ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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番外編・女傑の邂逅

 

 

 

 

 雨粒を全身に浴びながら、カンナの右手が閃く。

 言葉はない。必要ない。

 無数の鉄火場を制してきたルージュラにとって、主人の仕種はなによりも明解であり、絶対なのだから。

 

 金髪が逆立ち、周囲に冷気が満ちる。

 一瞬にして、そこは巨大な凍土と化した。

 

 雨乞いの水分を余すことなく使った吹雪。

 逃れられる者など居ない──はずだった。

 

 バギィイイイン! 

 

 地中に潜ったヌメルゴンが、コートと氷とを引き裂いてカンナの目の前に躍り出る。慌てて振り向くルージュラの顔に、アイアンテールが炸裂した。

 

「…………っ!」

 

 いとも容易くコートの外まで吹き飛ばされ、そのままぴくりとも動かない。

 気絶である。

 ヌメルゴンが鋼鉄の殻を震わせながら快哉を上げた。首から下げた瑠璃紺のボールがきらりと光る。

 

「……戻りなさい、ルージュラ」

 

 リターンレーザーが白目を剥いたルージュラをボールに引き戻す。

 カンナのこめかみに、じわりと汗が浮かんだ。

 

(嘘でしょ……? たった一撃で? 

 トリックルームを展開し、雨も降らせて、ルージュラが戦いやすい場を完璧に整えたのに……)

 

 そこまでしても、地に伏したのは己のポケモンだった。

 

 まだルームの効果は切れていない。

 ヌメルゴンよりも素早さの劣るポケモンを出せば、先手は打てる。

 

 打てる、けれども。

 そこからどうする? 

 

 原種とは違い、鋼複合のドラゴンは、半端な氷技では沈んでくれない。

 相手の体力は十二分に残っている。

 きっちり仕留めるつもりで動かねば、2体目も持っていかれるだろう。

 

 カンナは唇をきゅっと結び、最も使い古したハイパーボールを引き抜いた。

 

 長年の相棒。

 美しく、賢く、気高き様は、見る者すべてを魅了する。

 

「情けは無用よ。

 身も心も凍てつかせなさい、ラプラス!」

 

 歌うような鳴き声と共に、ラプラスが顕現した。

 

 

 〇〇〇

 

 

「それで、勝ったのか?」

 

 ワタルの問いに、カンナは鋭い一瞥をくれた。

 

「当たり前でしょ。トレーナー不在のポケモンに負けるようじゃ四天王失格だわ」

 

 ワタルはおどけた表情で降参のポーズをとった。

 その横ではトレーニングを終えた汗だくのシバが、黙々と水分補給をしている。

 

 キクコが片眉を上げた。

 

「そっちの坊やもちゃんと黒星をくれてやっただろうね」

 

 シバはほんの少しの間を置いて、「……勝った」とだけ答えた。

 

「圧勝じゃなさそうだが?」

 

 女王の追撃は緩まない。

 シバはたっぷり10秒ほど沈思してから、言葉一つ一つを噛み締めるように説明した。

 

「今日戦ったのはウネルミナモの方だった。

 軸足をひたすらローキックして体勢を崩すつもりが、どれだけ蹴ってもびくともしない。

 そんな攻撃(いたみ)は経験済みだと言わんばかりに耐えられて、怒涛の水流で押されかけた。

 だが最後には急所への毒づきが功を奏した」

 

「毒のダメージで倒したってわけかい?」

 

 シバは黙って頷いた。

 質実剛健を絵に描いたような男だが、案外搦手も不得手ではない。かみなりパンチで麻痺らせたり、岩雪崩で怯ませてから隙を突くなどは当たり前のようにやってのける。

 

 しかしそれでも、トドメを差したのが日々鍛えた拳ではなく副次効果の毒であるところに、釈然としないものを感じているようだ。

 

 かくいうカンナも、勝敗を決したのは一撃必殺技であった。

 絶対零度。当たれば誰でも骨の髄まで凍らせる氷雪系最強の切り札。

 

 もしもこれが外れた場合は、つのドリルの発動も勘定に入れていた。

 

 ギャンブル頼みの危うい橋。

 運否天賦に任せた試合運び。

 およそ四天王、いや、“氷の女王”のカンナらしくない。

 

 冷徹な判断と苛烈な攻撃であらゆる敵を氷の世界に封じてきた。

 その戦術が、崩されつつある。

 

(トレーナーも無しに……

 私をここまで追い詰めるなんて……!)

