ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第29話 ホウオウの容態。

 

 

 

 

 影から半身を晒し、矢を番え、呼吸を整えた。

 

 幾千幾万と反復してきた構えだ、頭で考える隙もないほど滑らかに躰が動いてくれる。

 

 呑気に床を拭くニンゲン目がけて弦を絞った。

 

 標的まではおよそ10歩の距離、外すことは万が一にも有り得ない。

 

 せめてもの慈悲だ。

 心の臓と頭を同時に撃ち抜いてやる。

 痛みを感じる暇もなかろうて。

 

 ────ところが。

 

「にゃあん」

 

 場違いに間延びした声を上げて、1匹の子猫──ニューラが部屋に入り込んできた。

 ニンゲンが振り返る。

 

「ひょ。なんやまた来よったんかいな」

 

 口ぶりこそ不満げだが、頬が綻んでいるし声音も柔らかい。子猫のほうも、相手が拒絶していないのを(なんなら大歓迎しているのを)分かりきっている足取りで近づき、膝頭にころんと寝転んだ。

 

「あんたはほんに甘えんぼさんやね」

「んにゃん」

 

 ゴロログルルと喉を鳴らしながら、腹を撫でられていたニューラの瞳が、ふとこちらを向き。

 

 ニンゲンから見えない方の目だけを、すうっと細めた瞬間。

 

 我が身が、石のように硬直した。

 

 その表情が。

 その眼差しが。

 あまりにも禍々しかったが為に。

 

(────ッ!)

 

 背筋を冷たい汗が流れ落ちる。

 濃密な殺意が、蛇のように全身を這っているようなおぞましさを覚え、胃の腑がざわめいた。

 

 なんだ、これは。

 とても子猫が発するような気配ではない! 

 

 ニンゲンを射殺すことなど夢にも出来ぬ。

 ほんの少しでも怪しい素振りを見せたなら、あの子猫は情け容赦なく、我が喉を掻き切るだろう。

 

 仕切り直さねば。

 

 屈辱と恐怖におののきながら影に沈むとき、確かに聞こえた。

 

 

「にゃぁん……♡」

 

 

 来れるものなら来てみろと言わんばかりの、嘲笑を。

 

 

 ○○○

 

 

「和尚様〜…………あれ」

 

 すらり、と障子を開けた俺は、カラシ和尚の膝で丸くなるニューラを認め、目を丸くした。

 

 後ろを着いてきていたウリムーが、「ぶうぶう」と鳴きながら和尚に近づく。

 背中を撫でてやろうと和尚が手を伸ばした刹那、ニューラがぱちんと叩き落とし、ふーっと低く唸った。

 

 ウリムーがしょんぼりと項垂れる。

 

「ぶっ」

 

 和尚は苦笑いを浮かべながら、叩かれた手の甲でニューラの顎をさすった。

 

「堪忍え、ぶぅすけ。

 この子猫は性悪やけ、気の済むまで甘やかさんと拗ねてあちこち氷漬けにしてまうんよ」

 

 わぁほんとにタチ悪ぃ。

 けど、それもむべなるかな。

 

 読者諸君もご存知の通り、ニューラは悪タイプのポケモンだ。この属性は警戒心と猜疑心が強く、容易に心を開かない。

 覚える技も“捨て科白(セリフ)”や“袋叩き”など、陰湿なものが多いのも事実だ。

 

 しかし、いちど信じた相手は絶対に裏切らない厚い仁義も備えているのである。

 信頼関係を築ければ、犬種よりも忠実なパートナーになってくれると語る人もいるほどだ。

 

 一方で、ニューラのような猫種は愛情を独り占めしたがる傾向が強く、トレーナーがちょっとでも自分以外のものに関心を向けると激昂する個体が多い。

 

 この子猫は、まさに《悪タイプの猫》の典型ともいえるポケモンらしかった。

 

 ちなみに、属性に関わらず猫種の機嫌を損ねるとあらゆる方法で復讐されるので、くれぐれも安易に飼ったりしないように。

 

 落ち込むウリムーを慰めつつ訊ねてみる。

 

「こいつも修行中に拾ったんですか?」

 

「いや、この子はちゃいますえ。

 どっからかふらーっとやって来て、うちの寺に居着いてしまいよったんどす。

 見捨てるのも忍びないし、仕方なく餌をやっとるんですわ」

 

