ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第41話 再びのヒスイへ。

 

 

 

 テンガン山の頂を目指せ。

 ホウオウの言葉、いや託宣を、俺はその夜のうちにカラシ和尚とマツバラに打ち明けた。

 

「ヒスイとはまた……」

「あちらはすでに秋を迎え、寒さが厳しくなる頃合ですよ」

 

 2人とも渋い顔で腕組みをしている。

 

 彼らの懸念は尤もだ。

 

 テンガン山は標高もさることながら、生息する野生ポケモンの強さや悪路の多さが尋常ではない。

 様々な装備が充実している現代においても、滑落者や行方不明者が後を絶たない死の領域(デスゾーン)なのだ。

 

 そんな山を登る。

 冬が近づいている時分に、装備もクソもないような格好で。

 

「自殺行為です」

 

 マツバラは断言した。

 

「仏の道に帰依する者として、友として、背中を押す訳には参りません。

 せめて春まで待つことは出来ませんか」

 

「そうしたいのは山々だけどなぁ。

 山だけに。なんつて」

 

 軽いひと笑いを誘いたかったが返ってきたのは真顔と無言の圧力だった。ごめんて。

 

 マツバラの言い分は圧倒的に正しい。

 ただ、現代に置いてきたカブトプスたちのことを思えば、悠長なことはしていられなかった。

 

「……きっとみんな心配してるからさ。

 1日でも早く戻りてぇんだ」

 

「ならば尚のこと……!」

 

「──それ以上は野暮ですよって、マツバラはん」

 

 言い募るマツバラを止めたのは、黙って茶を啜っていた和尚だった。

 

「マツバラはんの仰ることはよぉく分かります。

 わたしも一言一句違わず同じ思いですわ。

 ……けどなぁ。坊主になって間もない頃に飽きるほど聞かされましたやろ? 説法はあくまで1つの考えを示すだけ、実際にその教えをどう活かすかは聞いた人に委ねるしかない、と。

 説得したいあまりに、アシタバはんの思いや考えを否定してはあきまへん。

 それは仏の道以上に、人の道に悖る行いですわ」

 

「…………はい」

 

 マツバラが悄然と項垂れる。

 和尚がこちらに向き直った。

 

「とはいえ、や。マツバラはんかてなにも意地悪で言うてるわけではないこと、アシタバはんならわかりますやろ。ここはお互いの顔立てると思て、3日の猶予を設けるのはどないやろ」

 

「3日の」

「猶予?」

 

 俺とマツバラは小首を傾げた。

 

「なんぼなんでも今日の明日に出立では準備できるものもできまへん。服に食料、持ってくものは仰山あります。マツバラはんが納得できるまで集めてから旅立つのではどうやろか」

 

「……それなら、私に異論はございません」

 

「お、俺もです」

 

 和尚は破顔し、二度、三度頷いた。

 

「では、明日から頑張りましょ。アシタバはんが無事に登頂できるかどうか、この3日にかかってますえ」

 

 

 〇〇〇

 

 

 その3日間はあまりに忙しすぎてあっという間に過ぎ去ってしまった。

 

 まずマツバラが集めてくれた道具の精査だ。

 雪山を歩くための藁沓(わらくつ)や脚絆、綿を詰めてもこもこに膨らんだ上着に、ありったけの乾燥食料。ひとつひとつは絶対必要なものだけど、予備、予備の予備、予備の予備の予備と際限なく増えていき、終いにはとうてい背負いきれない数になってしまったので、ごねるマツバラを必死に説得しつつなんとか常識的な量まで減らしてもらった。

 

「減らしすぎじゃないですか、アシタバさん」

 

 と不安げに言われたけどいいんだって。

 沓は十足も要らねぇってば。

 

 次はイッテツとウォロへの最後の指南である。

 基礎的な部分は教えても、各ぼんぐりの扱い方の違いはまだ伝えきれていなかった。

 

 特別柔らかいももぼんぐりを使って指導していると、不意にイッテツがぽろぽろ泣き出すから驚いた。

 

「ど、どした」

 

 イッテツは小さな手で一生懸命目元を擦り、しゃくりあげながらこう言った。

 