 

 屈辱が胸の奥を焦がす。

 今日は勝てた。

 だが明日は。

 明後日は。

 

 鍛え直さねば、いつか必ず敗北する。

 それも、そう遠くない未来に。

 

「……ランニングしてくるわ」

 

 カンナは四天王専用の控え室を出ようとして扉を開けた途端、ぎょっと立ち竦んだ。

 

 そこには、どこから紛れこんだのか、1体のクチートがちょこなんと立っていたのである。

 

「あ、あら。あなた誰の子?」

 

 実は可愛いものに目がないカンナが頬を綻ばせる。

 

 クチートは好きだ。

 先日シルフカンパニーより発売された等身大ぬいぐるみは熾烈な抽選を勝ち抜いてゲットした。

 以来、毎日抱いて寝ているし休日にはドレスを作ってあげているけども、生きて動いている本物の愛らしさときたら筆舌に尽くし難いものがあった。

 

 迷子だろうか。

 まさかセキエイ高原のリーグ本部深くまで野生が入ってくる筈もあるまい。おそらくは誰かの手持ちがボールから出て探検しているのだろう。

 

 おやが見つかるまで、ぜひともお世話をしたい。

 ぬいぐるみの隣に並べて写真を撮りたい。

 軽く100枚程度でいいから。

 

 膝を折り、そっと手を伸ばしたカンナだったが、そのままびしりと硬直した。

 

 クチートが完璧な人語で喋りだしたがゆえに。

 

『私の名はヘリオドール。アシタバの仲間だ。

 あのアホの捜索本部はここで相違ないな?』

 

 ワタルたちは、1人残らず絶句した。

 

 

 〇〇〇

 

 

「……いやまぁ、サーフゴーやサマヨールも人間の言葉をぺらぺら話していたわけだし……他に喋れるポケモンがいるのは想定内といえるのかもしれないが」

 

 ポケモンでも飲めるきのみジュースを振る舞いながら、ワタルはためつ眇めつした。

 

 まったく、我が後輩は一体何者なのだろう。

 各地のチャンピオンやジムリーダーと深い交流を結ぶだけでは飽き足らず、こんな超希少な個体を手に入れているとは。

 

(……いや、冷静に考えてみればあいつの手持ちはみんな特殊で珍しいものばかりだな?

 相棒のカブトプスからして化石ポケモンだし。

 ひょっとしてレアポケマニアなのか?)

 

 などと、益体もないことを考えているワタルを尻目に、ジュースをきっちり飲み干して、クチートはひょいと肩をすくめた。

 

『そこそこ長生きしているか知能の高いポケモンなら貴様らの言語は比較的容易に習得できるぞ。私の場合は陛下より賜った宝玉が翻訳を果たしてくれているがな』

 

 なるほど、言われてみれば胸元にピンクダイヤが光っている。

 さしものキクコ女史もこんなクチートを見たことはないようで、珍しく驚きをあらわにしていた。

 

「はぁ……長生きするもんだね」

 

 そのまま戸口に目を走らせる。

 

「で、嬢ちゃんはいつまで固まってんだい」

 

 喋るクチートを目の当たりにしたカンナは、彫像のように固まってしまっていた。

 戸口の真ん前を占拠しているものだから、シバが少し困った顔をしている。

 トイレに行きたいらしい。

 

「彼女は可愛いものに目がないから、脳みそがキャパオーバーしたんでしょうね。死にゃしませんからほっときましょう。問題はこちらのレディだ」

 

 ワタルが向き直ると、クチートは優れた知性の光る眼で、じっと見つめてきた。

 

「改めて名乗ろう。オレはワタル。

 アシタバ捜索チームのリーダーだ」

 

『チームということは他にも人員がいるのか?』

 

「もちろん。ホウエンのダイゴくんやガラルのマスタードさん、イッシュのアデクさん、ほかにもたくさんの人が協力してくれてるよ」

 

『それで、状況は?』

 

 ワタルは素直に答えた。

 

「正直、進展はなにも。

 霞かなにかのようにふっと消えてしまって、手がかりが掴めないでいる」

 

『消息を絶ってどれほど経つ?』

 

「…………昨日で半年が過ぎた」

 

『……そうか』

 

 クチートの、胸が痛くなるほど小さな手がきゅっと握り締められた。

 

 トレーナーの行方が知れない。

 どこにいるかも、いつ帰ってくるかも、いやそもそも生きているかすら判然としない状況は、知能が高いぶん強いストレスを覚えるだろう。

 

