ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第21話 とある父娘の会話⑷

 

 

 

「パパってはらんばんじょーな人生なのね」

 

 舌っ足らずな声で言われ、おもわず苦笑した。

 波乱万丈。間違いない。

 世界広しといえど、俺ほどの冒険を経験した人間はそう居ないだろう。

 なにしろ数え切れないくらい死にかけてるし。

 というか何回か死んでるし。

 

「その時の日記とかあったら爆売れするわよ」

 

「ああ、ジョウトに居た時は書いてたぞ。

 墨も紙も貰えたから」

 

「えっウソっ! 読みたい! 

 この家にある?」

 

 やにわに興奮しだした娘の頭を撫でながら、俺は苦笑し、首を振った。

 

「持って帰りたい気持ちは山々だったんだけどな…………」

 

 

 〇〇〇

 

 

《チョウジ日記》

 

 300年前のジョウト地方はチョウジの里で暮らすようになり、はや1週間が過ぎた。

 

 その経過を一言で表すならば「究極的平和期間」という他ない。

 

 なにしろ一日三食白米が食える。

 味噌汁もおかずもふんだんにつく。

 ヒスイでの食事といえば木の実と焼き魚とハピナスの卵の三択をローテーションするしかなかったことを思えば劇的な進歩であろう。

 

 里長のネコヤナギさんと奥さんのモミジさんは、無宿人の俺に本当によくしてくれる。

 寝床と食事だけでなく、縫いたての着物から紙と筆まで与えてくれ、有り難いことこの上ない。

 

 間違っても足を向けて寝られないから、ミュウツーに頼んで寝室の方向を探ってもらい、布団を敷き直したのはここだけの話だ。

 

 モミジさんの絶品料理のおかげで、ルギアの容態にも変化が現れた。

 

 ずっと伏せっていたのに、モミジさんの味噌汁を含ませた途端目を開いたのだ。

 鳴き声にも少しずつ張りがでてきて、昨日は座って食事できるほど回復した。

 

「げるる」

 

 あの鳴き声を聞いた時。

 恥ずかしい話だが、涙が溢れて止まらなかった。

 生きたまま燃やされた俺を死力を尽くして助けてくれたのに、もう二度と食卓を囲めないんじゃないかと不安で仕方なかったから。

 また唐揚げを食べさせてやれると思えば、看病にも力が入った。

 

 とはいえ、日がな1日ルギアの看病ばかりもしていられない。

 昼は里の工房に足を運び、ボールの作り方を伝授している。

 

 教える相手は主に、肉体労働がしんどくなっている老人たちだ。

 

 300年前は何もかもが人力で、人手は慢性的に不足している。おまけにこれから田植えの季節ということもあって、ネコヤナギさんが最もボール製作を身につけてほしいだろう年代の人は集まらなかった。

 

 それに、俺の容姿のこともある。

 毎朝水盥で顔を洗うようになって気づいたのだが、はっきり言って俺の容貌はかなり気色悪くなっていた。

 両目の色が黒と赤になるだけでこうも印象が変わるのかと、他人事のように感心してしまったくらいである。

 

 そんな薄気味悪い人間から物作りを教わる物好きは、老い先短い老人しかいないというわけだ。

 

 けど、まあ、それでいい。

 大事なのはボールでポケモンを捕まえ、使役するという文化を定着させることにある。

 

 もしもボールが量産されれば、ポケモンと共存する(みち)が開け、ジョウトは加速度的に発展するだろう。

 

 …………長年、不思議に思っていたことがあある。

 

 ジョウトの歴史書は膨大な数に上る。

 しかしどれを紐解いても、《初めてモンスターボールを創った人》の名前が出てこないのだ。

 

 ネコヤナギさんに尋ねたが、ポケモンを捕まえられる道具など見たことも聞いたこともないという。

 

「このチョウジから外に出たことは無いがね、よその里や都の話は良く流れてくるのだ。

 お主の申すボールなるもの、少なくともこのジョウトで作っとる奴などおらんよ」

 

 とのことだった。

 

 モンスターボールは画期的な発明だ。

 誰かが編み出したらそれは必ず世間に広まるし、公式非公式問わず記録に残ろう。

 だのに実際は、記録なんてないし、元祖も掴めない。

 そんなことがありうるだろうか。

 

 どこかの誰かが試行錯誤の末にボールの雛形を完成させ、大勢の人がどんどんブラッシュアップさせていくうちに最初の開発者が分からなくなってしまったのか? 

