実に愉快な気分だった。
とうとうこの躰を我がものに出来た喜び。
再び現世に顕現した達成感。
ホウオウを沈めて以来、300年間貪欲に魂を吸収してきた甲斐あって、隅々まで力が満ち満ちている。
とりあえず、腹の穴を閉じた。全身の骨と神経も繋げていく。全くレジギガスめ。この男を殺せとは言ったが、握り潰さずともよかろうに。
だがまあ許そう。いまの我は機嫌がいい。
親指を舐める。アシタバの血は、存外甘かった。
不躾な視線を感じ、目をやると、カブトプスたちが我を凝視していた。
「ケヒッ」
どいつもこいつも間抜けな面を晒している。
愛しい主が乗っ取られたことが信じられないといった様子だ。
いや、信じたくないのだろうな。
我は両腕を広げ、優しい声をかけてやった。
「“どうしたんだよみんな。俺だよ。会いたかった。
元気だったか? こっちに来て抱きしめてくれよ”」
いかにもこの甘ん坊が言いそうな、歯の浮く台詞。しかし喜ぶどころか、全員が全員嫌悪と怒りに顔を歪ませた。
「……っ、がおぼうっ!!」
激昂したオーガポンとヌメルゴンが迫ってくる。クチートが制止していたが、まるで聞こえていないらしかった。
攻撃が当たる直前、我は翼を二本伸ばし、ふたりの首を絞めあげた。
我が翼は鞭のようにしなり、
窒息寸前まで絞めながら、我は肩を竦めた。
「“おいおい、どうした? 俺の顔、忘れちゃったか? 久しぶりだな、
会えて嬉しいぜ”」
「「…………っ!」」
ふたりは目に涙を浮かべながら、我を睨めつけた。せっかくアシタバらしく振る舞ってやっているのだから、馬鹿みたいに喜べばいいものを。
翼を伸ばし、天高く持ち上げる。じたばた踠く様をひとしきり楽しんでから、一気に地面に叩きつけた。
「が……っ」「めぅ……っ」
間髪入れずシャドーボールを見舞う。
先陣を切った勇気を讃え、十数発くれてやった。
土煙が晴れる頃、オーガポンとヌメルゴンは完全に沈黙していた。
「うむ。やはり
そうやって這いつくばっていろ」
「ゴアァアアア!」
猛り狂ったガチグマが距離を詰めてくる。
小鬼たちと違い、すでに技を展開していた。
大地が隆起し、鋭い岩槍が殺到する。
「ギガス」
顎をしゃくると、レジギガスの手が我をすっぽりと包み込んだ。手の甲にストーンエッジが被弾する音を聞きながら、力を集中させていく。
レジギガスが手をどけた刹那、波導弾を放った。
赤と黒の禍々しい波導が無防備なガチグマに命中する。絶叫が耳に心地いい。
「おお、そんなに美味いか。
遠慮するな。もっと喰え」
波導弾を
しかしこれは外れてしまった。
ミュウツーがガチグマをテレポートで連れ去ったのだ。
ミュウツーはそのままクチートたちのそばに飛び、癒しの波動を当てはじめた。
ふむ。回復役というわけか。
アイツら如き、どれだけ束になって来ようとも羽虫が抗う程度だが、都度回復されるのは面倒だ。
ならば、ミュウツーから潰した方が良い。
「……ああいや、
我は空を仰いだ。
ディアルガとパルキアを縛っていたモモワロウが息を飲む。
モモワロウには度肝を抜かれた。
ディアルガどもを操り、我が計画の一助とするのかと思いきや、アシタバに味方するとは。
眷属にあるまじき選択である。
驚き、そして──失望した。
「我が信頼を裏切った罪を、身をもって知れ」
ぱきんと指を鳴らす。その一瞬で、モモワロウの核たる霊魂が消え去った。
「モ……っ!」
気を失ったモモワロウが墜落する。
ディアルガとパルキアを縛めていた鎖が解け、霞のように砕け散る。
サーフゴーとサマヨールが、声にならない悲鳴をあげた。
奴らもまた冥府の民。モモワロウに下された審判がどれほど苛烈で無慈悲か、誰より理解しているのだ。
幽霊は肉体を持たぬ。
代わりに我が与えてやる魂魄を核として、ようやく存在できるのだ。
その核を無くせばどうなるか。
形を保てず、無に帰す。死ではない。冥府にすら居られなくなる、完全な消滅だ。
実際、モモワロウは着地する前に塵芥となって霧散した。もはやどう足掻いてもモモワロウには会えない。根本から滅したのだから。
