ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第34話 vsバサギリ。

 

 

 

 

 弱り果てたホウオウを抱きしめ、《スズの塔》の階段を駆け下りながら、マツバラはもう何度目になるかしれない問いを反芻した。

 

 ────彼は何者なのだ? 

 

 それだけが、頭の中を狂ったように巡っている。

 

 突如乱入してきた巾獣(きんじゅう)は、明らかにワタヌキを狙っていた。

 両手に携えた無骨な斧は、贅を尽くした檜の床を容易くぶち抜いた。あんなもので斬られたら、人間などひとたまりもない。

 

 なのに、ワタヌキは逃げろと言った。

 大丈夫だからと。

 懐から取り出した球を開き、何者かを呼び出して、真っ向から対峙していた。

 

 あの白い膚の者……ワタヌキはカタリベとか呼んでいたが、あれも巾獣だろうか。

 であれば彼は、巾獣を使役していることになる。

 

 可能なのか。そんなことが。

 

 カラシ和尚のように、無害な小動物を愛玩するのとは訳が違う。

 人を殺傷しうる凶悪な巾獣を、手足のように操っていた。

 

 これまで、巾獣に出くわした時は、刀や槍で追い払うか、逃げるしか打つ手がなかった。

 どちらも間に合わなければ殺される。

 それが茶飯事であり常識────だった。

 

 だが、みながみな、ワタヌキのように巾獣を手懐けられたら。

 

 世界は、変わる。

 

 街道を怯えて通る必要もなくなり、地域の交流や物流がもっと活発になって、今とは比べ物にならないほど豊かな社会になるだろう。

 

 飢えて死ぬ子供など1人もいなくなる。

 

 ああワタヌキよ。

 君はどんなふうに巾獣を従わせているのだ。

 

 知りたい。

 なんとしても知りたい。

 彼の手管を。

 彼の秘密を! 

 

 それが分かる時までは。

 

「……死んでくれるなよ……絶対に……」

 

 マツバラが呟いたその時。

 

 ようやくタンバの丸薬を飲み干したホウオウの眼に、光が灯った。

 

 

 〇〇〇

 

 

 ボールから場に出てすぐ、ミュウツーはバサギリの異変を悟った。

 

「……操られているのか」

「わからん」

 

 じりじりと後ずさりながら、俺は端的に答えた。

 

 バサギリが正気を失っているのは一目瞭然だった。

 全身から禍々しいオーラが立ち昇っているし、双眸の焦点もあっていない。

 口の端から粘つく涎を滴らせながら何事か呻いている様は、パニック映画のゾンビそのものだ。

 

 普通じゃない。

 それは分かる。

 問題は、それがポケモンの技によるものなのかどうか、だ。

 

「モモワロウの毒餅みたいに妙なもんを食わされたんなら、解毒するか吐き出させるしか手はねえ。

 だけど催眠術や妖しい光を喰らってんなら……」

 

「術者を叩かねばならんな」

 

 両手を細くしなやかな刃に変えつつ、ミュウツーは腰を落とした。

 

 バサギリも斧を持ち上げ、構える。

 ヒスイで戦った時とはまるで違う迫力に、全身から汗が噴き出した。

 

 あの時のバサギリは、俺の正体を見極めるために敢えて手を抜いていた。

 だから、たった数合交わしたただけで逃げていったし、俺を斬ったときもトドメを刺さなかった。

 

 今は違う。

 本気で、俺たちを殺しに来てる。

 

 ミュウツーもそれを察しているらしく、緊迫した声音で命じてきた。

 

「……常に、ワタシの背後にいろ」

「オーケイ」

 

 半歩右にズレた。

 バサギリの躰が、ミュウツーの影に隠れる。

 向こうからも俺の姿は見えなくなったはずだ。

 

 あいつの戦法は斧による一刀両断。

 斬撃の軌道上にミュウツーが居る限り、少なくとも俺が斬られることはない。

 

 ただそれは、ミュウツーが得意とするテレポートによる位置変え攻撃も封じられることを意味する。

 

「スピードスターをばら撒く時は量に注意しろよ。

 死角を増やしちまうから」

 

「心得た」

 

 ミュウツーが頷いた直後。

 

「ギシャアアアァアア!」

 

 狂った叫び声と共にバサギリが突進してきた! 

