別れあれば出逢いあり。
使い古された言い回しだが、こうして娘に物語っていると、世の本質を突いた言葉だとつくづく感じる。
チョウジの里から逃げ出し、心身共に
「カラシさんもマツバラも、ほんとうに良くしてくれたんだよ」
娘──ブルーは俺の手を握りながら相槌を打った。
「素敵な人たちだったのね」
「ああ。お前さんぐらいな」
そう言うと、ブルーはくすぐったそうに笑った。
読者諸君。親バカと笑いたけりゃ笑え。
ブルーはとびっきり可愛くて、賢く優しい子なんだ。
ポケモンも人も、困っていたら決して放ってはおかない。曲がったことが大嫌いな強さと、誰かの悲しみにそっと寄り添う慈愛を兼ね備えている。
できた子だ。
俺にはもったいないほどに。
己の幸福をしみじみ噛み締めていると、ブルーがシャツの裾を引っ張り、話の続きをせがんできた。
「……ね、パパ。
ホウオウさまには、会わせてもらえた?」
俺はしばし口を噤んだ。
真実を語るべきか、それとも誤魔化すべきか、逡巡したが故の沈黙である。
だが、黒焦げの死体になったことまで喋ってきたのだから、今更なにを取り繕うことがあるだろう。
俺は、娘の瞳を見つめながら、ゆっくりと頷いた。
「…………そうだな。
会わせては、貰えたよ」
《スズの塔》最上階。
天堂衆の禁を破ってマツバラが対面させてくれた時。
太陽の化身は、雛のルギアよりも更に小さく縮こまり、いまにも死にそうだった。
○○○
時は、カラシ和尚と対面した頃まで遡る。
和尚は眉も髭も真っ白だが、驚くほど若やいで見えた。
多分、顔に皺がほとんど無いせいだろう。
実年齢はさておいて、ちょっと見には、50手前と言われても頷けるような容貌をしていた。
膝に乗せたウリムーを愛おしげに撫でる和尚の前で、懐からボールを取りだし、ふたりを解放する。
いずれ来るヒトとポケモンの共存を確信しているこの人になら、俺の家族を見せてもいいと思えたからだ。
現れた2体のポケモンに、和尚が目を丸くした。
「ひょっひょっ。
こらまた、派手やかな毛並みやね」
「げるる」
何事にも物怖じしないルギアがふふんと胸を張った。
ミュウツーは事あらば即動けるよう、腰を落とし、警戒を崩さぬ構えを取っている。
「こっちの、背の高いのがカタリベ、ちっこい鳥がレヴィといいます」
「カタリベはんに、
よろしゅうなあ」
和尚がぺこりと頭を下げると、ウリムーが
「ぶみ」
「…………」
どうやら人懐っこい個体で、撫でてくれとねだっているらしい。
ミュウツーがちらりと目配せしてきた。
チームの末っ子は、幼いポケモンに甘えられた経験が少ない。どうしていいか分からないんだろう。
「撫でてやれよ」
そう言うと、ミュウツーはそーっとそーっと手を伸ばし、指の腹でウリムーの背筋をなぞった。
「ぶみみっ」
ウリムーがぶるるっと身震いし、ミュウツーが肩を跳ねさせる。
それがあまりに面白くて、俺と和尚が噴き出した。
「そんな触り方じゃくすぐったいってさ」
「もっと掌全部を使って撫でてくれやっしゃ。
賢い子ぉやけ、噛みついたりしませんよって」
「…………」
ミュウツーがたどたどしい手つきでウリムーの丸い背を前後に撫でると、今度は気持ちよかったようで、ぺったりと平べったくなった。
煎餅みたいだ。いや、五平餅?
ひとしきり笑ってから、和尚は杉板の床を軽く叩いた。
「それともうひとり、おわしますやろ」
「……そこまでお見通しですか」
俺は苦笑しながら、影に向かって呼びかけた。
モモワロウは頭半分だけを床から出し、和尚を睨めあげた。
全身を晒すつもりはないらしい。
ウリムーがぶみっと鳴き、ミュウツーの後ろに隠れた。
「──ふむ?」
和尚はなにやら考えこみながら、目の前の
「……モモワ?」
和尚の眼が、俄に鋭い光を帯びる。
モモワロウが居心地悪そうに身をよじった。
「ふうむ……不思議やね……
近しい匂いは感じるんやけど……ワタヌキはん」
「は、はい」
和尚は全てを見透すような眼差しを俺に向け、ぽんと訊ねた。
「
俺は懐に氷をぶちこまれたような衝撃を覚え、己の膝頭を掴んだ。
(まさかこの人……
ギラティナのことも視えてんのか!?)
