ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第53話 冥王の力。

 

 

 

 実に愉快な気分だった。

 

 とうとうこの躰を我がものに出来た喜び。

 再び現世に顕現した達成感。

 ホウオウを沈めて以来、300年間貪欲に魂を吸収してきた甲斐あって、隅々まで力が満ち満ちている。

 

 とりあえず、腹の穴を閉じた。全身の骨と神経も繋げていく。全くレジギガスめ。この男を殺せとは言ったが、握り潰さずともよかろうに。

 だがまあ許そう。いまの我は機嫌がいい。

 

 親指を舐める。アシタバの血は、存外甘かった。

 

 不躾な視線を感じ、目をやると、カブトプスたちが我を凝視していた。

 

「ケヒッ」

 

 どいつもこいつも間抜けな面を晒している。

 愛しい主が乗っ取られたことが信じられないといった様子だ。

 

 いや、信じたくないのだろうな。

 

 我は両腕を広げ、優しい声をかけてやった。

 

「“どうしたんだよみんな。俺だよ。会いたかった。

 元気だったか? こっちに来て抱きしめてくれよ”」

 

 いかにもこの甘ん坊が言いそうな、歯の浮く台詞。しかし喜ぶどころか、全員が全員嫌悪と怒りに顔を歪ませた。

 

「……っ、がおぼうっ!!」

 

 激昂したオーガポンとヌメルゴンが迫ってくる。クチートが制止していたが、まるで聞こえていないらしかった。

 

 攻撃が当たる直前、我は翼を二本伸ばし、ふたりの首を絞めあげた。

 我が翼は鞭のようにしなり、如何様(いかよう)にも操ることが出来る。

 窒息寸前まで絞めながら、我は肩を竦めた。

 

「“おいおい、どうした? 俺の顔、忘れちゃったか? 久しぶりだな、オーガポン(ステラ)ヌメルゴン(メルティ)

 会えて嬉しいぜ”」

 

「「…………っ!」」

 

 ふたりは目に涙を浮かべながら、我を睨めつけた。せっかくアシタバらしく振る舞ってやっているのだから、馬鹿みたいに喜べばいいものを。

 

 翼を伸ばし、天高く持ち上げる。じたばた踠く様をひとしきり楽しんでから、一気に地面に叩きつけた。

 

「が……っ」「めぅ……っ」

 

 間髪入れずシャドーボールを見舞う。

 先陣を切った勇気を讃え、十数発くれてやった。

 

 土煙が晴れる頃、オーガポンとヌメルゴンは完全に沈黙していた。

 

「うむ。やはり女子(おなご)は大人しいのが一番だ。

 そうやって這いつくばっていろ」

 

「ゴアァアアア!」

 

 猛り狂ったガチグマが距離を詰めてくる。

 小鬼たちと違い、すでに技を展開していた。

 大地が隆起し、鋭い岩槍が殺到する。

 

「ギガス」

 

 顎をしゃくると、レジギガスの手が我をすっぽりと包み込んだ。手の甲にストーンエッジが被弾する音を聞きながら、力を集中させていく。

 レジギガスが手をどけた刹那、波導弾を放った。

 赤と黒の禍々しい波導が無防備なガチグマに命中する。絶叫が耳に心地いい。

 

「おお、そんなに美味いか。

 遠慮するな。もっと喰え」

 

 波導弾を投擲槍(ジャベリン)に変形させて投げつける。

 しかしこれは外れてしまった。

 ミュウツーがガチグマをテレポートで連れ去ったのだ。

 

 ミュウツーはそのままクチートたちのそばに飛び、癒しの波動を当てはじめた。

 

 ふむ。回復役というわけか。

 アイツら如き、どれだけ束になって来ようとも羽虫が抗う程度だが、都度回復されるのは面倒だ。

 

 ならば、ミュウツーから潰した方が良い。

 

「……ああいや、()()の処罰が先だったな?」

 

 我は空を仰いだ。

 ディアルガとパルキアを縛っていたモモワロウが息を飲む。

 

 モモワロウには度肝を抜かれた。

 ディアルガどもを操り、我が計画の一助とするのかと思いきや、アシタバに味方するとは。

 眷属にあるまじき選択である。

 驚き、そして──失望した。

 

「我が信頼を裏切った罪を、身をもって知れ」

 

 ぱきんと指を鳴らす。その一瞬で、モモワロウの核たる霊魂が消え去った。

 

「モ……っ!」

 

 気を失ったモモワロウが墜落する。

 ディアルガとパルキアを縛めていた鎖が解け、霞のように砕け散る。

 サーフゴーとサマヨールが、声にならない悲鳴をあげた。

 

