ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第44話 なれそめ。

 

 

 

 

 この世に生まれ落ちた瞬間から強者の道を歩んできた。

 

 一頭身のフカマルの頃でさえ無敗であった。

 相手が誰であろうとも、例えば鋼の肉体を持つハガネールすら、噛みついた途端に情けない悲鳴をあげ、許しを乞うてきたものだ。

 

 ガバイトに進化すると牙だけでなく腕の刃も振るえるようになり、追従する者たちだけで100を数えた。

 

 戦った。

 戦って戦って、戦い抜いた。

 

 ガブリアスになるのと時を同じくして、凍土の王になった。

 

 しかし満足しなかった。

 するわけが無い。

 ここはあまりに寒すぎる。

 もっと暖かい土地が欲しかった。

 

「では南を目指しましょう。

 黒曜の原野などいかがで?」

 

 そう進言してきたのは最初に下したハガネールであった。

 

 聞けば原野は緑豊かな場所で、軟弱な連中が犇めいているという。

 

 征服は、容易い。

 

 意気揚々と進軍しかけたところで、あの女──グレイシアが現れた。

 

「王はどこ?」

 

 雪のように儚い声と、氷のように冷たい眼差し。

 

 腹心のハガネールが応えた。

 

「貴様の目の前におわすぞ」

 

 グレイシアがこちらを一瞥し、言った。

 

「弱そう」

 

 手下はみな虚をつかれ、次いで嗤った。

 体格差は一目瞭然。

 腕のひとふりでその細い胴は泣き別れる。

 その程度も分からぬ愚昧な者が、まだこの凍土に居たとは。

 

 ハガネールが溜息をつき、無言で尾を叩きつけた。

 

 誰もが、無惨な死体を想像した。

 肉片ぐらいは残してくれや、味見したかったぞと誰かが野次を飛ばし────

 

 次の瞬間、全員が、文字通り凍りついた。

 

「っ!?」

 

 たった一瞬で氷像と化した手下達。

 そのなかで呆然と立ち尽くしていると、ハガネールの尾の下から無傷のグレイシアがひょこりと顔を覗かせた。

 

「ねえ」

 

 こちらに目を止め、ぱちりと瞬きし、呟く。

 

「まだ、やる?」

 

 言葉の代わりに腕を振るった。

 

 戦う前から結末は分かっていた。

 なれど、戦わずして降参することは矜恃が許さなかった。

 

 欲しいものは常に戦って勝ち取ってきた。

 己が負けそうな段になって戦いを放棄するなど、神が許しても己が許せぬ。

 

 なにより、そんな情けないマネをしたら、今日まで付き従ってきた者たちが無念であろう。

 

 正面切って戦いを挑み、そして、敗けた。

 両手足を凍らされ、何をすることも出来ず仰向けに横たわる。

 

 曇天から、ちらちらと雪が降っていた。

 これが、末期の景色か。

 

「首をとれ。今日から貴様が凍土の王だ」

 

 散々刃を振るってきた生涯にしては呆気ない幕引きだが、敗北者の終わりとは所詮こんなものなのだろう。

 

 ところが。

 この女は、つくづく予想を裏切ってきた。

 

「王にはならない。殺しもしない」

 

 胸の上にちょこんと座り、初めてグレイシアが笑った。

 

「あなた結構強かった。

 気に入った。

 夫にしてあげる」

 

 

 ────かくして、我らは夫婦(めおと)となった。

 

 

 〇〇〇

 

 

「わかるかハガネール。このときの驚きが。

 そしてグレイスの愛らしさが」

 

「はいはい。まるで雷に撃たれたようってんでしょ。聞きましたよ百篇も。というかあたしら雷効かないんだから例えとしちゃ不適切でしょうに」

 

 腹心のノリの悪さに、ガブリアスが無言で蹴りをくれた。

 

 あの衝撃的な出会いがたった1年前のこととは、ハガネールにはつくづく信じられなかった。

 

 あれから燃えるような恋をして、仲睦まじい夫婦生活を送っていたのに。

 よもや、些細なきっかけで始まった喧嘩がこんなにも長引くとは。

 

「いー加減仲直りしてくださいや。

 姉御が不機嫌になると吹雪が一向に止まなくなるんだから。おかげで寒いのなんの」

 

