第42話 懐かしき面々。
クソデカギャラドスによる大海の旅は、
ただし。
この“恙無く”とは外敵による襲撃がなかったことを意味するものであり、“全く平穏”を示すものではないことを併記せねばなるまい。
いやまあ、平たく言いますと。
ギャラドスみたいに躰をくねらせて泳ぐポケモンに乗るのはめちゃくちゃ酔うよねという話で。
「「おぅえええぇえ」」
俺とウォロはヒスイの浜辺に到着した瞬間
いやーでるわでるわ。
吐瀉物が出したそばから波に攫われていくんだけど、海面にちゃぷちゃぷ揺蕩う様子がこれまた吐き気を催しましてね、ええ。
んですぐそばに吐いてる輩がいるとつられるでしょ? もう二重三重のトラップですわHAHAHA。
クソデカギャラドスはクソデカボイスで一声鳴くと、ゲロに塗れるのはごめんだとばかりに潜っていった。
テッポウオのテツもまた、「落ち着いた頃に戻りやす」と言って逃げた。
仕方ないわな。
逆の立場なら俺もそーする。
「二度と……二度とあんなものに乗るものか……」
青すら通り越して蝋色の頬で毒づくウォロに、俺はニヤリと笑ってみせた。
「慣れれば楽しいもんだぜぅぉえぇええ」
「全然慣れてないじゃないかぉろろろろ」
────そんなこんなで数十分後。
ようやく吐き気が治まった俺たちは、砂浜に力なく寝転びながら、ぼそぼそと作戦会議を交わした。
「ここ人里ねぇからさ。
とりあえずテンガン山の麓まで行くぞ」
「はい」
「しばらく野宿だけどついてこいよ」
「……ふ」
ウォロは小馬鹿にするように鼻で笑った。
「ワタシはね、屋根の下で眠るよりも木陰で眠る方がずっと多い人生でしたよ。
いまさら野宿に怯んだりしません」
「…………」
俺は咄嗟になんと返していいか分からず口ごもった。
親も家もない子供はこの時代さして珍しくもない。戦火に焼かれ、着のみ着のまま彷徨う迷子を何人も見てきた。
けれど、ウォロの自嘲は、それすら遥かに凌駕する事情があるように思えてならない。
一体こいつはどこで生まれ、どんな半生を過ごしてきたんだろう?
尋ねてみたいが、ウォロの瞳の奥は固く凍てついていて、とても聞けそうになかった。
(……ま、折を見てそれとなく探ってみるか)
ふかふかの砂に手をつき、よろぼいながら立ち上がる。2本の脚で立つと頭がぐわんと揺れたが、とことん吐いたおかげで気分は冴えていた。
「おーい、テツー! 出発するぞぉ!」
「あいあい、合点承知!」
海面からぴょんと飛んできたテッポウオを腕にくっつけ、俺たちはおぼつかない足取りで砂浜を後にした。
〇〇〇
「アイツ、どうしてんのかなあ」
柔らかな秋の日差しの下で微睡むエイパムの独り言に、素振りをしていたドレディアが振り向いた。
「アイツ?」
「アイツはアイツさぁ。ジョウトとかいう土地に流れていったけど、元気にしてんのかねぇ」
「……あぁ」
そこまで聞けば誰のことだか分かる。
ドレディアは微笑んだ。
「きっと元気にしているでしょう。
あのひとも、
エイパムが片目だけで彼女を見やる。
花の
(惚れてたもんなぁ、あの御仁に……)
ほんとうなら、
群青の新たなヌシとして気丈に振る舞ってはいるが、その根っこには誰かに甘えたい、寄りかかりたいという欲求が眠っていることを、エイパムはとうの昔に見抜いている。
彼女は自ら陣頭に立って皆を引っ張るよりも、頭領を支える縁の下の力持ちである方が性に合うのだ。
もしもミュウツーがここに留まってくれていたら。
もしくは、戻ってきてくれたら。
ふたりが番えるよう、あらゆる手を尽くすのに。
「……まぁ、たらればを言ったって仕方ねぇけどなぁ」
誰にも聞こえない声で独りごち、くるりと寝返ったエイパムは、信じられないものを見つけて目を瞠った。
浜道の遥か彼方から、こちらに向かって歩いてくる人影が2つ。
