ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第32話 とある少女の問わず語り。

 

 

 

 

 アサギとタンバを結ぶ定期船《ぽんかん丸》の帆が、清風に翻っています。

 

 本日は雲ひとつない素晴らしいお天気です。

 他に船影もございません。

 

 舳先に立って眺めておりますと、空の青と海の蒼が織りなす美しい世界を、すーっと滑っていくようで、えも言われぬ爽快さです。

 

 わたくしは船べりから身を乗り出し、歓声を上げました。

 

「まあ! ご覧くださいワタヌキさま! 

 なんて素敵な景色なのでしょう! 

 …………あっ」

 

 言い終えてから己の失言に気づき、口元を抑えました。

 

 ひょんな出逢いからわたくしをタンバに連れて行ってくださることになったワタヌキさまは天堂衆のお坊様なのですが、行脚の嗜みとして面布をつけていらっしゃいます。

 

 なんでもこの布は外界の誘惑に打ち勝つために着けるものであり、何があっても人前で取ってはならないのだとか。

 寝る時すらも着けたままというのだから恐れ入ります。

 

 面布越しではどんなに目を凝らしたとて、折角の絶景も台無しでしょう。

 全くもって、気遣いの足らない発言でありました。

 

 慌てて頭を下げます。

 

「ご、ごめんなさい。失言でしたわ」

 

 ワタヌキさまが微かに笑った気配がいたしました。

 

「気にしないでいい。

 案外布越しでも見えるから」

 

「そうなんですの?」

 

 わたくしは目を丸くしました。

 まさかそんなに大きな布を垂らしていても周囲が見えるなんて、予想だにしていませんでした。

 

 けれど、言われてみれば納得ですね。

 だってワタヌキさまは、道を歩いてる時も階段を上り下りするときも絶対に躓いたりしませんもの。

 

 たとえ目の前を布で被われていたとしても、きちんと見ていらっしゃるのです。

 

 お坊様はやはり凄いお方なのだ。

 しみじみと感じ入っておりましたら、だしぬけにワタヌキさんが仰いました。

 

「しかし凄い船だなあ。

 造作も立派だし、少しくらいの嵐なら跳ね除けて進めそうだ。誰の物なんだ?」

 

 わたくしは答えました。

 

「実は、お父様の船ですの」

 

「えっ!? コウジさん!?」

 

 ワタヌキさんが仰け反りました。

 

 驚くのも無理はありません。

 

 わたくしの家の宿屋は、あばら家よりは幾らかマシといった具合のもので、毎日閑古鳥が鳴く始末。

 

 そんな見るからに貧乏な我が家がどうしてこんな大きな船を持てるかというと、父が文字通り、私財を投げうって造ったからです。

 

 アサギにはお医者さまがいらっしゃいません。

 医術の心得ある者はみなエンジュに集いて病人たちの救護をせよ、という天堂衆大法印・ワリオ様のお触れによって、召し出されてしまったからです。

 

 そのため、アサギの民は熱が出ても骨が折れても寝て耐えるほかはありません。

 お金に余裕のあるひとだけが、エンジュのお医者さまにかかれます。

 

 それでは疫病が流行ったときにひとたまりもないということで、父は懸命に貯めたお金をありったけ注ぎ込んでこの《ぽんかん丸》を建造したのです。

 

 頑丈な船があれば、いつでもタンバの薬師(くすし)のもとへお薬を貰いに行けますから。

 

「……じゃ、アサギのみんなのために、コウジさんはありったけの財産を使っちまったのか」

 

「はい」

 

《かんきつ亭》は、最初からあのようにみすぼらしい宿ではありませんでした。船にお金を使ううちに、どんどん小さくせざるを得なかったのです。

 

「奥さんや家族は、誰も反対しなかった?」

 

「はい」

 

 わたくしが(うべな)うと、ワタヌキさまは絶句なさいました。

 

 …………そう、思い返してみれば、お父様が船を造ると言い出した時、誰もが驚きましたけれど、すぐに賛成した覚えがあります。

 

 お宿の経営を限界まで縮小し、切り詰められるところはとことん切り詰めて。

 たまに来てくださるお客様のお食事をご用意すると、わたくしたちがご飯を食べられるのは3日に1回程度の量しか残らなかったこともございました。

 

 それでも、文句は出ませんでした。

 世のため人のために動いたお父様を、家族みんなが尊敬していたからです。

 

 しばらく、わたくし達の間には波の音だけが流れました。

 

「──無私無欲とは、コウジさん達のことだな。

 まさに高潔な、鋼の精神だ」

 

 そう仰るワタヌキさんの声色には、言葉に尽くせぬ感動が溢れていて、わたくしは胸が熱くなりました。

 

 船が完成した時。

 ありがたいと手を合わせてくださる方が居る一方で、商人失格だと嘲る方も少なからずいらっしゃったのです。

 

