」

「大好き! 面白いもん!」

「じゃあ、夜更かしせずベッドに行けるか?」

「する! 約束!」

「うし。なら聞かせてやろう」

「やった!」

 

 ブルーは喜色もあらわに手を叩いた。

 彼女が言ってる“あのお話”というのは、俺が昔、とある地方を旅した時の物語のことだ。

 

 こっちに帰って10年も経っているからだんだん記憶が薄れていてなんとも歯切れの悪い語り口になってしまうのに、寝物語に聞かせてみたらいたく気に入られた。まさか続きをせがまれるとは。

 

 片付けと風呂を済ませ、ベッドに潜り込んだブルーの枕元に腰を下ろした。

 

「えーと。どこまで話したっけ?」

 

「のんびりしたエイパムが、パパをハピナスのとこに連れてってくれたところまで!」

 

「あーそうだったそうだった。まだ序盤も序盤だな」

 

「だってパパあーとかうーとかどうだっけ……とかいちいち挟むからお話進まないんだもん」

 

「いやほんとその頃の記憶が曖昧なんだよ。

 でも今日話すトコは比較的憶えてるから安心しな」

 

 俺は咳払いをして、思い出を噛みしめるように語りはじめた。

 

 

 

 誰も知らない冒険譚を。

 

 

 

 




というわけで始まりました第3部!
ただいまーーー!!(クソデカボイス)

娘ってなんやねん!ギラティナとかアルセウスどうした!とお思いの方々、きっちし書く予定ですので、ゆるゆるお付き合いくだされば幸いです。
なお、いきなり本作から読んでしまった方、こちらは三部作の3作目にあたりますので、もしお時間ありましたら1作目から読んでみてくだされ。
あらすじ欄にリンクがございますけぇ。

そして累計200話にもなる前のお話をすべて読んで本作に辿り着いてくださった皆様方。
神か。足向けて寝れましぇん。
本作もどうぞよろしくおねがいします!

それでは感想高評価おまちしてやす!
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