「へぇ……」

 

 仕方なく、というわりには毛艶がいい。

 おそらく和尚は自分の食い扶持まで与えているのだろう。さもなくば、とっくにウリムーは喰われているはずだ。

 

 野生のニューラは夜間、黒い毛並みを活かしてイノムーの群れに忍び寄り、幼いウリムーを捕食すること夥しいと、昔読んだ図鑑に書いてあった。

 

 いわば天敵が同居しているようなものなのにウリムーに怯えている様子がないのは、上下の別こそあるものの、そこそこ友好的な関係を築けている証拠である。

 

 それはともかく。

 猫種が居るなら、やっておかねばならないことがある。

 

 俺は慎重に腰を下ろし、子猫に向かってゆっくり拳を伸ばした。

 

 ウリムーを威嚇していたニューラが俺を凝視する。次いで、ふんふんと鼻をひくつかせた。

 

 指を開き、掌を見せる。

 危ないものは何も持っていないと示すと、ニューラは掌から指先までじっくりと匂いを嗅ぎはじめた。

 

「なにしてはるん?」

 

 きょとんとする和尚に俺は答えた。

 

「俺の匂いを覚えさせて、敵じゃないって知ってもらうんです」

 

 ニューラやニャースたちは、野生下では貧弱な生き物である。爪も牙も図体も小さい。

 だからもっぱら逃げ足に特化している。

 少しでも怪しい気配を察知したら、絶対に留まったり刃向かったりせず、全速力で逃げるのだ。

 

 ただ、それは逃げ道が豊富な自然界での話。

 こんな建物の中に和尚でもウリムーでもない怪しい輩がウロウロしてたら、きっとリラックスできないに違いない。

 

 だから俺の匂いを覚えさせるのだ。

 猫はおしなべて、知ってる匂いに安心する性質を持つから、俺が既知の気配になればいちいち怯えさせなくて済むという寸法である。

 

 やがて匂いチェックが終わり、ニューラが二、三度瞬いた。俺も同じ回数瞬く。

 

「……うるにゃん」

 

 それきりニューラは俺への興味を失くし、ごろんと寝返りを打った。

 

 俺のことを、敵じゃないと認めてくれたようだ。

 

「ありがとな」

 

 囁くと、ニューラは「にゃ」と短く答え、すうすう寝息を立て始めた。

 

「ひょっひょ。

 寝たい時に寝て起きたい時に起きる。

 羨ましい生き方やわ。

 ……なあ、ワタヌキはん」

 

「はい?」

 

 和尚は眉を八の字にしながら、傍らの雑巾を指さした。

 

「えろうすんまへんけど、掃除、代わって貰えんやろか。動けんくなってしまいましたわ」

 

 たしかに。

 膝で丸くなっているニューラを起こしたりどかそうものなら、どんな報復があるか分かったもんじゃない。

 

「わかりました」

 

 俺は朗らかに請け負い、雑巾を手に取った。

 

 

 ○○○

 

 

 俺をここに連れてきてくれたマツバラが戻ったのは、夕食を終える頃だった。

 

 目元に包帯を巻き直した俺が出迎えると、マツバラが心配そうに声をかけてきた。

 

「怪我は、痛みませんか?」

 

「ああ。なんともない。

 すこし歩くのが不便なだけだ」

 

「和尚さまは?」

 

「本堂で誦経なさってる」

 

「そうですか」

 

 それきりマツバラは沈黙した。

 目が見えないのではっきりとは分からないが、何か思案しているらしい。

 

 やがて、改まった声で告げた。

 

「本堂に行きましょう。

 貴方と和尚さまに、話さねばならぬことができました」

 

 言葉の奥には、有無を言わせぬ強い響きが秘められている。

 俺は胸騒ぎを覚えながら、マツバラの後に続いた。

 

 

 

 マツバラは本堂に腰を落ち着けるや否や、ずばり切り出した。

 

「鳳凰様のご容態が悪化しています。

 このままでは()って数日かと」

 

「「────!」」

 

 俺と和尚は同時に息を飲んだ。

 

「……ほ、ホウオウ様って、神様ですよね。

 神様が死ぬって、ありうるんですか?」

 

 これに応えたのはカラシ和尚だった。

 

「本来は、ありまへん。鳳凰様は並の巾獣とは違いますよって、死ぬことはあらしまへん。ただ……」

 