 己の商売を傾けてまで人助けするなどバカバカしいという言葉が、ずっと胸の奥で疼いておりました。

 いま、それがほろりと崩れて消えた気がして、わたくしは咄嗟に顔を背けました。

 

 油断すれば、涙がとめどなく流れてしまいそうだったからです。

 

 眦を拭っていたわたくしは、ふと、洋上に浮かぶ黒いものに気づきました。

 それはぐんぐん近づいてきます。

 

 水夫さんが、引きつった声で叫びました。

 

「か、海賊だぁっ! 海賊が来たぞお!」

 

「海賊────!」

 

 周囲に戦慄が走ります。

 

 怯えるわたくしの肩を、ワタヌキさんがそっと押さえました。

 

「船室に入ってな」

 

「わ、ワタヌキさまは?」

 

「俺も後から行くよ」

 

 なにやら丸いものを懐から取り出しつつ、ワタヌキさまは朗らかに笑いました。

 

「大丈夫。なにも怖いことは起きないよ。

 起こさせねえ」

 

 力強い響きに、それ以上粘ることは憚られて、わたくしは船室に向かいました。

 今日の昼便はわたくしたちだけらしく、お部屋はがらんとしています。

 船酔いした茶色い巾獣(きんじゅう)がうずくまっているだけです。

 

 この巾獣はワタヌキさまが連れている子で、名をぶぅすけというそうです。

 とっても大人しくて賢くて、わたくしはいっぺんにこの子が好きになってしまいました。

 

 ぶぅすけの背を撫でていると、いくらも経たない内に、遠くの方でどぉ……んという音が轟きました。

 水夫さんたちのどよめきが壁越しに聞こえてきます。

 

 耳を(そばだ)てると、「水柱」「海賊船」「吹き飛んだ」といった単語が切れ切れに伝わってきて、わたくしは首を傾げました。

 

 どうも海賊船が吹き飛んだそうですが、そんなことが有り得るのでしょうか? 

 

 訳が分からず混乱していると船室の扉が開き、ワタヌキさまが面布のついたお顔をひょっこり覗かせました。

 

「海賊は居なくなったぞ。もう出てきて大丈夫だ」

 

「な、なにがどうなったんですの?」

 

 けれど、何回訊ねてもワタヌキさまは教えてくださいません。

 まわりの水夫さんたちも、夢でも見ていたような顔つきで「船がぼぉんと弾け飛んだ」と仰るばかりです。

 

 ワタヌキさまは「神さまが助けてくださったんだよ」と言い、海に向かって手を合わせました。

 

 みな、それに倣って合掌します。

 わたくしも、理解はできないながらも、両手を合わせました。

 

(神さまじゃなくて、ワタヌキさまが何かなさったのじゃないかしら)

 

 そんな荒唐無稽な考えが浮かび、わたくしは頭を振るいました。

 

 お坊様とて人の子です。

 いくらなんでもそんなこと、出来るはずがありませんよね。

 

 

 〇〇〇

 

 

 それからは特筆すべき事件もなく、無事にタンバに到着いたしました。

 

 水夫さんたちにお礼を述べてから浜に降り立つと、揺れない地面に足がもたついてしまいました。

 

「たった数時間乗っていただけですのに」

「船乗りって凄いなあ」

 

 わたくしもワタヌキさまも笑いました。

 わたくしの腕の中で、ぶぅすけが不思議そうに見上げてきます。おでこのあたりを優しく撫ぜると、くすぐったそうに身を捩りました。

 

「さて、薬屋はどこかな」

「あちらですわ」

 

 浜のすぐそばに建っている小屋を指さします。

 ワタヌキさまが笑い含みに囁いてきました。

 

「……ちなみに、この距離でも迷うのか?」

「迷いませんわ!」

「ほんとかぁ?」

「ま! いじわるな方!」

 

 わたくしはぷうと頬を膨らませました。

 

 確かにわたくしは方向音痴ですけれど、これまで何度もお父様がお薬を貰いに来るのに付き添ったからちゃんと辿り着けますよ、と力説します。

 

 するとワタヌキさまが「ん?」と首をひねりました。

 

「毎月? そんなにコウジさんは体が悪いのか」

「……いえ、お父様ではなく、灯台守のアカリさまが」

 

 アカリさまはお父様が船を作られてからずっと、アサギ湊の灯台で番をしてくださっている方です。

 夜に《ぽんかん丸》が出航するとき、一晩中火を焚いて闇夜を照らす目印を設けておられます。

 

 ですがここのところ、体調が芳しくなく、定期的にタンバのお薬を()まねば立つこともままならないのです。

 

「別の人に灯台守をやってもらうんじゃダメなのか?」

 

「わたくしもそう思いますし、名乗りを上げたのですけれど……」

 

