ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第17話 ヒスイ、出立。

 

 

 

 

 ホウオウの聖なる炎で身を清めろ。

 

 全身薄紅の見慣れぬポケモンに告げられて、俺は呆然と視線を彷徨わせた。

 

 相棒のミュウツーは戸惑いがちの目線を寄越し、ジラーチとシェイミは意外な名前に面食らっている。

 雷の化身ボルトロスと、風の化身トルネロスは、俺を横目に見ながら囁き交わしていた。

 

「え、と……」

 

 二の句が継げないでいる俺に薄紅のポケモンがすいと近づいてき、両頬を手挟んだ。

 花のような馨しい香りが鼻腔を擽る。

 

「ぉわっ」

「安心せい。ラブトロス殿は危害を加えんよ」

 

 横手からトルネロスが教えてくれた。

 

 なるほど、ラブトロスというのか。

 名と雰囲気からしてボルトロスたちの仲間だろう。

 風神雷神豊穣神の三柱は知っていたが、このポケモンは記憶にない。

 

 何を司るんだろうか。

 ラブと言うくらいだから愛情とか?

 

 ラブトロスはそのまま至近距離からまじまじと観察してきた。ただ見るのではなく診るという感じで、目の下を引っ張ったり、舌を伸ばさせたり、まるで診断中のドクターの如く体のあちこちを確かめていく。

 

 狼狽える俺とは対照的に、ラブトロスの顔がどんどん曇っていった。

 

「……不味いね。かなり()()してる」

 

 その言葉に、心臓が早鐘を打った。

 

 何が、とは聞かなくても自明だろう。

 俺を蝕む呪いのことだ。

 

「そんなにか」

 

 ボルトロスの問いに、ラブトロスははっきり頷いた。

 

「急いだ方がいいね。

 冥王がこの子を完全に乗っ取っちまう前に」

 

「冥王?」

 

 さっきも出てきた単語だ。

 一体誰を指しているんだろう。

 

 ジラーチは冥王と聞くやぶるぶる震えだし、さあっと血の気の引いた顔で口元を抑えた。

 

「そんな……

 お()さ何した!? 

 そっだらおっがねえ()()の呪い背負ってたべか!?」

 

「い、いや俺てっきり呪ってきてんのはアルセウスのほうだと思ってたんだけど……」

 

 瞬間、ミュウツーを除く全員が俺を睨めつけた。

 

「小僧。その御名をみだりに呼ぶでない」

「不敬でしゅよ、アシタバ」

 

 ボルトロスとシェイミに交互に諌められ、俺は咄嗟に口を噤んだ。

 

 ラブトロスがため息混じりに言う。

 

「……造物主たるあの御方は、試練をお与えになることはあっても、誰かを呪うなんざ有り得ないんだよ。ヒトの子じゃ分からんのも無理は無いけどね」

 

 言いつつ、俺を柔らかい草の上に座らせる。

 銘々も腰を落ち着けた。

 

 ラブトロスが頭上を振り仰ぐ。

 

「アンタたちも来なさいな」

 

 風神と雷神がぎょっと目を剥いた。

 いつから空にいたのやら、あのランドロスが腕組みをしたままゆっくり降りてきたのである。

 

 しかも背後の茂みからは、バサギリまで現れた。

 ミュウツーが絶句している。

 高い感応(テレパス)を使えるミュウツーですら、バサギリの気配を察知できなかったらしい。

 恐るべき隠密能力である。

 

 ランドロスはいつものにやけ面を浮かべていなかった。どこか不快げな表情で俺を一瞥してから、ラブトロスの横に移動し、腰を抱き寄せようとした不埒な手をすげなく叩き落とされていた。

 

 バサギリは俺とミュウツーを同時に視界に収められる場所で静止した。

 座るつもりはないらしい。必要な時には即座に逃亡あるいは攻撃できる間合いを確保している。

 

 微かな殺気を孕みつつも表層は静かな空気の中で、ラブトロスが口火を切った。

 

「アシタバとやら。

 アンタは呪われてる。

 それもこの世で最もひつっこくて厄介な冥王──ギラティナにね」

 

「ギラティナ……」

 

 名前だけは、知っている。

 シンオウ神話に、万物の祖・天帝アルセウスに楯突いた愚かな神として登場するからだ。

 

 ヒトの始まりとも言われる巨神・レジギガスを唆し、叛逆を企てたがあえなく失敗。

 巨神族たちはそのほとんどを石版に変えられ、ギラティナは()()()()()に追放されたという。

 

 学界において、ギラティナの存在を信じる学者はほとんどいない。アルセウスの神性を裏付けるための、神話上の舞台装置だという説が主流だからだ。

 

 しかしそのギラティナは確かに生きていて、俺を呪っているらしい。

 

 何の為に? 