 あたかも、最初にスコップを発明した人が誰だか分からないように。

 

 …………もしくは、その発明者って…………

 

 いや、憶測はよそう。

 

 とにかく俺は、毎日美味い飯を食いながら爺さん婆さんたちにぼんぐりの削り方を教えている。

 

 いま記せるのはこれだけだ。

 

 

 〇〇〇

 

 

 バサギリを除く仲間全員と朝餉を終え、工房へ向かう。

 

 工房は、ネコヤナギさんの屋敷から目と鼻の先にある古びた小屋を使わせてもらっていた。

 元は旅人相手に草鞋や傘を売る小店だったらしい。

 隣の里・フスベとの諍いが頻発するようになって人の行き来が激減し、店も畳まざるを得なくなったと、ネコヤナギさんは物憂げに語ってくれた。

 

「おはようございます」

 

 挨拶しながら戸を開けると、すでに何人かが茶を飲みながら談笑していた。

 

「おうアシタバ先生」

「おはようさん」

「今日もぼんぐり削りかい?」

「そろそろ色でも塗る頃かぇ?」

 

 などと口々に呼びかけてくる。

 工房の隅には削っただけのぼんぐりが十数個篭に入っており、次の加工をいまかいまかと待っていた。

 

 老人たちは足腰こそ弱ってきているが、さすが年の功と言うべきか手先が器用で、いちばん柔らかい桃ぼんぐりもさくさくと皮を剥くし、削っていく。

 

 俺は微笑みながら首を振った。

 いつまでも削るばかりじゃ芸がない。

 今日からはいよいよ捕獲網(ネット)の作成に移ろう。

 網の素材はもう目星をつけている。

 

「今日はこいつの糸を編んでいきましょう」

 

 言って、俺の背中に張りつかせていたとあるポケモンをみんなの前に翳した。

 

 一番前に座っていたお婆さんが「ひゃあ」と頓狂な声を上げる。

 

「なんだよぉ、でっげぇ蜘蛛だこと」

 

「イトマルという巾獣(きんじゅう)*1です」

 

 名を呼ばれ、手の中のイトマルが小首を傾げた。

 

 現代のジョウトではあちこちに広く生息している蜘蛛ポケモンだが、ありがたいことにこの時代でも元気に生きていた。

 角には神経を脅かす毒があるものの、驚かせたりしつこくつついたりしない限り、毒針を刺される恐れはない。

 ミュウツーと森を練り歩き、最も穏やかな個体を連れ帰ってきたから、なおさら事故の心配は低かろう。

 

 長机にイトマルを置き、技を命じる。

 

「イトマル。糸を吐いてくれ」

 

 緑の子蜘蛛はすぐに、しるしると糸を吐き出した。

 こわごわ覗き込んでいた老人たちがほおっと目を丸くする。

 

「あらぁ。素直な子だねえ」

 

「はい。巾獣のなかには凶暴な種族もいますが、ごく一部です。大抵はこのイトマルのように大人しいですよ。適切な距離感を保っていれば、危ないことはほぼないかと」

 

「んで、この糸をどうすんだい?」

 

「木の棒を使って編んでいきます。素手で触るとべたべた引っ付いてしまいますが、こうしてやれば……」

 

 適当に拾ってきた枝を操り、ひょいひょいと編んでいく。

 最初にイトマルを見て驚いたお婆さんがぱちんと手を叩いた。

 

「ああ! 網を作るんだね?」

 

「そうです! みなさんが削ってくれたぼんぐりの中に仕込めば、巾獣を捕らえる捕獲網になります。

 あまり細かく編む必要はありませんが、網目が大きすぎても抜けられてしまうので、ほどよい大きさで編んでください」

 

「げえ。

 おれぁそういう細かい作業が苦手なんだが……」

 

 爺さんの1人が嫌そうな顔をする。

 当然そういう人もいるだろうことは織り込み済みだ。

 俺はにっこりして、ぼんぐりの入った篭を指さした。

 

「網を作るのがしんどい方は、ぼんぐりを磨いておいてください。

 表面がつるつるになれば、色も綺麗に乗りますから」

 

「あいよお」

 

「ほんじゃ始めっかあ」

 

 銘々が好きな席につき、作業を始める。

 俺はしばらく見学してから、問題なさそうだと判断してそっと工房を抜けた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 チョウジの人々は朴訥で勤労だ。

