ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第47話 暗躍する影。

 

 

 

 

 凍土の女王・グレイシアに氷づくしのもてなしを受けてめでたく腹をぶち壊した俺は、三日三晩の格闘の末ようやく起き上がることに成功した。

 

「おお……脚が震える……」

 

 ウォロとミュウツーが支度してくれたのであろう寝床に片膝をつき、辺りを見回す。いまはどうやら夜明け前のようで、みんな穏やかな寝息を立てていた。

 

 さほど離れていない地点に、ルギアとマーシャドー、それからテッポウオを発見する。お互い抱き合うようにして眠っていた。いつの間にかだいぶ仲良くなったらしい。いいことだ。

 

「むにゃむにゃ……まだまだ食べられるよぅ……」

 

「食いしん坊すぎるだろ」

 

 足元で転がるタマザラシの寝言に苦笑する。

 普通そこはもう食べられないよとかじゃないんか。

 あと寝相悪いなおまえ。

 

 視線を転じれば、岩の上でホウオウが羽を休めていた。洞窟全体がほんのり明るく、そして暖かいのは、ホウオウのお陰らしい。静かに頭を下げた。

 

 さて他の仲間たちはどこだろう。見当たらないのはミュウツーとバサギリのふたりだけ。この近くには居るはずなんだが。

 

 そろりそろりと歩を進める。女王とその侍女は流石に雑魚寝とはいかないようで、姿が見えなかった。たぶん洞窟の奥に引っ込んでいるんだろう。

 

 そこいら中に延びる間道からひとつ選び、闇雲に奥を目指す。やがて微かに聞こえてきた音に耳をそばだてた。

 

 これは……間違いない、ミュウツーの声だ。

 

 喜び勇んで駆け寄ろうとしたがしかし、角を曲がった途端響いてきた怒声に脚が竦んでしまった。

 

「しらばっくれるな!

 貴様の企みだろう! 何もかもが!」

 

 慌てて壁にへばりつく。そっと首を伸ばしても、わずかにミュウツーらしい影が揺らめくのが見えるだけで、誰に向かって怒っているのか分からない。

 

 間髪入れず、別の声が応えた。

 

「……企み? 何のことです」

 

 幼いけれども丁寧な口調。

 しかしそこには強い困惑が滲んでいる。

 ウォロの声だった。

 

「とぼけるな」

 

 そっけない返答がウォロの戸惑いを一刀両断する。

 こっちはバサギリだ。

 ミュウツーと違って逆上してはいないようだが、短い台詞の端々に研ぎ澄まされた殺気を感じる。なにか気に食わないことがあれば即座に斧を振るう、そう仄めかしているのが伝わった。

 

 どうやらミュウツーとバサギリのふたりがかりで、ウォロを問い詰めているらしい。

 

 あいつらになにがあったんだ? 

 企みって、なんのことだ。

 細心の注意を払い、そーっと覗き込んでみる。

 

 そして、愕然とした。

 

 バサギリの斧が、いまにもウォロの脳天に振り下ろされようとしていたのだ。

 考えるより先に身体が動いていた。

 弾かれたように駆けだし、バサギリを突き飛ばしてウォロを背に庇う。

 

「ま、待て待て待て! 落ち着けお前ら!

 相手は子供だぞ! 何考えてんだ!」

 

「アシタバ……!」

 

 ミュウツーの顔が歪んだ。バサギリが舌打ちする。俺は努めて声を張り上げた。

 

「何があったのか分かんねえけどさ! 話してくれよ!

 こんな子供を殺そうとするなんておかしいだろ!」

 

「ただの子供ではない!」

 

 ミュウツーが憎々しげに俺を──いや、俺の後ろのウォロを指差した。

 

「ようやく悟ったのだ!

 そいつには、何か得体の知れぬモノが憑いていると! 凍土の女王の呪いもそやつの仕業だ!

 離れろアシタバ! 今ここで討ち取ってくれる!」

 

「……は?」

 

 一気に予想外の情報を浴びせられて頭が真っ白になった。

 

 取り憑いてる……というと、俺の魂を侵食しているギラティナのように、ウォロも何らかのゴーストタイプに呪われているということか? 

 

 その()()()が、グレイシアも苦しめたって? 

