ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第46話 無邪気の勝利。

 

 

 

 

 凍土の元オヤブンであるガブリアスの背に乗って、吹雪く豪雪谷に降り立った俺たちは、もはや失神寸前だった。

 

 寒い。

 あまりにも寒い。

 寒すぎるっっっ! 

 

 歯の根が震えすぎて頭が痛い。少しでも暖を取ろうと抱き締めあう俺とウォロを、ガブリアスは溜息まじりに見下ろした。

 

「ひ弱だの。ニンゲンは」

 

 なぜこいつは平気なんだ。

 地面・ドラゴンタイプなら氷は4倍弱点。

 寒さに弱いはずなのに、ちっとも堪えている様子がない。

 

 それともポケモンの氷技は、こんな吹雪など遥かに凌駕する冷気なんだろうか。

 

 ……それは……しんどいなあ……

 いままで不用意に氷技に突っ込ませてごめん、みんなたち。

 

 内心詫びを入れていると、ガブリアスはさっさと雪洞に向かってしまった。慌てて追いかける。

 

 中に入れば、骨肉を切り裂くようなえげつない風がぴたりと止んで、ようやく人心地ついた。

 

「あ゛ー……死ぬかと思った……」

 

「さすがのワタシも死を覚悟しましたよ……」

 

 蓑にへばりついた雪を落としつつウォロがぼやく。俺はガブリアスを振り仰いだ。

 

「ここに現オヤブンのグレイシアが居るのか?」

 

「そうだ。──おお、噂をすれば」

 

 ガブリアスの視線を辿ると、雪洞の奥、影の中から一体のユキメノコが現れた。

 

「グレイスの侍女だ。ちょうどいい。案内させよう」

 

 ガブリアスが片手を挙げる。

 それは友好的な挨拶の姿勢であり、決して挑発的なポーズではなかったはずだが、侍女の解釈は違った。

 

 ユキメノコは無言のまま、岩すらぶち抜けそうなほど研ぎ澄まされた氷柱を何本も生成し、いきなり投げつけてきたのである。

 

 俺たちは泡を食って飛び退いた。

 

 ドドドドドドスッ

 

 凶悪な音を立てて氷柱が地面に突き刺さる。

 俗に氷柱針(つららばり)と言われる技だろうが、あまりに速く、多い。回避できたのは奇跡といえよう。

 

「お、おい! 誤解するな! 

 戦いに来たわけではない!」

 

 ガブリアスが叫んでも、ユキメノコの臨戦態勢は解けなかった。

 むしろ怒りはいや増したようで、極太の氷柱が雨あられと降り注ぐ。

 当たれば痛いどころじゃない。掠っただけでもあの世行きだ。

 

「なんであんなキレてんだ!?

 お前さん嫌われすぎだろ!」

 

「知らん分からんこっちが聞きたい!」

 

「だああもう! ミュウツー(カタリベ)、バリア展開っ!」

 

 ミュウツーを繰り出し、不可視の壁で氷柱を防ぐ。一発二発ならびくともしないが、こうも連続攻撃を喰らってはいつまで保つか。

 

「バサギリ! 攻撃を止めてくれ!」

 

 次いでバサギリを走らせる。ユキメノコの顔が僅かに歪んだ。

 黒曜の原野で頭を張っていたバサギリのことはよく知っているらしい。

 

「そなた…………!

 よもやあの者の手先に堕ちたか!」

 

()かせ」

 

 バサギリは低く吐き捨てると、高く飛び上がり、真上から斧を振り下ろした。

 

 ユキメノコが構えを変える。

 口先に掌を翳し、ふうと息を吹きかけた。

 すると、氷雪ではなく、妖しく揺らめく火の玉がバサギリに襲いかかった。

 空中では避ける術もない。全身を舐める炎にバサギリが呻いた。

 

「ぐっ!」

 

 姿勢を崩した状態で地面に激突する。

 それはただの炎ではなかった。

 雪の上を転がっても決して消えず、責め苛むようにバサギリの全身を這い回り、あちこちに酷い火傷を刻んでいく。

 

「……っ鬼火か!」

 

 当たれば確定で火傷にする技だ。物理的な燃焼攻撃ではなく、“力ある呪詛”に近い。氷タイプのユキメノコがなぜ炎を吐けるのかと疑問だったが、鬼火ならば得心がいく。

 

「戻れっバサギリ!」

 

「させぬ!」

 

 冷凍ビームがバサギリのボールを叩き落とした。

 ミュウツーが俺の首根っこを引っ張ってくれていなかったら、ボールごと春まで融けぬ氷像になっていただろう。

 

「〜〜っ、さんきゅ、カタリベ。

 平気か、バサギリ!」

 

 バサギリは無言で跳躍し、俺の横に戻ってきた。

 全身に火傷を負ってなお、闘気が衰えない。

 凄まじい胆力の持ち主だ。

 

 だけど、これ以上戦わせるわけにはいかなかった。

 この地にポケセンはないのだ。こんなに深い火傷を放っておけば取り返しのつかないことになる。

 

