────鳳凰様に会いたい。
マツバラは、そう言ったきり口を噤む
顔半分を包帯で
挙措動作や物言いから察するに、野盗山賊の類ではなかろう。
しかし決まった宿や職があるようにも思われない。
「…………失礼だが、手形はお持ちですか?」
マツバラが尋ねると、相手はあからさまに怯んだ。
(やはり、無宿人か)
荷物といえば粗末な杖ひとつきり。
草鞋もボロボロで、
いくつもの山と苦難を越えてエンジュに辿り着いたに違いない。
語らせればきっと、波乱万丈な道中であったろう。
いかに治安の荒れた都といえど、昼日中は
力尽きて道に転がっているならまだしも、こんな風貌の若い男がうろついていたらすぐにしょっぴかれてしまうことは、想像に難くなかった。
(それは、嫌だな)
マツバラは憂慮した。
近頃の士の卑怯腐敗は目に余る。
飢えた民を見捨て、町衆を脅かす狼藉者を捕らえもせず、大人しそうな弱者ばかり槍玉にあげる仕事ぶりは、子供にすら蔑まれている始末だ。
そんな腐れ外道たちにつまらない因縁をつけさせるなど、断じて許せなかった。
「…………牢屋行きでしょうか」
手形が無い己を恥じ、俯く男に、マツバラは「いいえ」と首を振った。
「私がそうはさせません。
ひとまず
鳳凰様の焔で焼かれた《カネの塔》のすぐ側に、天堂衆の寺がある。
ここには大きな鐘が吊るされており、朝と晩に鳴らすことでエンジュの人々に時を知らせる役目を持つ。
元々は《カネの塔》に据えられていた鐘なのだが、焼け跡から発見されたため、近くに寺を建てて移したのだ。
決まって三度鳴らすことから、三ツ鐘寺と呼ばれる。
「俺のような者が行って、お寺の迷惑になりませんか」
マツバラはきっぱり請け負った。
「天堂衆は誰でも受け入れます。
迷える人も、苦しい人も。
寺は万民の安息地ですよ」
その言葉に、男は唇を噛み締めた。
「…………あの子も、そこに行けたらよかった」
それはマツバラも同感だった。
ふと疑問が浮かぶ。
骨に皮を貼りつけたような痩せ細った躰で、あの子はどこに行こうとしていたのだろう。
ここはエンジュの西外れ、アサギの津に至る長い路の
まさか
埒もない想像を振り払い、マツバラは努めて穏やかに語った。
「────いまは、極楽に向かっている最中でしょう。子供が天に召されると、鳳凰様が尾羽根を握らせ、導いてくださると聞いております」
《スズの塔》の最上階で弱り果てた鳳凰様の御姿を考えないようにしながら言葉を尽くす。
「あなたも、天堂衆……の方ですか」
テンドウシュウの発音が怪しいのは、口馴染みがないからだろう。
この一事をとっても、男が都人でないのは明白である。
マツバラは柔らかい笑みを浮かべ、己の胸に手を当てた。
「申し遅れました。
私は天堂衆の
あなたが捜していた、鳳凰様のお世話係であります」
男は口をあんぐりさせ、慌てて名乗りを上げた。
「俺はア……ワタヌキ、です。
まさかこんなとこで会えるなんて」
「これも何かのご縁でしょう。
さ、寺にお連れします。
私の肩に掴まりなさい」
マツバラは男──ワタヌキに肩を掴ませ、三ツ鐘寺へと踵を返した。
○○○
三ツ鐘寺の住職・カラシ和尚は、ワタヌキを快く迎え入れてくれた。
「まあまあ立ち話もなんです、朝餉にしまひょ。
今日も今日とて薄粥ですがな」
「ありがとうございます、いただきます」
胸まで垂れる白髭をしごきながら、和尚はひょっひょと笑った。生来笑い上戸の御仁で、人を笑わせるのも好きだから、彼が講を開くと笑いが絶えない。
庫裏に招かれ、朝食を頂く。
和尚の言う通り、重湯のように薄い粥であった。
少しでも食糧が入るとすぐ近隣に振舞ってしまうから、自然、このような粗食になるのである。
マツバラの父・ワリオ大法印とは大違いであった。
あちらは日に四度も飯を喰らい、しかも都度酒をつけさせる。一食につき一の膳、二の膳、三の膳ととりどりの膳を並べるのだから呆れて言葉もない。
都のそちこちで倒れている飢餓の民など、目にも入らぬのだろう。
(同じ血が流れていることが恥ずかしい)
胸に蟠る憤怒を粥とともに飲み下し、マツバラは掌を合わせた。
ワタヌキも手探りでの食事を終え、一礼している。
和尚はニコニコしながら茶碗を置いた。
「行儀のええ人やな。
マツバラはん、この人どこで拾われはったんや?」
「西の外れです」
「ほうか。お名前は?」
これはワタヌキ本人への問いかけである。
声の調子でそうと気づいたワタヌキが、深く頭を下げた。
「ワタヌキと申します」
「ひょっひょ。
なんや、今の時期にぴったりの名前やなあ」
この頃はめっきり暑くなり、どこの家でも
ゆえにこの季節を
和尚が柔和な視線をマツバラに向ける。
その瞳は、よかろう、訳アリらしいこの旅人を匿ってしんぜよう、と言ってくれていた。
マツバラは頷き返し、座を立った。
天堂衆僧都として、やるべき仕事は山ほどある。
そろそろ取り掛からねば、夜の鳳凰様へのお勤めが遅れてしまう。
今朝の今夜で容態が劇的に良くなるはずもなかろうが、鳳凰様がもう少しお力を取り戻されたら、面会させてやれるかもしれない。
無論、ワタヌキの目的をよくよく吟味する必要はあるけれど。
「それでは、私はこれで。夜にまた伺います」
「はい。お勤め、お気張りやっしゃ」
「い、いってらっしゃい」
和尚とワタヌキに会釈を返し、マツバラは淀みない足取りで去っていった。
○○○
カラシ和尚は茶を啜るばかりで、しばらく何も話さなかった。
なのに、茶碗を置く音が聞こえたと思ったらいきなりとんでもないことを訊かれ、俺は度肝を抜かれた。
「ワタヌキはん、えらいモノを連れてはりますなあ?