 

「う、嘘だよな、ウォロ……」

 

 おそるおそる振り向くと、妖しく光る瞳に見返され、背筋が凍った。

 

 ────違う。

 こいつは、ウォロじゃない。

 

「ククク。そこまでバレてるなら、もう猫を被る必要もありませんねェ」

 

「あ……っ?」

 

 膝から力が抜ける。首筋に細い腕が巻きついた。

 気道を絞められ、引き潰れた悲鳴があがる。

 激昂するミュウツーの両手が燃え上がった。

 炎の(パンチ)だ。

 

「貴様ァッ!」

 

「おっと。動かないでくださいねェエ。あとほんのちょーっと力を込めるだけで、貴方たちの大事な大事なニンゲンさんの首が折れちゃいますよ?」

 

 みしり、と頚椎から嫌な音が鳴る。ミュウツーにも聞こえたようで、唇を噛みながら構えを解いた。

 

「そうですそうです。流石物分りがよくて助かりますよ。ワタクシとしても、ここで事を荒立てるのは本意ではありませんのでねェ」

 

「なら、何が目的だ。そもそもお前は何者だ」

 

 バサギリが訊ねると、『ウォロ』は愉快そうに笑った。

 

「ンフフフフ。そうですねぇ。そろそろ語ってもいいでしょう。少しぐらいは種明かしをしてあげたほうが、より愉しめそうですから」

 

 直後、『ウォロ』の影から一体のポケモンが現れた。

 曖昧な輪郭の中に浮かぶ不気味な人魂。

 曰くありげな灰白色の石。

 

 そいつは、気障ったらしい声で名乗りをあげた。

 

「お初にお目にかかります。

 ワタクシの名は──ミカルゲ。

 冥王様をお慕い申しあげる黄泉の下僕。

 といっても、冥府の民のなかではいささか新参者ではありますが」

 

 ミカルゲ。

 世界各地で悪行の限りを尽くした108人の盗賊団の魂から生まれたゴーストポケモンだ。

 数百年前、名も無き勇士たちが苦心惨憺の末にヒスイで全員を捕え、処刑し、鎮魂の塔まで建てて弔っても、悪党たちは成仏しなかった。

 要石に封じられたまま夜な夜な這いずりまわっては、石を見たものすべてに呪いをかける悪霊と化したのだ。

 それがミカルゲというポケモンの逸話である。

 

 ここは300年前のヒスイ地方だ。

 時期、場所ともに伝承と一致する。

 ごく最近ポケモンと化したのだろう。

 なるほどそういう意味では確かに()()()だ。

 

 ミカルゲは歌うように先を続けた。

 

「ええとそれで、あぁそうそう、ワタクシの目的でしたね? いえなに、そんなご大層なものじゃございません。ワタクシはただ、味わいたいだけでございます」

 

「……味わう?」

 

「ええ!」

 

 ミカルゲが高々と片手を振り上げた。

 頚椎を握るもう一方の手に力が籠る。

 

「ワタクシはね! ヒトの悶え苦しむ様が大大大大好きなんでございますよ!

 この世にこれほど愉快な見世物があるでしょうか?

 否! 断じて否でございます!

 冥王様に呪われたニンゲン! そんな最高の演目、かぶりつきで観なくてどうするのです!

 アシタバ様! あなたがどんな末期を迎えるか!

 ワタクシは夜毎想像せずにはいられません!

 なればこそ、この子供に取り憑き! お側で鑑賞させていただいているのでございますよ!」

 

 俺は怒りに目眩がした。

 そんな、そんなことのためにウォロに取り憑いたっていうのか。

 

「ふざけんな……っ!

 今すぐその身体から出ていけよ!」

 

「おバカですねぇアナタ」

 

 ミカルゲがせせら笑った。

 

「ワタクシひとりで呑気に鑑賞してたら目の前の怖ァいお兄さんたちに瞬殺されてしまうではありませんか。安全圏から眺めてこそ観劇は成り立つんですよ。いわばこの身は生きた盾でございます」

 

「ンだと……っ」

 

 首に回された腕を剥がそうにもビクともしない。

 10歳の子供の腕力じゃなかった。

 おそらく、ミカルゲがなにかの技を使ってウォロの筋力を限界まで引き上げているのだろう。無理に拘束を解こうとすれば、ウォロが傷ついてしまう。

 

「…………クソが」

 

 歯噛みしながら手を離すと、ミカルゲは勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

 

「ンフフフフ。物分りがよくてなにより。

 ですがご安心を。ワタクシはあくまでこの見世物にしか興味がありませぬ。事が終わった暁には、ちゃあぁんとこの子供も解放して差し上げますとも。

 ……あぁそうそう、くれぐれもホウオウ様に除霊を頼んだりなさらないでくださいましね。もしもそんな素振りがあったら、臆病なワタクシはうっかりこの子供の内臓を腐らせてしまうかもしれません」

 

「…………っ」

 

 拳を強く握り締める。

 殴れるもんなら力いっぱい殴ってやりたい。

 だが、どんなに腸が煮えくり返っても、ウォロごと討伐するわけにはいかない。

 ウォロには何の罪もないのだから。

 

 そして俺は、話の中でひとつ理解した。

 きっとこのミカルゲは、エンジュにいた頃から俺を監視していたに違いない。そして折に触れて“妖しい光”を振り撒き、周囲の意識を意のままに操ってきたのだろう。

 

