ルギア、拾っちゃいました。3   作:じゅに

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第54話 本体はどこに?

 

 

 

 

 そこは、全てが狂った世界だった。

 地面であるべき部分が頭の上をふわふわ漂い、空とおぼしき空間は赤黒い色に染まり、木は円形に捻じくれている。枝と思って触ったら根っこだった。葉っぱはどれも石のように固い。そのくせ幹は使い古したスポンジのように脆かった。

 

 周囲を見回す。

 自分がどちらを向いて立っているのか、まるで分からなかった。そもそも「上下」も「前後」も「左右」も存在しないのじゃないか? 

 どれも皆、ただそこに「在る」だけ。

 そして、絶えず変形し、動き続けているだけだ。

 

「…………もしかしてここが“やぶれた世界”か?」

 

 シンオウ神話にいわく。

 創造神アルセウスに敗北したギラティナが幽閉された場所──らしい。

 俺が読んだ本によれば、ディアルガによって時の流れが止められ、パルキアによって出口を塞がれているのだとか。

 

 それが事実なら、ここから出ることは叶わない。

 

「参ったなあ」

 

 留まっていても仕方ないので歩いてみる。

 勿論、目的地なんてない。

 何もせず立っているのが暇なだけだ。

 

 俺は奇妙なぐらい落ち着いていた。

 焦る気持ちも、戸惑う気持ちも湧いてこない。

 ああ、ここね、と昔遊んだ公園に久々に訪れたような心持ちだった。

 

 何故だろう。

 ここに来たのは生まれて初めてのはずなのに。

 

「ずっと居たからさ。貴様ではなく(われ)が、な」

 

 どこからか声がした。

 見渡しても意味がないことを知っていたので、足も止めずに返事する。

 

「なるほどね。

 俺の頭ん中、お前の記憶のカケラが入ってんだな?」

 

「そうだ。そして我はお前の記憶を覗ける。

 断片的に、だがな」

 

「勝手に見るなよ、すけべ」

 

 いやん♡とポーズを決めると声が黙った。

 俺の軽口に呆れているのが気配でわかる。

 ややあって、また向こうが喋りだした。

 

「平静を装っているわけではなさそうだな。

 つまらん。もっと狼狽えれば可愛げもあるものを」

 

「冥王サマに可愛いって思われたって仕方ないだろ」

 

 声──ギラティナがケヒヒと笑った。

 嫌な笑い方だ。

 こちらを見下し、小馬鹿にしているのを隠そうともしない。

 

 俺は上を見上げた。実際に上かどうかは定かじゃない。体感的にそう感じたから上ということにする。

 

 黒い渦がぐるぐる回転していた。教科書に載ってたブラックホールにそっくりでまじまじと観察する。

 

「あれは虚無だ。飛び込んでみろ。綺麗さっぱり消え失せる。戯れに創った屑籠(くずかご)のようなものよ」

 

「…………ホントに暇だったんだな」

 

 半分同情、半分呆れた思いで相槌を打った。

 人間も暇を持て余すとロクなことをしないから、そういうことをする気持ちは分からんでもないが。

 

 傍にあった石に腰かける。

 すべすべして平べったくて座りやすい。

 ほんのりあたたかいので、ほっとひと息ついた。

 

「そもそも、なんだってアルセウスに喧嘩売ったんだよ」

 

 声はすぐに答えた。「退屈だったからよ」と。

 

「それに、業腹だった。我と大して強さの変わらぬ者が、我より上に立っているのが」

 

「その割に負けたじゃねーか」

 

「用意が足りなかっただけよ。今回はもう負けんさ。いよいよ我が万物の支配者だ」

 

「支配者、ねえ」

 

 俺はくあーと欠伸した。

 冥王と呼ばれ畏れられてなお、まだ称号が欲しいのか。

 

「…………いや、違うな」

 

 俺は自分の思い違いに気づいた。

 最初の叛乱は、地位や称号を求めていたのかもしれない。アルセウスの上に立ちたかっただけだったのかもしれない。

 だが今のギラティナは文字通り、世界を望んでいるのだ。

 こんな法則の乱れたところではなく、朝が来て夜が来て花が咲き雨が降る、本物の《世界》に住まうことを。

 

 そうなると、やぶれた世界という名前にも含みが見えてくる。これはひょっとしてダブルミーニングなんじゃないのか? 