片方には見覚えがないが、もう片方は────
「あ、アシタバ……!?」
まさか。有り得ない。
こんな狙ったように現れるなんて。
だがアシタバは夢でも幻でもなく、確かな現実としてこちらに歩いてくる。
向こうもエイパムらを認めたらしく、大きく手を振っていた。
「おおーい! また来たぞ〜!」
ドレディアもエイパムも、驚きすぎて声もなかった。
〇〇〇
「はぁ……呪いを解くためにテンガン山へ、ね……」
俺の話を聞いたエイパムは、呆れともなんともつかない表情で溜息をついた。
「わかっちゃいるとは思うけどよ、あそこはとんでもねぇお山だぞぉ。年がら年中吹雪いてるうえに、近頃は姐さんの機嫌が悪くて手下どもがピリついてる。
死にに行くようなもんだぁ」
「姐さん?」
「純白の凍土を治めてるグレイシアのことだよぉ。
美人だけどさぁ、おっっかねぇんだ」
「グレイシア、か……」
イーブイの進化系、いわゆる“ブイズ”の一形態である。
使える技の種類はさして多くないポケモンだと認識しているが、なにしろ300年前だ。おまけにヌシともなれば、俺の知らない技や特性を備えていてもおかしくない。
(当たれば最後、即死するビームとか撃ってこないでくれよな……)
密かに祈っていると、くいくいと服の裾を引っ張られた。
ウォロが眉をひそめて俺を見ている。
「ギャラドスとかいう巾獣に乗ったときにも思いましたが……まさかあなた、巾獣と会話ができるのですか」
「あ」
そうだ。そういえばイッテツやウォロの前では極力ミュウツーとも話さないようにしてたんだった。
そらいきなりエイパムとぺらぺら喋れば驚くか。
「あー、まぁ、な。
俺、ポケモンの言葉がわかるんだ」
「ポケモン?」
「お前さんの言う巾獣のことだよ。
俺の故郷じゃそう呼んでた。
ちなみにこの紫色のちっこいのがエイパムって種族で、こっちの花の妖精みたいなのがドレディアだ」
エイパムが朗らかに片手を挙げた。
ドレディアは警戒心をあらわにしたまま、じっとウォロを見下ろしている。
「……地方によっては、ポケモンと人が契りを結ぶところもあると聞いたことがありますが…………
アナタみたいに流暢にやりとりをするひとは初めて見ました」
「ま、色々あってな。
お前さんもポケモンと接してたらそのうち相手の言いたいことが分かるようになるぞ」
「…………」
ウォロは口を噤んだまま、ふいっと顔を背けた。
〇〇
その日の夜。
ウォロは、三日月が照らす闇のなかでむくりと身を起こした。
柔らかい砂の上に葉を敷き詰めた簡素な寝床だが、案外寝心地は悪くない。
隣では、アシタバが泥のように眠りこけている。
しばらく耳を澄まし、誰も近くにいないのを確かめてから、小声でミカルゲを呼んだ。
ミカルゲは即座に現れた。
まるでウォロが呼ぶことを予め知っていたかのように。
「……お前も、ヒトの言葉が話せるのか」
ミカルゲは答えない。ただニヤニヤ笑うばかりだ。
ウォロは苛立たしげに爪を噛んだ。
なぜ何も言わない。
古代シンオウ人は優れた人種。
巾獣──いや、ポケモンと言葉を交わすのだって造作もないはずだ。
劣等人種のアシタバに出来てワタシにできないわけがない。
「きっと……きっとお前の言葉も分かるようになってやる」
ミカルゲはにっこりした。
待ってるぞと言わんばかりに。
いや、これはもしや、やれるものならやってみろとバカにしているのかも。
ウォロは舌打ちし、話は終わりだと手を振った。
途端、ミカルゲの姿が掻き消える。
見上げたテンガン山は、夜天を貫くように雄々しく聳え、ウォロを睥睨していた。
というわけで42話。
更新がのびのび&短めで申し訳ない。
エイパムは書いてて気分を楽にしてくれるキャラで好きです。
アシタバもウォロも湿度高めだからエネルギー持ってかれるんよ……
よければ感想高評価おなしゃす!