 捜索隊結成当初は明るく振舞っていたサーフゴーも、日が経つにつれてどんどん口数が少なくなり、今ではボールから出てこなくなってしまった。

 

 ワタルは話頭を転じようと、アシタバのボールを4つ、テーブルに並べてみせた。

 

 保護できたポケモンたちが誰も入らないボール群である。サマヨールいわく、いまパーティにいない者たちの住処だという。

 

 カブトプスと同じデザインのフレンドボール。

 月があしらわれたシックなボール。

 純白のひんやりしたボール。

 そして最後に、ピンクを基調とした石を散りばめた愛らしいボール。

 

「このなかに、君のためのボールがあるんじゃないかと思うんだが」

 

 促すと、クチートは小首を傾げ、ピンクのボールを指さした。

 

『……おそらくこれだ。見覚えはないが』

 

「見たことがない? 入ったこともないのか?」

 

 クチートはきっぱり首を振った。

 

『私は訳あって一時的にパーティを抜けていた。その時に造ったのだろう』

 

「そう、か」

 

 ワタルは歯切れの悪い返事をした。

 

 ふつう、ボールの手作りなんてしない。

 技術的なハードルもさることながら、店で買う方が圧倒的に楽だからだ。

 せいぜいが、シールやカバーで外側を彩るくらいだろう。

 

 いちいち個体に合わせてボールを手作りする情の(こま)やかさは、本来トレーナーの鑑と称えられる資質だが、それこそが手持ちたちの精神を追い詰めていることを、果たしてアシタバは想像できたかどうか。

 

 おやの面影を感じるのだろう。

 みな、何をするにもどこに行くにも、自分のボールを肌身離さず持っている。

 

 とりわけ不安定なのはやはりカブトプスであった。

 ろくに食事も摂らず、日がな1日じっとして動かない。

 化石に逆戻りしたかのように動きが緩慢で表情も虚ろなのだ。

 

 毎日カンナやシバが相手をしているポケモンたちも、気が狂いそうな不安を払いのけようとしているだけで、いくら戦ってもその顔色は晴れない。

 

 彼女は、クチートは、どうだろうか。

 気丈に振舞っていても、そのメンタルはギリギリの綱渡り状態なのでは? 

 

 キクコもその辺りを確かめておきたいと見えて、前置きもせずズバリ切り出した。

 

「あんたは、これからどうしたい? 

 生憎だけど落ちこみたいだけならよそに行きな。

 ここはもう傷ついた子達でいっぱいだよ」

 

『……ふっ』

 

 クチートは口の端を吊り上げた。

 

『甘く見られたものだな。この私がこんなところまでメソメソ泣きに来たとでも?』

 

「違うのかい」

 

『違うさ。違うとも。

 私はな、うずくまっているお子様たちのケツを蹴り飛ばしに来たんだよ。

 諦める? 泣き暮す? 

 冗談じゃない。あのアホを張り倒すまで、私が歩みを止めることはない!』

 

 それは余りに、鮮烈で力強い言葉だった。

 

 半年間、探し続けた。

 にも関わらず出てくる情報は乏しすぎ、手がかりは無さすぎた。

 関係者から気力を削ぐのに充分すぎる期間だったと言える。

 

 他地方のチャンピオンたちはみな、無念そうに帰っていった。

 直通の電話番号は控えているけれど、果たして鳴らせる日は来るだろうかと、誰よりも捜索隊隊長の自分が疑っている。

 

 けれど彼女は、クチートは、ほんの一欠片も曇っていない。輝く瞳の眩しさに、ワタルは目を細めた。

 

 ニヤリと笑い返したキクコが手を差し伸べる。

 

「ふふん。気骨のある子は嫌いじゃない。

 どれ、もういっちょ頑張ってみようかね」

 

『力を借りるぞ、ご婦人』

 

 2人は固い握手を交わした。

 

 ようやく呪縛の解けたカンナがその光景を見て羨ましそうにハンカチを噛み、シバが青い顔で小走りに出ていったが、ワタルはどちらも、そっと見ないフリをした。

 

 

 

 




というわけで番外編。
久々のクチート登場です。
半年探しても行方が掴めず、暗澹たる空気が漂い始めたあたりでの参戦は、きっと今後の行く末を変えてくれることでしょう。

チャンピオンたちは地元に帰ってしまいましたが諦めたわけではございません。彼らなりの手を尽くしてくれています。
そこらへんは別の番外編で書きたいところ。

そしてようやくクチート専用ボールを描写できました。
ピンクをベースにした可愛めデザインです。

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