 

 

 〇〇〇

 

 

 重い風切り音を唸らせて降ってくる斧の側面を蹴り飛ばし、バサギリの喉を突く。

 

 バサギリはわずかに首を逸らして回避。

 勢いに乗じて回転し、全身を使って薙ぎ払ってきた。

 念力で一瞬斧の動きを止め、バックステップで攻撃範囲から脱出する。

 もちろん俺も合わせて後退した。

 

 もしもいまの一撃が当たっていれば、相棒の胴体は断ち切られていただろう。

 おぞましい想像に身の毛がよだつ。

 

 念力は自身の体重より軽い物を操る技だ。

 ミュウツーの目方はおよそ120キロ。

 それ以下の重さであれば自在に操れるのに、動きを僅かに止めことしか出来ないのは、それだけバサギリが恐ろしい膂力とスピードで斬りつけてきている証左である。

 

(念力で縛ってタコ殴りはできないわけね。

 とくれば……)

 

 俺が予測したのとほぼ同時に、ミュウツーがスピードスターを展開する。

 上下左右から飛んでくる星屑の弾を、バサギリは避けもせず悠々と受け止めた。

 

 さすが岩タイプらしい頑丈さ。

 痛くも痒くもないってか。

 

 今度はスターを撃ちつつ斬りつける。

 緩急織り交ぜた見事な連携だったが、これも致命傷には程遠い。

 

 ミュウツーはバサギリを押し出すようにして間合いを確保し、構えなおした。

 細い肩が上下している。

 俺を庇いながら戦っているせいで、いつもより消耗が激しいのだ。

 

 対するバサギリは涼しい顔で汗のひとつもかいちゃいなかった。

 

「おいおい……タフにも程があんだろうよ」

 

「…………ギッ」

 

 俺の軽口には目もくれず、バサギリが距離を詰めてくる。負けじとミュウツーも肉薄した。

 

 凄まじい攻防が目にも止まらぬ速さで繰り広げられ、耳を劈く斬撃音が部屋中に響き渡る。

 

「──ぉおおおおおッ!」

 

 裂帛の気合いと同時に、ミュウツーの攻めが速度を上げた。

 

 さしものバサギリもこの猛攻は捌くだけで手一杯らしく、俺に背を向け始める。

 

(…………今ならやれるか)

 

 敵の意識が俺から逸れているのを見計らい、そっと屈みこんだ。

 床板に延びる影に囁きかける。

 

「いるか、モモワロウ」

「モモ」

 

 顔を半分覗かせたモモワロウに訊ねた。

 

「あいつをおかしくさせてるものが何か、分かるか」

 

 こいつはかつて、アローラ地方で毒餅をばら撒き、大勢の人を惑わせたことがある。

 仲間のサーフゴーも餌食になった。

 蛇の道は蛇、餅は餅屋。

 操り手についてなにか分かればと質問したのだが。

 

「モ……」

 

 モモワロウは、なぜか気まずげに俺を見やり、ふるふると首を振った。

 

「分からない」というより「言いたくない」というような仕種だ。

 一瞬の間を置いて、俺は理解した。

 

 モモワロウはゴーストタイプ。

 すなわち冥王ギラティナの眷属だ。

 ポケモンの世界において、血族の結束はとてつもなく固い。

 裏切ることなど想像も出来ないほどに。

 

 モモワロウが答えないのは、つまりそういうことだ。

 ギラティナの配下がバサギリを操っているがゆえに、情報を伝えることは背信行為に当たるのだろう。

 

 だがしかし! 

 

「それが分かりゃ充分だ! 

 ミュウツー(カタリベ)! バサギリじゃない! ()を叩け!」

 

「っ!? ……わかった!」

 

 ミュウツーは身体を反転させると、拳を固く握りしめ、バサギリの影に激しく叩きつけた! 

 炎を纏った拳が、床をベニヤ板のように粉砕する! 絶叫が鼓膜を揺るがした! 

 

 不意にバサギリから力が抜け、その場にがっくりと崩れ落ちる。

 

 影が盛り上がり、一体のポケモンを成した。

 

「マ……シャ……」

「やーっぱお前か、マーシャドー」

 

 マーシャドーはふらふらしながらも、健気に俺を睨みつけた。

 

 他人の影に潜り込み、憎悪や恐怖を煽り立てて宿主を破滅へと導く恐ろしい幽霊。

 一説によれば、宿主の技を模倣することもあると聞くが、いまそれはどうでもいい。

 

 俺は懐から空のボールを取り出すと、有無を言わさず投げつけた! 

