ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第23話 撃退はできたけれど。

 

 

 

 

 俺は視界を滲ませながら、ルギアの鳴き声に耳を澄ませた。

 

 ああ、こんなに元気な声を聞けたのはいつぶりだろう。

 文字通り骨の髄まで焼かれた俺を、命懸けでヒスイに移してくれたルギアは、無理が祟って半年以上も生死の境を彷徨った。

 

 あの食いしん坊が、万病に効くハピナスの卵をひと匙啜るので精一杯だったほど弱りきっていたのに。

 天を渡る声は溌剌として、出会った頃そのものだ。

 

 といっても、本復したとは言い難い。

 両の翼はだらりと垂れ下がっているし、しきりに足踏みしている。

 まっすぐ立っているのも辛いんだろう。

 

 まだまだ療養が必要な身なんだ。

 

 本来バトルなんてさせるべきじゃないけれど、弟分の危機に、安全なボールの中で寛ぐような腰抜けじゃないんだよな、おまえは。

 

 となれば、目指すはひとつ。

 

「先手必勝短期決戦! 行くぞぉ!」

 

 ルギアが威勢のいい声を上げ。

 ミュウツーが再び立ち上がり。

 マーシャドーは、険しい顔で拳を固めた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 アシタバの瞳を介してバトルを覗き見ていた冥王は、侮蔑も露わに鼻を鳴らした。

 

 海の神のご帰還か。

 太陽の神(ホウオウ)と対を成して、魂の輪廻を司る神。

 かつてはこの冥王が担っていた業だ。

 奴らは無能ゆえ、我がひとりで全うできたことも、ふたりでなければ(こな)せない。

 

「それでよくも神と名乗れるものだ」

 

 おまけにあの矮小な軀。

 頭脳も雛鳥程度しか育っておるまい。

 神どころか、そこらの塵芥にも劣る。

 

「そう思わんかね、モモワロウよ」

 

 視線を巡らせれば、桃の殻を纏った幽霊がそっと頭を垂れた。

 その身が小刻みに震えているのは、ジュナイパーの奇襲に乗じてアシタバを殺さなかった責を咎められると恐れているらしい。

 

 我は哄笑した。

 

「安心せい。むしろお主はあれで正解ぞ。

 ジュナイパーもマーシャドーも気位が高いのでな。

 下手に手を出せばお主が狩られておったであろうよ」

 

「…………っ!」

 

 モモワロウは一層身を震わせながら、殻に閉じこもってしまった。

 

 いかん、少々脅かしすぎたか。

 今の我は久方ぶりに機嫌がいい。

 色々と語りたい気分だったゆえ、モモワロウに出てくるよう命じた。

 

「お主は我が何の神か知っておるか」

 

 殻からおずおずと半身を出したモモワロウは黙って首を振った。

 さもあろう。

 こやつは数十年前に生まれたばかり、人間に例えれば赤子も同然。

 自身のことすらよく知るまい。

 

「ならば教えてやろうの。

 話はこの世の始まりに遡る」

 

 

 〇〇〇

 

 

 そも、我々と他の生物との違いはなにか。

 普通、生き物は確たる器を持つ。

 器は目に見え、肌に触れることができ、匂いがなければならぬ。

 この器を、肉体ともいう。

 

 しかるに、その器だけでは役に立たぬ。

 あるものを注がねばな。

 それが魂魄だ。魂ともいう。

 魂が器に宿ってはじめて、晴れて生き物としてこの世を謳歌することができるのよ。

 

 ────ふむ、分かりにくいか。

 であれば、アシタバを例にとろう。

 

 彼奴は感情が豊かであろう。

 そうした喜怒哀楽を覚えるのが魂、それを表に出すのが器だ。

 

 ちなみにこの器と魂を繋げる絆が精神でな、それが断ち切れれば、生きながらにして木偶の坊と化す。

 考えたとて行動に移せず、行動したとて何も感ずるところがなくなる。

 例え器が無傷だったとしても、精神が壊れてしもうたら、さぞかし生きる甲斐がなかろうなあ。

 

 なれど我々は違う。

 我らに器など要らぬ。

 魂魄のみで動き、考え、この世に干渉することが能う。

 だから我らは一段上の存在なのだ。

 

 わかったか。

 よし。

 次は魂魄について語ろう。

 

 川に源があるように、魂にも源がある。

 我々はそれを《大いなるもの》と呼ぶ。

《大いなるもの》は一つきりしかない。

《大いなるもの》はアルセウスの内に在る。

 命あれとアルセウスが願うたび、その《大いなるもの》から魂の欠片がぷちりと千切れ、それぞれの器に収まっていく。

 そして器が用を終えたとき、欠片は再びアルセウスへと還っていくのだ。

 

