ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第36話 因果の収束。

 

 

 

 

 明くる日。

 宿酔(ふつかよい)で泥のように眠りこけていたワリオ大法印は、坊主からの予想だにしない報告に叩き起された。

 

「失礼いたします。

 マツバラ僧都(そうず)より、《スズの塔》が半壊したため早急な修繕の手配を願う、とのことです」

 

「は、はぁ!?」

 

 ワリオの眠気は一瞬で吹き飛び、顎が外れそうなほど大口開けて絶句した。

 坊主もまた、己の話している事柄が信じられないようで戸惑いの色を浮かべている。

 

 なんだ。なんだ半壊って。

 九重の塔だぞ。

 何がどうしたらそうなるんだ! 

 困窮した民草でも暴れ散らかしたか! 

 

「そ、それだけじゃ何もわからん!

 マツバラはどこだ、奴に説明させろ!」

 

「無論そのつもりで来ておりますよ」

 

「どわっ!?」

 

 いつの間にかすぐ横の縁側にマツバラが立ってい、2人を驚倒させた。

 

 我に返ったワリオが布団をぶっ叩く。

 

「ま、ま、ま、マツバラっ! 

 いいい一体何が起きたというんだ!」

 

「落ち着いてください父上。

 きちんとお話いたしますから。

 とりあえず、人払いを」

 

 マツバラに横目で見られ、坊主はすっ飛ぶように退室していった。

 

 ワリオは寝乱れた浴衣を手早く整え、次の間に入った。マツバラが従う。

 雨戸は開かれているが、茹だるような熱気が風を殺しており、酒の匂いはいかんともしがたかった。

 

 無論任天教において酒色は厳禁である。

 またぞろ説教が始まるかといささかびくついたが、いまそれを論ずるつもりはないらしい。

 息子はごく静かに座していた。

 ……眉間には、深い皺が刻まれていたけれども。

 

「で、どうしたんだ」

 

「はい。実は────」

 

 そこから語られた“説明”は、いっそ夢物語であれと願うくらい荒唐無稽であった。

 

 両手に斧を宿した巾獣が塔に侵入し、柱といわず床といわずさんざ斬りまくったという。

 たまさかその場に居合わせた旅人が捕らえて事なきを得たが、さもなくば今頃《スズの塔》は木屑に成り果てていたと聞かされ、もはやワリオは二の句も継げなかった。

 

「……でありますから、父上には修繕費用を下されたく願います。修理の音頭はわたしが取りますゆえ、それ以上お手を煩わせることはないかと」

 

 しれっとのたまう息子に、父親は震える声で詰問した。

 

「手、手を煩わせるもなにも、その巾獣どうしたのだ。まさかそこらに解き放ったのではあるまいな」

 

 だとすればまたぞろ襲撃してくるやもしれない。

 人の血を覚えたケダモノが人をつけ狙うように、塔を壊すことに何らかの悦楽を見出した巾獣が再来してくることは大いに考えられる! 

 

 そこまで考えて、ワリオははたと思い至った。

 

 いま息子はなんと言った。

 

 …………捕らえただと? 巾獣を? 

 

 顔色の変化を察したマツバラが、微笑みを深めた。

 懐から丸い球を取り出し、こちらに向かって転がしてくる。

 思わず掴みあげたワリオは、息子の顔とそれとを交互に見比べた。

 

「な、なんじゃいこれは」

 

「巾獣を捕獲できる球にございます。

 件の旅人は腕のいい職人らしく、そのようなものを編み出したそうで。

 エンジュで売りたいけれど先立つものがないから、なんとか算段をつけてもらえないかと相談されていたのですよ」

 

「ほ……」

 

 ワリオの目が真ん丸に見開かれた。

 巾獣を、捕獲。

 そんな離れ業が叶うなら、もはや巾獣など恐るるに足りぬ。

 

 街や人に仇なすものどもを(ことごと)く捕らえるだけでもどれほどの功績になることか。

 この球を量産できた暁にはきっと巨万の富が築けるだろう。

 