「バカヤロウ男がそんな簡単に頭下げられるか」

 

「アンタ姉御が楽しみに取っておいたスターの実つまみ食いして半殺しの目にあった時めちゃくちゃ土下座してたでしょ」

 

「あんときゃほんとに死を覚悟したなぁ」

 

「しみじみ思い出してないで早く謝りなさいって」

 

「うるせいっ」

 

 重量級の漫才じみた掛け合いが心形岩山に震度3程度の揺れを発生させていると、ウォーグルが慌てた様子で空から舞い降りてきた。

 

「報告しやす、ガブの兄貴。

 たったいま、ニンゲンが凍土に入って参りやした」

 

「あ?」

 

「ニンゲンだと?」

 

 ハガネールがウォーグルに詰め寄る。

 かつて紅蓮の湿地に住んでいた折、鉱石目当てのニンゲンに追い回されたときから、ハガネールのニンゲン嫌いは並大抵のものではなかった。

 

 新入りのウォーグルが怯えた顔でこくこく頷く。

 

「ニンゲンです。数は2。ゆっくりとではありますがここを目指してるみたいで……」

 

「叩きのめしてきやす」

 

 すぐにでも出かけようとするハガネールに、ガブリアスは待ったをかけた。

 

「オレが行く。穴蔵に籠ってばかりじゃなまってしまうわ。先導せい、ウォーグル」

 

「へ、へいっ」

 

「留守は任せたぞ」

 

「へい。行ってらっしゃいやし」

 

 とん、と地を蹴り、ガブリアスの身体が空を舞う。

 

 雪景色の向こうにすっかり消えたのを見届けてから、ハガネールはぼそりと独りごちた。

 

「ニンゲンなんか放っといて、早く謝ってくだせえや」

 

 そうだそうだと合いの手を入れるように、吹雪が一瞬強まった。

 

 

 〇〇〇

 

 

「さむさむさむさむさむさむさむさむ」

 

 分厚い生地で覆った口を忙しなく動かしながら、雪深い土地を泳ぐように進む。

 

 俺が雪に慣れていないというのを加味しても、凍土の歩きづらさは半端じゃなかった。

 

 マツバラが持たせてくれた防寒着を全身に着込んでもなお寒い。

 寒いというか最早痛い。

 立ってるだけで体力が削られる。

 

 まつ毛が凍って瞬きのたびに結晶がぱらぱらと落ちてくるのもシンプルに鬱陶しい。

 

 最初の方は時々ウォロの方を振り返る余裕もあったのだが、いまはもう後ろから聞こえる足音で生死を判断していた。

 

「止まるなよウォロ。止まったら死ぬぞ。

 ほんとに死ぬぞ」

 

「……わかってますよ」

 

 答える声に元気がない。

 どこかで休憩を挟みたいが、あいにく休めるところなんて…………

 

「──ん?」

 

 キイイイイン、とジェット機のような音が聞こえた気がして空を見上げる。

 この時代に飛行機なんてあるわけがないんだが。

 

 空に浮かぶ黒点が、俺たちの遥か頭上で静止すると、そのままみるみる迫ってきた。

 

「なっ、が、ガブリアス!?」

 

「なんですかあれ!」

 

「伏せろウォロ!」

 

「伏せろったって……」

 

 ごねるウォロにタックルをかまし、雪原に突っ込む。蓑を着ているとはいえ冷気がしんしんと伝わってき、骨まで凍りそうだ。

 

「寒いけど頼む、ミュウツー(カタリベ)!」

 

 ミュウツーを繰り出し、臨戦態勢を取らせる。

 ガブリアスは俺たちから10メートルほど離れた地点に着地すると、鋭い目つきで睨んできた。

 

(こいつ……めちゃくちゃ強いな……)

 

 対峙しただけでわかる。

 押し寄せるプレッシャーが普通じゃない。

 

 おそらくは、かつて凍土のオヤブンだった個体だろう。

 心形岩山を根城にしていると聞いたが、たまたま散歩でもしていたんだろうか。

 

 ミュウツーは無言で腕を変形させ、いつでも斬りかかれるように腰を落とした。

 

 ガブリアスの喉が鳴る。

 腹を空かせてるのか。

 それとも威嚇の唸り声? 