 すなわち、輪廻である。

 

 我はその輪廻を司る神であった。

 

 アルセウスによって生み出された最初の命が我だ。

 あの神は、ディアルガよりもパルキアよりも先んじて我を創った。

 

 何故か。

 全知全能を謳っておきながら、己ひとりでは輪廻を捌ききれなかったからだ。

 

 内に秘めたる《大いなるもの》は日ごと夜ごと膨らんでいく。あまりに巨きすぎて、ともすればはち切れかねなかった。

 もしも神の軀が(こぼ)たれた場合、瞬く間に《大いなるもの》と混ざりあい溶けあって、この世から神が消滅するだろう。

 

 であればこそ、輪廻を監督し、余分な魂の幾許かを引き受けてくれる者が必要だった。

 

 それが我であった。

 

 なくてはならぬお役目だ。

 だのに、彼奴は、アルセウスは、余り物のように扱った。

 我も、我が配下たちも。

 

 我は憤怒で頭がおかしくなりそうだった。

 

 認められるか、そんなことが! 

 なぜ始祖の付属(つけたり)のような立場に甘んじねばならない! 

 我の力があったればこそ、輪廻が滞りなく廻っておったのだぞ! 

 

 (しか)して我は決意した。

 知らしめねばならない。

 馬鹿どもが崇め奉る造物主は、その実不出来なる者であることを。

 我こそが神の中の神であることを。

 

 理解できたか、モモワロウよ。

 

 お主が絆されかけておるニンゲンはな、そんな我の依代に選ばれたのだ。

 およそこの世に生きる者の中でこれほどの名誉はあるまいて。

 

 彼奴の魂には我の魂魄が混ざっておる。

 もはや引き離せんよ。

 生きるも死ぬも一蓮托生だ。

 まあ、いよいよ我が完全に顕現した暁には死ぬことなど有り得んがな。

 

 …………む? 

 マーシャドーが苦戦しておる。

 や、ジュナイパーもか。

 あのバサギリ、余程腕が立つと見ゆる。

 だらしがないのう。

 

 まあよい。

 いまは機嫌がいいのでな。

 

 殺す機会など幾らでもあろうよ。

 待つさ。

 待つのは慣れておるからの。

 

 

 〇〇〇

 

 

 ルギアとミュウツーの二人がかりでも、苦しい戦況はなかなか変わらなかった。

 なにしろマーシャドーの攻撃が抜群に刺さる。

 恐らく、タイプ相性そのものが不利なのだ。

 

 だけど、ルギアが頑張ってくれるおかげで、ミュウツーは多少なりとも自分のダメージを回復できるようになった。

 

 これが功を奏した。

 

 マーシャドーの攻撃はたしかに重いし強烈だが、無限に撃てるものじゃない。

 拳を振るえば振るうだけ、スタミナが減っていく。

 一方こちらはミュウツーが癒しの波動を使い、傷つくそばから治していくという寸法。

 

 いつまで経っても倒れる気配のない俺たちに、敵が焦り始めた。

 

 人間もポケモンも、感情が動きに出る。

 押され始めたマーシャドーはだんだん構えが甘くなり、拳のキレも落ちてきた。

 

 そしてとうとう、大きな隙を晒したのである。

 ミュウツーの炎の拳を躱し、肩で息をする背中に指を突きつけた。

 

「暴風!」

 

 翼を大きくはためかせ、ルギアが豪風を巻き起こす。局地的台風を発生させたようなものだ。

 固唾を飲んで勝負を見守っていたジロウは悲鳴をあげ、マーシャドーは周辺の木々ごとあっさり吹き飛ばされた。

 

 すぐに反撃が来るかと思いきや、いつまで経っても何も無い。

 

 広くなった空を睨んでいたミュウツーが、ふっと力を抜いた。

 どうやらマーシャドーの気配がなくなったらしい。

 逃げたんだろう。多分、ジュナイパーも。

 

「ありがとな、ミュウツー(カタリベ)ルギア(レヴィ)

 

 ミュウツーはこくりと頷き、ルギアはげるると鳴いてボールに戻っていった。

 

 ジロウが地面に尻をついたまま見上げてくる。

 

「……お、終わったのか」

 

「ああ」

 

 助け起こそうと手を差し伸べたのだが、ジロウはさっと身を引いた。

 隠しようのない恐怖に顔が引き攣っている。

 

 長い沈黙の後、ジロウはぼそりと呟いた。

 

「…………こんなことまで出来るのか、巾獣(きんじゅう)は」

 

「…………うん」

 

 行き場のない手を下ろし、俺は(うべな)った。

 

「木を吹っ飛ばしたのって、お前の鳥……だよな」

 

「そうだ」

 

 ジロウはひゅっと息を飲んだ。

 血の気を失った唇がわなないている。

 

「…………そんな、そんなのを使役するなんて……

 そいつもお前も化け物じゃないか!」

 

 ジロウは俺から一歩、二歩と後ずさった。

 

「ジロ」

 

「おかしいと思ったんだよ!