 北は湖、南にフスベ、東には年中凍りついた洞窟があり、西はスリバチ山が聳えるせいで領土が恐ろしく狭い。

 猫の額ほどしかない盆地を先祖代々耕して、どうにかこうにか食い繋いでいるのだ。

 

 警戒心の強さは並大抵ではないけれど、一度懐に迎えた人間には驚くほど優しくしてくれる。ネコヤナギさんや先程の爺さん婆さんたちがいい例だろう。

 

 辺鄙な土地だが、閉ざされているかというと案外そうでもなくて、訪れる人は多い。

 というのも、湖の傍に生える葦が脚気に効くとかで、ジョウトいちの都・エンジュの薬師が足繁く通ってくるのだそうだ。

 

「おかげで都での出来事や噂が、田舎とは思えないくらいすぐに入ってくるのさ」

 

 そう教えてくれたのは、関所番頭(ばんがしら)イチマツさんの息子・ジロウだった。

 ジロウは貴重な非番なのに、俺が怒りの湖に行くと伝えたら独りでは危ないからと着いてきてくれた。

 

(……まあ、俺が逃げたりしないよう監視するためだろうけどね)

 

 決して親切心からではあるまい。

 たぶん親父殿(イチマツ)里長(ネコヤナギ)からそう言い含められているんだろう。

 俺がぼんぐりを拾いに行く時も必ず着いてくるあたり、信用はされても信頼されていないのがわかる。

 

 といって、別段恨む気持ちはない。

 離れに監禁してひたすらボールを作らせ続けたりしない辺り、むしろ温情的な措置だ。

 

「それにしても、何しに湖まで行くんだ? 

 ぼんぐりなら手前の林にいっぱいあるだろ?」

 

「仲間のテッポウオをあそこで泳がせてるから、様子を見に行きてぇんだ」

 

 いつまでも小さくて狭い甕で泳がせるのは可哀想だから、コイキングのヌシがいる湖に放ったのだ。

 

 そう話すと、ジロウは片眉を上げた。

 

「なんでそんな面倒なことを。甕に入れて手元に置いときゃ、いつでも世話できるだろ」

 

「そりゃそうだけど、それは俺の都合だろ?」

 

 現代でも、トレーナーが楽だからという理由でポケモンをケージに閉じこめたり角や牙を短くして飼育する連中がいるが、あれほど嫌悪を催す人種もない。

 

 生き物を育てるのだ。

 ある程度の不便や労力を背負う覚悟がないなら始めから飼うべきじゃない。

 

「俺にとって、テッポウオの様子を見に片道1時間の林道を歩くのなんか苦労のうちにも入らないよ」

 

「……ふぅん。そんなもんか」

 

「そんなもんさ。ところで、気づいてるか?」

 

「なにが?」

 

「巾獣たちの声が消えた。狙われてるぞ、俺たち」

 

「えっ?」

 

 無防備な関守の腕を引き寄せ、近くの木に押しつけてからミュウツーを繰り出す。

 

 タッチの差で、ミュウツーが展開したバリアが、彼方から飛来した矢を防いだ。

 もしも間に合っていなかったら、俺の頭を貫いたであろう軌道である。

 

 ジロウはぽかんと口を開け、状況を把握した途端青ざめた。

 

「な、なっ!? だ、誰だよっ!」

 

 音も聞こえない遠くから狙撃してくるような奴だ、誰何したってのこのこ出てくるようなマヌケじゃねえよと言いかけて、今度は俺が口をあんぐりさせた。

 

 近くの木の影が揺らめき、一体のポケモンの像を結んだからだ。

 

 子供のように小さく、幼い顔をしているが、全身から噴き出す闘気は歴戦の猛者も裸足で逃げ出すほど力強い。

 

 俺はこいつの名を知っている。

 子供の頃図書室で借りた怪談本にこいつが載っていたからだ。

 

 ゴースト・格闘という唯一無二の属性を宿すかたわら、人間の影に潜り込んでは疑心暗鬼を煽りたて、醜い殺し合いを引き起こすという恐るべきポケモン。

 

 

「マシャ……おまえたち……たおす!」

 

 

 影住みポケモンのマーシャドーが、ぐいっと拳を突きつけてきた。

 

 

 

 

*1
この時代はポケモンをこう呼んでいる




というわけで21話。
マーシャドー襲来です。
いい加減バトルが書きたくてウズウズしてました。

続き、楽しんで書いてきます。

それでは感想高評価おなしゃす!
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