「貴様らもこうなりたいか? ん?」
小首を傾げ問うてみれば、サーフゴーもサマヨールもじわりと後ずさった。
完全に怯えきっている。これで、向こうの乏しい戦力はさらに二つ削れたわけだ。
我は喉を鳴らして笑いながら、指をくいっと曲げた。
「ほら、どうした? まだ始まったばかりだぞ?」
〇〇〇
始まったばかりで、クチートは暗澹たる気持ちにさせられていた。
オーガポンとヌメルゴンは、決して弱くない。
むしろ最近のあのふたりを同時に相手取るのは、師のクチートでも厳しくなっていた。
それが、瞬く間に捩じ伏せられた。
「腐っても神……ということか」
皮肉を言う声が僅かに震えているのを、自覚しない訳にはいかなかった。
ガチグマの負傷を癒すミュウツーも、彼我の絶望的な戦力差に青ざめている。ましてや向こうは、アシタバの姿をしているのだ。どうしたって心が萎える。
悪い点はまだある。レジギガスだ。
巨神はほとんど無傷の状態でギラティナに侍っている。完全に忠誠を誓ったわけではなかろうが、わざわざ己が身を呈してガチグマのストーンエッジを防いだのを鑑みるに、積極的に前に出てきてもおかしくない。
あの巨躯に対抗できるのは、ウネルミナモとテッカグヤぐらいだろう。
ミナモの首元から《かるいし》のペンダントを引きちぎる。途端にミナモが本来の体躯を取り戻した。
「
「……よふ」
臆病で引っ込み思案なウルトラビーストも覚悟を決め、巨体に変形していく。
ギラティナは動かない。
ニヤニヤと邪悪にほくそ笑みながらこちらを眺めている。余裕たっぷりと言いたげな様子に、クチートは激しく舌打ちした。
(必ず吠え面かかせてやる)
怒りを飲みこみ号令を下す。
トレーナー亡きいま、クチートがこのチームの司令塔だった。
「ミナモ、竹子、
私と
各々が頷く。血気盛んなミナモが即座に駆け出していった。テッカグヤが慌てて後を追う。
サーフゴーら幽霊族は動けない。ギラティナの脅しに腰砕けだ。無理もない。指先ひとつで殺されるかもしれない恐怖は、とてものことすぐに克服できるものではないだろう。
せめて冥王の支配を脱することができれば────
懊悩するクチートの視界に、妙なものが映りこんだ。
童のように小柄な、見たこともないポケモンが、影から頭だけ出してクチートを見つめているのである。
「ましゃ?」
「……なんだ、お前」
ポケモンはぽんっと影から飛び出してくると、クチートたちをじろじろ眺め、ふんふんと匂いを嗅ぎ出した。
そして言う。
「アシタバのにおい、する!」
「……! アシタバを知っているのか!」
「知ってる! ましゃ、アシタバ、好き!」
にこにこしながら拳を突き上げる。
つまるところ、アシタバがこちらの世界で仲間にしたポケモンらしい。
ルギアも気安そうに童をつついている。
やりとりを聞いていたカブトプスが弾かれたように振り向いた。何事かと視線を追うと、これまた見たことないポケモンが立っている。
両手に重厚な黒斧をぶら下げた、寡黙なポケモンだった。こんな近くに寄られるまで全く気配に気づけなかった。相当な手練だ。
「……貴様ら、あのニンゲンの身内か」
岩が擦れるような声。クチートが首肯する。
「ふん。随分と大所帯だな」
言葉はつっけんどんだが、アシタバへの敵意は見られない。
ガチグマに癒しの波動をかけていたミュウツーが目を丸くした。
「バサギリ、マーシャドー。奴らを倒せたのか」
「当然だ」
バサギリと呼ばれた方がふんと鼻を鳴らした。
クチートが尋ねる。
「お前たちはアシタバの仲間か?」
答えは随分対照的だった。
「そうだよ! ましゃ、アシタバのともだち!」
「利害が一致して共に行動しているだけだ。この地を冥王に荒らされるのは我慢ならんのでな」
そう言って、バサギリは変わり果てたアシタバを忌々しそうに睨んだ。
なるほど。であるならば、共闘できそうだ。
「いまは戦力がひとりでも欲しい。戦ってくれるか」
「よかろう」
「ましゃも! ましゃも戦う!」
ぴょんぴょんと跳ね飛ぶ童に、サーフゴーが眉根を寄せた。
「気持ちはありがたいケド、君も冥府の民デショ?