 奴らもまた冥府の民。モモワロウに下された審判がどれほど苛烈で無慈悲か、誰より理解しているのだ。

 

 幽霊は肉体を持たぬ。

 代わりに我が与えてやる魂魄を核として、ようやく存在できるのだ。

 その核を無くせばどうなるか。

 形を保てず、無に帰す。死ではない。冥府にすら居られなくなる、完全な消滅だ。

 

 実際、モモワロウは着地する前に塵芥となって霧散した。もはやどう足掻いてもモモワロウには会えない。根本から滅したのだから。

 

「貴様らもこうなりたいか? ん?」

 

 小首を傾げ問うてみれば、サーフゴーもサマヨールもじわりと後ずさった。

 完全に怯えきっている。これで、向こうの乏しい戦力はさらに二つ削れたわけだ。

 

 我は喉を鳴らして笑いながら、指をくいっと曲げた。

 

「ほら、どうした? まだ始まったばかりだぞ?」

 

 

 〇〇〇

 

 

 始まったばかりで、クチートは暗澹たる気持ちにさせられていた。

 

 オーガポンとヌメルゴンは、決して弱くない。

 むしろ最近のあのふたりを同時に相手取るのは、師のクチートでも厳しくなっていた。

 

 それが、瞬く間に捩じ伏せられた。

 

「腐っても神……ということか」

 

 皮肉を言う声が僅かに震えているのを、自覚しない訳にはいかなかった。

 

 ガチグマの負傷を癒すミュウツーも、彼我の絶望的な戦力差に青ざめている。ましてや向こうは、アシタバの姿をしているのだ。どうしたって心が萎える。

 

 悪い点はまだある。レジギガスだ。

 巨神はほとんど無傷の状態でギラティナに侍っている。完全に忠誠を誓ったわけではなかろうが、わざわざ己が身を呈してガチグマのストーンエッジを防いだのを鑑みるに、積極的に前に出てきてもおかしくない。

 

 あの巨躯に対抗できるのは、ウネルミナモとテッカグヤぐらいだろう。

 

 ミナモの首元から《かるいし》のペンダントを引きちぎる。途端にミナモが本来の体躯を取り戻した。

 

テッカグヤ(竹子)。元のサイズになっておけ」

 

「……よふ」

 

 臆病で引っ込み思案なウルトラビーストも覚悟を決め、巨体に変形していく。

 

 ギラティナは動かない。

 ニヤニヤと邪悪にほくそ笑みながらこちらを眺めている。余裕たっぷりと言いたげな様子に、クチートは激しく舌打ちした。

 

(必ず吠え面かかせてやる)

 

 怒りを飲みこみ号令を下す。

 トレーナー亡きいま、クチートがこのチームの司令塔だった。

 

「ミナモ、竹子、ルギア(レヴィ)はレジギガスにあたれ!

 私とカブトプス(カブルー)殿、アマルルガ(ゴーシェナイト)様はギラティナ討伐に向かう! ミュウツー(カタリベ)サーフゴー(フーゴ)サマヨール(ヨモツ)は後方支援! 回復と防御に努めよ!」

 

 各々が頷く。血気盛んなミナモが即座に駆け出していった。テッカグヤが慌てて後を追う。

 

 サーフゴーら幽霊族は動けない。ギラティナの脅しに腰砕けだ。無理もない。指先ひとつで殺されるかもしれない恐怖は、とてものことすぐに克服できるものではないだろう。

 

 せめて冥王の支配を脱することができれば────

 

 懊悩するクチートの視界に、妙なものが映りこんだ。

 童のように小柄な、見たこともないポケモンが、影から頭だけ出してクチートを見つめているのである。

 

「ましゃ?」

 

「……なんだ、お前」

 

 ポケモンはぽんっと影から飛び出してくると、クチートたちをじろじろ眺め、ふんふんと匂いを嗅ぎ出した。

 

 そして言う。

 

「アシタバのにおい、する!」

 

「……! アシタバを知っているのか!」

 

「知ってる! ましゃ、アシタバ、好き!」

 

 にこにこしながら拳を突き上げる。

 つまるところ、アシタバがこちらの世界で仲間にしたポケモンらしい。

 ルギアも気安そうに童をつついている。

 

 やりとりを聞いていたカブトプスが弾かれたように振り向いた。何事かと視線を追うと、これまた見たことないポケモンが立っている。

 

 両手に重厚な黒斧をぶら下げた、寡黙なポケモンだった。こんな近くに寄られるまで全く気配に気づけなかった。相当な手練だ。

 

