燭台一つだけを灯した暗い部屋に、二人の男と一人の女が向かい合っていた。
一人は里長のネコヤナギ。
一人は妻のモミジ。
いま一人は関所
闇がひたひたと押し寄せるような息苦しい雰囲気に充ちているのは、夜更けのせいばかりではない。
昼間に起きた途方もない事件が、歳の数だけ労苦を踏み越えてきた男たちを酷く悩ませていたからだ。
ネコヤナギが重たい口を開く。
「…………息子の様子はどうだ、
懐かしい子供時代の呼び名に、イチマツは苦い笑みを零し、ぼそりと答えた。
普段は決して使わない、砕けた口調で。
「…………ようやっと落ち着いたよ、ネコちゃん」
「…………そうか」
ネコヤナギは深々と吐息した。
今こそ立場の違いはあれど、いずれもチョウジの里で生まれ育ち、親以上に互いの癖や好悪を知り尽している彼らは、まさに竹馬の友であった。
困り事が出来した折には、その大小難易によらず、この三人で相談しあう。
するとどんな問題も、鮮やかな解決法がぱっと浮かぶのだ。
そうして乗り越えた苦難はひとつやふたつではなかった。
ところが今回は勝手が違う。
膝をつきあわせてもう何時間も経つというのに、なんら良い手が浮かばぬのである。
ネコヤナギがすっかり温くなった茶を啜る。
妻のモミジは青ざめた顔で、湯呑みを持ったままぴくりともしない。なにしろ我が子同然に可愛がっていた客人が恐ろしい化け物だったと聞かされては、驚くなという方が無理であろう。
夫婦の向かいに座るイチマツは瞑目した。
こうするだけで、思い出したくなくても昼の騒動が瞼の裏に甦る。
────あのとき。
突如吹き荒れた暴風は、チョウジの里からも観測できた。
もしや倒れた木の下敷きになっている者が居やしないかと駆けつけてみれば、沈痛な面持ちで俯く客人を大声で罵る息子に
息子のジロウは完全に逆上していた。
こともあろうに、つい昨日まで親しく話し、
「こいつは化け物だ! 怪物なんだよ!
生かしてておけばきっと
いくら諭しても暴言が止まなかったため、終いには
しかし詮議を進める内に、なるほどジロウの言も最もであると思わぬわけにはゆかなかった。
チョウジから湖へと至る林道は、多くの樹々が根元から薙ぎ倒され、完全に塞がれてしまっていた。
復旧には半年以上掛かるだろう。
自然災害なら諦めもつこうが、アシタバが連れている一羽の鳥型
そんなデタラメな巾獣、見たことも聞いたこともない。
これまでに起きた獣害といえば、精々田畑が荒らされるとか、人が喰われるといった程度のものであった。
両手に載るほど小さな雛に、地形を変えてしまうような並外れた力があるなどと、どうして素直に受け入れられよう。
だがジロウもアシタバも、興奮具合に大きな差こそあれ、話に偽りなしと請け負った。
紙に書き留め、照らし合わせてみたところ、いちいち整合がとれている。
嘘も誇張も食い違いも無いのなら、事実とみて差し支えあるまい。
であるならば、アシタバを客人として扱うことはもはや不可能であった。
もしも、アシタバに悪意が芽生えたら。
たったそれだけで、里の全員が死に絶えるのだから。
ネコヤナギが庭へと視線を移す。
その先にはアシタバを押しこめた離れがあった。
処刑、か────
その二字が浮かぶのを見澄ましたように、モミジがつと面を上げた。
「…………わたくしは、荒れ果てた林を見てはおりませぬけれど、アシタバさんがどれほど巾獣たちを慈しみ、躾けておいでかは存じております。
あの小鳥が暴れたり家のものを壊したことはただの一度もござりませぬ。聞けばアシタバさんは得体の知れぬ巾獣に襲われたというではありませんか。
あの方は己が身を守ったに過ぎませぬ。なのに首を刎ねるなどあまりに無体に過ぎましょう」
「……気持ちはわかるが、そりゃ通らねえよ、モミジちゃん」
イチマツはゆるゆると首を振った。
この際、アシタバや小鳥の気性など関係ない。
その気になればこんな里などいとも容易く滅ぼせる力を持っているという
「アシタバの気立てがいいのは知ってるよ。
よおく知ってるとも。
あの若者と出逢って七日かそこらしか経っちゃいないが、みんなあの小僧が好きだ。
…………だけどなあモミジちゃん。
強すぎる力ってのは、周りがほっとかねえもんなんだ」