「ただ?」

 

「力を使い果たしたり、大きな傷を負ったとき、封神されることはあります。

 マツバラはんはそれを言うてはりますのや」

 

「ほうしん?」

 

「神が一時的にお隠れあそばすことです」

 

 マツバラが話を引き取る。

 

「この世界には様々な神がおわします。

 朝日の化身・鳳凰様と、海原の化身・海神(わだつみ)様は、このジョウトをお守りくださる二体一対の神々です。

 しかし二柱が同時に御姿を現すことはありません。

 片方が御役目を果たすあいだ、もう片方は眠られます。この眠りのことを封神と呼ぶのですよ」

 

「封神中はなぁもでけまへん。

 人間の預かり知らぬどこかで、飲み食いもせずじいっと過ごされるそうや。

 そうして千年ばかし英気を蓄えてから交代するんやと」

 

 和尚が、ついと顔を反らせた。

 視線の先には、《スズの塔》が聳えている。

 

「いまは海神様が封神されとるから、鳳凰様はお目覚めであらねばならんのやが……傷が深すぎて、起きてられへんのやろなあ」

 

「も、もし、二柱とも封神したらどうなるんです?」

 

 これにはしばらく返答がなかった。

 

 喉が渇く。

 生唾を飲む音がやけにうるさい。

 

 神経を直火で炙られているような酷い焦燥を覚え始めた矢先に、ようやくマツバラが口を開いた。

 

「ジョウトは加護を失い、天変地異が支配する魔の地となります。

 生きとし生けるものは皆死に絶えましょう」

 

「…………! 

 な、なにか、何か手はないんですか!?」

 

「……方法は、あります。確実とは言えませんが」

 

「な、なんですか!? 教えてくれマツバラさん!」

 

 マツバラの手を握り、激しく揺さぶる。

 この際贅沢は言ってられない。

 試せるものはなんでも試さなければ、呪いを解くどころか元の世界にも帰れずに死んでしまう! 

 

 少しの間を置いて、マツバラが言った。

 

「エンジュより遥か南の島、タンバに凄腕の薬師がいるという噂を聞きました。彼の者ならばあるいは、神をも癒す薬を作れるかもしれない」

 

「タンバ……」

 

 西の町・アサギから更に海を渡ったところにある島だ。

 現代でもそこに行くにはかなりの手数がかかる。ましてこの時代、ろくな船はなかろう。

 

 でも俺なら、ポケモンに乗って渡れる! 

 

「お、俺が行きます!」

 

「それは危険だ」

 

 マツバラが頭を振ったのが分かった。

 カラシ和尚も難色を示す。

 

「ワタヌキはん。タンバまでの道はえろう荒れておりますえ。野盗に山賊、人を喰らう巾獣も跋扈しとります。目ぇの見えない人が往く路ではあらしまへん」

 

「覚悟の上です」

 

 俺はきっぱりと頷いた。

 

 いままでは、自分の呪いを解くことしか頭になかった。

 あと1回死んだらギラティナに乗っ取られることを、忘れたわけじゃない。

 

 けど、ホウオウの封神がすなわちジョウトの滅亡に繋がるのだと聞かされては、臆する心などありはしなかった。

 

 行かなきゃ行けないんだ。

 なんとしても。

 薬を貰いに行けるのは、俺しか居ないんだから。

 

 意志の堅さを悟った和尚が、ふうと息を吐いた。

 

「……仕方ありまへん。うちのぶぅすけをお連れなされ。あの子はジョウト中の路を知っとるし、鼻もいい。ある程度の危険は避けて通れるやろ」

 

「……路銀などはこちらで用立てましょう」

 

 マツバラも言ってくれ、俺は深く頭を下げた。

 

「ありがとう。きっと薬を持ち帰ります」

 

 

 

 

 そして翌朝。

 朝靄けぶる街道を、ウリムーと共に踏みだした。

 

「まずはアサギだ。よろしくな、ぶぅすけ」

「ぶっ」

 

 ウリムーは尻をふりふりさせて、勇ましく鳴いた。

 

 

 

 

 

 




というわけで29話。
ホウオウを癒すため薬を貰いに出発です。

途中のニューラの描写がねちこいのは作者の趣味です。
みんな猫ポケをすこれ。

頑張れアシタバ超頑張れ。
残り時間は少ないぞ!

よければ感想高評価おなしゃす!
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