 

 野心()に破れ、戦いに敗れた者の牢獄。

 もしそういう意味で名付けたのだとすれば、創造神様も中々イイ性格をしている。

 

 俺はよいしょと起き上がった。

 とん、と地を蹴ると、垂直に反り立つ右手の壁に着地した。うーん、やっぱり物理法則も狂ってんなあ。

 

 とん、とん、とん、と小刻みにジャンプを重ね、少しずつ進んでいく。

 

「どこに行く?」

 

「ちょっとそこまで」

 

「ふてぶてしいガキめ」

 

 冥王が不愉快そうに吐き捨てる。

 俺はけらけら笑った。

 

 ある程度進んだところで、虚空に向かって呼びかける。

 

「なあギラティナ。さっき俺に、もっと狼狽えてるかと思ったって言ったろ」

 

「言ったな。それが?」

 

「狼狽えるわけねーじゃん。

 だって俺、外で何が起きたか見えたもんよ」

 

「……どういう意味だ?」

 

 本気で理解できないらしい。

 ギラティナの声には純粋に疑問が滲んでいた。

 

 俺は答えた。

 

「だからさぁ。俺はお前さんを通して、カブトプス(カブルー)達が来てくれたことを知ってるわけ。あいつらが居るのに、俺がずっとこのまま閉じ込められっぱなしなんてことあるわけないだろ」

 

 あいつらならどんな手段を使ってでも俺を助けてくれるだろう。

 そういう確信と信頼がある。

 そしてそれは、絶対に揺らがない。

 

「……………………」

 

 ギラティナは何も答えなかった。

 断片的な記憶は見えても、感情までは窺い知ることができない。だから呆れているのか、ムカついてるのか、文字通り神のみぞ知るというやつだ。

 

「とーちゃく」

 

 最後のジャンプを終え、目の前の渦を見つめる。

 

 ギラティナが虚無と呼び、屑籠扱いしているコレに用があったのだ。

 

「来たぞ。出てこいよ」

 

「……………………」

 

「無視すんなって」

 

 俺は肩を竦めた。

 

 ギラティナは知ってるんだろうか。

 完全に体を奪われた瞬間、遥か昔の情景が高解像度の映画を無理やり再生するように脳内に流れ込んできたことを。

 その映画は、ギラティナがアルセウスと戦い幽閉された夜の一部始終を描いていた。

 

 ゆえに、理解した。

 これは屑籠なんかじゃない。

 籠は籠でも、揺り籠なのだと。

 

 この先……いや、“中”には、冥王がこの世で最も大事にしているものが入っている。

 

 やがて、渦の向こうから一体のポケモンが姿を現した。

 

 鞭のような黒い翼。

 無数に生えた短い肢。

 ディアルガパルキアと違い、像も造ってもらえなかった哀れな叛逆神。

 

 冥王ギラティナ──その本体。

 

 それは、現世の神々と比べると、笑えるぐらい小さかった。

 

「ちっちゃいなぁ」

 

「ふん。こっちは残滓よ。力の大部分は表に出してある。見ろ、貴様の頼みの綱は手も足も出んぞ」

 

 ヴン、と音を立てて外の状況が映し出された。

 ギラティナの操り人形と化したディアルガとパルキアが、見たこともない技を連続で撃ちだしている。

 カブトプスたちは回避や防禦に精一杯で、とても攻勢に転じる余裕がない。

 

「そらそら、いまのは危なかったなあ?

 一撃でも喰らえば瀕死だぞ。

 トレーナーの癖に見てることしかできない己が恥ずかしくないのか」

 

 そんな映像をしばらく見たあと。

 俺は静かに、煽るギラティナへ視線を戻した。

 

 そして訊ねた。

 

 

 

「お前はどうして、存在してるんだ?」

 

 

 

 〇〇〇

 

 

「……………………なに?」

 

 ギラティナの声が低くなった。

 

「残滓って、要はさ、本体の絞りカスって意味だよな。でもなんで、そんなカスが出てくるんだ?

 本体まるごと余すことなく現世に復活させちまえばいいじゃないか。そうだろ?」

 

「……………………」

 

 ギラティナが毒々しい眼差しで俺を睨みつけてくる。だが返る言葉はなかった。

 

「それにお前が攻撃してこないのも不思議なんだよな。ディアルガたちを操るばかりで、さっきみたいにシャドーボールや波導弾すら撃ちゃしねえ。

 撃ってさえいりゃ確実に倒せたタイミングがあったにも関わらず、だ」

 

 ディアルガたちは強い。途轍もなく強い。

 個々の強さを比べたら、俺のポケモンたちは足元にも及ばないだろう。

 だけどカブトプスたちは抜群の連携(チームワーク)で、一斉に守ったり、あるいはタイミングを合わせてバラけたりして、どんな大技が来てもダメージを受けることなく凌いでいた。

 

 もしもギラティナがこの技の応酬に参戦し、三位一体の様相を呈したら、みんなひとたまりもなくやられてしまっていたはずだ。それぐらいギリギリのバランスで拮抗しているのである。

 