 ワリオは掴みかからんばかりにマツバラに迫った。

 

「その旅人、居所は!?」

 

「三ツ鐘寺に。住持のカラシ和尚殿にも話を通し、厚く遇しております。球の製法を教えてもらう約束も取りつけておりますよ」

 

「おお……! でかした、でかしたぞマツバラ!」

 

 生真面目すぎ、潔癖すぎるきらいのあった息子も、ようやく算盤を弾く大切さが分かってきたらしい。

 

 なんとしてもその旅人を余所にやってはならない。

 三ツ鐘寺に監禁して、ひたすら球を造らせつつ、弟子を大量にとらせるのだ。

 

「というわけで、塔の方は……」

 

「そんなもんいくらでも直してやるわい! 

 グヮハハハ!」

 

 マツバラは深く頭を下げ、来た時と同じく、足音も気配も感じさせぬ素早さで帰っていった。

 

 

 〇〇〇

 

 

「そんな具合で塔の再建は問題なさそうです」

 

 あっけらかんと話すマツバラを、俺はしげしげと眺めやった。

 

「話早ぇなあ……

 坊さんってそんな儲かるのか」

 

「ええまぁ。父は経文も満足に読めませんが、金勘定だけは滅法強くて」

 

 にこやかに刺々しい返事が飛んでくる。

 俺はハハハと曖昧に笑った。

 

 …………あんまし親子仲良くないみたいだな。

 今後言及するのはやめとこ。

 

 俺は毛繕い(ブラッシング)を終えたホウオウを、分厚い座布団にそっと寝かせた。

 

「お食事は摂られましたか?」

 

「豆とか穀物を混ぜたやつを少しだけ。

 あんまり食欲がないみたいだ。

 回数増やして少しでも多く食べてもらおうかと思ってるよ」

 

「それがいいでしょうね。和尚様はどちらに?」

 

「本堂。めっちゃ人が来てる」

 

「ああ、講の日でしたか」

 

 任天教は定期的に、情愛の大切さや人としてやってはならないこと、昔起きた戦乱などを分かりやすく語り聞かせる会を開いており、それを講という。

 

 カラシ和尚の講は人気なようで、今日は朝早くから大勢の人が詰めかけてきていた。

 

 迂闊に人前に出れらない身だからずっとこの小部屋にいたのだが、さすがにやることが無さすぎて暇なこと甚だしい。

 

 そう愚痴ると、マツバラが右手を差し出してきた。

 

「ならちょうどいい。

 近くの林に散歩に行きませんか。

 貴方にお頼みしたいことがあるんです」

 

「頼みたいこと?」

 

 俺はきょとんと瞬いた。

 

 

 

 マツバラに連れてこられたのは、そこここにぼんぐりが実る豊かな林だった。

 

「いい所だなあ」

 

 感嘆しながら眺め回す俺に、マツバラは苦笑した。

 

「300年後の世界にもぼんぐりはあるでしょう?」

 

「あるけど、こんなにたわわに実ってるところは少ないぞ。採り尽くしちゃう人が多いんだ」

 

「なんと」

 

 マツバラは困惑の色を浮かべた。

 

「こんなものを採っていく人が居るとはにわかに信じがたいですね。煮ても焼いても食べられない実なのに……役立たずの代名詞としてぼんぐり野郎などという言葉すらあるくらいですよ」

 

「……そっか。

 この時代は用途が見つかってないんだ」

 

 俺は口の中で呟いた。

 

 ぼんぐりは食用に適した木の実じゃない。

 固くて渋くて、しかも必ず腹を下す。

 エンジュの郊外でばたばたと飢えた死体が重なっているような時代でも、どうにかして食べようとする人が諦めるレベルで食えない木の実なのだ。

 

 俺は手近のみどぼんぐりを捥いで、マツバラに見せた。

 

「俺のボールは全部、ぼんぐりから出来てんだぜ」

 

 途端、マツバラの目の色が変わった。

 

「……どんなぼんぐりからでも造れますか?」

 

「ああ。色によって固さが違うから、ちっとコツがいるけどな」

 