 

「マシャっ!?」

 

 ボールは慌てふためくマーシャドーの頭に命中。

 捕獲網がぶわっと広がり、獲物を包み込んでボールの中に戻っていった。

 

 しばらくガタガタ震えていたが……観念したのか力尽きたか、すぐに動かなくなった。

 

「捕獲完了、だ」

 

 俺はやれやれと吐息しながらボールを拾った。

 チョウジにいた頃、見本として作っておいたボールがこんなところで役に立つとはね。

 

「色々やっておくもんだな」

「……っ、アシタバ!」

 

 バサギリに癒しの波動をかけていたミュウツーが顔を強ばらせる。

 動揺の理由は、俺の真後ろにあった。

 

「…………そうか。それがあなたの、強さの源か」

 

「…………っ!」

 

 いつのまに戻ってきていたのか、ホウオウを抱えたマツバラが戸口に立っていた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 木屑を踏みながら近づいてくるマツバラをどうしても見返すことができなくて、俺は小さく俯いた。

 

 戦闘の痕もミュウツーも、なにひとつ隠す余裕などない。

 

 脳裏に、ジロウが発した罵声が甦る。

 あのときも、こういう空気だった。

 

 またか。

 また、俺は化け物呼ばわりされるのか。

 

「…………」

 

 やがてマツバラが俺の正面に立つ。

 

 第一声はなんだろう。

 お前は何者だ、とか。

 近寄るな、とかかな。

 …………嫌だな、それは。

 

 視界に、ホウオウの鮮やかな翼が映る。

 薬が効いたようで、まだ縮んだままだけど、穏やかな顔をしていた。

 

「ぎしゅる」

 

 ルギアに似ているけれど少し違う鳴き声に、ふと涙腺が緩みかけ、唇を噛み締めた。

 

 マツバラが口を開く。

 

「…………()()()()、というのは?」

「え」

 

 思いもよらない問いかけに、俺はうっかり顔を上げ、マツバラの視線とかち合った。

 天堂衆僧都(そうず)の瞳は、意外にも落ち着いた色を湛えていた。

 

「さきほど、そこの巾獣が呼んでいましたよね。

 ワタヌキではなくアシタバと。

 もしや、そちらが本名ですか?」

 

「……うん」

 

 これ以上嘘はつけない。

 正直に答えると、マツバラは得心したように頷いた。

 

「チョウジからアシタバという男について噂が流れてきていました。

 妖しい技を使う者ゆえ用心せよと。

 なるほど、それで名を変えていたのですね」

 

「…………突き出すか?」

 

「まさか」

 

 マツバラはきっぱりと首を振った。

 

「短い付き合いですが、あなたの人となりはある程度分かっているつもりです。

 よもやこれほどの力をお持ちとは夢にも思いませんでしたが、あなたがいなければ鳳凰様も私も命を落としていたはず。

 感謝こそすれ、訴えるなどとんでもありませんよ」

 

「うむ。よう言わはった」

 

「どわっ! えっ、カラシ和尚!?」

 

 カラシ和尚がひょっこりと現れ、俺は飛び上がらんばかりに驚いた。

 

 和尚がひょっひょっと笑いながら髭をしごく。

 

「なにやら胸騒ぎがしてなぁ。ニューラ(おはぎ)も外に出ようとしきりに誘いますよって、とうとうわしも登らされましたわ。いやあ年寄りには辛いわあ」

 

 言うや、カラシ和尚は何気ない足取りでミュウツーたちに近づき、バサギリの顔をじいっと見定めた。

 

「……うん。やっぱりあんたさんやね。

 寺の外からずうっと護ってくれはったやろ。

 気配だけは感じとったんやが、なかなか正体が掴めんでなあ。ありがとうなぁ」

 

 バサギリは苦虫を噛み潰したような表情で首を振った。

 

 バサギリの言わんとするところは分かる。

 きっと、そうして警備している折に、マーシャドーに憑依されてしまったのだろう。

 更にニューラを痛めつけたうえ、この塔まで引き摺られてきた。

 不甲斐ない己に感謝などしてくれるな……というところか。

 

 和尚は呆気にとられる俺たちに微笑み、ぽむぽむと両手を打ち鳴らした。

 

「さぁさ、まずはお寺に帰りまひょ。

 お腹すきましたやろ。

 積もる話はご飯食べながらでも出来ますよって。

 鳳凰様、むさ苦しいお寺やけど堪忍してな」

 

「ぎしゅる」

 

 ホウオウは苦しゅうないとばかりに一声鳴いてから、マツバラの腕の中で寝息を立てはじめた。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで34話。
マーシャドーゲット。
とはいえギラティナの手下ですから仲間にしたとは言い難い。
主人公はどうするつもりなのやら。

マツバラくんに本名バレました。
ポケモントレーナーであることもバレましたが、チョウジの時とは違い排斥しないあたり冷静ですね。

そろそろジョウト地方も一段落つけたいところ。
まだまだ暑さが続くので涼しい部屋でまったりお待ちください。
よければ感想高評価おなしゃす!
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