 ラブトロスの答えは明瞭だった。

 

「もう一度、この世に甦るためさ」

 

 ラブトロス曰く。

 ギラティナが押し込められた領域は“やぶれた世界”といい、こちらの法則も常識も一切通用しない無常の空間であるという。

 

 時の流れに取り残され、(はて)なき虚無を永劫彷徨う罰から逃れるためには、現世に生きる何者かを依代とする他はない。

 

 その依代こそが、俺なのだ──と。

 

「…………」

 

 俺は無意識に、己の頬に触れていた。

 

 どんな大怪我も勝手に治っていく身体。

 黒と紅に変色した、人間らしくない眼。

 時々聞こえる、姿なき声。

 

 声は、こんなことを言ってなかったか? 

『その身を貸せ』──と。

 

 バサギリに斬られたところを治す為と言っていたけれど、もしやあれは、俺の躰を乗っ取るための方便だったのでは? 

 

 返してくれるよな、と訊いたときに剣呑な空気を帯びたのは、復活を邪魔されて怒っていた? 

 

 気づいた途端に背筋が凍った。

 

 なんて、ギリギリの綱渡り。

 

 俺は両腕を回し、我が身を抱きしめた。

 この腕は、まだ俺のものだろうか。

 この意思は、恐怖は、俺が感じているものか? 

 俺と()()()の境目はどこにある? 

 

 そもそも、境はあるのか……? 

 

「ひ…………!」

 

 考えれば考えるほど自我が曖昧になっていく感覚は、さながら底なし沼に沈むようで。

 大声で叫び出しかけた俺を、ミュウツーががっちりと抱き締めた。

 

「お前はお前だアシタバ! 

 大勢がお前の帰りを待っている! 

 冥王など、訳の分からぬ輩にやらせはせん! 

 それでも恐ろしいというのならワタシが何度でも抱いてやる!」

 

ミュウツー(カタリベ)……」

 

 グレンタウンの荒れ果てた屋敷で、20年もひとりぼっちのまま人間を恨み憎んでいたポケモンが、真っ直ぐに俺を見つめている。

 

 眼差しに込められた熱は、触れれば火傷するんじゃないかと思うぐらい熱くて、恐慌の波がさーっと引いていくのが感じられた。

 

「…………!」

 

 俺は言葉もなく、ミュウツーを抱き締めかえした。

 ミュウツーのぬくもりが、鼓動が、泣きたくなるほど俺を安心させてくれた。

 

 

 ○○○

 

 

 ラブトロスは複雑な表情を浮かべ、アシタバとミュウツーの抱擁を眺めていた。

 

 天帝アルセウスがこの世をお創りあそばされた折に、三つの神をお産みなされた。

 

 刻の神ディアルガ。

 宙の神パルキア。

 そして魂魄の神ギラティナである。

 

 彼らは天帝に次ぐ位を与えられ、この世の理を定めたもうた。

 天帝は次々に神を産み、世界を整えられた。

 

 そして、最初のヒトが産声をあげる遥か昔。

 

 ギラティナは天帝の座を簒奪せんと、レジギガスら巨神族を唆して叛旗を翻した。

 

 これが、およそ数千年前に起きた《冥王の乱》である。

 

 大乱は七日七晩続き、一時は弑逆成るかと危ぶまれた。

 

 カイオーガやホウオウらも参戦して、なんとかギラティナを幽閉することに成功した。

 

 …………そう、“幽閉”なのだ。

 討滅ではなく。

 

 誰もが滅するべきだと思っていたが、それを実行できる余力は、誰にも残されていなかった。

 それほどに熾烈な争いだったのである。

 

 ギラティナは神籍を剥奪されて“冥王”に格下げされた後も、冥界からゴーストたちを支配して隠然たる勢力を保ち続けた。

 

 あらゆるタイプに変性できる天帝がノーマルタイプを堅持しているのは、冥界の刺客たちから身を護るためだと言われている。

 

 そんな怪物が人間を使って復活するなど、誰が想定しえただろう。

 

 人間がギラティナの波動をひとかけらでも浴びたが最期、()()()即死、悪ければ狂死してしまうというのに、アシタバは耐えた。

 