「────アシタバさん。折り入ってお願いが」

 

 俺はマツバラに掌を突きつけ、黙らせた。

 

「言いたいことは分かってる。

 ボールの作り方を教えてくれ、だろう?」

 

 チョウジでも請われたことだ。

 畑仕事のできなくなった爺さん婆さんたちに手とり足とり教えた7日間が、遠い昔に思える。

 

 マツバラが唇を引き結んだ。

 

「…………はい。

 わたしから父に言ったのです。捕獲球の製法を教えてもらうから塔を直してくれ、と」

 

「交換条件ってわけね」

 

「すみません。

 あなたの許しなく、ダシに使いました」

 

 マツバラが悲痛な声で詫びてくる。

 俺は笑いながら、細い肩にぽんと手を載せた。

 

「なぁ、そんな申し訳なさそうにしないでくれよ。

 やっと()()()()()()じゃなくなるんだ。

 むしろ嬉しいぐらいなんだぞ?」

 

 ボールの作り方を教えろ? 

 願ってもない話だ。

 毎日タダ飯食らって、呪いを解く手伝いまでしてもらって、それでも何も恩を返せない自分に嫌気がさしてたんだから。

 交渉の材料に使われるぐらい屁でもない。

 俺に出来ることがあるなら、全力でやらせて貰いたかった。

 

「そうと決まりゃ、ここらのぼんぐり持てるだけ持って帰ろうぜ」

 

「はい!」

 

 マツバラが目元を拭い、破顔する。

 2人してぼんぐりをたんまり担いで帰った。

 

 

 〇〇〇

 

 

 講を終え、夕餉を食すカラシ和尚に、マツバラは一連の流れを語った。

 

「弟子を取らさせろ、か。

 さすが大法印はん、抜け目ないわぁ」

 

「弟子の人選はわたしのほうで行います。

 根気強く、人品の卑しからぬ者でなくば、とうてい務まらないでしょう」

 

「ほんなら、うってつけの小僧がおりますよって、推薦してもよろしいですかな」

 

「和尚様の勧める方なら、ぜひ」

 

「俺からも異論ないです」

 

 和尚は二、三度頷き、軽く手を叩いた。

 すぐに廊下を軽い足音が駆けてくる。

「失礼いたします」の声の後で、襖がすらりと開いた。

 

 丸い坊主頭がぴょこんと下げられる。

 

「お呼びでしょうか、和尚様」

 

 高い声だ。まだ変声期も迎えていない。

 年の頃は9つかそこらだろう。

 

「イッテツや。あんたに明日から新たな修行を授けますよって、よぉく励みなはれや。

 やることはこのアシタバはんが教えてくれはるから、言うこと聞くんやで」

 

「かしこまりました、和尚様。

 アシタバ様、よろしくお願いいたします」

 

 歯切れのいい物言いだ。

 和尚のような訛りがないのは、もともとエンジュの生まれではないからだろう。

 

 ぱっと上げた顔を見て、俺は息が止まるような心地がした。

 

 似ている。

 父さんに。

 そして、祖父ちゃんに。

 

 俺はわあわあ叫びたくなるのを懸命に堪えながら、「よろしくな」と礼を返した。

 

 

 祖父は言っていた。

 うちの一家は昔々の昔から、ボールを造ってきたのだと。

 だがご先祖さまがどんな経緯でボールを開発したのかは、なぜだかあやふやなのだとも。

 

 あやふやなはずだ。

 だって、未来の子孫が過去に遡って伝えに来ていたのだから。

 そんないきさつ、記録に残せるはずもない。

 

「因果は巡るって、こういうことか……」

 

 その夜、俺はまんじりともできなかった。

 

 

 

 




というわけで36話。
アシタバくんのご先祖さま登場です。
もともとご先祖さま出したくてジョウト編書いてるとこあるので、やっと出せて安堵してます。長かったな〜!

マツバラの交渉によって堂々とボール作りをする名分が得られました。
ご先祖さまと力を合わせて頑張れアシタバ。

良ければ感想高評価おなしゃす!
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