「カイリュー、ドラゴンテール!」
最愛にして最強の片割れが尻尾を振るう。
数多のポケモンをフィールドの外まで吹き飛ばしてきた一撃はしかし、虚しく空を切った。
「ぽにぉおん!」
尾の下をくぐりぬけ、力強く跳躍したオーガポンがツタ棍棒を見舞う。横っ面を激しく殴りつけられたカイリューは、地響きを立ててフィールドに墜落した。
ドラゴン・飛行タイプに草タイプの技はほとんど効かない。
それが証拠に、カイリューはすぐさま立ち上がった。
だがワタルは見逃さなかった。
軸足が僅かに震え、焦点も定まっていないことを。
気絶していないだけで、著しく負傷している。
次を喰らえば、もう立てまい。
(とんでもないな……)
うなじを伝う冷や汗を、掌で拭う。
トレーナー不在でこの
正当なバトルであれば、一体どれだけ暴れることやら。
「オーガポン。今日のバトルは終わりだ。
好きに寛いでくれ」
「ぽに」
オーガポンは棍棒をくるくる弄びながら、控え室に去っていった。
「────凄まじいわね」
いつの間にか観戦していたカンナが呟く。
「まったくだ。
ワタルは短く嘆息した。
四天王だけが使えるセキエイリーグのバトルコート。
毎日手間暇かけて丁寧に整備されているそこは、カイリューとオーガポンの攻防で至るところが罅割れ砕かれて、二目と見れない有様になっていた。
恐ろしいのはこれが午前と午後それぞれで繰り返されることである。
このあいだ整備班の部屋を覗いたら、全員目が死んでいたし、エナドリの空箱がダース単位で転がっていた。
アシタバ失踪から5日間。
もはやリーグのキャパシティはピークに達している。
「午後からは是非君も参加してほしいね」
カンナに水を向けると、カントー四天王の新参者は芝居がかった仕草で肩を竦めた。
「あら。私の力なんて要らないでしょ?
シバが既に協力していると聞いたわよ?」
“面倒くさいこと押しつけないで”という意思がたっぷり含まれている返しに、ワタルはニヒルな笑みを浮かべた。
「彼はもう、ガチグマとウネルミナモとかいう、聞いたこともない大型ポケモンを世話してくれている。
相当強いみたいでな、あのシバが苦戦するのが拝めたよ」
「まさか私にもその子たちの相手をしろっての?」
カンナは氷よりも冷たい眼差しでワタルを睨んだ。
自身も格闘家として名を馳せるシバでも手こずるような
カンナは四天王になってまだ日が浅く、未だに彼女の就任を快く思わない連中も多い。
彼らを黙らせるためにも、己の専門である氷タイプへの理解を深め、研鑽するべき時期だ。
ワタルの後輩が残していったポケモンたちにかかずらっている余裕などないのだろう。
まして氷タイプは細かな調整が難しい属性である。
力押しで向かってくるポケモンを死なない程度にあしらうのには不向きであった。
それでも。
カンナには絶対に力を貸してもらわねばならない。
なぜならワタルは、アシタバ捜索の指揮を執るようキクコに命じられているからである。
四天王最年長の彼女曰く、そろそろ
「ガチグマたちはシバに任せていい。
さし当たって君には、さっきのオーガポンとヌメルゴンのトレーニングを頼みたい」
「……あら、そのふたりだけでいいの?」
カンナはふっと目元を弛めた。
「ヌメルゴンって確かカロス辺りに生息するドラゴンよね。さっきのオーガポンは見たところ草タイプみたいだし、あたしが相手したら勝負にならないんじゃない?」
「それでいいんだ。
あの2体はとにかく自信過剰のきらいがある。
情け容赦なくぶちのめしてやってくれ」
「…………ま、考えといてあげるわ」
遠回しの了解を取りつけ、ワタルは後ろ手にぐっと拳を握った。
しかしカンナがバトルコートを出る直前、重大なことを伝えていなかったことに気づき、慌てて声をかけた。
「オーガポンとヌメルゴンはすこぶる仲が悪い!
