ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第19話 囚人と差配役。

 

 

 

 

 怒りの湖から南に延びる街道を歩くと、大きな冠木門が立っていた。

 傍らに、門番らしき男が2人。

 ひとりは年寄りで、ひとりは若い。

 いずれも髪を髷に結って、手には槍を握っている。

 

 この時点で、俺は少し嫌な予感がしていた。

 

 現代において、槍や刀といった武器は博物館に並ぶ工芸品以外の用途を持たない。

 包丁などの日用品を除き、殺傷能力のある刃物を個人が所持してはならないという法律があるためだ。

 

 しかしもちろんこの時代は違う。

 ポケモンと共存するよりも、忌み嫌い排除する風潮の方が遥かに強い上に、人間同士の諍いも絶えなかった。

 

 彼らの持つ槍は、飾りでも脅しでもない、れっきとした武器なのだ。

 もしかしたら、既に血を吸わせたことがあるかもしれない。

 

 そう思うと、穂先がギラリと光るのを見ただけで足が竦んでしまった。

 

 老いた門番は呆然と立ち尽くす俺を認め、おいでおいでと手招きしてきた。

 大人しく近づくと、かったるそうに槍を斜めに傾けた。これより詮議致す、の合図である。

 

 門番がのんびりした口調で訊ねてきた。

 

「手数をかけて申し訳ござらんの、旅の方。

 なれどこれも規則なるゆえにご料簡願いたい。

 それがしに通行手形をお見せくだされぃ」

 

「て、手形……?」

 

「左様」

 

 門番は柔らかい笑みを浮かべながら、ふくふくとした片手を突き出してくる。

 俺は冷や汗をたっぷり掻きながら、体のあちこちをまさぐる仕草をみせた。

 

 ────そうだった。

 迂闊にもすっかり忘れていたが、この頃のジョウトは群雄割拠の有様で、各街の有力者たちが少しでも領土を拡げようと血腥(ちなまぐさ)い闘争を重ねている時代なのだ。

 

 そのため街と街の間には関所が設けられ、人の出入りを厳しく監視、記録している。

 

 関所の柱に掲げられた《手形無き者通過すること罷りならず》という札と、だんだん胡乱になっていく門番の視線に、掌がヌルヌルした汗を噴き出し始めた。

 

 若い門番が痺れを切らし、鋭い声で叱咤した。

 

「早よう出しませぃ!」

 

 まずい。

 これ以上もたくさしてたらこの場で殺される。

 かといって上手い言い訳など即座に思いつくはずも無く。

 

 進退窮まった俺は、勢いよくその場に土下座した。

 

「すみません! 手形持ってません!」

 

「なんだと?」

 

 若い方が血相を変え、槍を突きつけてきた。

 年長者は、「なんとまあ」と呆れたように溜息をついてから、同僚の槍を下げさせた。

 

「やめよジロウ。

 かように畏れ入ったる者を(いたずら)に脅すでない」

 

「……イチマツ殿が、そう仰るのであれば」

 

 若い男──ジロウと呼ばれた方は、渋々と槍を下ろした。

 年長の、イチマツと呼ばれた男が淡い笑みを浮かべる。

 

「チョウジの里御差配役(ごさはいやく)*1ネコヤナギ様より、手形無きもの、素性怪しきものは残らず引っ捕えよとのご指示が出ている。おぬし、本当に手形は無いのだな?

 実は落としたとか、誰かに盗まれたということでもないのだな?」

 

 その声は、手形さえあれば何事もないのだぞ、と優しく諭す色に満ちていた。

 けれども俺にはその優しさに酬いる術がない。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、項垂れるばかりだった。

 

「……すみません。ありません」

 

「うむ」

 

 イチマツさんは二度、三度頷いてから、俺の肩をぽんと叩いた。

 

「しからばお定めに則り牢へと連れていく。

 乱暴にはせんから、神妙にいたせ」

 

「はい」

 

 そのまま俺は、前後をイチマツさんとジロウさんに挟まれながら、300年前のチョウジタウンへと連れていかれた。

 

 バサギリはいつの間にか姿を消していた。

 たぶん、関所が見えたあたりから身を潜めたんだろう。如才がない。

 

 腕に張りついたテッポウオが不安げに揺れるのを服越しに宥めつつ、黙々と脚を動かした。

 

 

 ○○○

 

 

 チョウジの里差配役であるネコヤナギがその報せを受けたのは夜の10時頃、家人はとっくに(とこ)につき、屋敷中がしんと寝静まる刻限であった。

 

 ネコヤナギは宵っ張りだ。

 夜更けになるほど頭が冴える。

 だからいつも、昼間に溜まった仕事を夜中に片すのだが、今夜はなぜだか集中が途切れ、思うように捗らなかった。

 