 耐えたどころか、その身にギラティナの肉体を八割ほども宿している。

 依代として、ほぼ完成していると言っていい。

 

 ミュウツーやシェイミと会話している光景は平和そのものだ。

 

 けれど、アシタバの瞳が、時折立ち昇るオーラが、ギラティナの影響下にあることを如実に物語っている。

 まるで冥王が人間の振りをしているようで、心底おぞましい。

 

 浄化など待たずに、いっそ…………

 

「ここで殺しちまえばいいじゃねえか」

 

 ランドロスがさらりと言い放った言葉に、ラブトロスは息を飲んだ。

 鋭い声で叱咤する。

 

「ランド!」

 

 ところが豊穣神は柳に風と受け流し、おどけたように片眉を上げた。

 

「なんだよ、それがいちばん手っ取り早いだろ?」

 

「…………!」

 

 ランドの言い分には一理ある。

 ギラティナの器になれる人間などそうそう巡り会えるものではない。

 事実、冥王の乱から数千年も雌伏していたのは、器たりうる存在が見つからなかった所為だろう。

 

 ここでアシタバを殺してしまえば、冥王の悪魔的計画を頓挫させることができる。

 

 一理どころではなく、最適解なのかもしれない。

 何かと噛みつくボルトロスすら反論が浮かばないようだった。

 

 そこへ口を挟んだのは、ランドロスと共にこの場にやってきたバサギリであった。

 

「────失礼。

 それは、辞めておいた方がよろしいかと存ずる」

 

 静かな、しかし断固とした物言いに、ランドロスが肩をそびやかした。

 

「何故じゃ」

 

 バサギリはアシタバたちを盗み見てから、聞き取れないほど声を潜めて言った。

 

「それがしは冥王なる者と(まみ)えたことはござらんが、非常に狡猾なお方であると聞き及んでございます。

 ならば、人間を依代に選んだことが露見するのも策の内と考えるのが道理」

 

「……それで?」

 

「それがしは彼奴がこの地に来てより、あまりの禍々しさから幾度か奇襲を試み申した。

 最後には背中に深傷(ふかで)を与えましたが、寝転んでいるだけでみるみる治しよったのです。

 ────それだけではない」

 

 バサギリの双眸がギラリと光った。

 

「治した途端、正常だったはずの左眼が、右同様禍々しい色に変わり申した。

 これが何を意味するか、お判りか」

 

「…………っ、まさか」

 

 臆病なトルネロスが目を見開く。

 バサギリは鷹揚に頷いた。

 

「左様。

 彼奴は死にかけるほどに、呪いが進むのでしょう。

 殺してしまっては、むしろ復活を早めるだけかと」

 

「なんと……そこまで計算しておるというのか」

 

 流石のランドロスも、言葉を失っていた。

 

 

 ○○○

 

 

 なにやらヒソヒソ話をしていたラブトロス達は、話が一段落したらしく、ぞろぞろと俺たちの方に戻ってきた。

 

 ラブトロスが言う。

 

「ホウオウ様がいらっしゃるのはジョウトだが、そこまでの道のりは分かるかい?」

 

 俺は首を振った。

 現世でもシンオウに行くのは結構な長旅だ。

 飛行機で行くにしろ鉄道を使うにしろ、かなりの時間がかかる。

 

 世界で初めてズガイドスとタテトプスの化石が出土した魅力的な土地だけに、行きたい気持ちは常々あったのだが、どうにも時間と経費を捻出できず機会を得られなかった。

 

 たった300年前だから地殻変動はないだろうし、現代と距離感は変わらないと思うけれど、問題は交通手段の乏しさである。

 歩いていったら果たしてどれだけかかることやら。

 半年間休みなく歩いても辿り着ける気がしない。

 

 すると泉の水面から、コイキングがおずおずと顔を出した。

 

「お、お話中失礼いたします……

 私たち一族はもともとジョウトの生まれでして……

 もしよろしければジョウトまで背に乗せて行こうとヌシが申しておりますが」

 

「えっ」

 

 ヌシってあの、クソデカ金色コイキング? 

 泳いだの? あんな遠距離を? すんごいな。

 

「そ、そりゃ文字通り渡りに船って感じだけど……

 いいのか? 

 その間この泉はヌシがいなくなっちゃうわけだろ?」

 

 コイキングは優しく微笑んだ。

 

「ここは天敵のムクバードたちも来ませんし、ヌシが居なくともやっていけましょう。

 私の命を救ってくださったアシタバ様に御恩がお返しできるなら、これに優る喜びはありません」

 

「コイキング……」

 

 俺は深々と頭を下げた。

 

「ありがとう。ほんとに助かる。

 よろしく頼むよ」

 

「お任せ下さい! 