 だってお前、湖の方から来ただろ?

 あっちには村も里もないはずなのに、どっから来たんだろうって父上も言ってた!

 それも巾獣の力を借りたのか!」

 

「そうだ、そうだけど、落ち着いてくれ。

 ポケモンには色んなやつが居て」

 

 もう一度伸ばした手を、今度は叩き落とされた。

 ぱん、と乾いた音は、まるで拳銃の発砲音のように俺の胸を貫いた。

 

「大人たちの言う通りだ!

 巾獣は怖い生き物だった!

 だってそうだろ、こんなこと生身の人間にできっこない!」

 

 ジロウが両手を広げ、惨憺たる有様となった林道を示す。

 俺たちを中心に樹木が薙ぎ倒され、地面は抉れ、所々に小火が燻っており、ここにだけ山火事と地震と嵐が集まったのかという凄まじさだった。

 

 ジロウは歯の間から絞り出すような声で言った。

 

「わざわざ捕らえるための絡繰を造らせてるのも、お前の策略なんだろう。

 そうやって父上たちに取り入って、気を許した里のみんなを喰らう気なんだ」

 

「っ、違う!」

 

「違わないだろ!」

 

 ジロウは激昂し、石を投げてきた。

 先程のマーシャドーとの戦闘に比べればそれはあまりに緩慢に見え、反射的に避けてしまった。

 

 それがますます、ジロウを苛立たせた。

 

「どう考えたって退治のための武具を造るべきだ!

 なのに()()()なんてものに拘るのは、お前も巾獣で、里長や父上を誑かしてる証拠じゃないか!?」

 

「…………!」

 

 俺は反論しようとして、言葉が見つからずに口を閉ざした。

 

 ポケモンには大きな力がある。

 それは否定しようのない事実だ。

 実際記録に残っているだけでも、ポケモンに襲われ命を落とした人々は枚挙に暇がない。

 ものの本によれば、俺がつい最近まで滞在していたヒスイでは、近代までポケモンを忌避する風潮が根強かったと伝えられている。

 

 ましてこの時代はボールすら無いのだ。

 そんな彼らにとって、ポケモンは、共存できる素晴らしいパートナーなどではなく、自分たちの命や里を脅かす災厄でしかない。

 仲良くなろう、分かり合おうとすること自体が過ちなのだ。

 

「────化け物、か」

 

 そっと目元に手を当てる。

 およそ人間らしくない、気色の悪い瞳。

 

 ジロウの弁は正しい。

 だって俺は、ギラティナに呪われているから。

 ミュウツーやルギアはただのポケモンだけど、俺は紛うことなく怪物なんだ。

 

 ジロウは言葉が尽きたのか、ウロウロと視線を彷徨わせたあと、関所の方を振り向いた。

 

 ジロウの父にして番頭(ばんがしら)のイチマツさんや里長のネコヤナギさんたちが血相を変えて駆けてくる。

 ルギアの暴風は関所からも見えたろう。

 何事かと集まるのは、当然といえば当然だった。

 

 到着したネコヤナギさんは辺りの状態に絶句していたが、すぐに気を取り直すと、四角い顎をぐいと強ばらせ、厳かに告げた。

 

「……屋敷にて事の次第を詮議いたす。

 神妙にいたせ」

 

「わかりました」

 

 俺たちは重苦しい雰囲気の中チョウジの里に戻った。

 

 ジロウは、イチマツさんに怒鳴られるまで、即刻俺の首を刎ねるべきだと捲し立てていた。

 

 

 

 

 

 




というわけで23話。
マーシャドー戦は勝ったけど……という展開になりました。

こういう人間同士のイザコザってweb小説だとウケが悪いらしいのですがどうでしょ。
読者の皆々様に楽しんでいただけてたら嬉しいのですが。
ただ作者自身ドロドロの対人関係書くのも読むのも苦手民なのでそこまで長続きはしない(はず)です。

よければ感想高評価おなしゃす!
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