「……テツ。この距離で当てられるか?」

 

 袖口に仕込んだテッポウオに囁きかける。彼我の距離は目測で20メートルほど。強力な飛び道具を放てる反面、張り切りすぎて命中率が低いという難点を、果たしてどこまでカバーできるか。

 

 テッポウオが自信なさげに答えた。

 

「じっとしてくれりゃぁまだしも、あんだけ吹雪かれるとしんどいぜぇ」

 

「だよなぁ」

 

 ユキメノコはまたバサギリが飛んでくるのを警戒して、己の周りに吹雪を展開しはじめた。

 たしかユキメノコの特性は“雪がくれ”。ゴースト特有の存在希釈の術*1も合わせれば、生半可な射撃は掠りもしないだろう。

 

 こうなりゃミュウツーのテレポートで奇襲するかと思い始めた矢先、足元のタマザラシがぺちぺちと鰭を叩いた。

 

「おユキさあん。心配ないよお。ガブリアスさんはごめんなさいしに来たんだってぇ」

 

 ユキメノコに動揺が走るのが分かった。

 吹雪が弱まる。

 

「…………それは、真ですか」

 

 半信半疑の目を俺の背後に向ける。

 ガブリアスは口をモゴモゴさせながら、曖昧に頷いた。

 

「ほんとうだよぉ。だからあ、お話しようよぉ」

 

 タマザラシが無邪気そのものの笑顔を浮かべる。

 のんびりした口調と相まって、全員の戦意が削がれてしまった。

 

 どちらからともなく構えを解く。

 ユキメノコは音もなく近づいてき、手を伸ばせば届きそうな距離でぴたりと静止した。

 

「…………黒斧の手当てをなさい。

 それぐらいは、待ってあげましょう」

 

「ありがとう」

 

 オレは頭を下げ、荷物からチーゴの実を干したものを取り出した。

 

 

 〇〇〇

 

 

 治療の合間に、ざっと経緯を説明する。

 神殿に昇ると聞いた時はユキメノコの眉間に皺が寄ったが、現オヤブンたるグレイシアが審議することだとひとまず納得してくれた。

 

 がつがつとチーゴとオボンを喰らうバサギリに、ユキメノコが水を向ける。

 

「そなたともあろう者がニンゲンに手を貸すなど……天変地異の前触れかもしれませんね」

 

「ふん」

 

 バサギリは鼻を鳴らすだけだった。

 どうも、この二人には少なからぬ因縁があるらしい。聞いてみたい気持ちは山々だけれど、双方素直には教えてくれなさそうなので諦めた。

 

「それで、グレイスはいずこに」

 

 問うガブリアスに、ユキメノコは冷ややかに応じた。

 

「おいでなさい」

 

 するすると滑るように歩いていく。

 いや、本当に滑っていた。

 足元を薄く凍らせて、その上をすーっと流れている。この技術を使えば全くの無音で忍び寄ることも、一息に間合いを詰めることも造作無いわけだ。

 

(さっきのバトルといい、かなりの腕前だよな……)

 

 ガブリアスは彼女をグレイシアの侍女と言っていた。ディアンシーの侍女頭を務めていたクチートも並ならぬ実力者であることを思うと、ポケモン界における侍女とは強者でなくばなり得ないのかもしれない。

 

 連れていかれたのは雪洞の最深部、美しい氷の岩が鎮座する広間だった。

 

 ユキワラシやユキカブリたちが心配そうに囲む円の中央に、グレイシアが横たわっている。まさに青息吐息といった有様で、深刻な状態なのが一目で知れた。

 

 ガブリアスが大地を蹴立てて走り寄る。

 

「グレイス! おい! グレイス!」

 

 ユキワラシたちがわあっと悲鳴をあげて逃散した。ユキメノコが舌を打つ。

 

「粗野極まりない」

 

 そんな悪罵もまるで耳に入らない様子で跪くや、両手の鎌で傷つけてしまわぬよう、そっと身を屈めた。

 

「オレが分かるか? グレイス」

 

 グレイシアの瞼がぴくりと震え、ほんの僅かに開かれた。熱で潤んだ瞳がガブリアスを捉える。口辺に儚い笑みを滲ませながら、グレイシアが呟いた。

 

「いやだ……走馬灯……?」

 

 あまりにも死期を悟った声色に、ガブリアスが激しく狼狽えた。

 

「ばっ、馬鹿野郎! 縁起でもねえ! こんな呪いすぐによくなる! ホウオウ様が祓ってくださるんだ!」

 

「ふふ……馬鹿をお言いでないよ……ホウオウ様がわたしのために働いてくださるわけない……」

 

 すると、ホウオウが勝手にボールから現れ、グレイシアの眼前に翼を広げた。

 

「世迷言ではありませんよ、氷の子。その醜い呪いは私が綺麗さっぱり吹き飛ばしてあげましょう」

 

 岩陰から怖々覗き見ていたユキワラシ達がどよめく。侍女のユキメノコも茫然と口を開いていた。

 

