ズン──ズン────ズン────
全身を揺さぶる不快な振動に目を覚ますと、ミュウツーとバサギリの背中が視界いっぱいに広がった。
俺を庇うように立っている。
バサギリが片目だけで一瞥してきた。
「起きたか」
「何かあったのか?」
ただならぬ雰囲気に慌てて身を起こす。
よく見れば、ミュウツーが俺の周囲にドーム状のバリアを張ってくれていた。
そのミュウツーが言う。
「分からない。だが、何か嫌な予感がする」
エスパータイプとして高い感応と知能を持つミュウツーが言うのならきっと気のせいじゃないだろう。
俺は即座に荷物を纏め、不安げに辺りを見回すウォロの身支度を手伝った。
「よかった。起きてたわね。行くわよ」
凍土のオヤブンであるグレイシアが、夫のガブリアスを従えて現れた。怜悧な顔が強ばっている。
「何が起きてるんだ?」
グレイシアがガブリアスと目を見交わす。
答えたのはガブリアスの方だった。
「神殿に近づくものには等しく試練が与えられる。この振動はその前触れだ。いつもなら時神さまか
頂上まで続く階段を見据えながら、ガブリアスは不穏な一言を口にした。
「……お二方とも、なんだか酷くお怒りのようだぜ」
俺の生唾を飲む音が、いやに響いた。
〇〇〇
階段を駆け上がりながら考える。
ガブリアスの言う時神さまとは時間を司る神・ディアルガのことだろう。ならば対の宙神さまは空間を創造する神・パルキアのはず。
いずれも、万物の祖たるアルセウスが最初に生み出した三神のうちの二柱だ。その彼らが、酷く怒っているという。
何故かは……正直、心当たりがありすぎてひとつに絞れない。同じ神であるルギアを雑に扱った罪とか言われたら、返す言葉もございませんと謝りまくるしかないだろう。
(それに…………)
そっと胸元に手を当てる。
俺の魂は冥王ギラティナに侵食されている。魂魄を操る神・ギラティナは三神の最後の一柱、もともとはディアルガたちと同格の存在だが、アルセウスの逆鱗に触れて神界を追われた、いわば“凶状持ち”だ。
そんな曰くつきまくりのポケモンと拝殿しようというのだ、彼らが怒り狂うのもむべなるかな。二柱の怒り具合によっては、同化しかけている俺ごと吹き飛ばそうとしたっておかしくない。
いやむしろかなり有りうる。
ディアルガさま、パルキアさま。
俺の顔を見た瞬間破壊光線ブッパとかは勘弁してくださいね。マジで。ほんとマジで。
心からの祈りを捧げていると、前を行くガブリアスの足が不意に止まった。まともにぶつかりかけて、咄嗟に背中に手をつく。掌が痛い。ザラザラしてる。鮫肌なんだな、おまえ。
「……どうした?」
問いかけると、ガブリアスが苦々しげに舌打ちした。
「なんだアイツぁ……見たことねぇ
ガブリアスの視線を追うと、前方の、道幅がかなり狭くなっている通路の奥に誰かが立っていた。
白を基調とした細身の体。
兜を被ったような緑の頭部。
両腕に生えた逆様の赤い刃。
エルレイドに似ている……が、細部がところどころ違う。どことなく
正体不明のポケモンの後ろには、頂上に続く階段が延びている。上の段はわずかに明るい。
出口が近い証拠だ。
「私も知らないコだけど……時神さまか宙神さまが呼び寄せたのかしら。だとすればあれは試練の一環かも。私たちが突破するのは止めた方がいいわね」
グレイシアが道を譲る。
なんだか体良く押し付けられた気もするが、たしかに試練の可能性は否定できない。倒すにしろ捕まえるにしろ、俺たちでやった方がいいだろう。
バサギリに目配せする。バサギリはうんともすんとも言わないまま、無造作な足取りで距離を詰めていった。
相手がバサギリを凝視する。注視されてなお、バサギリが歩みを止めそうにないのを見てとるや、腕の刃を合体させ、一振の薙刀に変形させた。手首のしなりを使って縦横無尽に回転させてから、腰を僅かに落とし、中段に構えて静対する。
一連の動きが
(名前わかんねーし……とりあえずブジンて呼んどくか)
ブジンが、無遠慮に近づくバサギリの胸めがけて鋭い突きを放った。
バサギリは一切抵抗せず、歩きながら受け止める。胸元の岩肌と刃が不快な金属音を奏でた。
傍から見れば急所への一撃。しかしバサギリの胸元に刻まれたのはほんのちっぽけな引っ掻き傷のみ。
勿論、ダメージなど入っていない。
間髪入れずバサギリの斧が閃く。いつの間に振りかぶっていたのか、大上段に構えた右斧が力一杯振り下ろされた。
ブジンが右に飛ぶ。一瞬前まで居たところに、黒斧が深々と突き立っていた。
もしも直撃していたら、脳天を叩き割っていただろう。
向こうもそれを察したらしい。
ブジンは二、三歩大きく後退してから、また薙刀を回転させ、今度は上段に構えた。
「キルルッ」
立て続けに薙刀が振るわれ、エネルギーの刃が乱れ飛んできた。サイコカッターだ。バサギリは今度も避けようとせず、真っ直ぐに突っ込んでいった。
思念の刃を全身に喰らいながらブジンの足元を薙ぎ払うように一閃する。当たれば脚が吹っ飛ぶ攻撃を、ブジンはバク宙で回避した。
バサギリが笑みを零す。
「飛んでよかったのか?」
次の瞬間、地面から突き出た尖岩──ストーンエッジが、着地しようとしたブジンを跳ね飛ばした!