「……貴様ら、あのニンゲンの身内か」

 

 岩が擦れるような声。クチートが首肯する。

 

「ふん。随分と大所帯だな」

 

 言葉はつっけんどんだが、アシタバへの敵意は見られない。

 

 ガチグマに癒しの波動をかけていたミュウツーが目を丸くした。

 

「バサギリ、マーシャドー。奴らを倒せたのか」

 

「当然だ」

 

 バサギリと呼ばれた方がふんと鼻を鳴らした。

 

 クチートが尋ねる。

 

「お前たちはアシタバの仲間か?」

 

 答えは随分対照的だった。

 

「そうだよ! ましゃ、アシタバのともだち!」

 

「利害が一致して共に行動しているだけだ。この地を冥王に荒らされるのは我慢ならんのでな」

 

 そう言って、バサギリは変わり果てたアシタバを忌々しそうに睨んだ。

 

 なるほど。であるならば、共闘できそうだ。

 

「いまは戦力がひとりでも欲しい。戦ってくれるか」

 

「よかろう」

 

「ましゃも! ましゃも戦う!」

 

 ぴょんぴょんと跳ね飛ぶ童に、サーフゴーが眉根を寄せた。

 

「気持ちはありがたいケド、君も冥府の民デショ?

 冥王に逆らったら死んじゃうヨ?」

 

「死なない! ましゃ、浄化されたから!」

 

「じょ、浄化ですと!?」

 

 サマヨールが口元に手を当てて驚く。耳馴染みのない単語だ。するとサマヨールは早口で説明しだした。

 

「世界で唯一、ホウオウ殿だけが扱える奇跡の御業ですぞ。あらゆる(くびき)を断ち切り邪悪なるものを祓うのです。浄化されれば冥王の呪縛も解け、我々も戦えるようになりましょうぞ!

 ……まあ、この場にホウオウ殿が居ればの話ですが……」

 

「いるよ! あそこ!」

 

「いやおるんか──────い」

 

 サマヨールがずしゃああとずっこける。

 いちいちリアクションの大きいやつだ。

 しかし気持ちはわかる。クチートも、今の今までホウオウの存在に気づいていなかった。

 

 サーフゴーたちの瞳から怯えが消えた。

 ホウオウに浄めてもらえば前線に立てる。

 戦える。

 アシタバを取り戻す希望が──見えてきた! 

 

「作戦変更だ」

 

 クチートはぱしりと拳を打ち鳴らした。

 

「フーゴとヨモツは浄化されてこい。

 終わるまで私たちで場を繋ぐ」

 

「了解!」「ラジャーですぞ!」

 

 ふたりがとぽんと影に沈む。

 

「カタリベ! ガチグマ(ウルスラ)のケガは?」

 

「治った」

 

 ガチグマが立ち上がる。

 傷は完全に塞がっており、意気軒昂だ。

 

 気絶していたオーガポンとヌメルゴンもこちらに引っ張ってある。

 治癒にはしばらくかかるだろう。

 

「まずは防衛戦だ! 誰が欠けてもならん! 

 己と仲間を護り通せ!」

 

「応!」

 

 全員の声が、シンオウ神殿に響き渡った。

 

 

 〇〇〇

 

 

「随分とまあ、勇ましいな」

 

 バサギリとマーシャドーが戦線に加わったくらいで、よくあそこまではしゃげるものだ。

 まさか本気で、この冥王に勝てると思っているのか。

 

 弱者ほど相手の力量が読めないらしい。

 ならばもう少し分かりやすい()()を味わわせてやるとしよう。

 

 モモワロウの毒鎖から解放され、正気を取り戻しつつあったディアルガとパルキアに、翼の鞭を突き立てた。

 丹精込めて育てた穢れた魂をたっぷり注ぎ込む。

 

「グギャアァアアァ!」

 

「パルァアァアアア!」

 

 苦しみ喘ぐふたりの肌が漆黒に染まっていく。

 

「ダークディアルガとダークパルキア……とでも名付けようか」

 

 翼を引き抜く。

 ディアルガたちの瞳に、昏い光が宿った。

 

 方陣を組んでいたクチート共が絶句する。

 我がすっと手を挙げると、ディアルガたちが前に出た。

 

 凄まじい量のエネルギーが空間を歪める。

 

「……っ散れ!」

 

 クチートがそう叫んだ直後。

 刻の咆哮と亜空切断が炸裂した。

 

 

 

 




というわけで53話。
モモワロウ……おいたわしや……

ギラティナをラスボスに据えると決めた時からダークディアルガ/パルキアの構想はありました。やっと出せて満足。

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