「1個気づくと、おかしな点がいくつもあるのに気づいてさ。

 神様にしちゃあ技のレパートリーが少なすぎるよなーとか。シャドボと波導弾しか覚えてないってんなら謝るけど、まさかそんなことないだろ? 神様がさ」

 

「貴様…………」

 

 何か言いさしたギラティナを制し、俺は親指をぴっと立て、自分を指さした。

 

「──いちばんデカい謎は、だ。

 わざわざ俺の体を使った理由なんだよね」

 

 ギラティナは再び口を噤み、俺を爛々と光る目で見据えた。

 俺はその視線を真正面から受け止めながら、長い間考え抜いてきた仮説を、ゆっくり並べていく。

 

「俺がお前だったら、人間の器なんか使わねえ。

 だってポケモンよりずっとずっと弱いし、脆いんだぜ? ましてアルセウスを倒したいってんなら、尚更こんなんで甦りたくないだろ」

 

「……………………」

 

「考えて、考えて、考えて。

 やっと分かったよ。

 お前、結局ここから()()()()()んじゃねーの?」

 

「……………………!」

 

 ギラティナの全身から殺気が迸る。

 俺はにんまりした。

 

「はは。図星か。

 頑張って頑張って魂集めて、それでもやっぱここから逃げらんなかったんだな? 

 だから俺の体を乗っ取って、現世に干渉しようとしたわけだ。

 ルギア(レヴィ)に何回か傷を治してもらったおかげで、人間じゃなくなりつつあったもんなあ。俺の体、ってか魂にアクセスしやすかったんだろ?」

 

 ギラティナは答えない。

 この場合、無言は何より雄弁だ。

 

 俺はいよいよ、この先の結論を突きつけることにした。

 

「……ってことは、だ。

 お前の話はウソってことになる」

 

「────嘘?」

 

「本体がどっちかって話だよ。

 表の、俺の体で好き勝手してる方が本体なんじゃねえ。目の前のお前こそが、本体なんだよな?」

 

「……………………!!」

 

 ギラティナの口辺が、ぎゅっと引き攣れた。

 

「そう考えると辻褄があうんだよなー。

 技を2つしか撃てなかったのも、どんどん攻撃しないのも。本体じゃないから多彩な技は使えないし、支配と攻撃をいっぺんには出来ないんだ」

 

「…………。

 

 ……………………。

 

 …………………………………………。

 

 ………………………………………………惜しいな」

 

 長い長い沈黙の果て。

 ようやくギラティナは言葉を発した。

 俺は片眉をあげて続きを促す。

 

「貴様の推測は()()()()当たっている。褒めてやってもいい。だがな、いくら残滓とてあちらの我を甘く見るのはやめておけ。300年かけて掻き集めた魂をありったけ注ぎ込んであるのだ。

 ヒトの身では力を十全に使えぬだけよ。

 たとえ分身であろうとも、貴様の手先を捻るくらい造作もないわ!」

 

「…………へえ、ふうん、なるほど?」

 

 俺はニマニマと笑みを深めた。

 おそらくギラティナは、俺を恐れさせたかったのだろう。

 だが残念。

 その情報は、今の俺が最も欲しいネタだった。

 

「するってーとあれか。

 お前は本体のくせして、力の源である魂がほとんど残ってないと?」

 

「だからどうした!」

 

 ギラティナが吼えた。

 

「貴様に何ができる?

 ポケモンもいないニンゲンが! 

 我に勝てると思うのか!」

 

「思わねーよ。このままじゃ、な」

 

 まるで。

 このタイミングを待っていたかのように、2体のポケモンが下から降ってきた。

 

「ウワ、変なトコ!」

 

「感覚がおかしくなりそうですぞ〜」

 

 黄金に輝く眩しい幽霊と、灰色の包帯を巻いた幽霊が喚く。ギラティナが目を見開いて硬直した。

 

「な……ん」

 

「浄化は済んだか?」

 

 俺の言葉に、ふたりは破顔しながらピースサインを送った。

 

「バッチ!」「グーですぞ!」

 

「よおし。ならやろうか、サーフゴー(フーゴ)サマヨール(ヨモツ)

 相手は弱りまくった元クソ上司だ! 

 思う存分暴れちまいな!」

 

「アイアイキャプテン!」

 

「アシタバ殿のご命令とあらば!」

 

 ふたりの特大シャドーボールが、やぶれた世界に轟いた。

 

 

 

 

 

 




というわけで54話。
ひさびさのアシタバ視点。

プラチナでやぶれた世界歩くの楽しかったよね。
ああいうダンジョンまた作ってほすぃ。

さあこっからギラティナボコボコにすっぞぉ!!
よければ感想高評価おなしゃす!
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