「ギっ!?」
岩壁に叩きつけられ、悲鳴をあげるブジンをバサギリが猛追する。二撃三撃と畳みかけられ、ブジンの体に少しずつ傷が増えはじめた。まだ致命傷には至っていないが、それも時間の問題だろう。
「キル……っ」
必死の攻防も長く続かなかった。薙刀を弾き飛ばされ、ブジンはとうとう丸腰になってしまったのだ。
バサギリの勝ちだ。誰もがそう思った矢先、天井から熱湯が降り注いだ。
「──っ!?」
トドメを刺しかけていたバサギリは咄嗟に岩石封じで岩の盾を造り、難を逃れた。
あと1秒遅かったら全身に大火傷を負っていただろう。
「バサギリっ、大丈夫か!?」
バサギリは答えず、熱湯が来た方を睨め上げた。
俺も同じ方を見やると、小さな影が水をジェット噴射しながら降りてきた。
ブジンがエルレイドに似ているなら、こっちはデリバードにそっくりだった。全身を機械化している、という但し書きがつくけれど。
「ピ、ピボ、ピ」
デリバードもどきがブジンに話しかける。電子音だ。ブジンは二、三頷き、見えない力で薙刀を引き寄せると、連結を解除して二振りの短剣に変えた。
そしてデリバードもどきが何事か呟く。
いきなり、地面に電磁領域が展開された。
「これは……エレキフィールド?」
一定範囲を帯電させ、電気タイプの威力を底上げする技だ。ということは、奴らのうちのどちらかが、電気技を撃つつもりなのか?
「キルル」
ブジンが膝を落とす。と思った刹那、もうバサギリの目の前に迫っていた。
「なにっ!?」
初めて聞く、バサギリの焦った声。
二人の間に白い光が炸裂した。
ムーンフォースのゼロ距離発動。
バサギリが吹き飛ばされ、地面を転がる。
「がはっ」
「……っ! マシャ! 頼む!」
「ましゃあ!」
マーシャドーを繰り出す。マーシャドーは待ってましたと言わんばかりに拳を打ちつけ、ブジンに向かってシャドーパンチをお見舞いした。
しかし当たらない。
ほんの一瞬で、デリバードもどきの側まで逃れていた。
俺は呆然と立ち尽くした。
(ウソだろ……あそこまで20メートルはある。
どうやってあんな
さっきと今と、スピードがまるで違う。バサギリもマーシャドーも決して
考えられるとすれば────
「…………特性、か?」
エレキフィールドが使われた途端、ブジンの素早さが跳ね上がった。ならば、このフィールドの時だけ身体能力が上がる特性なのかもしれない。
デリバードもどきにちらりと目を走らせる。こちらを見据えたまま動こうとしない。俺は唇を舐め、ミュウツーの肩に手を置いた。
テレパシーを使ってバサギリたちに呼びかける。
『バサギリ、マシャ、聞こえるか』
臨戦態勢のまま二人の意識がこちらに向いたのを確認し、話を続ける。
『たぶん、あのデリバードっぽいポケモンが鍵だ。あいつを倒せばエレキフィールドが切れて、ブジンのスピードも元に戻る……と思う』
地面に特殊な効果を付与する技は現代にも存在するが、それらの技には共通点がある。
《発動者がその場から動けなくなる》点だ。
特に、エレキフィールドのような射程範囲の広い技は、片足を地面から離すだけで効果が切れてしまう。故に、対人戦で使うトレーナーは滅多にいない。バトルコートに釘付けになることはサンドバッグにされることと同義だからだ。
『二人で代わる代わる畳み掛けろ。ほんの少しでもデリバードを動かしゃ俺たちの勝ちだ。お前さんたちなら、エレキフィールドの再展開なんてつまんない真似許さないだろ?』
バサギリとマーシャドーは黙って俺の話に耳を傾けていた。ジョウトでは取り憑いた側と取り憑かれた側という因縁があるが、二人にその時の恨みつらみは感じない。ただ純粋に、俺の作戦を推し量っていた。
数秒の沈黙の後に、バサギリが言う。
『…………ならば、貴様は先に行け』
『え』
『攻略さえ分かれば貴様の命令など不要だ。我らだけで事足りる。さっさと昇殿して呪いを解いてこい』