「さ、さみしいんです。

 まだまだ教わりたいことが、いっ、いっぱいあるのに、もうすぐ先生がいなくなっちゃうのが、つ、辛くて……」

 

「…………イッテツ」

 

 俺は胸がぎゅっと苦しくなるのを感じた。

 こんなに一途な“さみしさ”をぶつけられたことが今まであっただろうか。

 

 目頭が熱くなり、鼻の奥が痛む。

 そっとイッテツの肩を抱いた。

 

「……ありがとな、イッテツ。途中で放りだしちまうような真似して、ほんとにごめん。

 ……けどさ。もしもお前さんがボールを作り続けてくれたら、俺との縁は一生続くよ。何年、何十年……いや、何百年経っても、この繋がりは消えやしない」

 

「ほ、本当ですか」

 

「本当さ。だからよ。

 ボール、いっぱい造ってくれよな」

 

 イッテツはまだ涙を零しながら、それでもにっこり笑った。

 

「はい! ぼく、力いっぱい頑張ります!」

 

 ウォロは、そんな俺たちをじっと見つめていた。

 

 

 〇〇〇

 

 

「……よし、と」

 

 筆を置き、したためたばかりの文面をざっと見直す。書いていたのは世話になった人たちに贈る詫び状だ。

 

 ジョウトでは実に色々なことがあった。

 その全てにおいて、誰かの力添えがなければ成し遂げられなかったろう。

 和尚やマツバラは言うに及ばず、タンバへの橋渡しを担ってくれたユズたち一家。

 ……そして、チョウジタウンのネコヤナギさん達。

 悲しい別れ方をしてしまったけれど、彼らに受けた恩義は計り知れない。

 

 せめて、俺は生きていること、挨拶もしないまま旅立ってしまう無礼を、詫びておきたかった。

 

 一人一人に当てて書いたら何通にも及んでしまったが、何とか書き上げることが出来てほっとしていると、廊下に誰かが座る気配がした。

 

「…………ウォロか? どうした、入れよ」

 

「……失礼いたします」

 

 戸を開け、しずしずと入ってきたウォロはやけに真剣な眼をしている。

 

 一体どうしたのかと訝っていると、とんでもないことを言い出した。

 

「ボクもヒスイに連れて行ってください」

 

「何言ってんだ」

 

 俺は呆れ半分に拒絶した。

 ここ数日の準備で恐ろしい難行であることは察しがつくだろうに、こんな年端もない子供を連れていけるわけがない。

 

 にべもなく断る俺に、しかしウォロは諦めなかった。

 

「いえ、どうしても行きたいんです。

 ボクには行かなきゃいけない理由がある」

 

「よしんばそうだとしてだ、今行くことはないだろう。もっと大きくなってからとか、せめて春先や夏に行くとか……」

 

「でもその頃にはアナタは()()()()居ない。

 ですよね」

 

「…………っ!?」

 

 容赦ない眼光に射竦められて、俺は言葉が出なかった。

 

 ──いや違う。

 これは、“かなしばり”……っ? 

 

 喉を締めあげられるような苦しみに視界が歪む。ウォロは薄ら笑いを浮かべながら陶然と語りはじめた。

 

「アナタとの議論は望んじゃいません。

()()()はね、古代シンオウ人として果たすべき使命がある。その為に、その為だけに、生きてきたんだ」

 

「が……ぅ……」

 

 震える指を伸ばす。

 ウォロは鼻で笑った。

 

「分かりますよ、何を言いたいか。

 アナタの良心とか常識とかいうくだらないものが、ワタシを連れていくのを嫌がってるんでしょう?