「けど?」

 

「灯台にはときどき巾獣がやってきて危ないから女子供には任せられない、と断られてしまいました」

 

「…………ふむ、なるほどね」

 

 ワタヌキさまが面布ごと顎を撫でました。

 そんなことを話しているうちに、薬屋の小屋に着きました。

 

 戸を叩こうと手を上げた瞬間、内側からからりと開きました。

 

「はいな。いつものだね? できてるよ」

 

 薬師(くすし)のシュンギクさまが糸のように細い目で微笑んでおられます。

 御歳89とは思えぬ壮健なお婆さまです。

 

 シュンギクさまは、わたくしの隣のワタヌキさまに目を留めると、薄く瞼を開かれました。

 鋭い眼差しが、じっとワタヌキさまに注がれます。

 

 たっぷり眺めやってから、鷹揚に頷かれました。

 

「アンタのことも知ってるよ。

 エンジュでお倒れになった鳳凰様のための薬が欲しいんだろう?」

 

「…………!」

 

 ワタヌキさまの肩が、ぴくりと跳ねます。

 どうやら図星のようです。

 

 わたくしはその何倍も驚き、声を失ってしまいました。

 

 鳳凰様がひと月ほど前にお倒れになった話は無論存じておりましたが、よもや神さまにも効くお薬を作れるだなんて。

 

 シュンギクさまは、瞠目するわたくしたちに胸を張りました。

 

「ふふん。なんで知ってるかって? 

 歳をとるとね、いろんな声が聞こえてくるのさ。

 うるさくって仕方ないが、ま、悪いことばかりじゃない。ほら、これだよ」

 

 シュンギクさまが、小さな皮袋を手渡しました。

 外見(そとみ)からでもわかるほど、ずっしりと重たいものが入っています。

 

「丸薬だ。そいつを丸ごと口に入れな。

 とんでもなく苦いからさしもの鳳凰様も吐き出そうとするだろうけど、絶対に吐かせるんじゃないよ。

 何がなんでも飲ませるんだ」

 

「……わかりました。ありがとうございます」

 

「気張りな。若いの」

 

 シュンギクさんはニヤリと笑ってから、すぱんと戸を閉めてしまいました。

 

 無駄なことを嫌う方なので、別れ際はいつもこんな調子なのですが、不思議と無礼な感じがしないのは彼女の持つ独特な雰囲気のなせる技でしょうか。

 

 いただいた薬袋を大事に懐に収めてから、ワタヌキさまは踵を返しました。

 

「それじゃ、戻ろう」

「はい」

 

 わたくしは小走りに後を追いました。

 

 道々、ワタヌキさまは「キクコさんそっくりだったな……」と呟かれていました。

 

 世の中にはそっくりな方が3人いるそうです。

 ということは、わたくしのそっくりさんもどこかにいらっしゃるのでしょう。

 会ってみたいような、会いたくないような。

 

 そうそう、帰りの洋上ではまた不思議なことが起きました。

 往路は4時間かかりましたのに、復路はものの1時間でアサギに着いてしまったのです。

 まだ夕陽が水平線に浮かんでいるのを見て、わたくしは夢でも見ているのかと頬をつねったほどでした。

 

「げるる」という謎の声がするたびに心地よい追い風が吹いたので、あっという間に帰り着けたのですが、ひょっとしてあれが噂に聞く「神風」というものでしょうか。

 

 やはり、ワタヌキさまはただのお坊様ではありません。とても徳の高いお方のようです。

 さもなくば、海賊船といい神風といい、こんなにもわたくしたちに都合よく進むはずがございませんでしょう。

 

「何だかワタヌキさまが神さまに思えてきました」

 

 そう言うと、ワタヌキさまは面布越しでも分かるぐらい嫌そうに(かぶり)を振りました。

 

「神なんてそんな良いもんじゃねーよ」

 

 仮にも神に仕える者の言葉とは思えません。

 ワタヌキさまって、やっぱり面白いお方ですわ。

 

 せめてお夕飯をおもてなししたかったのですが、一刻も早く鳳凰様にお薬をお渡ししたいとのことで、わたくしを宿に届けるやスタコラ走っていってしまいました。

 

 

 変わったお方。

 ですが、とっても魅力的。

 ぜひともまた、お会いしたいものです。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで32話。
無事お薬ゲットの巻。

海賊船まわりであれこれプロット練ってみたのですが、どーもしっくりこなかったのでとっとと沈んでもらいました☆
まあルギアだのミュウツーだの持ってるトレーナーに海賊が敵うわけないわな。

薬師は現代でも主人公に振り回されているキクコさんのご先祖さまにしてみました。得体の知れない強ババア大好き。

一旦ユズちゃんとは別れてホウオウの元に急ぎます。
お薬は効いてくれるのか。
よければ感想高評価おなしゃす!
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