例え本人が平和を愛する性質であったとしても。
その力を利用しようと目論んだり、抹殺しようと企む人間が必ず現れる。
力は火種であり、火薬であり、荒れ狂う海と同じ。
ひとたび振るえば、本人も周りも無事では済まない。
ここで処すのが、考えうる限り最良の
「あぁ…………!」
モミジは顔を被って泣き出した。
彼女にしてみれば息子を二度失うようなものだ。
身を切られるほうがどれだけマシか。
「…………」
ネコヤナギが無言で立ち上がる。
その手には家伝の刀が握られていた。
イチマツが襖を開き、雨戸を開ける。
離れまでは六歩の距離だ。
玄関に立って呼び掛けた。
「アシタバ。話したいことがある」
応答はない。
ネコヤナギは固く目を瞑り、ふーっと息を吐く。
そして刀の鯉口を切った。
一太刀で楽にしてやろう。
何もしてやれない私の、せめてもの情けだ。
呼吸を心得たイチマツが戸に手をかける。
目顔で頷き合い、一息に引き開けた。
間髪入れず中に飛び込む。
しかし次の瞬間、ネコヤナギは立ち竦んだ。
離れは、もぬけの殻だった。
〇〇〇
慌てて出ていったのだろう。
あちらこちらに衣服や道具が散乱し、足の踏み場もなかった。
「見張りを立てなかったのが、仇になっちまったな」
悄然と呟くイチマツに、ネコヤナギは
この件に関わる人間は少ない方がよいと判断し、あえて人員を割かなかったのだ。
荒れ果てた林道という動かぬ証拠があるゆえに、いつまでも隠しおおせるものではないけれど、せめて今宵だけでも箝口令を敷きたかった。
その思惑が裏目に出てしまった。
「……ネコちゃん」
「む?」
不意に、イチマツが一枚の紙を手渡してきた。
床に落ちていたものらしい。
そこには、たどたどしい筆跡で、次のような文が綴られていた。
里長どの
ごめいわくをかけてすみません
でも ここで死ぬわけにはいかないんです
なんのお礼もできずに逃げる無礼を
おゆるしください
みなさん どうかお元気で
「…………」
「…………」
ネコヤナギもイチマツも、無言で鼻を啜った。
アシタバは愚鈍な男ではない。
詮議を受けている間、己の行く末に薄々察しがついていたのだろう。
死罪を申しつけられると悟ったからこそ逃げたのだ。
だのに、わざわざこんな手紙を残していった。
一分一秒が惜しい中、どんな想いで
「…………追っ手を出すかい、ネコちゃん」
「────いいや」
丁寧に折り畳んだ手紙を懐にしまってから、ネコヤナギは静かに答えた。
「夜が明けてから里の中を捜して……見つからなければ諦めよう」
ジロウとて、里の外まで探しに行こうとはするまい。
「…………そうだな。それがいいや」
作りかけのボールを手の中で弄びながら、イチマツは何度も頷いた。
〇〇〇
《チョウジ日記》
ルギアが復活した。
けど、喜ばしいことばかりじゃなかった。
ジロウを怯えさせてしまって、大事になってしまった。
この時代の人達にとってポケモンは恐ろしい生き物だってことを失念していた。
化け物と罵られた。
たぶん、それは正しい。
俺はバケモノだ。
少なくとも、人間じゃないよな。
取り調べが終わり、ネコヤナギさんの離れでぼうっとしていると、突然バサギリがやってきた。
「このままではお主、死ぬるぞ」
俺はすぐに逃げ支度を始めた。
満身創痍のミュウツーにテレポートしてもらい、里の外に出た。
東には行けない。
チョウジはフスベと対立しているからだ。
行くなら西だ。
俺の記憶が正しければ、真っ直ぐ西に向かうだけでエンジュシティに着けるはず。
古くから栄えている都だ。
通行手形がなくても、なんとか忍び込めるだろう。
木を隠すなら森、人を隠すなら人ごみだ。
大丈夫
進んでさえいれば
きっと元の世界に帰れる
だけど
俺は
本当に戻れるんだろうか
ふつうの、人間に
というわけで24話。
アシタバくん逃亡の巻。
相変わらず手形なしの無宿人なので関所は通れません。
どうする気なのやら。
途中のお手紙やけに平仮名が多いのは筆の扱いに慣れてなくて平易な文字ばかり使っているからです。
筆ペンとかで綺麗な字書ける人憧れます。
エンジュでは誰の御先祖出そうかな。
1人は確定なんすよね。
よければ感想高評価おなしゃす!