マーシャドーが「ましゃ!」と己の胸を叩いた。
「……わかった。頼むぞ、二人とも!」
これは声に出しながら、ウォロを手招き、ミュウツーに抱きつく。意を察したミュウツーがテレポートを発動し、ブジンたちの背後の階段へジャンプした。
「キル、ルゥッ!?」
逃さんと振り向くブジンに、バサギリとマーシャドーのタブル不意討ちが襲いかかる。
「どこを見ておる」
バサギリの嗤う声を聞きながら、俺たちは階段を駆け上がった。
〇〇〇
「いいんですか? 仲間を置いてきて!」
息を切らすウォロの手を引っ張りながら、俺は苦笑した。
そりゃ、心配じゃないと言えば嘘になる。
だけど、あの場にいても何もできることがないのは、誰より俺自身がよく知っていた。
「恥ずかしい話、目でも追えてなかったんだよ。そんな俺がぼーっと突っ立っててもジャマなだけだろ。だから任せた。そんだけさ」
「……でも」
ウォロが、声を低める。
「まともに戦えるポケモンは、もうこのミュウツーしか居ないでしょう」
痛いところをつかれた。
テッポウオもルギアも、戦力としてカウントするのは不安要素が大きい。ましてルギアは、真の栄養たる魂を取り込めていないと知ってしまっては尚更だ。
ホウオウはあくまで俺の呪いを解くために帯同してくれているだけだし、そもそも病み上がりだ。バトルなんてさせられない。
いちおうタマザラシも居るにはいるが…………あの呑気な性格だ。とてものこと、激しいバトルにはついていけないだろう。「わーぁー」とか言いながらコロコロ転がってるのが目に浮かぶ。
気になるのがモモワロウだった。
いつからか、何度影に呼びかけてもうんともすんとも言わなくなってしまった。
これもまた、頼みにするのは難しい。
「…………」
後ろを見やる。
歩くのに飽きたか、それとも走っていては追いつけぬと踏んだか、ガブリアスは背中にグレイシアを乗せて飛んでいた。俺の視線を受けて、顔を顰める。
「おい。こっちはあくまで中立だ。戦力になんて数えてくれるな。オレの嫁を助けてくれた恩義は感じてるが、こればっかりはどうしようもねえんだ」
「わかってるよ」
彼らはオヤブンなのだ。この凍土を平和に治める義務がある。
こんな行きずりのニンゲンのために神々に喧嘩を売るような愚行は犯せないし、俺だってそんなことは望んでいない。
『……状況はしんどいが、ここまで来たらやるしかねえ。踏ん張ろうな、カタリベ』
『まかせろ』
ミュウツーの返事は、泣きそうになるくらい心強かった。
長い階段が不意に途切れ、光に照らされた。
頂上に──神殿に着いたのだ。
「白い…………」
ウォロはそう言ったきり絶句した。
一体どこの誰が建てたのだろう。
その神殿はただ、白かった。
白い石畳の上に白い石柱が聳え、見事な線対称の屋根が恭しく据えられている。
風が吹いていない。
テンガン山の頂上なのに、まるで誰かがそうせよと命じたかのごとく、完全な凪だった。
祭壇はきっとこの奥だ。
とんでもない重圧が押し寄せてくる。
恐らくはディアルガとパルキアが俺を待っているんだろう。
肩にそっと手が置かれる。
あたたかい手だ。
この地に来てから、何度ミュウツーに励まされてきたことだろう。
その温もりが、いつだって俺の緊張をほぐしてくれる。
深く息を吸い、大きく吐いた。
「────行こう」
もう後戻りはできない。
ただ、行くだけだ。
俺たちは、神殿の奥へと歩みを進めた。
というわけで49話。
いきなりテツノブジンとテツノツツミ出しちゃいました。
現代ではミナモを仲間にしたくて古代の世界線にしましたけど、未来のポケモンも好きなんすよー。異質な感じが堪らん。
そしていよいよシンオウ神殿に到着。
ギラティナとのラストバトル……どんぐらい描こうかなあ(ニチャ)
時間があれば今月もう1話ぐらい更新したい!
よければ感想高評価おなしゃす!