それひょっとして、巾獣とちゃいますか?」
「……………………!」
咄嗟に、ボールを入れた懐を抑えた。
和尚が弾けたように笑う。
「ひょっひょ。素直なお人やな。
そこに何か入れてるのが丸わかりやわ」
「……どう、して」
「坊さんなんてやっとりますとな、いろーんなものが見えてくるようになるんですわ。
善いものも悪いものも、なぁ」
「…………」
「やけどね、ワタヌキはん。
わしが言うたのは、
あんたはんの
それをなんとかしたくて、エンジュまで来はったんやろ」
俺はもう言葉もなかった。
どうしてこんなにもズバズバ言い当てることが出来るんだ。もはや千里眼である。
…………そういえば、現代のエンジュ近辺に住むトレーナーにはサイキッカーが多い。
ひょっとして、ここらにはそういう能力が身につきやすいパワーでも漂っているのか?
考えあぐねる俺の頭を、にじり寄ってきた和尚が暖かい手でわしゃわしゃと掻き混ぜた。
「うん。近くで見るとよう分かる。
だいぶタチの悪いものに憑かれとるね。
こりゃ難儀したろう。大変やったなあ」
「……………………っ」
顔に巻いた包帯がじわじわ濡れていく。
止めたくても止められない。
俺のこの苦労を、孤独を、哀しみを、他人に労わってもらえたことが信じられないくらい嬉しかった。
更に和尚は、俺の目のことまで見抜いてしまった。
「ワタヌキはん、あんた、実は見えてるんやろ?
病や怪我で見えなくなったわけやあらへんよな。
けど事情があって隠してる。ちがうか?」
「そ、そうです」
「一度だけ、わしに見せてんか」
半ば放心しながら、ゆっくり顔の包帯を解いた。
和尚は、気味悪いだろう黒と赤の瞳をまじまじと見つめ、大きく頷いた。
「こら目立つわなあ。
隠しとくのは賢いわ。人は普通でないものを恐れる。
恐怖に駆られた人間は何するか分からん。
君子危うきに近寄らず、よ」
思わず目を伏せてしまった。
まさにその通りだ。
ジロウはルギアの巻き起こした暴風と俺の目を見てパニックに陥った。
マツバラもこの瞳を見ていたら、多分ああまで親切にはしてくれなかったかもしれない。
「……あの、また巻いてもいいでしょうか」
「ええよ」
和尚はあっさり許してくれた。
「好きなだけ隠したらええわ。
わしと居る時だけは外しても大丈夫やで。
言い触らしたりせんから、安心しとき」
「ありがとうございます」
俺は安堵して、包帯を持ち上げた。
ところが。
「おお、そや。
その前に、わしの家族紹介するわ。
おおい、“ぶぅすけ”」
和尚がぽむぽむと手を叩くと、廊下をとたとた走ってくる軽い足音が聞こえた。
それは戸の隙間に鼻先を捩じ込み、器用に開くと、茶色い毛並みを震わせて和尚を見上げた。
俺は瞠目した。
そこに居たのは紛れもなく、いのぶたポケモンのウリムーだったからだ。
「な……っ!?」
驚愕する俺を尻目に、ウリムーは和尚のもとへ走り寄り、膝に鼻を擦りつけた。
明らかに甘えた仕草だ。
和尚も、愛おしげに頭を撫でてやっている。
信じられない。
この時代、ポケモンは十把一絡げに巾獣と呼ばれ忌避されているのに。
ボールも使わず、ここまで心を通わせるなんて。
「修行でジョウトのあっちゃこっちゃ歩いとった時に出会った子なんよ。滅多に鳴かんし、大人しゅうしとるからな、誰かに気づかれたことはあらしまへん。
────やからなあ」
和尚は、朗らかに笑って言った。
「巾獣と人は仲良うなれる。
そういう時代が必ず来る。
わしはそう信じとるんよ」
「……………………!」
まさにその世界から来たのだと叫びたい気持ちをグッと堪え、俺は何度も頷いた。
というわけで27話。
アシタバくん偽名を使って匿ってもらうの巻。
一応チョウジを抜け出して逃亡している身なので、身バレ回避の偽名です。
ちな四月一日と書いてワタヌキと読ませる苗字があるんだそうな。
読めるかい。
カラシ和尚はオリジナルキャラですが、某コガネ弁夢女子量産系四天王のご先祖さまだったりします。
本編のどこかで匂わせようとしたんですが無理だった笑
さて、アシタバ改めワタヌキくんは無事ホウオウにたどり着けるのか。
ギラティナの妨害を回避できるのか。
よければ感想高評価おなしゃす!