 ホウオウの体躯はまだ随分小さいが、日を追うごとに聖なる力が漲っていくのを感じている。きっと今なら、グレイシアの呪いを綺麗さっぱり消し去ってくれるだろう。

 

 弱りきっていたグレイシアも、流石に神そのものを目の前にしては疑えず、安堵の涙を零した。

 

「ああ……なら、まだ生きられるのですね……」

 

「無論ですとも」

 

 ホウオウの慈愛に満ちた眼差しに、グレイシアはほーっと吐息して、また瞼を閉ざしてしまった。しかしその表情は明るい。衰弱しきった肉体に、希望が満ち満ちていくのが分かった。

 

 ホウオウによる奇跡の御業。

 名を、聖なる炎という。

 

 あたたかな色味のある炎がふんわりとグレイシアを包み込んだ。全身を蝕んでいた邪気がみるみる祓われていく。

 

「ああ……!」

 

 ガブリアスが地に額を擦り付け、滂沱の涙を流す横で、ユキメノコも顔を覆い、嗚咽を堪えていた。

 

 タマザラシはニコニコしながらその場でくるくる転がりまわり「グレイシアさまが助かるー助かるー」と歌うように叫ぶと、ユキワラシたちが集まって大合唱に変わった。

 

 

 〇〇〇

 

 

 すっかり生気を取り戻したグレイシアは、いたずらっぽく笑いながら自分の夫を眺めていた。

 

「ふふ。あの時の顔ったらなかった。グレイスー、グレイスーって。迷子が親を呼ぶみたいに」

 

「し、仕方ないだろ。まさか死にかけてるとは思わんだろうが」

 

 ガブリアスは真っ赤な顔を背けた。

 なるほど。どうやらこのカップルは完璧なカカア天下らしい。ドラゴンタイプのなかでも最強と名高いガブリアスが完全に尻に敷かれている。よほど惚れぬいているのだろう。

 

「なあ。あの2人なんで喧嘩してたんだ?」

 

 ころりんころりんと前転しているタマザラシに尋ねてみる。タマザラシはあっけらかんと教えてくれた。

 

「んとねえ。グレイシアさまは子供が欲しいのにー、ガブさんは嫌だって断ってー、それで喧嘩になっちゃったの」

 

「おいタマヒコ! べらべら喋るなっ」

 

「あら、なにか不都合でも?」

 

 ユキメノコがずいと踏み出す。研ぎ澄まされた冷気を漂わされて、ガブリアスは言葉に詰まった。

 

「そ、その殺気と冷気をしまえっ。夫婦のゴタゴタをニンゲンに教えてやる義理はないだろうが」

 

 これにはグレイシアが反論した。

 

「ただのニンゲンではない。わたしの命の恩人ならば聞く権利はあるでしょう」

 

「し、しかしだな」

 

「なあに」

 

 グレイシアがうっそりと笑う。

 

「わたしを独り占めしたいからって子作りを拒んだことをバラされて、なにか不都合が?」

 

「わーっわーっわーっ!!」

 

 ガブリアスがどたばたと暴れ狂う。

 ユキメノコが「喧しい」と凍える風を浴びせかけ、憐れな地鮫龍は丸まってしまった。

 

「かぜ、つめたい……」

 

 しくしくと落涙している。

 うーん。ちょっと気の毒。

 

 けど「オモロ」が勝ってしまったので、慰めることなく他の話題に切り替えた。

 

「それで、シンオウ神殿に行く話なんですが」

 

 グレイシアが鷹揚に諾う。

 

「許可する。案内は我ら夫婦が仕ろう」

 

「ありがとうございます」

 

 よし。これで解呪のための最後の懸念は晴れた。

 あとは現地に向かうのみである。

 早速発とうとするオレをグレイシアが笑って押し留めた。

 

「今日は宴だ。大いに楽しめ」

 

 その一言で、雪洞はがらりと雰囲気を変え、様々な御馳走が所狭しと並んだ。

 

 とはいえ氷タイプのポケモンが作る食事はすべてがシャリッシャリに凍っている。

 というかほぼ氷である。

 口をつけないのも失礼だからいくつか摘むのだが、体が冷えて仕方ない。

 

 途中から食べるふりをしてタマザラシの口に突っ込んでいたのだが、それでも到底間に合わず、無理して食べる羽目になり。

 

 結果。

 とんでもなく腹を下し、3日ほど寝込んでしまったのだった。

 

 

 

 

 …………間抜けとは言わんでくれ。

 オレがいちばん分かってるから。

 

 

 

 

 

 

 

*1
ゴーストタイプだけが使える技能。実体を薄めて壁を通り抜けたり地面に潜ったりできる。希釈しすぎると存在そのものが消滅してしまう




たいっっっっへん長らくお待たせしました。
1ヶ月以上空いてしまった……時の流れがはやすぐる……

今月あと1話か2話くらいは……あげたい……ナ(願望)

インフルバチくそ流行ってるので皆様お気をつけて。
良ければ感想高評価おなしゃす!
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