冥王に逆らったら死んじゃうヨ?」
「死なない! ましゃ、浄化されたから!」
「じょ、浄化ですと!?」
サマヨールが口元に手を当てて驚く。耳馴染みのない単語だ。するとサマヨールは早口で説明しだした。
「世界で唯一、ホウオウ殿だけが扱える奇跡の御業ですぞ。あらゆる
……まあ、この場にホウオウ殿が居ればの話ですが……」
「いるよ! あそこ!」
「いやおるんか──────い」
サマヨールがずしゃああとずっこける。
いちいちリアクションの大きいやつだ。
しかし気持ちはわかる。クチートも、今の今までホウオウの存在に気づいていなかった。
サーフゴーたちの瞳から怯えが消えた。
ホウオウに浄めてもらえば前線に立てる。
戦える。
アシタバを取り戻す希望が──見えてきた!
「作戦変更だ」
クチートはぱしりと拳を打ち鳴らした。
「フーゴとヨモツは浄化されてこい。
終わるまで私たちで場を繋ぐ」
「了解!」「ラジャーですぞ!」
ふたりがとぽんと影に沈む。
「カタリベ!
「治った」
ガチグマが立ち上がる。
傷は完全に塞がっており、意気軒昂だ。
気絶していたオーガポンとヌメルゴンもこちらに引っ張ってある。
治癒にはしばらくかかるだろう。
「まずは防衛戦だ! 誰が欠けてもならん!
己と仲間を護り通せ!」
「応!」
全員の声が、シンオウ神殿に響き渡った。
〇〇〇
「随分とまあ、勇ましいな」
バサギリとマーシャドーが戦線に加わったくらいで、よくあそこまではしゃげるものだ。
まさか本気で、この冥王に勝てると思っているのか。
弱者ほど相手の力量が読めないらしい。
ならばもう少し分かりやすい
モモワロウの毒鎖から解放され、正気を取り戻しつつあったディアルガとパルキアに、翼の鞭を突き立てた。
丹精込めて育てた穢れた魂をたっぷり注ぎ込む。
「グギャアァアアァ!」
「パルァアァアアア!」
苦しみ喘ぐふたりの肌が漆黒に染まっていく。
「ダークディアルガとダークパルキア……とでも名付けようか」
翼を引き抜く。
ディアルガたちの瞳に、昏い光が宿った。
方陣を組んでいたクチート共が絶句する。
我がすっと手を挙げると、ディアルガたちが前に出た。
凄まじい量のエネルギーが空間を歪める。
「……っ散れ!」
クチートがそう叫んだ直後。
刻の咆哮と亜空切断が炸裂した。
というわけで53話。
モモワロウ……おいたわしや……
ギラティナをラスボスに据えると決めた時からダークディアルガ/パルキアの構想はありました。やっと出せて満足。
良ければ感想高評価おなしゃす!