一緒に訓練させるなよ!」
「なぁにその剣幕。大袈裟ね」
カンナはくすりと笑い、ヒールの音も高らかに歩み去った。
〇〇〇
手持ちたちに食事を摂らせ、煩雑な書類仕事を片付けていると、いよいよ最初の客がやってきた。
取り次いだリーグ職員が青ざめた顔で耳打ちする。
「ほ、ホウエンから四天王のダイゴ様がいらっしゃいました。アシタバさんの件でお聞きしたいことがあるとのことで……」
「第一応接室にお通ししてくれ」
職員は泡を食ってすっ飛んでいった。
四天王クラスの人間と毎日仕事をしているのにそれでも緊張を隠せないのは、ダイゴが
世界有数の大企業デボン・コーポレーションの御曹司。紛うことなき
そんな人物がなぜ一介の学生に過ぎないアシタバと知り合いなのかといえば、化石発掘で得た
事件を聞いて駆けつけた、レホールという女史が教えてくれた。
彼女は事件以降、毎日ハナダの洞窟に潜り、国際警察のハンサムと一緒にアシタバの痕跡を探している。
応接室に向かおうとしたワタルのもとに、別の職員がやってきた。
「あ、あの、パルデアのチャンピオンを名乗る方が面会を求めておいでですが……」
「用件は?」
「あ、アシタバさんの事だそうで……」
ワタルは眉を顰めた。
パルデアの王者とは面識がない。
たしか妙齢の女性だったと記憶しているが……
もしやその人も化石発掘が趣味なのか?
「……第2応接室へ。
先客があるからお待たせしてしまう旨を伝えてくれ」
「か、かしこまりました」
その職員が出ていくよりも早く、3人目が近寄ってきた。
「……まさか君もアシタバ目当ての客が来たと言うんじゃないだろうね」
つまらない冗談になるはずが、職員は無情にも首を振った。
「そのまさかです。
3組いらっしゃいましたが、いずれもアシタバさんの事件についてお聞きしたい、と」
「…………どこの誰かな」
職員はメモを捲りながら、淡々と告げた。
「1組目はカロスからいらっしゃった姉妹で、お姉さんは記者だそうです。
2組目はジョウトのジムリーダー・マツバさんで、3組目はイッシュのチャンピオン・アデクさんでした」
「記者にジムリーダーにチャンピオンね……。
まったくあいつの交友はバリエーション豊かだな」
軽口を叩きつつも、ワタルの頭脳は目まぐるしく回転していた。
記者だと?
このタイミングで来ても世間の耳目を集めるような情報はない。
そもそもアシタバの
マツバの名には覚えがある。
たしかアシタバの同期だ。
絡んだことはないが、やけに優秀な後輩がいると上級生の間でたびたび話題に上がった。
友の行方を知りたくて居てもたってもいられないといったところか。
そしてアデク。
ガラルのマスタード氏に続いて2番目に長い防衛記録を持つ凄腕のトレーナーだ。
まさかチャンピオンが2人もおでましとは。
さすがにこれ以上増えることはないだろうが、とんでもなく豪華なメンバーである。
アシタバというのはよくよく人望があるらしい。
一体全体、どんな旅をしてきたのやら。
「応接室を分けたのは失敗だったかもしれんな」
ワタルは口の中で独りごちた。
全員の目的が同じなら、1つの部屋で語らった方が話は早かろう。
傍らに控えていた職員に目を戻す。
「……その4人は第1応接室へ。
すまないが、第2応接室にお通ししたパルデアのお客人も第1に案内しなおしてくれ」
「承知いたしました」
ワタルは一度自身の机に戻り、ハンサムが取りまとめてくれている捜査ファイルを手に取った。
《ハナダの洞窟失踪事件》と題されたファイルには、追える限りの足取りと、ロケット団とのやりとり、そして手持ちに関する記録が網羅されている。
ただし、ワタルとキクコがユクシーから聞いた話──異世界へ逃亡した件は、未だ載っていない。
あまりに荒唐無稽すぎて、正式な捜査記録に記載させるべきか判断がつかなかったからだ。
だが、これだけの有力者が集まったならば。
異世界の探索方法も見つかるかもしれない。
今となってはむしろ積極的に開示すべき情報だろう。
勿論、メディアに発信するかは別の問題だが。
ワタルはマントの裾を華麗に翻し、第1応接室へと急いだ。
番外編です。
いよいよアシタバを心配するメンツが集まり始めました。
ダイゴ、オモダカ、パンジーにビオラ、マツバ、アデク。
これでも全員じゃないから凄い。
ワタルさんとカンナさんのやりとりでヌメルゴンの名前が出てますが、ハナダの洞窟で血を浴びたメルティはヌメラに戻れていないようです。
よっぽど不安なんでしょうね。
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