 なら、そんなもの()()()()()しまえばいい。

 ────ミカルゲ」

 

 ウォロの影から妖しい気配が這い上がり、俺は目を見開いた。

 

 そう……か。

 マーシャドーが描いたあの絵。

 あれはゴースじゃない。

 こいつを描いてたんだ。

 

「催眠術を」

 

 ミカルゲの緑の目が輝きを増し、俺の意識は闇に沈んだ。

 

 

 〇〇〇

 

 

 明くる日。

 

 大荷物を背負う()()()()()を、和尚たちみんなが見送ってくれた。

 

「大変な長旅やけど、気ぃつけてなぁ」

 

「ご無事を祈っております」

 

「どうかお元気で!」

 

 俺たちは一人一人と固い握手を交わし、旅路についた。

 

 街道沿いの林に入り、ミュウツーを呼び出す。

 ここからは、一旦テレポートでチョウジ北の湖に飛び、またコイキングの長に乗せてもらうつもりだった。

 

「じゃ、テレポート頼むな、ミュウツー(カタリベ)

 

 するとミュウツーは何故か、不審な顔つきでウォロを見つめた。

 

「……この子供も連れていくのか?」

 

 俺は片眉を上げた。

 何言ってんだろう。

 ウォロを連れていくのは当然じゃないか。

 

「当たり前だろ?」

 

「…………そうか。ならいい」

 

 ミュウツーは一瞬、鋭い一瞥をウォロにくれてから、テレポートを起動させた。

 

 

 

 湖では、テッポウオのテツと気弱なコイキングが楽しげに泳ぎ回っていたが、俺を見つけるやいなや、爆速で近づいてきた。

 

「あ、アニキィ! ずいぶんお久しぶりじゃござせんか! もうあっしのことなんて忘れちまったのかと気が気じゃなかったよぉ」

 

「悪い悪い。長いこと待たせちまったよな。

 実はさ、またヒスイに戻ることになったんだ。

 一緒に来ないか」

 

「なんだって!?」

 

 テツは目をひん剥き、その場で何度も飛び跳ねた。

 

「戻るも戻らねぇも! またおれっちの生まれ故郷に帰れるってのかぃ!? 

 かーっ嬉しいね! ここに骨を埋めんのも悪かねぇってコイキングの旦那と話してたとこでさぁ。

 けど戻れるんなら是非もねぇ!

 連れてっておくんなさいよ!」

 

「よし決まりだ。コイキングも来るか?」

 

「え、ええ……そうですね……」

 

 コイキングは気まずげに目を泳がせている。

 首を傾げる俺にテツが耳打ちしてくれた。

 

「へへっ、やっこさんはここに残りたくて仕方ねえんでさ。なにせカミさんが出来ちまったからね」

 

「あ、(つがい)ができたのか! おめでとうコイキング!」

 

 寿(ことほ)ぐ俺に、コイキングはただでさえ赤い鱗をさらに赤くさせて恥ずかしがった。

 

「そっか。そんならここに残るといいや。奥さんと幸せにな。えぇと、ヌシさんもひょっとして番が?」

 

 だとすればここに残りたいだろう。

 だがそうなればヒスイに渡る手段がない。

 するとコイキングはぷるぷると首を振った。

 

「ああいえ、私達の親分さまはまだお独りでいらっしゃいます。なにぶん身体が大きくて番えるお相手がいらっしゃいませず……ただ……」

 

「ただ?」

 

「ここの水がことのほかお身体に合ったようで、なんといいますか、より大きくなったと申しますか……」

 

 その時。

 タイミングを見計らったかのように音立てて水柱が立ち昇り、一頭の巨大なギャラドスが姿を現した。

 

 その鱗は通常の個体と違い、真紅に染まっている。

 

「…………もしかして」

 

「……はい」

 

 コイキングが言った。

 

「先日、めでたく進化なさいました」

 

「そ…………っかぁ」

 

 試しに交渉してみたところ、クソデカコイキングあらためクソデカギャラドスはヒスイへの帰還を快く引き受けてくれ、その背に乗せてくれた。

 

 大海原を泳ぐあいだ、俺の後ろでしきりにウォロが「早まったかもしれない……」とかぶつぶつ呟いていたが、船酔いしやすい体質なのかもしれない。

 

 

 かくて北上しつづけること一日。

 俺たちは、ヒスイの地へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで41話。
ヒスイに帰還です。

ウォロくん早速ミカルゲを使いこなしている模様。
まさか自分以外にポケモンを使役できるとは思っていなかったアシタバくんはあっさり催眠術にひっかかってしまいました。
まったく脇が甘い。

次回から山登り開始。
無事に呪いは解除できるのか。

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