 そこへ緊急を要する注進が来たものだから、ああ今日の分の頭脳はこの時のために神仏が残してくだされたのかと合点がいった。

 

 家人を起こさぬように気を利かせたのだろう、報告を携えてきた番士は表口ではなく庭先に回りこんできた。

 

 砂利の上に片膝をつく老兵は、関所番頭(ばんがしら)のイチマツであった。

 

 ネコヤナギが唇を引き結ぶ。

 

 三十年もの長きに渡り関所の守を担ってきたこの男は、見識高く、思慮深い。大抵の事柄ならば八方丸く収める分別を持つ、得がたい能吏だ。

 なにもわざわざこんな時刻に来ずとも、朝に報告に来ることだって出来たはず。

 

 そうしなかったのは、今すぐにでもネコヤナギの耳に入れ、指示を乞わねばならぬような問題が出来したからだろう。

 

 もしや、フスベの間者でも捕らえたか。

 

「何があった」

 

 問いに、イチマツは簡潔に答えた。

 

「怪しき者を捕らえました。

 その者が持っていたものを殿にお見せしたいと思い、参った次第にござります」

 

 袂から袱紗に包んだ何かを取り出す。

 掌に載せ、ゆっくりと広げるのを見ていたネコヤナギは、出てきたものに眉を顰めた。

 

 一見すると、木造りの球であった。

 腕のいい工人が拵えたものか、実に美しい球体である。

 それが2つ、ころりと鎮座している。

 しかし続くイチマツの言葉に、ネコヤナギは度肝を抜かれた。

 

「この中に、巾獣(きんじゅう)が入っております」

 

「な……!」

 

 (さむらい)たるもの滅多なことでは喜怒哀楽を表に出さぬ教えを忘れ、おもわず一歩後ずさった。

 

 巾獣。

 このチョウジの里のすぐそばにも、数多犇めく獣たち。

 手傷を負わせると巾着袋に入るほどに身を縮めることから巾獣と呼ばわっている。

 穏やかな気性のものも居れば、作物を食い荒らしたり人を襲うものもいて、対処には頭を痛めていた。

 

 (やつばら)を自在に捕えることが出来たなら。

 あまつさえ使役することが叶うなら。

 そう夢想すること一度ではなかった。

 

 恐る恐る球を手に取る。

 中央に出っ張りがあり、それを押すことで球を開閉させ、中の巾獣を繰り出す仕掛けのようだ。

 

(これがたんまりあれば……!)

 

 巾獣を制する夢が、夢ではなくなる。

 

 球を握る手に力が篭もった。

 

「怪しき者がこれを造ったと?」

 

「当人はそのように申しております」

 

「何処の者か」

 

「分かりませぬ」

 

 イチマツは無念そうに(かぶり)を振った。

 

「なんとなればその者、手形を始め一切の証を持たぬ無宿人*2でござりましたゆえ……」

 

「ふむ……」

 

 差配役は眉間に皺を寄せ、押し黙った。

 関所番頭も黙って頭を垂れている。

 

 無宿人とは穏やかでない。

 というのも、隣里のフスベに所以(ゆえん)がある。

 

 近年フスベの領土侵害著しく、そのやり方も陰湿を極めていた。

 無宿人をチョウジに送りこんで乱暴狼藉を働かせたり、田畑を荒らしたりといった具合で、チョウジの民は無宿人と聞くやいなや蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うか、あるいは親の仇のように殴りかかるようになって、治安が悪化の一途を辿っているのだ。

 

 此度の無宿人も、もしやフスベからの刺客ではあるまいか。

 だがそれにしてはバカ正直に関所を通ろうとしたのが解せぬ。

 おまけにこの球。ただの流浪人には決して持ちえぬ品であろう。

 

 知りたい。

 これの絡繰も、無宿人の正体も。

 

 ネコヤナギが黙然と考えこむ間、イチマツは身動ぎもせず控えていた。

 年端もいかぬ頃から机を並べて勉強した幼馴染の、阿吽の呼吸であった。

 

 やがてネコヤナギは顔を上げた。

 

「捕らえた者と話したい。案内(あない)いたせ」

「はっ」

 

 イチマツは歳を感じさせぬ挙動で立ち上がった。

 

 

 ○○○

 

 

 ネコヤナギが牢の前に立つと、格子の奥の人影がむくりと起き上がった。

 

 今夜は月が隠れている。

 手燭のあかりだけでは照らせる場所が狭すぎて、囚人の容貌が判然としなかった。

 

 ネコヤナギはやきもきした。

 これではどんな人物かまるで分からんではないか。

 あれほどの品をどんな人間が何の材料でどのように造ったか、根掘り葉掘り訊ねたい。

 それにはまず、光の届くところに来させねば。

 