 

 どんな些細な兆候も見逃すまいと一挙手一投足を食い入るように見つめていると、ふいに、足元の雪がぽこっと崩れた。

 

「ふへぇ、寝過ぎちゃったぁ」

 

 一体のタマザラシが欠伸をしながら這い出てくる。

 ガブリアスも俺もどうすればいいか分からず、とりあえず見つめていると、視線に気づいたタマザラシが「あれー?」と体を傾けた。

 

「ガブさんだー。とうとうグレイシアさまにごめんなさいしにきたのー?」

 

「うぐっ」

 

 ガブリアスが言葉に詰まった。

 タマザラシはにこやかに話を続ける。

 

「えらいねえ、凄いねえ。

 謝るのって勇気いるもんねー」

 

「ち、ちが」

 

「グレイシアさまのお家知ってるー?

 よければ案内するよぉ」

 

「い、いい! やらんでいい!」

 

「そーお? じゃあ、グレイシアさまにガブさんが来たって伝えておくねえ」

 

「それもいい!」

 

 慌てふためくガブリアスに、タマザラシはきょとん顔だ。

 

 ────ふたりの会話から察するに、どうもこのタマザラシはグレイシア組に属するポケモンであり、敵対派閥であるガブリアスが暴力的な手段で黙らせることは出来ないようだ。

 なおかつ、ここはグレイシア組の縄張りで、ガブリアスがここに来たこともバレてはならないらしい。

 

 へえ、なるほど? 

 と、くればだ。

 

「カタリベ! 念力でタマザラシを浮かせろ!」

 

 戸惑うミュウツーにタマザラシを浮かべさせ、声を張上げる。

 

「聞けガブリアス! 俺はお前に頼みたいことがある! 引き受けてくれんなら、こいつがグレイシアの元に行かないように協力してやるぞ!」

 

「……なんだと」

 

 ガブリアスが凄んでくる。

 正直死ぬほど怖いが、ここで退くわけにはいかない。

 

 俺は懐から予備のボールを取りだし、ガブリアスに突きつけた。

 

「このボールでタマザラシを捕まえちまえば、グレイシアに密告さ(チクら)れずに済む!

 どうだ、悪い話じゃないだろ?」

 

「…………」

 

 ガブリアスの沈黙は、短くはないが長くもなかった。

 

「……捕まえてみろ」

 

 顎をしゃくられ、俺は黙ってボールをタマザラシに投げつけた。

 

 それまで「わーあー」「浮いてるー」と呑気にはしゃいでいたタマザラシが吸い込まれ、ぱちんと封が閉じる。

 

 なんの抵抗もなく、すんなりゲットできた。

 たぶんタマザラシは、自分に何が起きたか分からないままぼうっとしているのだろう。

 

 捕獲を見届けたガブリアスが踵を返す。

 

「──話は巣で聞いてやる。着いてこい。

 ウォーグル、乗せてやれ」

 

「へ? へ、へいっ」

 

 いつの間にかそばに居たウォーグルの背に乗せてもらい、俺たちはヒスイの空に浮かび上がった。

 

「……あんな人質のような真似をせずとも、最初からあのガブリアスとかいうポケモンを捕まえれば良かったのでは?」

 

 囁くウォロに俺は首を振った。

 

「ポケモンてのは強くなればなるほど捕まりにくくなんのよ。戦って弱らせなきゃなんねーわけだけど、あれだけ強いガブリアスじゃ、ちょっとやそっと殴ったくらいじゃビクともしなかっただろ。

 こっちだって無傷じゃ済まねえし、争わずにイケんならそれが一番だ。ボールも最後の1個だったしな」

 

「…………なるほど、甘っちょろいですが一理ありますね」

 

「甘っちょろいは余計だ」

 

 それきりウォロは口をつぐみ、なにやら考え込んでしまった。

 

 時々「弱らせる……神も弱るのか」とか聞こえた気がしたが、まさか神殺しを目論んでるなんてこともないだろう。

 

 

 ものの10分かそこらで、俺たちは心形岩山に到着した。

 

 

 

 

 




というわけで44話。

ガブリアスとグレイシアの馴れ初め。
可愛いのに強いの大好き。

更新遅いのに感想高評価くださる方々本当にありがとうございます。
これからも頑張ります!
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