掌に嫌な汗が滲む。
まずい。それは、まずい。
俺を乗っ取ろうと企んでいるギラティナは、恐ろしく執念深く、残酷なやつだ。
今回の計画──神殺しのために、途方もない時間と手間をかけている。
不安要素を見つけたら、例えそれがどれほど僅かな懸念であっても念入りに磨り潰してくるだろう。
湖への林道で襲ってきたマーシャドーやジュナイパーが脳裏に甦る。
(あいつらがまた現れたら、とても護りきれる自信は……ない!)
「い、いませんっ」
咄嗟に片手を翳し、きっぱりと否定した。
これ以上探られたら、ギラティナは確実にこの人を殺しにかかる。
ひょっとしたら、マツバラまで。
それだけは、させない。
「……さよか」
俺の剣幕に鼻白む風もなく、和尚はにっこり笑って身を引いた。
「いやぁあかんわ。
巾獣育ててるひとなんて周りにおらんから少ぉしはしゃいでしもうたわ。堪忍しとくれやす」
「いえ、そんな」
転がりこみ、食事までご馳走になっておきながらロクな説明もしない俺こそ謝るべきだ。
ところが和尚はこだわる様子もなく、するりと立ち上がった。
「マツバラはんが戻るまで、行水して午寝でもしはったらええわ。
ここの井戸はよぉ冷えてるから、気分がしゃっきりしますよって」
「……ありがとうございます」
あくまで剽軽に言ってくれる和尚に、俺は深く頭を下げた。
ギラティナよ、どうか俺以外の誰も傷つけてくれるなと祈りを捧げながら。
○○○
「ふ。殊勝なことだの」
ぬばたまの闇の中で、冥王が嘲笑った。
先程は驚いた。
よもや人の身空で、アシタバの魂に潜り込む我を看破するとは。
とぼけた面をしたジジイだが、相当修練を積んだに違いない。
「あれが居っては、お主の殺気もすぐに見抜かれるであろうなあ」
足元を見下ろすと、ジュナイパーが音もなく現れ、片膝をついた。
────いや、この言い方は語弊がある。
ジュナイパーは居たのだ。ずっと。
襲撃をしくじったあの日から、片時も離れることなく。
冥王の不興を買い、無視されても侍り続けていた。
黒い翼はあちらこちらがそそけ立ち、血に染っている。バサギリにいいように刻まれ、這う這うの体で逃げ帰ってきた際の傷が未だ塞がっていないのだ。
そのバサギリの行方は杳として知れない。
マーシャドーが四方八方探しているにも関わらず、影も形も見えないというのだ。
計画も既に大詰めを迎えている。
ここにきて不確定要素が増すとは。
「気に食わんな……」
呟きに、ジュナイパーの肩が揺れた。
王の怒気に恐れをなしている。
ああ、気に食わない。
バサギリも坊主も、決して見逃してはならない存在だ。
奴らを自由にしたが最後、全てが水の泡になってしまうだろう危うさを、ひしひしと感じた。
ジュナイパーを睥睨し、命ずる。
「まずは坊主を討ってこい。
今度は、しくじるなよ」
「────御意」
ジュナイパーは言葉少なに頭を垂れ、次の瞬間掻き消えた。
○○○
部屋を後にし、本堂へ向かいながら、カラシ和尚は静かに吐息した。
「……明らかに呪われとるよなぁ」
それも並大抵の呪いではない。
俗世を捨て、仏道に帰依して数十年。
悪霊を祓ってきたこと、一度や二度ではない。
しかしあれは、あればかりは、とても手に負える代物ではなかった。
目線を東に転ずる。
《スズの塔》におわす鳳凰様ならば浄めることも出来ようが…………
「随分お力が弱ってるそうやしなあ」
お側で世話をしているマツバラ曰く、あまりに衰弱しすぎていて水も飲めないことがあるという。
たとえワタヌキが運良く拝謁叶ったとしても、浄化は望めまい。
「前途多難やねぇ」
和尚は再び溜息をついてから、本堂の掃除にとりかかった。
その後ろで。
柱の影から突き出た
というわけで28話。
テッポウオは居ないのか?と疑問に思った方がいるかもしれませんが、逃亡の際に湖に寄る余裕がなくて別れたままになっています。
本編にねじ込みたかったんですけど上手いこと描写できなかったのでこちらにて。
案の定ギラティナの妨害が始まりました。
アシタバは和尚を守り切れるのか。ホウオウに会いに行けるのか。
よければ感想高評価おなしゃす!!