 そうでなきゃ、こんな年端もいかない子供のヒスイ旅なんて応援される訳がない。

 

 妖しい光の効果は恐ろしい。認識を歪ませ、感覚や思考を麻痺させる力がある。バトルの時を除き、街中で使用してはならないという法律すらあるほどだ。

 

 いまミュウツーたちが動けずにいるのも、攻撃しようとする意思を妖しい光で抑え込まれているからに他ならない。

 それがどれほど屈辱かは、いまにも血管が切れそうな形相のミュウツーを見れば分かる。

 

 俺は一回大きく深呼吸した。

 

 落ち着け。落ち着け。

 今この場でウォロを助ける手段はない。

 どんなにムカついたとしても、それが事実で、現実だ。

 

 だから、首筋に回るウォロの細い腕を、ぽんぽんと叩いた。

 

「わかった。お前の企みを認めるし、受け入れる。

 俺たちはお前に手を出さない」

 

「アシタバ!」

 

 気色ばむミュウツーを目顔で黙らせ、話を続ける。

 

「その代わり、お前も約束を守れ。

 ウォロには一切手を出すな。分かったな?」

 

「…………なるほど。いいですとも」

 

 粘っこい音が出そうな笑みと共に、ミカルゲが頷く。

 

 こいつの目的はあくまで、俺の行く末を眺めることだ。ウォロそのものに執着しているわけじゃない。そう見込んでの取引だったが、なんとか上手くいった。

 

「うし。契約成立だな。

 そろそろ離してくれ。首が痛てぇ」

 

「いいでしょう。

 ゆめゆめお約束をお忘れなく。

 それでは皆様、ごきげんよう」

 

 ミカルゲの気配が消える。

 おそらくは影の世界に帰ったか。

 

 ウォロの全身からガクッと力が抜け、地面にくずおれた。完全に気絶している。精神を乗っ取られていた影響か、顔色が酷く悪い。紙のように白かった。

 

 ミュウツーが駆け寄ってきた。

 

「……アシタバ。ワタシは反対だ。あんな下衆の言うことに耳を貸すなど! なんとしても討つべきだ!」

 

「ウォロごと、か?」

 

「…………っ、やむを、得まい!」

 

 それが本意でないことは明らかな物言いに、俺は思わず苦笑した。

 

 ミュウツーは優しい。

 人間たちの勝手な都合で造られ、何十年も独りぼっちで過ごしてきたのに、それでも他者を慈しむ心が育っている。

 

 そんな相棒に、子供を殺させたくはなかった。

 

 か細い寝息を立てるウォロを背負いながら、俺は低い声で呟いた。

 

「……下衆には下衆の美学がある。

 それを利用させてもらうさ」

 

 

 いいぜミカルゲ。

 特等席でショーを見たいってんなら見せてやる。

 だけどな。

 いつまでもやられっぱなしじゃ居ねえぞ。

 必ず、必ず、ツケは払わせてやる。

 

 

 困惑するミュウツーと、口を閉ざしたバサギリと一緒に、みんなが寝ている広場へと足を向けた。

 

 

 〇〇〇

 

 

 無限の闇のなかを揺蕩いながら、ミカルゲは一人笑っていた。

 

 とうとう露見してしまった。

 もうしばらくは潜むつもりでいたのだが、あのミュウツーとかいうポケモン、存外勘が鋭い。黒斧も侮れぬ。まさか容赦なく子供ごと斬って捨てようとするとは。お人好しのアシタバ(ニンゲン)がいなければ致命傷を負っていただろう。あまりアシタバの目がないところでバサギリを挑発しない方が良さそうだ。

 

「グレイシアも治されてしまいましたし……明日には到達するでしょうなあ」

 

 凍土のオヤブンは神殿の守護と同時に“鍵”を司る。

 グレイシアの助けがなくば、アシタバは神殿に立ち入ることが出来ないのだ。ゆえに悪夢を見せて弱らせていたのだが、まあ、時間は充分稼いだろう。

 

 冥王は日増しに強くなっている。

《計画》の成功はほぼ確実だ。

 ゴーストたちが世界を統べる理想郷が、もうすぐそこに迫っている。

 混沌と混乱と恐怖が満ちる世はきっと、ミカルゲも知らないようなおぞましい出来事で溢れかえるに違いない。

 

「あぁ…………楽しみですねェ……」

 

 ミカルゲはうっとりと瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 




明けましておめでとうございます!!(クソデカボイス)
年明け最初の投稿ですからね。
まだあけおめですわガハハ。

というわけで47話。
ミカルゲさんバレるの巻。
妖しい光を洗脳装置として使うの楽しいゾイ。

次話でいよいよシンオウ神殿到達。
ホウオウの除霊は成功するのか!

良ければ感想高評価おなしゃす!
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