「構わぬ。近う寄れ」

 

 呼びかけに、影がびくりと震えた。

 

「えと、こっち……ですかね」

 

 摺り足で格子へと近づいてくる。

 両手をふらふらと揺すっているし、全体的に妙な歩き方だ。どこか怪我でもしているのか。

 

 訝しむネコヤナギだったが、囚人の姿が露わになった途端、口をぽかんと開けた。

 

 橙色の囚人服はいいとして、なぜか目元を荒く裂いた手拭いでぐるぐる巻きにしている。これのせいで盲た者のような挙動になっていたわけだ。

 

 牢屋番のジョウスケを振り向く。

 囚人の格好や立ち振る舞いは全て牢屋番の監督だ。

 これはいかなる仔細があるのか目顔で問えば、ジョウスケは淀みなく回答した。

 

「その者、面妖な(まなこ)でありましたゆえ、何か事があってはと思い覆わせております」

 

「面妖?」

 

「は。白目の部分が黒く染まり、瞳の部分が紅く光っております。およそ並大抵の人間とは思われませぬ」

 

「……両眼ともか」

 

「左様にござります」

 

 今度はイチマツを振り返る。

 イチマツは鷹揚に頷いた。

 

「関所に訪れた時からそのような面体でございました」

 

「なにか異変は」

 

「ございませぬ。

 それがしも息子のジロウも息災でありまする」

 

「ならば目隠しを取るがいい」

 

 囚人はおずおずと目隠しを外した。

 存外幼い風貌を、正面からじっくりと眺めやる。

 10代半ばよりは上だろうが、20歳には達していまい。

 

(……なるほど。奇怪な目つきじゃの。

 人か巾獣かわからんな。

 いや、その間の子(あいのこ)やもしれん)

 

 人ならざるものであるならばおいそれと解き放つ訳にはいかぬ。

 さりとて、球の秘密は探りたい。

 

 熟考の末、ネコヤナギは決断した。

 

「うむ。この者、我が屋敷に引き取ろう。

 錠を開けよ」

 

「──よろしいのですか」

 

 牢屋番が小声で言う。

 いまはしおらしくしているが、自由になったら何をしでかすか分かったものではないと懸念しているのだろう。

 

 その心配は最もだが、屋敷には大勢の士も詰めているのだ、滅多なことにはなるまい。

 

「よい」

 

 とだけ答えれば、それ以上の問答もなく、囚人はあっさり釈放された。

 

 

 時刻は夜の12時になろうとしている。

 提灯の明かりがぼうと照らす夜道を、ネコヤナギと囚人とイチマツが無言で歩いた。

 

 囚人の手には水をたっぷり湛えた小ぶりの(かめ)があり、歩く都度ちゃぷりと音を立てている。

 甕の中では魚の巾獣が泳いでいた。

 テッポウオというらしい。

 

 道中、ネコヤナギがふと訊ねた。

 

「そやつの球は作らなんだのか」

 

「作りたかったんですが、その暇がなくて」

 

「左様か」

 

 手数のかかるものらしい。

 

「そういえばまだ名を聞いておらなんだの。

 おぬし、名はなんと申す」

 

 囚人は答えた。

 

「アシタバです」

 

「ほう。良い名だ。私はネコヤナギという。

 後ろのはイチマツだ」

 

「ネコヤナギさんと、イチマツさん……ですね」

 

「うむ」

 

 (うべな)いつつも苦笑した。

 さん、ときたか。様ではなく。

 だが悪い気はしなかった。敬意は伝わってくる。

 恐らくは、相手を様付けで呼ぶことに慣れていないのだろう。よほど田舎から出てきたか? 

 

(聞きたいことが山ほどあるな)

 

 差し当って何から聞こうか。

 頭を目まぐるしく働かせながら、足取りだけはゆるゆると、屋敷への路を歩いた。

 

 

 

 


 

 

 ■イチマツ……関所番頭。穏やかな人柄。

 ■ジロウ……関所番士。イチマツの息子。

 ■ネコヤナギ……チョウジの差配役。

 ■ジョウスケ……牢屋番。

 

*1
確か現代でいうジムリーダーに相当する役職だ

*2
住所ならびに身元不明




というわけで19話。
アシタバくんさくっと捕まったけどわりとすんなり釈放されました。
ネコヤナギさんはとある方のご先祖さまです。
名前でモロバレですね笑

名前といえばポケモンの漢字名を巾獣としました。
よくある携帯獣という言い方は携帯できるのが当たり前の世の中になって初めてつけられる名称だと思ったので。

この時代は現代で言う戦国時代に相当すると考えているため、随所に物々しい雰囲気が漂っています。現代っ子のアシタバくんは上手く適応できるでしょうか。

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