 それでは最寄りの海岸でお待ちしています」

 

 コイキングがとぽりと沈む。

 俺はすぐに荷物(といってもルギアが入ったボールと角笛くらいだが)を纏めて海岸へと向かった。

 

 

 

 遠くからでも渚に浮かぶクソデカコイキングの金鱗が光って見える。

 

 シェイミとエイパム、ドレディア、ジラーチ、ボルトロスたち、そしてなぜかバサギリまで見送りに来てくれた。

 テッポウオのテツとはここで別れようと思ったのだが、「水臭いじゃねえかよう! おれっちも行くぜっ!」とクソデカコイキングの体にくっついていた。

 

「達者でなあ」

「ありがとう、エイパム。お前さんが居なかったら俺は生きてられなかったよ」

 

 尻尾の手と握手を交わす。

 隣に並んでいたシェイミは、初めて毛並みを撫でさせてくれた。

 

「騒がしいけど、まあまあ役に立ってましゅたよ。

 また来た時はミーの下僕にしてやるでしゅ」

「はは。そりゃどーも」

 

 ジラーチが俺の額に額を当て、遠出の無事を祈ってくれた。

 

「おまじないだぁ。

 せめて楽しい旅になることを祈ってるでよ」

「ありがとう。おほしさまも、お元気で」

 

 ドレディアがしゃなりとお辞儀する。

 彼女はつい先日、正式に群青のオヤブンになったらしい。

 

「アシタバ殿もミュウツー(カタリベ)殿も、どうか息災でありますように」

「ありがとう。

 オヤブンの仕事、大変だろうけど頑張れよ」

 

 ボルトロスの大きい掌が、わしわしと髪の毛をかき混ぜてきた。

 

「ま、元気でな」

「おう。そっちもな」

 

 ラブトロスの蛇が、俺とミュウツーの頬に口づけた。

 

「無理はするなよ」

「はい。肝に銘じます」

 

 トルネロスが、俺もなにか言うべきか? と戸惑う横で、ランドロスがずいと身を寄せてきた。

 

 上から下までジロジロ眺めてくる。

 そして、バサギリの方を振り向いた。

 

「うん。やはりそれがいいか。

 おい黒斧の!

 貴様もこの旅についていけ! 

 この者の衛士を務めよ」

 

「承った」

 

「は!?」

「なんだと!?」

 

 驚き硬直する俺とミュウツーを差し置いて、バサギリはあっさり頷くや、さっさとクソデカコイキングの背に跨ってしまった。

 

「い、いやいやいや、コイツ何度も俺を襲ってきてんだけど!? 怖すぎて一緒に行けねえよ!」

 

 至極当然な意見だろうに、ランドロスはなんだそんなことかと言わんばかりに肩を竦めやがった。

 

「過ぎた話じゃ。忘れい」

「忘れられるかっ!」

 

 ううわコイツ最悪だ。強引すぎる。

 そりゃボルトロスが嫌うわけだわ。

 

 けれどボルトロスもラブトロスも、苦虫を噛み潰したような顔をしたきり何も言わなかった。

 

 え、まじで? 

 マジで俺、長い長い旅路をこんなおっかないポケモンと一緒に行かなきゃいけないの? 

 

「…………ミュウツー(カタリベ)。もしもの時は、頼むな」

「…………わかった」

 

 ヌシの背に、俺、ミュウツー、バサギリの順で腰を下ろす。

 

「それでは出発しまぁす」

 

 コイキングの声を合図に、股下の身体がぐうんと揺れた。

 

「いってきまーす!」

 

 後ろに向かって手を振るう。

 ヒスイの大地は、友とテンガン山を載せて、少しずつ遠ざかって行った。

 

 

 

 

 




というわけで17話。
ジョウトに向けて出発の巻。

ジョウトの過去はゲーム本編で一切出ていませんので1から10まで捏造になりますが、これはオリジナル地方タグ付けた方がいいんだろうか。

書いてる途中までドレディアが同行する体で書いてたんですが、バサギリが同行したほうがおもろそうなんで路線変更しました。
アシタバの命運はいつもこんな感じでコロコロ転がされてます。
頑張れ主人公。

過去のジョウトでは書きたいキャラやシーンいっぱいあるので書ききれたらいいなあ。

それでは感想高評価よろしゃす!!!
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